第82話 武器の依頼とカナリナの偵察
「おいおい、ライアス。これはまたとんでもねぇもんを持ってきやがったな」
「はい。大災害の魔物ですからね」
「あぁ!? 大災害ってあの五年に一度のあれか?」
「はい。それです」
「おいおい。この前から思ってたが、ライアスの周りはどうなってんだ?」
僕は街に出ると一番にドリスタさんの元へ来ていた。
ドリスタさんは、この街で僕が信頼できる数少ない人で、妻のメアリーさんと共に小さな商店を営んでいる。
まぁ、商店と言っても、彼らはほとんどの商品を自分で作るので工房と言った方が正しい気もするんだけど、彼らが商店だと言うのでここは商店なのだ。
この前アイリスの特殊な服を作ってくれたことからも分かる通り、亜人にも理解のある人だから僕としても本当にありがたい。
今はそのドリスタさんに大災害の魔物の一部を持ってきていた。
正直、大災害の魔物の硬さは尋常じゃない。
恐らく素材としても一級品だろう。
ただ、それは加工が出来て初めて意味を為すものだ。
僕にはそんな技術は無いので、僕が知っている中で一番技術があるドリスタさんの元へ持ってきたという訳だ。
ドリスタさんは蜘蛛の足を開閉したりしながら、その硬さに感嘆の声を挙げている。
少し鼻息が荒いので、興奮しているのかもしれない。
「いやいや、これはマジでやべぇぞ。こんな素材見たことがねぇ」
「それは、良い感じってことですか?」
「ああ、良い感じも良い感じだ。硬さもだが、柔軟性も高いぞ……これだけの素材があれば、最高のものが作れるはずだ」
「ほんとですか! それなら武器を依頼しても良いでしょうか? 作って欲しいのはこんな感じなんですけど……」
そう言ってドリスタさんに頼みたい武器を依頼する。
作ってもらいたいのは僕の短剣二本、ミーちゃんの拳につける籠手、アイリスとファナが使う剣とレイピアだ。
他のみんなは変に武器は要らないだろうから、別のものを買っていくつもりだ。
「ああ、せっかく持ってきてくれた素材だ。しっかり活かしてやるさ」
「ありがとうございます!」
ドリスタさんはキラキラした目で蜘蛛を見つめている。
(あれ、結構見た目がグロテスクなんだけどな。あんな目で見つめられるとは思わなかった……)
ほんとに純粋な目で見つめているので、よほど嬉しいのだろう。
しばらく、蜘蛛の死骸を見つめていたドリスタさんは一つ咳ばらいをするとこちらを向く。
「オホン……ああ、それでものは相談なんだがな。これほどの素材となると一筋縄じゃあ、いかない訳よ。だからな──」
「──ここにあるの、全部でどうですか?」
ドリスタさんが言おうとしていることは分かる。
恐らくこの未知の素材が自分用にも欲しいのだろう。
彼は武器などを作る職人だ。
良い素材があれば欲しいと思うのが当然だ。
そうなることが分かっていたので、少し多めに持ってきている。
僕の依頼をこなしても十分に余るはずだ。
僕は鞄に入れてきた蜘蛛の魔物を全て吐き出してドリスタさんの前に置く。
「ったく、せこせこ頼もうとしてた俺が馬鹿みてぇだな。ほんとお前さんには適わねぇよ。よし、最高のもんを作ってやるよ。それと、ほら」
そう言ってドリスタさんはお金の束と短剣を二本持ってきた。
「え? これは?」
「素材の値段と新しい短剣までのつなぎだ。値段に関しちゃあ、正直値段を付けられるレベルじゃねぇが、ライアスの依頼料を差し引いても、これだけの素材をタダで受け取るわけにはいかねぇ。まぁ、こんだけありゃ当分は苦労しねぇはずだぜ」
僕が中身を確認すると、本当に見たこともないほどの大金が入っていた。
というかドリスタさん、かなりお金を持ってるんだな。
そう思わせるほどの大金だった。
「ほんとはもう少し、色を付けてやりたかったんだが、最近国からの税金が高くてな」
「ドリスタさんが言う程ですか……?」
「ああ、正直、俺みたいな小さくやってるもんでもこれだけ取られたんじゃあ、大きい店や売り上げが小せぇ店は潰れちまうぞ。って、ライアスに言っても仕方ねぇことだわな。まぁ、とりあえずそれは持って行ってくれや」
僕の知らない間に国がお金を集め始めたのか。
しかも、ドリスタさんが言う程ということは少し上がった程度では無いのだろう。
そう言えば宿代も幾らか高くなっていたな……
少し不気味さを感じた僕はこのことを胸に留めておく。
短剣は今後戦闘になる可能性もあるから借りよう。
ただこのお金は、そのまま受け取るわけにはいかない。
僕が素材を余分に持ってきたのは、このお願いを通すためでもあるからだ。
「いえ、実はお願いはまだあるんです」
「何だ、なんでも言ってみろ」
「実は、その武器を出来れば二日、三日以内に作って欲しいんです。それが厳しくてもなるべく早く作ってもらえるとありがたいです」
「二日だと?」
これがかなり無理なお願いであることは承知だ。
多分、この素材を加工する手段を探すだけでも時間が掛かるだろうし、当然加工そのものにも時間が掛かる。
ただ、僕としても長居はしたくないという思いがある。
その無理を通すために多めに素材を持ってきたのだ。
「ったく、無茶なこと言いやがるな。だが、せっかくこれだけのモン持って来てくれたんだ。三日で作ってやる」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
正直、無理かもしれないと思っていただけに引き受けてくれたことに感謝が絶えない。
ドリスタさんなら約束は守ってくれるだろう。
出来ない仕事はしっかり、断るタイプだからだ。
ただ、それでもかなり無理をさせることになってしまう。
「この短剣もありがとうございます。それじゃあ、また三日後に来ますね」
「おい。ライアス待て」
「はい。どうかしましたか?」
「例の狼の子は元気なのか?」
ドリスタさんがアイリスのことを知っているのは、僕がこの前に来た時に服を依頼したからだろう。
よく覚えていてくれたな。
「はい。元気ですよ」
僕は笑顔で応えると、ドリスタさんも安心したように笑みをこぼす。
「それじゃあ、失礼します」
「おう。あと、忘れもんだ」
そう言って、ドリスタさんは僕にお金の束を渡してきた。
「いえ、これは……」
「それはそれ、これはこれだ。使わねぇなら置いといてやるから必要な分だけ取っていきな」
ここで僕が受け取らなくてもドリスタさんは僕の分としてこのお金には手をつけないだろう。
本当に律義な人だ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて少しだけ頂きますね」
僕は何らかの状態でお金が必要になることを見越して纏まったお金を受け取ると後はドリスタさんに返す。
「まだまだ、残ってるんだからな。また取りに来いよ」
「もちろんです」
僕はドリスタさんに別れを告げると、商店を後にした。
これで、ひとまずみんなの武器を買うことが出来たな。
後はあのことを確認をしとかないと……
そう思っていた僕の目に飛び込んできた人を見て、僕は笑みを浮かべる。
これはタイミングが良い。
僕はその人にゆっくり近づいていくと、フードの中で仮面を取りながらその人に声を掛ける。
「お久しぶりです。団長」
◇◆◇
◆カナリナ視点
「ファナ、アイツなのね?」
「ええ。間違いないわ。周りの二人は知らないけれど、あそこの男は間違いなく森に居たわ」
あたしの前には大柄な男が居る。
ファナ曰く、盾を持っていたということなので、タンク役なのだろう。
確かライアスとこの前街に来た時に絡んできたのもアイツな気がする。
そいつは身体のあちこちに包帯やらを巻いていて、明らかに傷を追っている状態だ。
聞いた話によるとファナがアイツを吹き飛ばしたらしい。
そんな彼の両手には女性が居た。
服装や恰好からして、遊女の類だろう。
あたしは勘づかれない程度に近づいてその声を聞く。
「ったく、やってらんねぇぜ。おい、聞いてくれよ。俺は仲間を守るために必死で戦ったんだ。そしたらアイツら逃げやがってよ」
「へぇ~。そりゃ大変だねぇ」
「そうなんだね~」
男は酔っているのか、気付いていないけど両側の女性はほとんど話を聞いていない感じだ。
まぁ、本人がそれで良いなら良いが、彼の性格は割と分かりやすい。
典型的な高圧型タイプだ。
周り全てが気に入らず、好きなのは女性とお酒。
今、片手でお酒を飲んでいることからも、この予想は大方外れては居ないだろう。
あたしは今回の件を改めて考えてみる。
あたしが今こうして動いているのは、アイツらがライアスをこけにしたからだ。
初めてあたし達と会った時の彼の顔は本当に憔悴していた。
まぁ、最初はあたしもライアスを敵視していたけど……
少し悲しい気持ちになったあたしは頭を振って、気を逸らす。
ともかく、そんな顔を思い出すと到底許すことは出来ない。
それに、この前もちょっかいを掛けてきたというではないか。
ただ、ライアス自身は復讐とかは望んではいないだろう。
それも分かっている。
ここで、あたし達が手を汚すようなことがあれば、そちらの方がライアスは悲しむだろう。
だから、直接的な攻撃はしない。
それに直接攻撃するようならアイツらと同じレベルということになる。
じゃあ、どうするのか?
答えはそんなに難しくない。
法律やモラルに反しない範囲で相手に悔しい思いをさせれば良い。
少なくとも目の前の男であれば可能だろう。
あたしはこういった輩が嫌いそうなことを考え、その作戦を練る。
ちなみにファナには少し幻覚の魔法を掛けている。
周りから見れば、ファナに違和感を感じにくくなるはずだ。
フィーリアから教えて貰った幻覚魔法を使っているけど、やっぱりフィーリアほど上手くは出来ない。
それでも、視線を集めないようにする程度には活躍してくれているはずだ。
あたし達はそれからも、街を見て回り情報を集めた。
◇◆◇
「それで、カナリナちゃん……どうだったの……?」
「ええ。恐らく全員調べることが出来たはずよ。少なくともファナが知っていた人はみんな見てきたわ」
「どんな人たちだった?」
「分かりやすいのから、外面は良いのまで様々だったけど、まぁ、総じて余裕が無さそうな感じだったわね。最近何かとうまくいってない様子ね」
あたしは見てきた彼らを思い出す。
あれから街の人にそれとなく聞きながら、情報を集めた結果、大体の人となりが分かった。
人と人は繋がっているため、情報が全くないなんてことはない。
あたしが少し調べただけでも十分な情報が得られていた。
曰く彼らのパーティにはお荷物が居たが、最近見かけなくなったらしい。
恐らくそれがライアスだろう。
何をどう評価して、そんなことになったのかは分からないけど、そのお陰であたし達はライアスと会えたのだ。
なので、そこはありがたい気もする。
まぁ、だからと言って何もしないなんてことは無いんだけど。
そして、そのパーティの最近の成績が良くないらしいのだ。
今まで冒険者の中でも、着実に実績を積んでいて、将来的にはこの街の冒険者の中心核になることは間違いないと言われていたほどらしい。
しかし、そんなパーティが最近依頼の失敗続きらしい。
一時は新しいメンバーを入れていたという話を聞いたけど、それもすぐに居なくなってしまったようだ。
やっぱりライアスが上手く回していたのだろう。
あたし達も色々あったけど、何度もライアスの判断に救われてきた。
それを失ったパーティの成績が落ちるのも当然と言える。
そしてもう一つこの街には最近物騒な話があるようだ。
最近、この街に魔物が攻めてくることが増えたみたいなのだ。
それによって騎士団や冒険者が駆り出されているらしい。
その中には例のパーティもときどき参加しているようなのだ。
状況によってはこの情報も使うことになるかもしれない。
「でも、どうするの~? お兄ちゃん、多分ミー達が怒っても怒らないでって言ってくると思うな~」
「ええ。それは間違い無いわ。だから、直接攻撃するんじゃなくて色々作戦を練ってみたの。こんな感じでどうかしら……」
あたしは以上のことを踏まえ、自分の考えを述べていく。
これならライアスは反対して来ないだろうし、悪いこともしていない。
「待って。それなら、ここをこうした方が良いと思うわ」
「わ、私、上手く出来るかな……?」
「アイリスなら大丈夫なはずよ」
みんなには伝えたけど、まぁ全て予定通りにいくことはない。
臨機応変に対応していくしかないだろう。
後はライアスが帰ってくるのを待つだけだ。
◇◆◇
◆ライアス視点
僕は団長との話を終えてから、昼食を買ってみんなの元へ向かっていた。
僕が聞きたかったのは、領主の城の中で眠っていた人たちのことについてだ。
ファナに使った魔法具を取りつけられていた彼らは起きる気配が無かった。
最初に見た時は僕達も急いでいたから最後まで確認することは出来なかったし、この前団長と会った時も色々あってそれどころではなかった。
あのことはずっと気になっていたので、会えたら団長に話を聞こうと思っていたのだ。
結論から言うと、本人の同意はあったらしい。
そして金銭的な援助もあるらしかった。
まぁ、詳しいことは団長も分からないようだったけど、本人が納得しているのなら僕達が何か言うことはない。
その件はそれで良かったんだけど、他に気になることがあった。
団長が妙に憔悴していたのだ。
最近、魔物が街を襲うことが増えているらしい。
確かに、この街に向かう途中でも、魔物を見かける数は多かった。
最近増えた魔物の理由……それは恐らく大災害の影響だろう。
そして団長もそのことを指摘していた。
大災害の魔物が現れたことで、近くに居た魔物の動きが大幅に変化した。
その余波がこの街にも来ているらしい。
騎士団と冒険者は街を守るために戦っているらしいのだが、騎士団自体も連戦に疲れが出ているらしく、また冒険者とのいざこざで頭を悩ませている様だ。
団長との会話を思い出す。
「ライアス、正直、俺はお前がこの街の冒険者だと思っていたのだが、違ったんだな」
「まぁ、そんな時期もありましたが、今は違いますね」
「あの冒険者の中でやっていたのか? 正直、ライアスの性格とは合いそうに無かったがな」
確かに僕はこの街の冒険者としてやっていくのは向いていなかったのかもしれない。
「どうかしたんですか?」
「騎士団のように統率するのは難しいと思っていたが、流石に言うことを聞かなさすぎる。もう、そのことは割り切ってやっていたが、それでも邪魔までされれば流石に堪えるな……」
恐らく、少しでも魔物を多く倒した方が賞金が出るのだろう。
そうでなければ冒険者は真面に戦うはずがない。
そして、そうなれば賞金目当てで弱っている魔物を狙いに来ることもあるだろう。
この前見た騎士団の統率具合を見れば冒険者との相性が最悪なのは明白だった。
「俺達だけだと間に合わないから冒険者も参加せよとここの領主は考えているが、正直、俺達だけの方がまだマシだ。まぁ、言っても聞き入れてはくれないがな」
団長も苦労しているようだった。
「団長にはお世話になっています。何か出来ることがあれば言ってくださいね」
「ああ、まぁ、この街の冒険者で無いのなら、戦う必要もあるまい。騎士団に入団希望するというのなら歓迎するが、そうでないなら無理をする必要は無いだろう」
そう言って、団長は去っていってしまった。
……
あまり目立ちたくないと思って、ここまで顔を隠して来たけど、あと数日でこの街を出ることになる。
もしもの時は団長の手伝いをしても良いかも知れないな。
僕はそんなことを考えながらみんなの元へと戻った。




