第87話 逸れた街道
あれから夜になるまで移動した僕達は森の中の拓けた場所に拠点を構えていた。
夜の森は危険なので、誰かが夜番をする必要がある。
こういう時一人だと途中で眠ってしまったり、何かあったときに対応しにくくなるので、今は二人で夜番をしていた。
焚き火の様子を確かめながら、僕は一緒に夜番をしているアイリスに尋ねる。
「確かメーテ村だったっけ?」
「うん。村の人達はメーテ村って言ってたよ」
アイリスが子供の頃お世話になっていた村の名前らしい。
僕が聞いたことのない村だ。
カルーダの街の人にも聞いたりしたけど、残念ながら知っている人は居なかった。
アイリス曰くメーテ村には他の場所から人が来ることは滅多になかったらしい。
とはいえ、年に数回程行商人が訪れていたみたいだから、完全に他者との交流を遮断している訳でも無いようだ。
それなら誰かは情報を持って居るはず……
「ごめんね、ライアス君。私が覚えてたら良かったんだけど……」
「いや、昔のことだし仕方が無いよ。それに急ぐ旅でも無いからね」
アイリスは村の場所を忘れてしまったみたいだけど、これは仕方の無いことだ。
昔のことだし、そもそも森の中というのはただでさえ道を覚えにくい。
それで場所を覚えておけというのは酷なことだ。
アイリスが覚えていないならプリエラの故郷に行こうかとも思ったけど、プリエラも故郷の場所は覚えていないらしい。
それに加え、プリエラの故郷は吸血鬼の里だ。
正直に言って、アイリスが住んでいた人間の村よりも見つける難易度は高いと言える。
どちらにせよ、情報が必要な状況だった。
「うーん。とりあえずはこのまま街道沿いに進んで行って次の街で聞いてみようか」
次の街はカルーダの街よりも大きく、商業も盛んだと聞いている。
それなら行商人などから情報を得られる可能性は高いはずだ。
アイリスも異論は無かったのか頷いてくれた。
話が一旦途切れたことで僕達の間には少しばかりの沈黙が訪れる。
パチパチと薪が燃える小気味の良い音が夜の森に流れた。
焚き火に照らされたアイリスの表情は少し不安そうにも見える。
この前は僕が怪我をしたことに不安がっていたんだろうけど、それは解消されたはずだ。
それを考えれば原因は一つしか無い。
「おじいさんとおばあさんに会うのは怖い?」
僕が隣に座るアイリスに尋ねると、アイリスの瞳は不安げに揺れ動いた。
アイリスは体操座りの状態から一度だけ膝に顔を埋めると、少しだけ顔を出して呟いた。
「うん……ライアス君は勘違いが原因だって言ってくれたけど、やっぱり怖いよ……」
アイリスの気持ちは少し分かる。
僕も僕を追い出した『竜の息吹』のメンバーと会うのは嫌だった。
ただ、アイリスと僕とでは致命的に違う点がある。
それはアイリスがまだおじいさんやおばあさんのことを好きでいることだ。
僕は『竜の息吹』のメンバーに追い出された時、彼らのことを好きではなくなった。
いや、少し前から良い感情は持って居なかったけど、今は関係ないか。
とにもかくにも、まだおじいさん達のことを好いているアイリスからすれば、もう一度会うという恐怖は計り知れないものだろう。
また拒絶されるかもしれない。
そんなことを考えれば不安になってしまうのも仕方が無い。
僕が少し無言でいると、アイリスは「それでも……」と言葉を続ける。
「ライアス君が言ってくれて良かった。私はおじいちゃんとおばあちゃんから逃げてたから……多分、今行かなかったら後悔してたと思う」
アイリスは強い瞳で僕を捕えた。
その瞳は炎を反射しているせいか、いつもより決意に満ちた瞳に見える。
不安はもちろんある。
それでも、後で言葉を聞いておきたかったと言っても遅い。
アイリスもそれが分かっているからこそ、行こうと決意してくれたんだろう。
おじいさんとおばあさんの状態は分からないけど、行くならば出来るだけ早く行っておいた方が良い。
「だからありがとう。ライアス君」
「うん。しっかり伝えればおじいさんとおばあさんも分かってくれるはずだよ」
仮にダメだったとしても後で会いに行っていればという気持ちになるよりは良いはずだ。
その時は全力でフォローしよう。
「よし、それじゃあ、アイリスも疲れてるだろうし今日はここまでにしようか。カナリナを呼んできて」
「ライアス君は寝なくて大丈夫なの?」
「うん。一日くらい寝なくても平気だし、道中で眠ることにするから大丈夫だよ」
今日はみんなに夜番を覚えてもらう必要がある。
みんなは経験が無さそうだったから初日は僕が付いて教えることにしたのだ。
アイリスがテントの中に入ってからしばらくしてカナリナが起きてきた。
カナリナは寝起きで崩れた髪を直しながら少し眠そうにしている。
「起こしてごめんね。でも、これからはこういったことも増えるからね」
「大丈夫よ。それは分かってるわ。アンタこそ寝ないでいいの?」
「僕は昼に寝るからね」
それから僕はカナリナに夜番の基本を教える。
と言っても火を維持することと、眠らないようにすることくらいである。
後は実際に経験して学んでいくしかない。
「ね、ねぇ、ライアス。今、ガサッて音がしたけど、もしかして……」
「いや、今のはただ生き物が移動しただけだね。かなり距離があるはずだから僕達を狙ってる訳じゃ無いと思うよ」
夜とはいえ、夜行性の生き物だったりは活動している。
そんな森の中に居るので、音がするのは当たり前だ。
だからこそ僕達を狙っている音かどうかの判断が重要になる。
「もし、僕達を襲おうとしている魔物が居たとしたら、もっと音は聞き取り辛くなるんだ。魔物もバレないように近づこうとするからね」
「聞き分けられる気がしないわね」
「まぁ、慣れの問題だよ」
僕だって最初から出来ていた訳では無い。
師匠に森に置き去りにされた時に自然と身についたのだ。
というより身につけなければ生きていられなかったからな。
森で一人だった僕はいつも寝るときに気を張っていた。
今でも気を張っている時ならば物音一つで起きるだろう。
だから僕は冒険している時なら寝ていても魔物が来たりすれば分かるはずだ。
「もしもの時は僕も起きてくると思うから、そこまで心配しなくて大丈夫だよ」
僕が安心させるように言ったけど、不安が拭えないのかカナリナからの返事はない。
「まぁ、これから慣れて行こうよ」
そうやって励ましたけど、また返事が返ってこないので、カナリナを見るとカナリナは座りながら目を閉じていた。
(もしかして寝てるのかな?)
カナリナも慣れない旅で疲れているんだろう。
それなら仕方が無いか。
無理に起こす必要も無いかと判断した僕は薪をくべようとしたところで異変に気付いた。
(あれ?)
今まではっきりとしていた意識が妙にぼんやりとしてきた。
瞼が急速に重くなるのを感じる。
(なんでだ!? 今までこんなことは……)
周囲に魔物の気配はない。
それなのにも関わらず、どんどんと眠気は増していく。
咄嗟に唇を噛んで眠気を吹き飛ばそうとしたけど、そんなことお構いなしに意識が遠のいていった。
(これは、マズイ……)
眠ってはダメだと頭では分かっているが、もう眠気に抗うという思考すら出来なくなり、ついに僕は眠りに落ちた。
◇◆◇
ライアスが眠りに落ちた後、その隣ですっと立ち上がる者が居た。
その者が持つ紅い髪は炎に照らされて、今は少し黄色みを帯びている。
そう、今まで眠っていたはずのカナリナがそこには居た。
ただどうにも様子がおかしい。
いつも自信を宿らせている彼女の紅い瞳は、どこか機械的な金色の瞳に変わっていた。
そんな彼女の口から言葉が発せられる。
「なぁ、カナリナ。魔法は使えるようになっただろ? これにて契約は履行された。今度は私の番だ。お前からいただいた魔力を少しばかり使わせてもらうよ。ああ、心配するな。そこの男は寝ているだけだ。それにお前の仲間を私が直接どうこうしようとは思っていない。まぁ、結果として傷つくこともあるかもしれないが、それはお前たち次第だ」
声はカナリナのモノで間違い無いが、その言葉は彼女のモノではない。
言葉から感じる威圧感はどこか人間離れしていた。
カナリナの身体はゆっくりと森の外へと歩き出す。
「ん? なんで私のことを忘れているのかって? そりゃあ、記憶を消してるからさ。まぁ、消しているというよりは封印しているという──」
そこまで話したところで彼女は一度言葉を止めて、地面を見つめる。
その表情に一瞬だけ怒りの色が見えた後、また落ち着いた表情に戻った。
「封印……この言葉は好きじゃない。まぁ、数日は身体を借りるがそれが過ぎれば返してやる。その時はもう記憶を封じる必要も無くなっているだろう。せいぜいお前の想い人にでも話を聞いてもらうことだ」
傍から見れば彼女は一人で喋っているように見える。
それでも間違いなく対話相手は居るのだろう。
しばらく黙っていた彼女はニヤリと笑った。
「数日間どうするかって? お前のことは二年程見てきたのだ。真似をするくらい造作もない。なんならお前が素直になれない分、私が先に進めてやっておいても良いぞ」
誰かに怒られたのだろうか。
愉快そうに笑うその姿はカナリナのモノとは似ても似つかない。
「冗談だ。そう怒るな。まぁ、せいぜい頑張って彼らを助けてくれよ。もしお前たちが彼らを守れたら、その時は真に解放してやろう」
彼女はそう言うと、カナリナから貰い貯めていた魔力を使って幻覚魔法を使った。
「宿主なんぞ誰でも良いと思っていたが、これは良いな。魔法の使いやすさが違う」
彼女が魔法を使った後、辺り一帯の景色が変わる。
そして今まで真っすぐ伸びていた街道が大きくカーブを描くような街道になっていた。
◇◆◇
「ごめん。カナリナ寝ちゃって……」
「気にする必要は無いわ」
僕は朝になってカナリナに謝っていた。
寝たらいけないと言っておきながら、自分が寝てしまうなんて笑い事ではない。
何事も無かったから良かったものの気が緩んでいるのだろうか。
(でも、あの急激な眠気は明らかに違和感なんだよな)
明らかに普通の状態では無かったけど、原因が分からない。
色々あって疲れていただけなんだろうか……
「カナリナは何か気にならなかった?」
「ええ。アンタが眠ってからも特に問題は無かったわよ」
「そ、そっか。それなら良いんだけど……」
カナリナも分からないというのなら、これ以上は考えても仕方が無いか。
みんなにも聞いてみたけど、特に気になることは無かったみたいだ。
カナリナとの会話もそこそこに僕達は移動を開始した。
またアイリスに銀狼になってもらって、街道が見えるギリギリの位置を移動する。
ここなら誰かに見つかる可能性も低いだろう。
アイリスには無理をしないでね、と言っているけど、僕がしっかり見ておかないとな。
最悪僕やミーちゃんが馬車を引くことも出来る。
馬を借りることも考えたんだけど、アイリスが「私じゃダメなの?」と泣きそうな顔をしたので、断念した。
馬車を引くのは楽しいと言っていたけど、まさかそこまでとは思っていなかった。
まぁ、アイリスが銀狼になって引っ張ってくれるなら、その時に馬は邪魔になってしまう。
そんな理由から馬は借りていなかった。
夜に眠った僕は眠気も無いので、みんなの様子を見る。
みんな馬車の景色を楽しみながら、外を眺めていた。
そんな中、カナリナだけは下を向いている。
その様子に僕は妙な違和感を感じてしまった。
言葉では言い表しにくいんだけど、どうにも感情がのってないと言うのだろうか……
そこまで考えたところで、昨日僕が寝てしまったせいでカナリナがずっと起きてくれていたことを思い出す。
「カナリナ、やっぱり眠いよね? 馬車の中だと眠りにくいだろうし、今日は早めに休もうか」
僕が寝てしまったせいで、カナリナは寝不足なのだろう。
それならボーっとしてしまうのも理解できる。
「ああ、気にしなくていいわよ。ちょっと考え事をしていただけだから」
……
カナリナの返事を聞いてもこの喉のつっかかりのような感覚は拭えない。
僕は立て続けに起こる妙な違和感を感じつつも言葉に出来ずに悶々としていた。
◇◆◇
あれから数日たっても僕はカナリナに対する違和感を拭えずにいた。
いや、拭うどころかその違和感はどんどん強くなっていき、次第に確信めいた何かへと変わっていった。
僕は今一緒に夜番をしているカナリナを見る。
彼女はなんてことないように振舞っているけど、明らかに様子がおかしい。
なんというか、たまに他人のような振る舞いをするのだ。
僕達のことになんの関心も持って居ない、そんな表情をたまに見せる。
確かにカナリナは厳しい言葉を使うこともあるけど、人一倍みんなのことを考えているのは、これまでの生活で分かっている。
それを思えば、今のカナリナの様子は明らかにおかしかった。
もし何も無ければ良いけど、無視できない案件だ。
「ねぇ、カナ──」
僕が意を決して尋ねようとしたその瞬間、カナリナはため息をついて立ち上がった。
上から僕を見下ろす目にはもはや友好的な色は見えない。
僕は気配の変化を察知して、飛び起きると短剣を構えた。
「はぁ、いちいち勘が鋭い奴だな、お前は。まぁ、逆に言えば頼もしいとも言えるのか?」
そうやってニヤリと笑う仕草はカナリナのものとは思えない。
それに仕草だけじゃない。
気配が全く違う。
今までどうやって隠してきたのか分からないけど、気を抜けば膝をついてしまいそうな程の威圧感を感じる。
これほどの威圧感はハリソンや師匠と対峙したとき以来だ。
無意識に唾を飲み込むと、僕は冷や汗をかきながら、ゆっくりと尋ねる。
「カナリナはどこですか」
無意識に敬語になってしまった。
今、この状況で敵対すれば間違いなくタダでは済まない。
それが分かっているからこそ、慎重になっているのだろう。
「何を言ってるんだ。目の前に居るじゃないか」
警戒している僕に対してカナリナじゃない誰かは飄々とした態度を崩さない。
彼女も僕が求めている答えはそんなことじゃないことは分かっているのだろう。
僕が何も言わないでいると、彼女は観念したようにため息を吐く、
「お前たちは仲間の心配をしてばかりだな。まぁ、良い。カナリナは無事だ。それにそこまで警戒する必要は無い。私だってお前と対立したい訳じゃ無いんだ」
この言葉をどこまで信用して良いかは分からないけど、僕から見てその言葉に嘘は見当たらなかった。
それに向こうは対立したくないと言っている。
決して安心して良い相手では無いけど、相手がこちらに歩み寄っている以上少しは和解する素振りを見せて情報を聞きだす方が良いだろう。
「私もそれが賢明だと思うがね」
……
心が読めるのか?
そう言えば先ほど僕が話しかけようとした時も先んじて行動してきた。
マズイな……どうしても警戒心を解くことが出来ない。
この思いも相手に伝わっているということになる。
それでは話が進まないかと思ったけど、相手もそれは分かっている様子だった。
「心配するな。私とて信頼されるとは露ほども思っていない。だが、そうだな。まったく信頼されなければ、それも問題になるだろう。それに時までには少しばかりの時間がある。この機会に少しだけ話をしておいてやるか」
時……?
何か待っているのか?
僕はそのような疑問を持ったけど、目の前のカナリナじゃない誰かは僕が聞き返す前に話し出した。
「私が誰かということは言えないが、何故私がカナリナに成り代わっているのか、それは契約があったからだ」
「契約、ですか?」
「ああ、お前もおかしいとは思わなかったのか? 力がないカナリナ達が何故あの森の中で生きてこられたのか?」
そこで僕は昔のことを思い出す。
初めて僕が彼女達に会った時は、それはもうやせ細っていて、力も無かった。
プリエラは吸血姫の力に目覚めてなかったし、アイリスも銀狼化を避けていた。
ミーちゃんは力を隠していて、カナリナは魔法を使えない。
ファナが唯一の戦力だったけど、一度力を使えば倒れてしまう。
そんな状況を考えると、正直彼女達が魔物が住む森で長生きできるとは思えなかった。
そんなこともあって魔物関連のことはずっと疑問に思っていたことだったけど、文脈から考えるに、それを手助けしていたのが目の前の彼女?ということになるのだろうか。
「話が早くて助かる。カナリナは私に魔力を渡す代わりに手助けを求めた。私はそれに応えたという訳だ」
淡々と話す口調はただ事実を伝えているだけに見える。
どうやって倒したのかは分からないけど、彼女にはそれを成し遂げるだけの力はあるのだろう。
ここまで事情を知っていて、嘘を吐いているようにも見えない。
「どうして、それをカナリナは話してくれない……いや、多分カナリナは覚えて無いですよね?」
「察しが良いな。その通りだ。まだ時じゃ無かったのでな。私の存在を勘付かれるのはまずかったのだ」
まただ、また『時』という言葉を使った。
未来でも見えているというのだろうか。
いや、心を読める時点でおかしいから、そういうこともあるのかもしれない。
「まぁ、もうその必要も無くなった。ここまで来れたからな」
え? ここは何か特別な場所なのか?
ただ道中に適当に選んだ……いや、待てよ。この場所に誘導したのはカナリナだ。
気分が悪くなったと言ったカナリナに合わせてこの辺りでひと休憩して、それなら今日はもう休もうとなったのだ。
晩御飯を食べた後には回復したみたいなので夜番の仕事もしてもらっているけど、確かにこの場所に誘導したのは彼女だ。
「まぁ、と言ってもここはただの森の中だ。何か危険なことがあるわけでもない」
僕は彼女の瞳を真っすぐと見る。
彼女からは敵意を感じない。
威圧感は感じるけど、それは僕を害そうとかではない気がする。
「分かりました。とりあえず、そのことはおいておきます。その前に──」
僕はそこで姿勢を正すと、短剣を仕舞ってお辞儀する。
「──彼女達を守ってくれて、ありがとうございました」
もし、彼女が居なければみんながどうなっていたかは想像したくもない。
これが僕の警戒心を解くための嘘という可能性もゼロじゃないだろう。
それでも彼女の言葉にはある種の説得力があった。
どの道、僕の短剣一つで彼女に適うとは思わない。
それなら、少しでも歩み寄った方が良い。
「どうやら少しは信用してくれたようだな」
「そうですね。少しですが……」
ただ、信用したといっても、まだまだ聞きたいことはある。
そもそも、いつカナリナは帰って来るのか。
「ああ、心配するな。カナリナはすぐに戻ってくるだろう」
「え? すぐですか?」
僕としては当分戻る気は無いと思っていたので、すぐに戻ってくるというのは嬉しい誤算だった。
ただ、すぐっていうのが具体的にいつなのかが分からない。
そんな僕の疑問に答えるように誰かは笑った。
「さて、そろそろ時間のようだ。こうして話すのは初めてだったが、お前達のことは今まで見てきた。期待しているぞ」
「え、ちょっと待ってください。まだ話が……」
僕が聞き返そうとすると、突然意識を失ったかのようにカナリナの身体が前に倒れこんだ。
僕は急いでカナリナの身体を支え、顔を覗き込む。
カナリナは静かに寝息を立てていた。
先ほどの痺れるような威圧感も無い。
(戻った、のか?)
僕は直感で、カナリナが元に戻ったことを感じ取った。
「なんだったんだ……」
僕はカナリナを抱えなおすと独り言ちる。
訳が分からないことだらけだ。
カナリナに乗り移っていた彼女は誰なのか。どんな存在なのか。
カナリナに害は無いのか。
僕はそんなことを考えながらも眠ったカナリナをテントまで運ぶ。
当分は起きそうになかったので、今は眠らせた方が良いだろう。
カナリナを運び終えると、また焚き火の前まで行って先ほどまでの会話を思い出す。
色々気になることはあるけど、今一番気になるのはあのセリフだ。
『そろそろ時間のようだ』
文脈だけで考えるなら、そろそろ何かが起きるということになる。
なんとも言えない緊張感を持ちながら、僕は短剣が入っている鞘を軽く叩く。
(警戒はしておくか……)
何も無ければそれでよし。
もしもの時のために警戒と準備はしておこう。
「ッ!」
その時、僕の耳にガサガサという草を踏みしめるような音が聞こえて来た。
不規則なその音は時折音の大きさを変えながら、こちらに向かってきている。
(魔物か!? いや、魔物にしては音が軽い)
もし。魔物ならもっと音が重くなるはずだ。
それに、相手は全く気配を隠す気が無い。
相手が魔物で僕達のことを狙っているなら逃がさないためにも、少なからずバレないようにはするはずだ。
その必死さすら感じる足音を聞いて、僕は大声を出す。
「みんな! 起きて!」
もし、来るのが危険な魔物だった場合、僕だけでは対処しきれない。
一度大声を上げるとテントから誰かが起きて来る気配がした。
みんなが僕のところに辿り着く前に、その者は姿を現した。
(え、人間?)
魔物かと思っていた相手は人間だった。
いや、待てよ。よく見れば炎に照らされた耳は長い。
明らかに人間のモノでは無かった。
(もしかしてエルフか?)
そのエルフ?の少女?は僕を見ると、危ない足取りで近づいてくる。
「──が、──す」
少女は息が上がっていて、とても苦しそうにしながらも何かを訴えて来る。
しかし、その少女は警戒している僕に辿り着く前に倒れこんでしまった。
その時、目に入ってきたモノを見て僕は驚愕する。
(なっ!)
その少女の太ももの裏にに矢のようなモノが刺さっていたのだ。
よく見れば彼女は血だらけで満身創痍だった。
ただ事ではないと思った僕は少女に近づく。
「だ、大丈夫ですか?」
僕が声を掛けたことで少女は顔を上げる。
近くで見た少女は、あちこち怪我をしており、かなり危険な状態だった。
その目は虚ろで僕がどんな顔をしているかも認識できていないだろう。
そんな少女が僕の足に縋りつきながら、訴えかけてきた。
「人間が、攻めてきます。逃げてくだ──」
そこまで話したところで、彼女はぐったりと顔を落とした。
息が荒く、このままでは長くもたないのは明白だった。
「ラ、ライアス様、これは……」
「とにかく、話は後だ。先に応急処置だけするよ!」
「は、はい!」
ここ最近、立て続けに起こっている理解不能な現象に頭が追い付いてこない。
それでも、ひとまず目の前の少女を助けなければ話が始まらない。
僕はみんなに指示を出しながら、彼女をテントへと運んび応急処置を開始した。




