第85話 ライアス達vs『竜の息吹』2
◆バラン視点
「おい、マルナからの援護はまだか?」
「分からねぇ。だが全然魔法が飛んでくる気配がねぇぞ」
「まさか裏切ったのか?」
「ちっ」
あれから他の奴らに横取りされないように俺達はライアスの元へ向かった。
だが流石に他の冒険者もその美味しさに気付いたのか、俺達の後を追ってきやがった。
このままでは俺達の取り分はかなり減ってしまう。
ただもちろんこんなことは想定済みで問題はない。
……はずだった。
約束では他の冒険者の邪魔が入りそうになったときはマルナから援護が入るという話だった。
そのはずが、今現在ライアス達が残した魔物は他の冒険者にも取られている。
ライアス達が無駄に前線を上げるせいで俺達も魔物と戦わないといけなくなったし、十分に魔物の首を集められていない状態だ。
俺は言うことを聞かないマルナに苛立ちが募る。
「ねぇ、バラン。大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫だ」
「だが、このままじゃどうにもならねぇぞ。くそっ、また魔物だ」
ゴイルが持っていた盾で魔物を受け止める。
ただ魔物の首を集めている袋を担いでいるため、どうしても押し込まれてしまう。
「ぐぅ……おい、ナージ。この袋見とけ」
「わ、分かったわよ」
正直、目の前に居る魔物はそこまで強くはない。
今までなら難なく倒せていたはずの魔物。
そんな魔物にすら、俺達は足止めを喰らっていた。
そんな時、近くで魔物の首を集めていた冒険者が言葉を零す。
「あいつらやべぇよな」
「ああ、騎士団に雇われた凄腕のなんちゃらとかなんじゃねぇか」
「マジで魔物が吹っ飛んでやがる」
「だが、ありがてぇ話だよな。あいつらのお陰で俺達が楽できるんだからよ」
「ちげぇねぇ……おい、魔物が来たぞ!」
「ちっ、仕方ねぇ。やるぞ」
俺はその言葉を聞いて俺達よりさらに前線にいるライアス達を眺める。
ライアスは仲間と一緒に魔物を次々と打倒していた。
流れるような動作には無駄がなく、ライアスの仲間もかなりの腕なのが分かる。
その連携に感心している自分が居ることに気付いて俺は歯ぎしりした。
(なんで、ライアスが……)
「おい、バラン! いつまでちんたらやってんだ!?」
「あ、わ、悪い……」
そうだ、今は目の前の魔物だ。
俺はゴイルが魔物を押さえている間に魔物の急所を剣で突き刺す。
元々強く魔物では無いため、魔物はすぐに絶命した。
俺はその魔物の頭を狩ると、持ってきた袋に入れる。
「おい、バラン。テメェ、何考えてやがる?」
少し反応が遅れただけの俺にゴイルは詰め寄ってくる。
だが、まぁここは謝っておいた方が早い。
「悪かった。少し考え事をしてたんだ」
ゴイルは舌打ちをすると、荒々しく盾を地面に突き立てる。
そんなゴイルをよそにナージが話しかけてきた。
「ね、ねぇ、バラン。そろそろ戻った方が良いんじゃない? ほ、ほら、結構集まったんだしさ。マルナの援護も無いし、これ以上は魔物が危ないんじゃ……」
俺はナージに言われて自分の袋に入った魔物の頭を見る。
まだ袋には余裕があるが、これ以上となると袋が重荷になって敵を倒すことは難しくなってくるだろう。
それにこの辺にはもう冒険者がうようよ居て取り合いまで起こっている。
確かにもうこの辺りで得られる旨味は少ないかもしれない。
こういう時に荷物持ちが居ればもっと……
「ちっ」
俺は妙な苛立ちを感じてもう一度袋を見る。
確かにかなりの量にはなっているが、まだまだ集めることは出来るはずだ。
俺の少し先にはライアス達が築いた新しい魔物の山がある。
(あいつの成果は全部俺がもらってやる)
「いや、確かにこの辺では無理だが、まだ前に行けば魔物の死骸はある。前に行くぞ」
「え、で、でも……」
「大丈夫だ。俺に考えがある」
俺はとりあえずの嘘でナージを宥めると、苛立つゴイルを連れてさらに前線へと向かった。
◇◆◇
俺達の前には大量の魔物の死骸があった。
これだけあれば、その報酬もかなりのものになるはずだ。
……
「おい、バラン。さっさと集めるぞ」
「あ、ああ……」
俺達は魔物に囲まれる前に魔物の頭を集めていく。
その魔物の中には倒すのが困難と言われているものまであった。
前に俺達が依頼で討伐出来なかった魔物もある。
「くそっ」
なんでこんな思いをしなければいけないのか……
俺は少し先に居るライアスに目を向ける。
ライアスの顔は晴れやかだった。
かなり長い間戦っていて疲れているはずだが、それでも良い顔をしていたのだ。
気付けば俺の手は剣を抜いていた。
その少し汚れている剣に俺の顔が映る。
その顔は嫌に醜かった。
顔の良さとは違う覇気のようなモノ。
俺はほとんど魔物と戦っていないから疲れてはいない。
それなのに俺の顔の方がライアスより余程憔悴していた。
剣を握る力が強くなってくる。
(どうしたら、どうしたら俺は前のようになれる……)
少し前まで俺は自信満々で何でもできていたはずだ。
パーティの成績も良かったし、俺自身も色んな人に褒められていた。
それなのに今では腫物扱いだ。
俺がなんでこんなことになったのか……いつから変わってしまったのか……
ライアスだ。
全てあいつのせいだ。
ライアスがリーダーだった時も俺はライアスからリーダーを奪うことで、自信を得たんだ。
今回だって、あいつを超えてやる。
それで、またやり直せるんだ……
俺は剣を握りしめると、ナージの静止を振り切って前に駆け出した。
◇◆◇
◆ライアス視点
(カナリナは大丈夫だろうか……)
僕に合図した後に森の方へ向かって行ったけど、それから姿が見えていない。
カナリナのことだから大丈夫だとは思うけど、少し心配な部分もある。
ただ今はそのことを考えている余裕は無かった。
僕は目の前の魔物に集中すると、今までと同じように魔物の攻撃を逸らす。
「っ」
流石に連戦の疲れが出始めたのか、身体のキレが悪くなってきている。
まだ他のみんなは元気だけど、見えない疲れは間違いなく溜まっているだろう。
(でも、もうそろそろだな)
僕は明らかに先ほどから減ってきている魔物を見て、今回の襲撃の終わりを予感する。
魔物だって無尽蔵に湧いてくる訳じゃ無い。
「みんな、もう少し踏ん張ってね!」
「うん!」
「は~い」
返事を聞く限りミーちゃんもアイリスも元気なようだ。
これが体力の差というやつか……
少し自分に不甲斐なさを感じていると、僕の元へプリエラが戻ってきた。
「ライアスさん、今戻りました……」
「うん、お疲れ様。怪我とかは無い?」
「怪我はありませんが、少し吸血姫の力を、使い過ぎたみたいです……」
プリエラは肩で息をしながら、少し苦しそうにした。
力を調整しているとはいえ、長時間使い過ぎてしまったようだ。
「すごい活躍だったからね。魔物の数も少なくなってきたし、後は僕達で何とかするよ」
「はい……それでは、私はライアスさんの近くで、休憩してますね……」
「いや、僕の近くって結構魔物が……」
「大丈夫です……」
プリエラはそれでも構わないと言うけど、僕の近くも前線だから魔物は普通に攻めて来る。
それを思えば安全な場所まで戻って欲しいけど、そうすれば周りから話しかけられたりでストレスになってしまうかもしれない。
それなら近くに居てもらって早くこの戦いを終わらせた方が良いか。
「分かった。それじゃあもうちょっとだけ我慢してね」
僕が猿型の魔物の攻撃を受け止めると、横から出てきたアイリスが剣で突き刺す。
アイリスは銀狼として森で暮らしていた時期があったお陰か、魔物を倒すことなどに躊躇は無い。
そのような思い切りの良さもあって、この戦いの中でアイリスの剣の腕は間違いなく上がっていた。
「僕とアイリスで寄って来る魔物は倒していくから、ミーちゃんはプリエラを守ってあげて」
「はーい」
プリエラにこれ以上無理をさせる訳にはいかない。
後は僕達で──
──っ!
僕は殺気のような何かを感じて後ろを振り返る。
振り返った僕の目に飛び込んできたのはナイフのようなものだった。
その瞬間、世界がスローモーションになったような錯覚に陥る。
そのナイフは僕の方に向かって……
いや、少し逸れて僕の隣に居るアイリスの方に向かっていた。
もし剣で弾いて失敗すればアイリスが怪我をしてしまうかもしれない。
咄嗟に僕は隣に居るアイリスを押し倒した。
「きゃっ」
「っ……」
アイリスに覆いかぶさったところで右足に痛みが広がる。
痛みに顔を歪めながら目を開けると、僕の足にナイフが刺さっていた。
攻撃用というよりは採集用のナイフだろう。
そのお陰か、傷は深くなさそうだ。
それでも足に当たったのはキツイ。
「ラ、ライアス君!?」
「お兄ちゃん!」
「ライアスさん!」
アイリスが驚いたように声を上げて、ミーちゃんとプリエラが僕に寄って来る。
「アイリス、怪我は無い?」
「う、うん……で、でもライアス君が……」
アイリスは僕の足に目をやって、顔を青ざめさせる。
「ご、ごめんなさい……魔物の匂いが強くて、気付けなくて……」
いつもなら襲撃に気付きやすいのはアイリスだ。
その鼻は僕達より優れているので、匂いで分かるからだ。
ただずっと魔物と戦っていたせいで、それがおかしくなってしまっていたのだろう。
「大丈夫、落ち着いて」
僕はアイリスを宥めながらナイフを抜いて、簡単に止血する。
ナイフを抜いたときにまた痛みが走ったが、血の量はそこまで多くない。
まだ動くことは出来る範囲だ。
(誰がこんなことを……)
僕はナイフが飛んできた方を流し見る。
(バラン……)
視線の先には僕に向かって剣を構えながら走ってくる存在が居た。
僕の元パーティメンバーのバランだ。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「よ、よくもライアスさんを……」
そして、みんなの視線が僕からその犯人へと向けられる。
その形相はすさまじかった。
誰もがバランを射殺すような眼光で睨みつけている。
明らかに周りが見えていない状態だ。
プリエラの顔に赤い文様が入り出す。
これはプリエラが吸血鬼の力を本気で使う時に起きる現象だ。
ただプリエラは既にかなり吸血鬼の力を使っている。
ここで力を使えばプリエラに危険が及ぶかもしれない。
「プリエラ! アイリス! ミーちゃん! 待って!」
僕は敢えて強い言葉で静止を掛ける。
僕の大声を聞いて、みんなの視線が僕に集まった。
「プリエラは力を使わないで。アイリスとミーちゃんはプリエラを守りながら、魔物の残党を狩っていってくれ」
僕は滲む冷や汗を押さえながら声のトーンを落として、指示を出す。
「で、ですが……」
「う~~~~」
プリエラとミーちゃんが我慢できないとばかりにこちらに走ってくるバランを睨む。
これだけの威圧を受けても何故かバランは止まらなかった。
そんなバランを一緒に睨んでいたアイリスは一つ深呼吸すると僕に振り向く。
「分かった。ライアス君は大丈夫なの?」
アイリスの顔は今にも泣きだしそうだ。
「うん。傷は深くないからね。少しだけ魔物を任せても良い?」
「もちろんだよ。ライアス君のお陰で戦い方が分かったらね。こっちは任せて。ミーちゃん、一緒に戦うよ。それとプリエラちゃん、気持ちは分かるけどここは抑えて……」
アイリスは僕の意図を汲んでくれた。
アイリスの言葉を聞いて、みんなも少し落ち着いたのか頷いてくれた。
「それに、あいつは僕の元パーティメンバーだからね。ここは僕に任せてよ」
「うん……」
「分かりました……」
ミーちゃんが頷き、プリエラが納得するとプリエラの顔の赤い模様は消えていった。
僕は深呼吸すると、バランに立ち向かう。
何の理由があって来たのか分からないけど、もし僕があと一歩反応が遅れていたらアイリスは傷ついていた。
それに傷は付かなかったけど、僕が庇ったことでアイリスは間違いなく自分を責めているだろう。
僕は一度唇を噛むと、短剣を握りしめた。
◇◆◇
僕は走ってきたバランの剣を短剣で受け止めていた。
甲高い金属音が辺りに響き渡る。
バランは怒りに満ちた表情で僕に詰め寄ってくる。
「お前だ。お前のせいで俺はこんな惨めな思いをしてるんだ」
バランは喋りながらも剣を止めない。
その攻撃を僕は落ち着いてさばいていく。
そう、落ち着いて、落ち着いて……
感情的になればなるほど、気持ちは乗るが技の精度は落ちてしまう。
僕は自分の怒りに呑まれないように感情を抑えていた。
「なんでまた出てきやがったんだ!」
尚もバランの暴言は止まらない。
僕はそれを聞きながら、表情を変えずに呼吸を整える。
足の痛みも大分マシになってきた。
マシになったというよりは少し慣れたと言った方が正しいか。
「お前さえ、居なけりゃこんな思いをせずに済んだんだよ! いつも俺の邪魔ばっかりしやがって!」
僕はまだ残っている痛みに耐えて、一歩踏み込んだ。
ずっと流してきたバランの攻撃を短剣二本で受け止める。
僕が一歩詰めたことで、バランの顔が僕の眼前に来た。
急に僕が正面から受け止めたことで、バランが少し驚いた顔をする。
そんなバランを睨みつけながら、僕は低い声で問いかける。
「言いたいことはそれだけ?」
言葉を吐き出すたびに口から炎が出ていると錯覚する程の熱を感じる。
熱が漏れるのと同時に手に込める力も大きくなっていく。
僕は急に喋らなくなったバランにもう一度問いかける。
「言いたいことはそれだけ?」
「っ」
短剣を握る手にどんどん力がこもっていく。
あまり感情的になってはいけない……
頭では分かっている。
ただ僕の仲間を傷つけようとした相手がそのことを全く気にもせず、自分のことばかり捲し立てて来るこの状況に僕は堪えきれない怒りを感じていた。
バランは僕に押されて、一歩身を引いた。
そのことに自分で驚いた顔をしたバランは再度体制を立て直すと僕に剣を振り下ろす。
「っ、ラ、ライアスのくせに……」
今までで一番大振りの一撃。
しかし、今までで一番大雑把な一撃でもある。
それに合わせるように僕は二本の短剣でバランの剣をかちあげた。
「あっ」
バランが気の抜けた声を出すと共にバランの剣が宙を舞う。
少しだけ剣の行方を追っていたバランは怯えた表情で僕の方を振り向いた。
バランの瞳に短剣を構える僕が映る。
「お、おい……や、やめ……」
バランの言葉を最後まで聞く前に僕は短剣を捨ててバランに掴みかかった。
胸倉を掴まれたバランは何が起こったか分からないとばかりに動揺している。
「バラン。僕のことはどうでも良いさ。バランが僕のせいにしたいならすればいい。パーティを追い出されたのだって僕の責任は少なくない」
バランの胸倉を掴む腕に力が入る。
その力に押されてバランの身体が少しだけ持ち上がる。
「それでも、許せないことがあるんだよ」
僕は一つ唾を飲み込んでさらに距離を詰める。
「何回僕の仲間を傷つける気だ?」
「な、何を言って……」
「森でもバランが言うことを聞かなくて、魔物が暴走したよな? あれで僕の仲間は危険な状態になったんだぞ?」
「あ、あれはお前が宝石を盗もうとしたから……」
「今さっきだって、僕が受けてなかったら当たってたのは僕じゃ無い」
「そ、それはお前が……」
僕の中で何かが切れるのを感じた。
気付けば僕は拳を強く握りしめ、振りぬいていた。
大きな音を立ててバランが飛んでいく。
顔を思いっきり殴られたバランはそのまま地面に叩きつけられると、顔を抑えて蹲る。
僕は格闘家では無い為、殴った僕の方にも手に痛みが走ったけど、興奮していてあまり感じない。
僕がバランに詰め寄ると、バランは怯えたように後ずさった。
僕はバランに馬乗りになって再度胸倉を掴む。
「これ以上僕達に関わると、本当に許さないよ」
「っ」
その時、僕に静止の声が掛かる。
「おい、ライアス。その辺にしとけ」
「だ、団長……」
僕を落ち着かせるように団長が歩いてきた。
団長に言われて、僕は自分の状況を見つめなおす。
……
明らかに自分を見失っていた。
いつもみんなには出来るだけ落ち着いてとか言っているくせに感情的になりすぎていた。
これではみんなに示しがつかない。
「すみません。止めてくれてありがとうございます」
僕は団長にお礼を言うと、バランから離れた。
騎士団の制服を来た団長が現れたことで、バランの顔は明るくなる。
「あ、あの! 俺、こいつに殴られて、騎士団ってこういう争いとか見逃せませんよね?」
バランは縋るような視線で団長を眺めた。
「あ? ふざけるのも大概にしろや。俺はしっかりお前がナイフを投げたとこを見てたからなぁ」
「っ」
団長は一言でバランを切り捨てると、僕の所まで歩いてくる。
「ライアス、負担を掛けちまってすまねぇな。後ろのお嬢さんたちもな」
「あ、みんな……」
そう言って団長は僕の後ろを見た。
僕も振り返るとみんなが少し気まずそうに僕の方を見ていた。
見た感じ、彼女達で魔物を倒しきったみたいだ。
最後まで魔物を任せてしまったのは本当に申し訳ない。
「ライアス君、大丈夫……?」
「お兄ちゃん……」
「ライアスさん、足が……」
プリエラが僕の足を見て、辛い顔をする。
少し興奮して忘れていたけど、傷口は開いたままだ。
そのせいでズボンにかなりの血が染み込んでいた。
それを自覚すると共に痛みを思い出す。
「結構酷いことになってんな。後は俺達で何とかしてやるからライアスは救護班に見て貰え。俺が連れて行っても良いが……」
「私がやります……」
「ミーが運ぶよ!」
「ライアス君が傷ついたのは私のせいだし、私が……」
「ったく愛されてやがるなぁ。救護班はあそこに見える白いテントの中だ。騎士団の奴らには変に話しかけるなって言ってあるから絡まれることもねぇだろう。まぁ、話しかけられるような根性のある奴がいるかは分からねぇけどな」
そう言って団長は笑う。
自分で歩きますと言いたかったけど、想像以上に痛みが増してきた。
緊急の場面でも無いし、ここはみんなに甘えよう。
「みんなありがとう。お願いするよ。団長も色々とお願いを聞いていただきありがとうございました」
「ああ、そこで逃げようとしてる奴らの処遇も任せてくれや」
僕が視線を向けるとバランがナージに肩を借りながら門の方へと向かっていた。
団長の視線を受けて歩くペースが早くなる。
「よろしくお願いします」
「ほら、ライアス君、早く行くよ」
「まぁ、詳しい話はあとでしようや。お嬢さん達が呼んでるからな。まずは治療して貰ってこい」
団長は手を振りながらバラン達を追っていく。
彼らにはそれなりの罰が下されるだろう。
僕はバランから視線を外すとアイリス達に連れられて救護テントへと向かった。
◇◆◇
「確か『竜の息吹』だっけか?」
今まで街の門を死守してきた騎士団の団長はその疲れを感じさせない足取りでバラン達に追い付く。
「ひ、ひっ」
「まぁ、やっちまったもんは仕方ねぇよなぁ。大人しく捕まってくれや」
団長はなんてことなく言うが、もし捕まってしまったら強制労働などその扱いはかなり酷いことになる。
それを知っているからこそ、バランも簡単に認める訳にはいかない。
「な、なんでなんですか! アイツだって俺を殴りましたよ!」
「まぁ、そりゃそうだが、ナイフ投げられて斬りかかられたら自己防衛のために攻撃するのは止む無しだ」
「そんな……じゃ、じゃあ! アイツらはどうなんですか!?」
そう言ってバランは今も魔物を取り合っている冒険者を指差す。
「アイツらだって殴り合ってますよ。俺だけ、そんな捕まえようだなんて、ちょっと不公平なんじゃないっすか」
「ああ、そのことか。確かにあいつらも何とかしなきゃならねぇな」
「そうっすよね。へへ」
バランは自分の主張がそれなりに良い線をついたことを喜ぶ。
こんな人数を捕まえるとなれば苦労するのは間違いない。
あの冒険者達も簡単には捕まらないだろうから絶対に隙は生まれる。
その隙に逃げてやろうとバランは考えていた。
「だが、俺達騎士団は基本的に冒険者同士の争いには不干渉だ。冒険者ギルドの在り方は今後話し合うとして、あそこで小競り合いしてる奴なんざ、どうでも良いんだよ」
「は? そ、それなら俺達だって冒険者同士……」
「冒険者同士、なんだ?」
バランはそこで、ライアスが冒険者では無いことを思い出した。
ずっと冒険者としてやってきたから失念していたが、ライアスを追い出したことでライアスは冒険者ではなくなってしまっていたのだ。
「あいつは騎士団の客人みたいなもんでな。冒険者じゃ無いんだわ」
バランはそこで何も言えなくなってしまった。
そんなバランを支えていたナージが団長に頼み込む。
「あ、あの、何とかなりませんか。私からきつく言っておきますので……」
「それをするなら、こうなる前に言っておくべきだったな。時すでに遅しだ」
「そ、そこをなんとか。彼も分かったと思いますので……」
ナージが尚も粘ろうとすると、それを横からゴイルが制した。
「おい、見苦しいぞ。バランは越えちゃならねぇ一線を越えやがった。それだけのことだろ? 今さら俺達が何を言おうが無駄ってもんだぜ」
「そ、そんな言い方」
「いーや、今まで我慢してたが、コイツの指示はたまにおかしかったからな。向こうで叩き直してもらった方が良いんじゃねぇか」
ゴイルはここぞとばかりにバランへの恨みを晴らす。
ここ最近のバランの態度が気に入らなかったゴイルはバランが捕まることに抵抗はなく、むしろ好都合とさえ思っていた。
そんなことよりゴイルには気になるものがある。
「なぁ、団長さんよ。バランが捕まるっつうのは仕方ねぇとして、この集めた魔物の頭は俺達のものってことで良いんだよな?」
頭数が減ればそれだけ報酬が増える。
どれだけのお金になるかは分からないが、バランが居なくなった今、仮のリーダーになるのは自分だろう。
そうなれば報酬を直接受け取るのは自分になる。
そこからは上手いことしてやろうと考えていた。
(マルナの奴も働かなかったし、俺がほとんどいただいてやるぜ)
しかし、そんなゴイルとナージに団長は無慈悲にも告げる。
「おい、何を勘違いしているのか知らないが、お前たちも捕まることになるぞ」
「は?」
「え?」
今までバランを助けようとしていたナージもそうでないゴイルも呆気にとられた表情をする。
「は? なんで俺達まで罪になるんだよ? ライアスの野郎に手を出したのはそいつだけだろ? これはマジだぜ。もちろん指示なんてしてねぇ」
「う、うん。なんなら私は止めたし」
「あ~、悪いがその件じゃねぇんだわ。お前たち、フィーリアって名前に聞き覚えはあるか?」
その名前を聞いた瞬間、全員の脳裏に一時期一緒に冒険をしていた女の顔が思い浮かぶ。
割と能天気な性格だったが、依頼の最中、置いてきてからは会っていない。
「は、は~。そんな奴も居たっけか?」
「ど、どうだったかな。私、物覚え良くないし……」
「心配するな。冒険者ギルドにも確認したが、間違いなくお前たちのパーティに所属していた」
ゴイルとナージの顔が青ざめていく。
目の前の団長の目は本気だった。
二人の脳裏に強制労働の情景が思い浮かぶ。
それだけは避けなければならない。
ゴイルは捲し立てるように弁明した。
「そ、それはそうだがよ。さっきアンタは冒険者同士の小競り合いには不干渉とか言ってたよな? あいつは冒険者だろ? あんなの、依頼中の不幸な事故だって」
「そ、そうよ! そもそも私たちは助けようとしたのに、その子が勝手に森の奥に行ったんじゃないの? それで捕まるのは流石に……」
あの時のことは本人達以外、誰も見ていない。
だからこそ、逃れる余地もあるはずだ。
そう考えていたゴイルとナージの目の前に一枚の紙が広げられる。
「は? なんだよそれ……」
「これは街で領主のみが発行できる特別な命令書でな。まぁ、国王やそれに準ずる者からの命令以外で言えば一番効力が強い命令ってことだな……」
「な、なんで私たちの名前が……」
「まぁ、死刑じゃないだけありがたがってくれ。これは運が悪かったとしか言えねぇが手を出す相手が悪かったってことだ」
団長が見せたのは『竜の息吹』のメンバーを捕えろという指令書だった。
これを使えばいつでも彼らを捕えることが出来た。
何故、領主がこんなものを発行したのか。
それはフィーリアのせいだった。
フィーリアは自身が王族であることを証明した。
それはフィーリアが大災害の魔物を倒すべく騎士団を動かすためにしたものだったが、その時にフィーリアは『竜の息吹』の面々を訴えたのだ。
誰からも恐れられている国王の親族のお願いとなれば、領主が一筆したためるには十分な理由だった。
この書類をフィーリアから受け取った時のことを団長は思い出す。
『あ、団長さん。これ、ライアスさん達が来た時にタイミングがあれば使っちゃってください。多分、カナリナ様辺りがなんかすると思うので、その後が良いっすかねぇ』
そう言ってフィーリアに託された指令書。
渡された時は意味が分からなかったが、大方フィーリアの言う通りになったことに団長は少し驚いていた。
「そ、そんな……」
ナージが顔を絶望に染める。
騎士団が意味のない嘘を吐くはずがない。
自分達が褒められた事をしているとは思っていなかったが、まさかこんな大事になるとは思っていなかった。
唖然として立ちすくんでいるナージを他所にゴイルは拳を握りしめていた。
「そ、そんなの、認められる訳ねぇだろ!」
ゴイルは団長に掴みかかった。
訳の分からないことを言って来る団長を倒せば、逃げることも出来るはずだ。
しかし、大柄なゴイルが掴みかかって来ても団長は落ち着いた表情でゴイルの拳を受け止めた。
軽く掴んだゴイルの拳が嫌な音を立てる。
「ぐぅ……」
「悪いな。実は俺も力はそこそこあるんでね。負けたのは二回くらいしか無いんだわ」
ゴイルを事も無げに制した団長はこちらに来ていた騎士団の面々に指示を出す。
「こいつらを捕えろ」
「はっ」
その後、カナリナがマルナを門まで運んだことでマルナも捕まり、『竜の息吹』は事実上の解散となった。
◇◆◇
◆ライアス視点
「ってな訳で全員捕まったって感じだ」
「なるほど。フィーリアさんが一枚噛んでいたんですね」
僕は救護テントで治療してもらった後、傷を見て泣き出したミーちゃんとアイリスを宥めながら団長の帰りを待った。
その前にカナリナが来て、またひと悶着あったけど、今は落ち着いている。
今は団長に『竜の息吹』のメンバーが捕まった事情を聞いていた。
それを聞いて、僕の中で色々と疑問だったことが一本の線に繋がった。
フィーリアさんに最初に会ったとき、フィーリアさんは森の中に一人だった。
回復役のフィーリアさんが一人なのはおかしいと思っていたけど、まさか『竜の息吹』のパーティに参加していて置き去りにされていたとは……
だからフィーリアさんは僕の名前を聞いて、驚いた顔をしていたのか。
『竜の息吹』に参加していたのであれば、僕の名前を聞いていても不思議じゃない。
そして、それが分かればみんなが『竜の息吹』の面々のことを知っていたことも説明がつく。
恐らくフィーリアさんが言ってしまったんだろう。
フィーリアさんとの別れ際のセリフを思い出す。
『あ、ライアスさん! すみません。あのこと、話しちゃいましたぁ!!』
あのことっていうのはこのことだったのか。
「まぁ、そんな訳だ。俺は今回の件で冒険者の質がヤバいことも分かったから、落ち着いたらその辺りも見ていくつもりだ」
「それは骨が折れそうですね……」
「まぁ、ボチボチやっていくさ」
「それじゃあ、今日の所は失礼します」
「ああ、お大事にな」
そろそろファナ達も待ちぼうけているところだろうから、早く帰らないとな。
僕は団長に別れを告げると、救護テントから出る。
「ラ、ライアス君は怪我してるんだから。ほら肩に掴まって」
そんな僕に寄り添ってくれるアイリス。
「あ~。ずるーい。ミーだってお兄ちゃん運べるよ~」
「待ちなさい。あたしの魔法なら変な体勢にもならないし」
「私の、吸血姫の力で……」
そんな風にわちゃわちゃする彼女達を見て、笑みを浮かべる。
やっぱり彼女達と一緒に居ると楽しい。
今回、色々とあったのは僕の因縁のせいだった。
『竜の息吹』のメンバーは捕まったらしいから今後会うことは無いだろうけど、それ以外で何かの危険が僕達に及ぶことはある。
純粋な力勝負であれば彼女達に勝る者は少ないだろうけど、搦め手のようなものには対処できないかもしれない。
その辺りは僕がしっかりしなければならないところだろう。
僕が笑っていると、彼女達が不思議な顔をする。
そんな彼女達を見て僕も出来る限り、この空間が守れるように全力を注ごうと改めて心に決めた。
これにて、『竜の息吹』の面々とのいざこざは終了でございます。
タグに「後々ざまぁ」とは書いていましたが、60万字も後になってしまい本当にすみません……
次回からは彼女達の故郷にお邪魔する話になりますが、そこでも色々とありそうです。
最近、更新に時間が掛かってしまっていますが、少しずつ早めていきたいと思っていますのでどうぞよろしくお願いいたします。