第71話 抑止力
「ちょっと、ちょっと! なんでコイツがここに居るのよ!」
朝になって、僕はみんなに問い詰められていた。
理由はもちろん昨日血まみれで倒れていた師匠のことだ。
あれから僕は師匠を保護して、今は空き部屋の一つに寝かせている。
みんなからすれば、危険人物が家に居るという状態だ。
当然、良い気はしないだろう。
僕も保護するかどうかは迷った。
決して弱みを見せることの無かった師匠。
僕は師匠の寝顔すら見たことが無かった。
そんな師匠が血まみれかつ、意識を失うなんていったい何があったのか想像すらつかない。
もし、何らかの存在に師匠が追われているとすれば、僕達で太刀打ちできる可能性は低いだろう。
この前のこともあり、みんなは師匠を敵視しているし、僕自身もかなり不信感を持っている。
それに家に上げた途端、暴れ出すなんてことを考えれば無闇に家に上げるのは得策では無かった。
それでも僕が保護したのには幾つか理由がある。
まず瀕死の状態になっても、ここまで辿り着いたことには何か意味があるのではないかと思ったからだ。
師匠は以前、僕に「殺してくれ」と言っていた。
その言葉を信じるなら師匠は死を恐れておらず、むしろ望んでいるということになる。
それなら自分が瀕死の状態でここに来る必要は無い。
つまり、自分が死ぬかもしれないからここに来たというよりは何か別の意味が含まれている可能性があるということだ。
そして、僕が師匠を助けた一番の要因がある。
僕が師匠を保護した時、師匠はうわ言を言っていた。
「すまないね……」
その時の師匠の顔は自分が傷ついているにも関わらず、他者に対する謝罪の心があった。
その悲痛で、申し訳無さそうな表情を見て思い出したのだ。
十年前のことを……
◇◆◇
十年前、僕は師匠によって森に置き去りにされ、ぷーちゃんと出会った。
これはその後の話だ。
ぷーちゃんと仲良くなった僕は、その後も怪我をしていたり、他の魔物に追いやられた魔物を助けていく中で、沢山の魔物の仲間を手に入れた。
普通ならそんなことは可能ではない。
それでも魔物と仲良くなれたのはぷーちゃんのお陰だ。
魔物には気性が荒いものが多い。
弱っている魔物だったりは逆に危険なくらいだ。
でも、ぷーちゃんはそれを技でねじ伏せた。
僕が最初ぷーちゃんを見た時は頼りなさそうに見えたけど、本当はとても強かったのだ。
それでも、仲間になった魔物は最初の頃、ぷーちゃんしか信頼しておらず、僕は完全に敵視されていた。
攻撃されなかったのはぷーちゃんが僕の言うことを聞き、守ろうとしていたからだ。
ただ当時、人寂しかった僕は攻撃して来ない魔物は安全だと判断していたのか、とても積極的に仲良くなろうとした。
それが功を奏したのか、いつのまにか僕も認められるようになり、僕達の軍団はある程度統率が取れるようになってきた。
自分達より個々の力で言えば強い魔物にも、戦略や連携をもってして打ち勝った。
そうしていく内にさらにみんなが言うことを聞いてくれるようになるという好循環が続き、生活も安定していた。
その事件が起こったのはそんなある日のことだった。
いつものようにみんなに囲まれて、楽しく過ごしていた僕の元に師匠が現れたのだ。
その時の僕は師匠に追い出されたなんて思っていなかったから、久しぶりに会った師匠に嬉しくなり無防備に近づいたのを覚えている。
しかし久しぶりに会えたというのに師匠の顔は驚いているばかりで、嬉しそうな感じは無い。
そのことに少し頬を膨らましながらも近づいて行った僕の横を何かが通り過ぎた。
当時はその程度にしか反応できなかったのだ。
一瞬の後に、僕の身体は宙を舞っていた。
目まぐるしく変わる景色と浮遊感に気持ち悪さを覚える間もなく、僕の身体はどこかにぶつかって止まった。
恐らく近くの木に叩きつけられたのだろう。
急な出来事とはいえ、それで意識を失うほどの痛みではなかった。
何が起きたんだろう、そんな風に目を開いた僕の目に飛び込んできたのは、幼い僕では耐えられない光景だった。
僕の仲間だった獅子型の魔物。
身体が大きく、歩くたびにドンドンと音がするからドンちゃんと呼んでいた。
そのドンちゃんの身体が半分に切り裂かれていた。
ドンちゃんは空中でこちらに手を叩いている姿勢のまま身体を両断されていたのだ。
状況から僕は助けられたのだと理解した。
ドンちゃんは僕が反応できないような攻撃に反応して僕を弾き飛ばすことで助けた。
もし、ドンちゃんが助けてくれなかったらあの場で切り裂かれていたのは僕だっただろう。
そして僕の目に映る犯人。
猿型の魔物だった。
身体は小さいけど、見開かれた赤い目や異様に開いていた口が尋常ではない雰囲気を纏っており、黒い体毛は夜よりも深かった。
その瞳に捉えられた瞬間、ぞわりと背筋が凍ったのを覚えている。
全身の毛が逆立ち、嫌悪感が身体の奥深くからせりあがってきた。
目が合うだけで気分が悪くなってしまう程の狂気、そんな視線に晒された僕は呼吸もまともにできなくなり、荒い息を吐くことしかできなかった。
猿型の魔物の視線は僕しか捉えていない。
それ以外は眼中に無いようだった。
永遠にも感じられた一瞬の静寂の後、また猿型の魔物が消えた。
そして僕の間に割り込んでくる白い熊の魔物。
ふさふさとした体毛が特徴だったからふさちゃんと名付けていた。
そんなふさちゃんは覆いかぶさるように僕を抱きかかえると、悲痛な鳴き声を挙げながら、それでも決して僕を離さず、そこから動こうとしなかった。
僕は何もできなかった。
今、何か緊急の事態が起こっていることは分かっている。
それでも先ほどのドンちゃんの姿が脳裏に焼き付いていて離れない。
頭も体も動かず、視界は白い体毛に阻まれる中でその悲惨な状況を僕に伝え続けていたのは耳と鼻だ。
──みんなの断末魔が聞こえる。
今まで一緒に過ごしてきた、大切な仲間たち。
いつも楽しげに鳴いていたみんなの泣き叫ぶ声が聞こえる。
──鼻がおかしくなるほど濃い血の匂い。
今まで他の魔物と戦ってきたから分かる血の匂い。
匂いの強さからあの小型の猿だけのモノではないのは明らかだ。
そんな状態の中、僕は頭と視界を白に染められ、何もできずにただ無駄に時を過ごした。
暫くすると、音が無くなった。
今まで木がなぎ倒されたり、みんなの声が聞こえたりと煩かった辺りが凍える程静かになったのだ。
聞こえるのは自分の鼓動だけ。
そんな中、消え入るような声が聞こえて来た。
「ぷぎぃ……」
その声を聞き間違えることは無い。
僕の最初の友達で、ずっと側に居て助けてくれていたぷーちゃんの声だ。
ようやく動けるようになった身体で僕は隙間から外に出る。
この時の僕は呑気にもいつまでふさちゃんは僕の上に覆いかぶさっているんだろう程度にしか考えていなかった。
いや、考えたくなかったのかもしれない。
その最悪の結末を……
そこはまさしく地獄だった。
緑に溢れていた森は全て赤に染められ、周りには仲間の残骸が散乱していた。
原型を留めているものなど誰もいない。
みんな身体を切り裂かれ、齧られていた。
それと同時に猿型の魔物も目に入ってきた。
血を浴びているはずなのに、その黒い身体は血の海の中で目立っていたのだ。
動いてはいない。
身体を真っ二つに裂かれていて、頭が潰されている。
恐らく死んでいるのだろう。
仕留めたのは多分、ぷーちゃんだ……
ハッ! ぷーちゃん!
僕はそこでさっき声がしたのを思い出し、足元を見る。
そこには血に濡れながらもしっかりと息をしているぷーちゃんが居た。
この絶望的な状況の中で生きていてくれたことと、みんなが死んでしまっていることが一気に押し寄せてきて、僕は泣いていた。
ぷーちゃんの傷を見ても僕には分からない。
知識が無いからだ。
それでも重傷なのはわかった。
今までのように見よう見真似で治療できる範囲では無かった。
僕はぷーちゃんを抱きかかえ、ただただ泣いていた。
そんな二人しかいない空間に足音が聞こえて来た。
足音で分かる。
みんなじゃない。
この空間にみんなじゃない存在が居るとしたらこの人しかありえない。
僕が顔を上げると、そこにはとても悲しそうな顔をした師匠が居た。
それが少し衝撃的だったのを覚えている。
師匠はいつも勝気で、余裕な表情を崩さなかった。
その時はまだ師匠との付き合いは短かったけど、僕の中で師匠はなんでも出来て悩みなんて一つも無い存在だと思っていただけにその悲痛な顔に驚いたのだ。
「貸してみな……」
師匠はいつに無い程、弱弱しい声で僕からぷーちゃんを引きはがそうとする。
それがぷーちゃんを奪おうとしているように思えてしまい、僕は必死に抵抗した。
「やめろ!!」
ぷーちゃんも差し出された師匠の手に噛みついた。
自慢の爪を使わなかったのは手が動かせる状態では無かったからだ。
それでも師匠は無理やりに取り上げると、暴れるぷーちゃんをそのままにしながら何かをしていた。
それは治療だった。
僕では何をしたのかさっぱり分からないけど、それによってぷーちゃんは身体が動くようになっていたので間違いない。
「ほら、アンタの仲間だろ?」
ぷーちゃん自身も何が起こっているのか把握しきれないような状態で僕は師匠からぷーちゃんを受け取る。
「あ、ありがとうございます……」
元気になったぷーちゃんを見て、少し気分が和らいだけど、目の前の現実が変わるわけでは無い。
少し見ないようにしていた周りを改めて見る。
やっぱりみんな動いていない。
僕を庇ってくれていたふさちゃんは背中が何重にも切り裂かれ、抉られていた。
白く綺麗だった体毛も全て赤黒く染まっている。
また涙が押し寄せてくる。
でも、今回の涙は悲しいだけじゃない。
自分が不甲斐なかったからだ。
何もできなかった。
どう考えてもあの魔物の狙いは僕だった。
それなのに僕は隠れることしか出来なかった。
みんなはそんな僕を助けて死んでいった。
──後悔
深い後悔の念が押し寄せてくる。
こうなったのは僕の責任だ。
みんなは僕を助けるために戦い、僕は逃げた。
どうしてあそこで動けなかったんだ、そんなどうしようもない思いが芽生えてしまう。
それから僕はみんなの残骸を集めた。
見たくない。考えたくない。
それでも、幼心にここで目を逸らしてしまうのは助けてくれたみんなに対する侮辱のように感じられたのだ。
それをぷーちゃんも手伝ってくれた。
僕は幾らか小さくなってしまったみんなを集めて、墓を作った。
地面を掘ってくれたのはぷーちゃんだ。
残骸とはいえ、土が被さって見えなくなっていくみんなを見て、また涙が込み上げる。
赤く染め上げられ、しかし少し簡素になった空間で、僕は佇んでいた。
その様子を師匠は何も言わずに見ていた。
僕がみんなを埋めたのを確認して、師匠が話しかけて来る。
「すまなかった……」
師匠は何故か僕に謝罪した。
みんなが死んだのはあの魔物と、僕のせいだ。
師匠は関係ない。そんなことは頭では分かっていた。
もし僕があの時に動いていれば違った結末もあっただろう。
それを思えば、この結末の責任を他人に押し付けることなんてできない。
ただ、当時の僕はそれを受け入れるにはあまりに弱かった。
自分でもこうなった原因は分かっているけど、この状況で謝罪されてしまったら、その責任を押し付けてしまいたくなる。
このやるせない怒りと悲しみ、そして自身への不甲斐なさの矛先が欲しかった。
そもそもあの猿型の魔物が来たのは師匠が来たからなんじゃないか?
なんで師匠はあんなに申し訳無さそうな顔をしているんだ?
自分の中で色々と理由を集め、敵を作り出す。
みんなを殺した猿型の魔物はもう居ない。
僕は怒りの矛先を師匠に向けた。
「どういう、ことですか……?」
小さく呟いた言葉だったけど、それは怒りに震えていた。
目は今までに無い程鋭かったと思う。
「こうなったのはアタシが原因だ」
それが決定打となった。
僕の中で師匠のせいだという理論が組みあがってしまった。
「なんで、なんで! 師匠!!」
それから僕は謝り続ける師匠に思いの丈をぶつけたような気がする。
取り返しのつかない現実に直面し、様々な感情が入り乱れていた僕は平常な心を失っていた。
そして、負の感情に飲み込まれた僕はいつもなら絶対に言わないようなことを言ってしまった。
「殺してやる……殺してやるッ!」
それまでずっと悲しそうに僕の言葉を聞いていた師匠が、その言葉を言った途端、急に微笑んだ。
「ああ、殺してくれよ。ライアス。アタシを、殺してくれ……」
その笑みはとても痛々しく儚かった。
僕の勢いはそこで削がれて、そのまま意識を失ってしまった。
──
そして、次に目が覚めた時には全てを忘れていたのだ。
みんなのこと、あの凄惨な事件のこと。
全てを忘れた僕はぷーちゃんのことまで忘れてしまった。
多分、心が負荷に耐えられなかったんだろう。
ぷーちゃんを見ると、嫌でもあの時のことを思い出しそうになる。
多分、そういう思いがあったからか、起きてから僕はぷーちゃんを見て、悲鳴を上げてしまった。
僕の敵対するような視線を受けて、ぷーちゃんは僕の前から姿を消した。
そして、僕の記憶が無いことに気付いた師匠は僕を育て上げた。
生きる術を教えてくれ、戦う力を与えてくれた。
多分、僕に大きな才能は無かったのだろう。
でも師匠は色々なことを根気よく教えてくれていた。
そう言えば、師匠はいつも言っていた。
「なんで師匠は僕を育ててくれるんですか?」
「ん? そりゃあアタシのためさ。アタシの贖罪と願いのためにね」
そう言う師匠の顔は悲し気で、その顔を見るのは好きでは無かった。
五年に亘り僕に付きっきりで教えてくれた師匠は、僕が十歳になったとき、唐突に別れを告げた。
「ライアス、アンタはよくやったよ。アタシの訓練は楽じゃ無かった。今のアンタなら大抵のことはなんとか出来るだろうさ」
「これも師匠のお陰です! でも、果たして師匠に遠く及ばない僕に何が出来るでしょうか……?」
「アンタには自信が無いんだよ。確かにアタシに比べればひよっこだが、間違いなくアンタは強いさ。それはアタシが保証してやる」
「そ、そうでしょうか……ありがとうございます」
「それじゃあ、アタシはもう行くからね」
「え、ああ。次はどこに行くんですか?」
「何を勘違いしてるのか知らないが、アンタは連れて行かないよ」
「ど、どうしてですか!? やっぱり僕では……」
「違うッ!」
その時の師匠はいつにもなく感情的になっていた。
そして振り返った師匠の顔はどこか諦めたような、それでいて優しい表情で僕は何も言い返せなくなった。
「良いかい、ライアス。アンタはアタシが今まで会ってきた人間の中で一番だ。それは間違いない。だが、まだ時じゃない。アタシに育てられたアンタじゃ、アタシには勝てないんだよ」
「か、勝つとか、負けるとかって……そんな……」
「まだ思い出せないかい。まぁ、いいさ。それも時間が解決してくれるだろう」
そう言って、身を翻す師匠。
背中越しだから、顔は見えない。
「ライアス、最後に助言と、そうだな……お願いをしておこう」
「良いかい、ライアス。大切なのは勝つことだ。負けたら次は無い。奪われるだけだ。勝つためには手段を選んじゃいけないよ。そして、勝って勝って、いつか──」
「──アタシを殺しておくれ」
◇◆◇
これが僕と師匠の全てだ。
昨日思い出した瞬間にぷーちゃんの元に行って、抱き着いた。
僕の想像以上にぷーちゃんは僕を助けてくれていたのだ。
今までこのことを忘れていたなんて、助けてくれたみんなにも申し訳が立たない。
でも、それくらい昔の僕は無責任で弱かった。
恐怖に怯えて逃げ出し、それによって引き起こされた結果からも逃げた。
今でもあの時のことを思い出せば、胸が締め付けられたように痛くなる。
昔に受けたトラウマは時間が経っても、確かに爪痕を残していた。
それでも僕は前に進まなければならない。
昔のことを思い出した僕は今までの情報と併せることで幾つかの推理が出来るようになった。
当時は何が起きていたか分からなかったあの猿型の魔物。
あの強さは本当に尋常じゃ無かった。
そして、赤い目に特徴的な黒い体毛。
これは五年前の大災害のときに現れた魔物の特徴と一致する。
五年前は鳥型の魔物だったと聞いているけど、夜空と同じかそれ以上に黒かったらしい。
それ以前に関してはあまり調べてこなかったせいで分からないけど、これが偶然の一致だとは考えにくい。
そして、十年前。
僕は十年前の大災害を知らなかった。
それはある意味では当たり前なのかもしれない。
フィーリアさんは十年前の大災害は例外中の例外で「無かった」と言っていた。
でも、それは少し違う。
無かったのではない。
あったが、被害が出る前に僕の仲間が相打ちで倒していたのだ。
そう考えれば、ずっと五年おきに起きていた大災害が十年前だけ無かったことにも納得がいく。
そして師匠の申し訳無さそうな顔と謝罪……
間違いない。
──大災害と師匠は密接な関係がある。
そして、今年は大災害の年。
今思えば、大災害を追っているフィーリアさんがここに居たというのも僕の仮説を裏付ける一つの要因になっている。
そう。
──大災害はこの近くで起きる。
これだけの根拠があるのだ。この仮説を杞憂だろうと流すことなど到底できない。
だからこそ、その大災害と関係がありそうな師匠を僕は保護した。
まぁ、大災害に関しては仮説段階だし、大災害と師匠に関係があるとしても師匠が血まみれで、倒れこんできた理由は分からない。
僕の記憶が正しければ大災害の魔物は師匠を攻撃しない。
まぁ、師匠も大災害の魔物に攻撃することは無かったが……
この辺りは師匠から直接聞かなければ分からないのだ。
このことをみんなに隠すことなく僕は説明した。
◇◆◇
「う~、お兄ちゃんもみんなも可哀そう……この人も……」
「それは……ちょっと何とも言い難いわね」
「でも、待ってください……もし、ライアスさんの予想が、正しいとすれば……」
「この近くにその魔物が居るかもしれない、ということになるわね」
「そ、そんな強い魔物なんて、ライアス君、私たちでも何とか出来るかな?」
「正直に言うと、戦いたくはない。さっきも言った通り、僕は一瞬見ただけで何もできなかった。あの時、僕と一緒に居た魔物もかなり強かったはずだ。そのみんながやられるほどの強さ。それに大災害では必ず多くの犠牲者が出ている。そのことから考えても、かなり手ごわいだろうし、僕達が戦えば無事では済まないだろうね」
みんなの中に重苦しい空気が流れ始める。
実際、僕は少し怯えていた。
みんなを失ったあの魔物に近しい存在がこの辺りに居るかもしれない。
それを考えただけで底冷えするような悪寒がして、身体が震える。
──もう、みんなを失いたくはない。
大丈夫だ。僕は昔のままの僕じゃない。
今度、もし戦うようなことがあったら、絶対に逃げない。
大丈夫、大丈夫……
僕はいつの間にか手を握りしめているのに気づき、深く息を吐いた。
ズシン……、ズシン……
その時、どこからか地鳴りのようなものが聞こえて来た。
まだ何も見ていない。少し揺れを感じる程度。
こんなことは今までにもあった。
なのに何故、こんなにも僕の動悸は早くなり、呼吸が乱れているのだろうか……
「ラ、ライアス君!? 大丈夫!?」
「ライアスさん!」
僕はプリエラとアイリスに背中を摩られるが、声が出ない。
息をするので精一杯なのだ。
定期的な地鳴りは続いている。
みんなもそれに気づいたのか、顔を見合わせ辺りを見回している。
「ライアス、ほんとに大丈夫なの? でも、変ね。何か揺れてないかしら?」
「ミー、お外見てくるね~」
「ぁ、って……待って!」
僕は転げながらミーちゃんを止める。
ミーちゃんは不思議そうな顔をしているけど、今、一瞬でも僕はみんなを視界から離したくなかった。
「み、みんなで、みんなで見に行こう」
「それは良いけれど、貴方は大丈夫なのかしら? 体調が悪いようだったら休んだ方が──」
「──大丈夫、大丈夫だから」
みんなを説得し、肩を貸してもらって外に出ると、僕の動悸はより激しくなった。
まだ、遠い。
まだ遠いけど、しっかりと視認できる。
赤い目に黒いの身体。
もうここまで来れば間違いなんてことはない。大災害の魔物だ……
今回はこの遠さでも視認できるほどの大きさだ。
ゆっくりと地面を歩きながら近づいてくる姿は例えるなら蜘蛛だろう。
ただ足が異様に長く、一本一本も太い。
胴体の部分も大きいけど、足の長さが異様なためそのインパクトが大きい。
その進行スピードから見てもここまで来るにはまだ時間はあるだろう。
それでも、大きな危険が迫っていることには変わりない。
僕は荒れた呼吸を抑えて目の前の敵を見据えた。
かなりの遠さだから視線が合ってるかどうかは分からない。
それでも僕は強い瞳で睨む。
最優先はみんなの安全だ。
逃げてどうにかなるのなら逃げるつもりだ。
でも、もし今回も僕達に危害を加えるようなことがあれば……
その時は、今度こそ僕も戦って見せる。
みんなも目の前の魔物のヤバさに気付いているのか声が出ていなかった。
「みんな。出来れば戦いたくは無いけど、最悪の場合も想定しておかないといけない。だから、心の準備だけはしておいて」
僕が言い終わる前にプリエラが僕の手を取った。
「大丈夫です……一人で、抱え込まないでくださいね……私はライアスさんの味方で、いつでも力を貸しますから……」
「わ、私も貸すよ!」
「もちろん、あたしもみんなのために戦う準備は出来てるわ」
「ミーも、頑張るよ~」
「ええ。私も異論はないわ」
みんなが僕に手を合わせてくる。
その顔触れを見て、やはりみんなを守りたい、守らないといけないと決意を新たにする。
僕は残念ながら一人でアレを倒せるほどの力は無い。
みんなの力を借りてしか、まともに強敵と戦うことは出来ないだろう。
それでも、今回こそは仲間を守ってみせる。
「ありがとう。みんなも無理のないようにね」
「それにしても、あの魔物、いったいどこから来たのかしら……」
確かにあんなに大きければもう少し前から分かっていてもおかしくはない。
その疑問に答えたのは意外な人物だった。
「アレはどこから、なんて概念は無いのさ。アレは抑止力だからねぇ……」
師匠が僕達の後ろに立っていた。
師匠の姿を見て、ライアスは十年前の出来事を思い出しました。
ぷーちゃんはライアスの友達となった魔物、唯一の生き残りです。
過去のトラウマを思い出し、大災害の魔物に対する恐怖心が芽生えたライアス。
ライアスは強力な魔物を前にどのような選択をするのか。
また師匠の身に何が起きているのか、大災害の魔物と推測される魔物との関係は何なのか?
それは次回で明らかになると思われます。
次回、師匠と大災害の関係、お楽しみに。