第79話 魔力暴走
◆ファナ視点
私は自分の不甲斐なさを嘆く。
やってしまった。
自分の感情をコントロールできなかった。
今日、私はティナとライアスが一緒に外へ出かけるのを見かけた。
私としては二人が仲良くなってくれることはとても嬉しいことだ。
ティナはエルフの研究者や私たちを裏切った父さんが男だったこともあり、ライアスのことを少し苦手にしていた。
私もライアスは大丈夫だということは何度か伝えたけど、こればっかりは割り切れないものもある。
ライアスもそのことは分かってくれているようだから、ゆっくりと様子を見守ろうと思っていたところだ。
そんなところでティナから動いてくれた状況に私は嬉しくなっていた。
ただ、彼女達だけだと少し心配だという気持ちもあった。
だから私は何かあった時にフォローできるようにと後をつけることにした。
まぁ、何も無ければこっそり帰れば良いだけ、そう思っていたのにその何かは起こってしまった。
誰かは分からない。
ライアスとは何らかの面識があるというのはなんとなく分かったけどお世辞にも仲が良いとは言い難い感じだ。
そして、ライアスの助言を無視したその集団が魔物を呼び出してしまったのだ。
さらに理由は分からないけど、襲い出したのはその集団ではなくライアス達。
私は咄嗟に飛び出そうになった。
魔力が使えないティナと、短剣を使うライアスではあの魔物とは戦えそうにない。
ただ、そこで思いとどまる。
魔力暴走の危険がある自分に何が出来る……?
変に飛び出していって私の魔力が暴走してしまう方が問題だ。
それによく見れば危険ではあるが、ライアス達はよく戦っていた。
魔力が無くなっていたはずのティナも何故か魔法のようなものを使っているし、このままいけばライアス達が勝つかもしれない。
飛び出さないことに決めた私は誰かを呼びに行くか迷った。
私が動けなくとも他の誰かが居れば、状況はさらに好転する。
ただ、もし私が目を離した隙にどちらかがやられてしまったら……?
今、二人はお互いのお陰で助かっているようなものだ。
どちらかが居なくなれば間違いなくもう一人もやられてしまうだろう。
ティナとライアスを失う可能性を考えたら、そんなことは出来なかった。
もしもの時は魔力暴走の危険を分かった上で飛び出すしかない。
私は今にも飛び出したい気持ちを押さえながら戦況を見守る。
流石ライアスだ。
決してあの魔物を余裕で倒せる強さは持っていない。
新たに分かったティナの力をうまく借りながら戦っている。
改めて彼の自分の実力と周りの実力を把握し、限られた状況の中で戦う能力の高さを思い知らされる。
その甲斐あってか魔物にはかなりダメージが溜まってきたようだ。
手負いの魔物が何か魔力を溜めているが、あのまま行けばライアスの攻撃の方が速く届くだろう。
そんなことを思っていた私はその先に見えるものを見て、目を疑った。
ライアスと知り合いであろう集団、その中の一人がライアスに杖を向けていたのだ。
恐らく魔法だろう。
それを明らかに彼に向かって放とうとしていた。
私の中で、沸々と怒りが沸き上がってくる。
自分達のせいで生み出した魔物を他人に押し付け、その上邪魔までするのか。
私の中に芽生えた怒りは徐々に身体を強張らせている。
感情の激動を表すように今まで抑えてきた魔力が胎動し始めた。
今まで魔力を抑えつけてきた蓋にひびが入る。
ライアスも攻撃に気付いたようだ。
それでもライアスは目を外し、魔物のみを見据える。
今から防御態勢を取らなければ魔法の攻撃に間に合わない。
それでもライアスは魔物を仕留めることを選んだ。
彼らしい選択だと思う。
両者を天秤にかけた結果、魔法使いによる攻撃を受け入れることを選んだ。
ライアスの覚悟を見て、私の怒りは限界を迎えた。
感覚として何かが割れる音が聞こえた。
割れた穴から今まで押さえつけてきた魔力が激流となって身体中を駆け巡る。
「くっ……」
その痛みさえ伴う魔力の奔流に私は声を抑えきれない。
だが、今はそんなことは後だ。
もう、魔力の蓋は壊れてしまった。
今さら抑えられるものではない。
それならば、せめてライアスとティナだけは守る。
私は急激に増加した魔力を惜しみなく使ってライアスの目の前まで行って飛んできた魔法を撃ち落とした。
ついでに魔物が放とうとしていた爆発からもライアスを防ぐ。
今の私は周りににじみ出た魔力が防御壁のようになっており、魔法を弾けるようになっていたのだ。
無傷で攻撃を止めた私はライアスに振り返る。
「ごめんなさい、ライアス。我慢が出来なくなったわ」
「え?」
ライアスの驚いた顔が目に映る。
ライアスのことだ。
私の今の状況を見れば、私が何をしたか分かっているだろう。
「ファナ、もしかして……」
「ええ、ごめんなさい。貴方との約束、守れそうにないわね」
ライアスは私の魔力を使わないようにして欲しいとお願いしていた。
ライアスは何か私のために準備してくれているようだった。
それを待つことなく私は魔力を使ってしまった。
ライアスが苦虫を噛み潰したような顔をすると同時にその後ろに居る妹の姿も目に入った。
ティナも驚きに目を振るわせており、言葉が出ない様子だった。
そこで、私はライアスとティナから目を切った。
自分の身体の制御が追い付かなくなる前にせめてこいつらだけでも追い出さなくてはならない。
それすらも出来なければここまで来た意味が本当に無くなってしまう。
私はギリギリの状態で彼らを追い返すことに成功した。
もう一撃くらい入れるつもりだったけど、力を抑えながら戦うのは難しかった。
(ああ、これは想像以上にまずいわね……)
私も現象として魔力暴走のことは知っていたけど、実際に体験してみて自分の想像以上に酷い状態になると分かった。
増え続ける魔力はどんどん私の制御下から離れていく。
もう、私は自分の意志で身体を動かすことは出来なくなっていた。
身体が自分のものではないような感覚は決して心地良いモノではない。
そしてここまで来て、私は自分の意識がまだ残っていることに気付いた。
これはある意味で残酷なことだ。
自分の手で全てを破壊していく様を見ないといけないのだから……
(確かライアスの師匠も似たような状態だったわね)
ライアスの師匠の不可思議な言動も呪いが関係していたという。
今なら彼女の苦しみが少しは理解できるかもしれない。
そんなことを思いながらも私の身体は私の意志に反して振り返る。
そこには少し息を荒げたライアスが居た。
いつもの優し気な風貌だけど、その目には何か覚悟のようなものが宿っていた。
「ファナ、結局間に合わなくてごめんね。でも、約束だけは守らせてもらうよ」
約束……
ここで言う約束とは彼が言ったあの約束だろう。
もし私が魔力暴走したとしても誰も傷つけさせないというもの。
ライアスの顔を見れば自分が戦うことで私を抑えつけようとしていることが分かる。
でも、止めて欲しい……
ダメだ。私の見通しが甘かった。
この魔力量だと、ただただライアスが犠牲になるだけだ。
今の私の願いはただ一つ──
──みんなを連れて逃げて欲しい……
しかしそんな思いが届くはずもなく、私の身体は破壊行動を開始した。
◇◆◇
◆ライアス視点
「くっ……」
僕は見えない攻撃を受け苦悶の声を上げる。
ファナの魔力暴走が想像以上に酷いことに僕は焦りを感じていた。
楽な戦いでは無いと思っていたけど、これはいよいよマズイ。
もはや僕にファナの動きは見えていない。
それでも、僕を狙っていることだけは分かるので、地面を踏み砕く音でどこから攻撃が来るか判断していた。
幸いファナの一つ一つの動作は大きく、また力があり余っているためかかなり大きな音がする。
その音だけが頼りだ。
今まで沢山の攻撃を受け流してきた経験を活かして少しでも衝撃を抑えようとする。
それでも抑えきれない力の暴力が僕の身体を容赦なく痛めつけていた。
もし、僕が魔力暴走を起こす薬を飲んで居なければ一撃で意識を刈り取られていただろう。
僕は左から聞こえた地面を踏み砕く音に反応して自分の左腕を増えた魔力で惜しみなく強化し、そこに魔力の壁を作って攻撃を受け流す。
一部だけ強化することで使える魔力の量は全体に使う場合より増える。
もともと魔力が少なかった僕がそれを騙すために身に着けた技だ。
「くうっ……」
それでも衝撃が半端ではない。
僕は攻撃された衝撃で数メートル程吹っ飛ばされる。
平衡感覚が少しぶれそうになったけど、なんとか受け身を取って体勢を立て直した。
さっきからこうやって吹っ飛ばされ続けている訳だけど、これは自分から飛んでいる部分もある。
大きすぎるファナの力を受け流すのにその場で立ち止まっていては力を吸収しきれない。
だからこそ、自分から飛んで少しでも攻撃による衝撃を軽減していた。
(ダメージが蓄積されているな……)
正直言って、このままではじり貧だ。
ファナの魔力暴走は止めなければファナの魔力か命が尽きるまで続くだろう。
しかし、僕は長くもっても十分程度だ。
それを超えれば魔力が無くなるだけでなく、数日は動けなくなる。
自分の容量を超えた魔力を制御するのには様々なところに負担を掛ける。
その結果、僕が自分で魔力暴走を起こした後はそれこそ指一本すら動かせなくなるのだ。
そうなればファナは周りを破壊し始める。
その過程で彼女達が犠牲になってしまうこともあるだろう。
でも絶対にそんなことはさせない。
タイムリミットは後十分だ。
僕は現状を再確認したところで素早く辺りを見回す。
(そろそろあるはずだ……)
僕はここまでずっと吹き飛ばされてきたけど、何も考えずに飛ばされていた訳では無い。
そこにはある程度目的があったのだ。
僕が今探しているのは先ほど戦っていたドラトスだ。
周りの魔力を吸収することで甲羅を強化する性質を持つドラトスの硬さは並大抵ではない。
それに大災害の跡地の魔力を吸収していたドラトスの硬さは通常より高いはずだ。
そのドラトスを壁に利用すれば、少しはファナの動きを止められるかもしれない。
そしてファナの動きを一瞬でも止めた時に使うのが、ファナが魔力暴走した時用に僕が用意していた痺れ玉だ。
これはこの前街に行った時にもしものために買ったものだが、やはり買っていて正解だった。
買った状態では液体の薬だったけど、僕が少し改良を施して使いやすい玉にした。
なぜ痺れ玉かというとファナの魔力暴走の場合、眠らせたとしても身体が勝手に動いてしまうということも考えられる。
動きを止めることを考えるなら意識を止めるのではなく、身体を止める方向でやるしかない。
勝負となるのはカナリナが魔法具を持ってきた時だ。
確か魔法具は頭に取りつけるタイプだったはずだから、ファナの頭に魔法具を取りつけて大人しくなるまで待つ必要がある。
カナリナが来たタイミングでファナの動きを拘束する。
これしか方法は無いだろう。
作戦を再確認したところで僕は森の少し先に木にぶつかった状態でうつ伏せになっているドラトスを見つけた。
投げ飛ばされたせいか身体には傷があるけど、その甲羅のような背中は無傷だ。
その時、後ろからまた爆音が鳴った。
ファナが暴れまわっている音だ。
僕は咄嗟に身体を捻り、魔力を込めた両腕をクロスして衝撃に備えた。
「ぐぅっ……!!」
強化した腕に響き渡る衝撃。
やっぱり攻撃が見えない。
これではやはり痺れ玉を当てることなど不可能だ。
ただ今回はファナの姿が一瞬だけ見えた。
そのファナの顔は悔しそうに歪んでおり、その表情からファナに今意識があることを悟る。
(ファナ、もしかして……)
今、ファナは暴れまわっているけど、僕を狙い続けてくれている。
正直あの状態でみんなの所に向かわれたら僕ではどうしようもない。
それに僕に攻撃してくるときは毎回構えた腕を狙ってきているのだ。
必死だったから今まで気付かなかったけど、これはファナの最後の抵抗なのかもしれない。
(気合入れろよ、僕……)
それにあんなファナの顔を見てしまったら、ここで僕が回復不可能な怪我を負う訳にはいかない。
間違いなくファナは自分を責めてしまうからだ。
僕は吹き飛ばされた衝撃でドラトスの近くまでやってくる。
さっきからタイミングを窺いながらここまで飛ばされてきた。
時間的にもそろそろみんなが来るタイミングだろう。
アオォォオオンン!!
その時、僕に居場所を伝えるように鳴き声が聞こえた。
この深い声はアイリスが銀狼化した時のものだ。
恐らくティナちゃんの訴えを聞いて、みんなで向かってきてくれるのだろう。
アイリスの速さならたとえ家からでもここに来るまでそう時間は掛からないはずだ。
(ごめん)
僕は利用してしまうドラトスに一つ謝罪すると、強化した力でドラトスを起こし、ファナから死角となるようにドラトスの陰に隠れた。
ファナにはドラトスの背中が見えるようになっているはずだ。
そこで僕はポケットから痺れ玉を取り出す。
少しでも効力を上げようと、幾つかの痺れ薬と森で取った薬草なんかも混ぜた代物だ。
(タイミングが肝心だ)
早すぎると気付かれるかもしれないし、遅すぎると逃げられてしまう。
僕は呼吸を整えた後、耳に集中する。
相変わらず、周りの木々がなぎ倒される音が聞こえる。
もはや最近この辺りだけ木々がなぎ倒されていくので、森の中でも目立ってしまうくらいだ。
ただ、ファナが攻撃をするときは明らかに大きな音が鳴るため分かる。
僕はタイミングを計りながら手に握った痺れ玉を弄ぶ。
集中しているためか常に聞こえていた木々がなぎ倒される音が遠くなっていく。
僕は自分の呼吸が聞こえるくらいまで集中していた。
「ッ!」
そして僕が待ち望んでいた音が聞こえた。
もしドラトスが一瞬の抵抗も無く、貫通されれば僕も無事ではすまない。
そんなことを考えないようにしながら僕は起き上がって痺れ玉を投げつけた。
ガィィイイイインン!!
甲高い音が森中に鳴り響き、砂ぼこりが立ち込める。
僕の痺れ玉はしっかりと作動したはずだ。
僕は痺れ玉の煙を吸わないように手で口を押さえながら目を凝らす。
明らかにドラトスの近くに誰かが居る気配がする。
砂ぼこりの先にはうつ伏せに倒れた状態のファナが居た。
(よし、動きは止めたぞ)
しかし、特製の痺れ玉を喰らったファナはそれでもなお動こうとしていた。
(くっ、これでもダメなのか……!)
ファナは上手く動かない手足をゆっくりと動かして、起き上がろうとする。
僕は直感で、ファナが起き上がればまた動き出すような気がした。
それを防ぐために僕は大きく息を吸い込んだ後、残っている魔力を全て用いてファナの身体を締め付けるように押さえる。
師匠に教わった武術の一つに相手の動きを拘束するような技があった。
実戦では動いている相手に使えるほどの技術が無かったけど、相手が止まっているなら別だ。
僕は全体重と魔力を使って身体を固定する。
そして、そこにアイリス達がやってきた。
明らかに木々が倒れている場所があるので、探すのには苦労しなかっただろう。
ただ、この惨状を見て、みんな息を飲んでいるようだ。
「ラ、ライアスさん……ど、どうしたんですか……? それにファナちゃんも……」
「え、え? お兄ちゃんとファナちゃんが何で戦ってるの?」
それでもこの状況にいち早く気付いたのがカナリナだ。
魔法具を持ってきてくれと言ったときから分かっていたかもしれないけど、今のファナを見ればカナリナなら間違いなく気付く。
僕は息を吸えないため、目線でカナリナに訴える。
「っ! ライアス! 持ってきたわよ! ここに来るまでで調整したからこれをファナの頭につけなさい!」
カナリナは魔力を使って僕の元へ魔法具の一部を届けに来る。
それを片手で受け取った僕は素早くファナの頭に取りつけた。
「ぅぅうう!!」
片手を離したことで拘束が外れ、ファナが暴れ始めた。
それでもあと少しなのだ。
ここで負ける訳にはいかない。
「くっ……」
僕は最後の力を振り絞ってファナを再度拘束する。
たださっきから目から入ってくる痺れ玉の効果で僕の身体も動かなくなってきた。
そのせいで拘束が緩み、背中越しにファナに肘をくらわされる。
それでも、もう僕に出来ることはこれしかない。
ファナに抱き着くように力を込めた僕はついに、息が続かなくなり息を吸ってしまった。
その瞬間、身体中に電撃が走ったかのような感覚がして、指一本も動かせなくなる。
(この状態でファナは動いているのか)
僕も魔力暴走はしているけど、それでも凡そ動かせるレベルではない。
僕はファナに抱き着いた形で動きを止める。
(今さっきのように動かれたらマズいぞ……)
力を入れられなくなった僕はただ自分の重さだけでファナの上に乗って居るだけでそこまでの拘束力はない。
先ほどのような力を入れられれば間違いなく拘束は解かれるだろう。
それに魔力を使い切ってしまった為、魔力不足の倦怠感まで襲ってきた。
魔力暴走の後遺症か頭がガンガンするし、もう何も考えられない。
「ライアス! なんとか急場はしのいだわよ!」
僕はカナリナの言葉にひとまず安全なことを悟り、安心しながらゆっくりと意識を落としていった。