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第67話 騎士団体験

 



「うわぁ、おっきぃ~!」


 ミーちゃんが目の前に鎮座する城を見て目を輝かせている。

 僕達は今、門の前で団長の帰りを待っていた。


 闘技場での戦いに勝ってからある程度時間も経って、もう日が沈みそうなところだ。

 団長は宿を取っていないなら今日来てくれても良いとのことだったので遠慮なく、お邪魔することにした。


 フィーリアさんは僕達が戦っている間にお面を買っていたようで、今は人相を隠している。

 というより、今回の件でフィーリアさんに迷惑を掛けるのは間違いない。

 明後日にはもう、この街には出入りが出来なくなってしまうだろう。


 僕達がしようとしていることも話したけど、それでもフィーリアさんは引かなかった。

 それどころか、「領主の城から盗みをするなんて、楽しみっすねぇ」と何故かやる気を出していた。

「それに、この街……というより、ギルドが嫌いっすからねぇ。もう居場所は無いようなもんすよ」とも言っていて、フィーリアさんにも色々と事情があるようだ。

 まぁ、フィーリアさんが来てくれた方がかなりありがたいから助かるけど、その後はどうするつもりなのだろうか……


 未だにフィーリアさんの実態が掴めていないけど、とりあえず悪い人では無いというのが僕の考えだ。

 まぁ、何か隠していることがあるのは間違い無いから、そこは気を付けておこう。

 そんなことを考えている内に、城に入る手続きを終えた団長が僕達の元まで来た。


「待たせたな。早速中に入ろう」


 辺境とはいえ流石領主と言うべきか。

 二階建ての城が広い範囲で存在している。

 いや辺境だからこそ、敷地は広くなるのだろうか?


 ともかく来たことが無い僕達がはぐれれば、高確率で迷子になることだろう。

 初めて見るしっかりとした城に目を奪われているみんなをおいて、僕は団長と言葉を交わす。


「騎士団って普段はどんなことをされてるんですか?」


「そうだな。基本的には街の巡回が主な仕事だ。近くに発生した魔物の脅威によっては出向くこともあるが、そこまで多くはないな。細かいことは他にも沢山あるがこんなもんだと思っておけば良い」


「そうなんですか。それじゃあ、僕達もその同行などをするって感じですか?」


「いや、正式な騎士でないお前たちを任務に就かせる訳にはいかねぇ。明日一日、訓練に参加してもらう。そこで成果を上げれば俺が口利きして、騎士団に入れて貰えるように図ってやろう」


「あ、ありがとうございます……」


 そうだった。

 基本的にここに来る人は騎士団に入りたくて来るんだった。

 そんな気持ちの無い僕が他の人のチャンスを奪ってしまったのは少し申し訳ないけど、僕も手段は選んでいられないからな……

 後で団長にも迷惑を掛けてしまうし、少し心が痛む。


「色々と学ばせていただきます」


 僕はそんな気持ちを隠して、歩みを進めた。




「俺たちが過ごしてるのはあそこだ。お前たちの部屋もあるが、二部屋しか用意してない。それでも良いか?」


「はい、もちろんです。ありがとうございます」


「まぁ、今日はもう日が落ちそうだ。本格的な体験は明日からにしよう」



 ◇◆◇



「それで、ライアス君、どうやってその魔法具を盗むの?」


「うん。その前に今回の魔法具についてフィーリアさんから話してもらおうか」


 僕達は与えられた部屋に着くと、集まって作戦会議を開いていた。

 今回盗む魔法具は「魔力を吸い取る」という性質を持つものだ。

 詳しい名前とかは知らないけど、僕がパーティから追放される一年前くらいから、魔法を吸い取る魔法具が王都で発明されたと聞いた。

 最初に聞いたときはどんなもので、どんな使い方をするか分からなかったけど、試行錯誤の末、武器に用いられることになったらしく、それはカルーダの街の騎士団も所持しているとのことだ。

 その魔力は定期的に補給しなければならないようだから、間違いなく魔力を吸収するための魔法具もここにあるはずだ。


「そうっすねぇ。あれは騎士団でも有数の人しか使えないっすからねぇ。あんまり情報が多く無いんすよね。まぁ、王さんから貰ったモノなのは間違い無いっすから、その辺にぽんと置かれていることは無いと思うっすよ」


「そっか。それじゃあ明日の演習を通じて聞きださないといけないな」


「でも、なんでそんな危険を冒してまでその魔法具が欲しいのかしら?」


 ここでカナリナが至極当然の質問をしてきた。

 みんなには今回盗むものは伝えたけど、その理由は説明していない。

 フィーリアさんにも話してなかったからみんなの視線が僕に集まる。


 まぁ、結論から言えばファナのためなんだけど、ファナが自身の不調をみんなに隠している以上、僕から言うのは違う気がするし、そもそもこれは僕が感じているだけで証拠があるわけじゃない。

 ただの僕の杞憂ということも考えられるので、変にみんなの不安を煽ることもしたく無かった。


「そうだね。僕達のためってとこかな。少し僕の中で試したいことがあるんだ」


「そっか。ライアス君がそう言うならあった方が良いんだよね!」


 ここでアイリスからの手助けが入る。

 一人が納得してしまえば、そこからさらに追及するのは少し難しくなってしまうからな。

 これにはかなり助けられた。


「まぁ、そのことはライアスさんを信用するとして、問題はどうやって盗み出すかってことっすよね……」


「うん。これだけの戦力が揃っているから、なんとでもなるとは思うけど、数で押し切られれば厳しい戦いになる。それに騎士団はその辺の山賊集団とは訳が違う。魔法を使いながら剣で切りかかってくることなんてざらだし、何より統率が取れているから集団として相手をするとかなり分が悪くなってしまうんだ。大事なのは隠密行動になるだろうね」


「ミー、大丈夫かな……」


「まぁ、そこまで緊張しなくても、みんなが居るから大丈夫さ」


 ミーちゃんを巻き込む形にはなってしまったけど、ミーちゃんを一人にするわけにもいかないし、それに今回の作戦ではミーちゃんの力は必要不可欠なはずだ。

 ミーちゃんにも頼らせてもらおう。


 僕達はそこから詳細な作戦を詰めていった。


 ◇◆◇



 作戦会議が終わると僕は部屋を出る。

 与えられたのは二部屋で、その部屋はかなり大きかった。

 話し合いの結果、男女で別れることになった。

 もう少しでアイリス達に押し切られるところだったけど、ひたすらに頭を下げることで逃れた。

 一緒に寝ようとすると、良い匂いが気になって寝付きにくいことは巨人族の里に向かう道中で経験済みだ。

 それにこの後のこともあるからな。


 僕は部屋から出ると、そこから自分の部屋には向かわず、建物の中を見て回ることにした。

 ここは騎士団の詰所の中でも高位な場所だと思う。

 詰所の中では一番城に近く、それぞれの部屋も個室のようだった。

 この建物の他にも二つほど似たような建物があるので、恐らく新入りなどはそこで寝泊まりしているのだろう。

 城に近い詰所に泊めてくれたのはありがたいな。


 ただ問題もある。

 まずはこの足音だろう。

 この建物は木製で、少し年季が入っているのか歩くたびにギシギシという音が出てしまう。

 ここを大所帯で抜ければ、間違いなく勘付かれる。

 普通の人ならまだしもここは騎士の詰所。さらにここは実力が高い騎士が集まっているはずだからなおさら難しくなるだろう。

 僕達に与えられたのは一階の端の二部屋だ。

 二階じゃ無かったのはありがたいけど、それでも途中に部屋は沢山ある。

 この対策も考えないといけないな。


 しばらく歩くと玄関に着いた。

 この横にはお手洗いもあるので、深夜にここを歩いていてもおかしくはない。

 まぁ、他の人と出会ってしまう確率も高まってしまうから一長一短だな。

 僕はそのまま開きっぱなしの出口から外に出る。


 外の光源は月明かりだけで、街灯などは届いてこない。

 その中で周りを見渡すと、暗闇の中に薄っすらと城が見えた。

 僕はある程度夜目が利くけど、それでも足元は少ししか見えないのでかなり危険だ。

 さらに地面には砂利が敷き詰められているから一歩ごとに音が鳴ってしまう。


(でも、これは合理的だな)


 砂利なら人が歩いた音にも気付きやすい。

 元孤児院にも是非とも導入したいところだ。


「って感心してる場合じゃ無かった」






「何が感心してる場合じゃ無いんだ?」



 ッ!


 僕が後ろを振り向くとそこには団長が居た。


「どうしたんだ? こんな夜中に?」


「い、いえ、短剣の素振りをしたかったので、外に出てみれば良い月が出ています。街中は明かりの光が強くて、ここまで綺麗には見えませんからね。ついつい魅入ってしまいました」


「そうか。そういう心は大切だ。戦闘に身を投じる者は心に余裕の無い者が多い。俺も素直に見習いたいところだ」


「ありがとうございます……それなら団長はどうしてここへ?」


 僕は持ってきておいた短剣を軽く握りしめて尋ねる。


(気付けなかった……)


 やはりある程度危険察知能力があっても、本当に強い者は気配の消し方が上手い。

 恐らく団長は僕、ひいては僕が連れてきたみんなを警戒していたのだろう。

 やっぱり簡単にはいかないようだ。


「何、俺も似たようなものだ。まだまだ鍛錬が足りないからな」


 そう言って、身の丈もある大剣を片手で担ぐ。

 この人、本当に力が強いな。


「団長程の腕前でも満足は出来ないのですね」


「ガッハッハ。俺なんてまだまださ。それにもし満足したとしても鍛錬は止めないだろうな」


「そうですね。僕も同じだと思います」


 僕も相手に合わせて笑ったところで、団長が素振りを始めた。

 夜風を切る音は豪快な振りに反して繊細だった。


(この人、力だけじゃない。技術も物凄く高い……)


 少しやましい気持ちで外に来ていた僕には、その素振りが僕への警告のようにも思えてしまった。


『変な気を起こすなよ』という警告に……



 僕は頭を切り替えると、素振りを始める。

 どう考えてもここで帰るのは怪しすぎる。

 もう疑われているとしても、嘘は貫き通すしかない。


 短剣なので、どうしても砂利がうるさいけど、僕は素振りを続ける。


 しばらく無言の時間が過ぎた後、団長の方から話しかけてきた。


「良い型だ。基本に忠実で無駄が無い」


「ありがとうございます。しかし、まだまだ無駄は多いと自分では考えています」


 僕が自分を否定すると、団長は少しだけ驚いたような表情をした。


「いや、悪かった。確かにさっきから無駄な動作があると感じていた。右腕を振り下ろした後、回転して左に繋げるときに上半身が速く回りすぎているから次の左の攻撃に体重が乗ってない。もう少し溜めを意識すれば良くなるだろう」


 僕は言われたことを意識して素振りをする。

 確かに先ほどよりも身体の動きにキレが増した気がするし、音も研ぎ澄まされていた。


「あ、ありがとうございます! 凄いですね。一瞬で見抜くなんて……」


「いや、悪い癖さ。どうにも人の悪い所を見てしまう。ザックが素直な奴で良かったよ」


 あぁ、なるほど。

 騎士団に来るような人は今までの環境の中でかなり優れていた部類に入っていたはずだ。

 中には自尊心が高くなりすぎて、他人の批評を受け入れられなくなってしまう者もいるのだろう。

 団長にもそんな経験があったようだ。


 それにしても、本当にこの人は何者だ?

 明らかにこんなところに居て良い人材では無い。

 王都にはこれ以上の存在が山ほど居ると言うのなら、正直恐ろしさすら感じてしまうところだ。


 お互いの顔もはっきりとは見えない距離。

 そもそも僕は仮面を付けているので、相手からは見えない。

 そんな状態だからこそ、言葉はすっと出てきた。


「どうして、王都からカルーダの街に来たのですか?」


 この言葉の後、一瞬の沈黙があった。


「あぁ、知ってたのか。そうだな……俺が俺であるためにはああするしか無かった。その行動が上の反感を買っちまったんだ。まぁ、お前が気にすることじゃあない。それに左遷されたとはいえ、この騎士団内での俺の発言力は低くない。お前たちを推薦することくらいはどうってことないさ」


 ……


「そうでしたか。失礼なことを聞いてしまい申し訳ありません」


「あぁ、そんなに気にするな。俺は一度だって後悔してねぇからな」


 やはりこの人は良い人だ。

 内容は分からないけど、この人なら国にとっては良くなくても、人としては良いことをしたことが目に浮かぶ。



 ……




 やっぱりやり辛くなってしまったな……



 ◇◆◇



「よし、それじゃあ、まずは準備運動から始める」


 夜が明けて、本格的な体験が始まった。

 流石騎士団、冒険者の勉強会とは違う。

 すぐに実践をせずに準備運動から始めるのはとても大切だと思う。

 軽い運動は身体や頭の覚醒を促すし、恐らくこれは毎日やっているだろうから、一種のルーティーンにもなる。

 その後は魔法訓練だったり、剣術訓練だったりを体験させてもらった。

 騎士団全員で同じものをやるのではなく、何班かに分かれての訓練をしており、僕達はある程度自由にその間を行き来させてもらった。

 カナリナにはあまり目立たないようにして欲しいとお願いしておいたけど、あの様子ではどうやら手加減をミスってしまったようだ。


「カナリナさん、凄いわね! どうやったらそんなに大きな火の玉が出せるのかしら!?」


「い、いや……」


 カナリナは女性騎士に少し押されているけど、騎士団の人たちも無理に押しかけてる訳では無い。

 恐らく団長が最初に注意喚起をしてくれていたのだろう。

 少しでも彼女の人に対する恐怖を克服して貰うためにも、ここは心を鬼にして見守ることにした。


 ミーちゃんに関しては闘技場で既に力が異様に強いことは判明してしまっているので、最初はみんながその力を見たがった。

 そんな状態のミーちゃんを一人にすると泣き出しそうだったので、現在は僕と行動を共にしている。

 僕の服の裾を離さないので、僕が体験しているとき以外はそのままにしている感じだ。


 この騎士団体験で一番意義があったとしたらアイリスだろう。

 アイリスは銀狼になることで本領を発揮するけど、人間状態のときでも普通の人よりは身体能力が高い。

 最近、人間の状態でも戦えるように剣を教えていたので、騎士団の人たちとの戦闘で得るものは多いはずだ。


 フィーリアさんは流石と言うべきか。

 目立たないということに徹しており、魔法訓練の場所で普通の成績を出していた。


 僕がそんな風に周りを観察していると、とある一角で素振りをしている男を見つける。

 僕が探していた人材だ。


「ミーちゃん、大丈夫? 出来ればあそこに行きたいんだけど」


「う、うん。大丈夫だよ……」


 あまり大丈夫では無さそうだけど、ここを逃す手は無い。

 僕はミーちゃんを引き連れて一人の男に近づく。


「すみません。今、素振りされているのですか?」


「あ、ああ。そうだがどうした?」


「素振りからかなりの強者とお見受けしました。よろしければお手合わせを願えないでしょうか?」


 男は少し嫌そうな表情をしたけど、受け入れてくれた。

 僕はミーちゃんに離れてもらって、短剣を構える。


(受けてくれた良かった)


「それじゃあ、そこの木刀でやろうか……」


「いえ、その剣を使って貰って大丈夫ですよ」


 僕はここで敢えて、相手を挑発するような言い方をする。

 この男はさっきから黙々と素振りをしており、排他的な空気を放っていた。

 少し自尊心の高いタイプだとしたら、挑発には乗ってくれるかもしれない。

 僕の目的はこの人と言うより、この人が持っている剣だ。

 あれは間違いなく魔剣の類だろう。

 何か宝石のようなモノがはめ込まれているし、それがたまに赤く光っている。

 僕の言葉を聞いた男はやはり顔を歪めながら、笑みを浮かべた。


「ほう。あまりこの剣を使っての演習はさせてくれないんだが、お前がやってくれると言うのなら是非お願いしよう」


 よし、これで話題に魔剣、ひいては魔力を吸い取る魔法具を出しても違和感が少なくなる。

 ただ、これは結構な賭けだ。

 僕は魔剣がどれくらい強いのか知らないし、この人の実力も分からない。

 素振りを見る限りは結構強そうだ。


「お願いします」


 向こうからしたら、急に現れた一般人の仮面を被ったやつ。

 あまり心穏やかに思ってない人が居るのも分かっていた。

 この男もその一人だ。


 そんな恨みもあってか、男は始まりとともに剣を振り上げてくる。

 その振り下ろしに合わせて僕も短剣を使って防ごうとしたけど、剣が触れ合った瞬間、妙な違和感に気付いた。


(ん? 柔らかい?)


 何故か柔らかい感触がして、僕は首を傾げる。


(いや、違う! 剣を溶かされているんだ!)


 剣が触れ合っているところが熱くなっており、少し僕の短剣が刃こぼれしていた。

 これ以上は危険だと判断して、僕は後ろに飛び退く。


「威勢は良かったようだがその程度か?」


「いえいえ、これからですよ」


 なるほど、魔力をどのように使うのかと思っていたけど、こういうことか。

 魔力を使う度に柄に着いた赤玉が光るので、そこから魔力を供給しているのだろう。

 僕としてはもう、これ以上の戦いは意味が無いと思っているんだけど、流石に相手も降参を認めてはくれまい。


 今度は僕から攻め込み、右手の短剣を振り下ろす。

 それも相手の剣に触れると、溶けだしたので相手の刃から外し、昨日練習したように回転切りを左で繰り出した。

 間髪入れない連撃に男は反応が遅れたけど、流石というべきか柄の部分を使って防いできた。

 男はそのまま剣を振り下ろしてくる。


(あ、これは避けられないな……)


 至近距離に居て避けられないことを悟った僕はやられる前にやることに決める。

 回転の勢いのまま右の短剣で切り裂こうとすると、その場の大声が轟いた。


「おい! お前ら! 何をやっているんだ!?」


 僕達は同時に武器を止めると、しばらく見つめあった(と言っても向こうは睨んでいたけど)後にどちらともなく武器を下げる。


「おい、レグルス。俺はその魔剣は大事の時にしか使うなと言ったはずだが?」


「あるものを使って何が悪いんでしょうか? それに吹っ掛けてきたのはコイツですよ」


 レグルスと言われた男が僕を指さしたので僕は頷いておく。

 まぁ、実際僕だからね。


「そうなのか?」


「はい。かなりの腕前と思いましたのでお手合わせをお願いしました」


「それなら木刀でやれば良いだろう……まぁ、良い。レグルスも今後は気を付けるように」


「はい……」


 レグルスはつまらなそうに僕達から離れるとどこかへ行ってしまった。

 一人取り残された僕にミーちゃんが近づいてくる。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


「うん。別にどこも怪我してないから大丈夫だよ。ただ、短剣は買い換えないといけないね」


 短剣は相手の刃の部分に当たったところから少し溶けて固まっており、歪な形になっていた。

 短剣を眺める僕の元へ、団長がやってくる。


「おい、ザック。お前はもう少し賢い性格だと思っていたのだが、思い違いか?」


「いえ、すみません。正直に申し上げますとあの剣に興味が湧きました。魔剣というのですよね? 僕は初めて見たのですが、魔剣とはあれほど強力なモノなのですか?」


「ああ、魔力を剣に、というよりはあの水晶に溜めることが出来るからな。それを上手く活用しているようだ。俺も子細は知らん」


「その魔力ってどうやって溜めているんですかね?」


「どうなんだろうな。俺が見るときには既に水晶に魔力は溜まっているからな。恐らく、実験室だとは思うが……って、やけに詳しく聞きたがるな。確かにアレは強力な武器だがアレに頼るのはダメだ」


 少し踏み込み過ぎたか……


「そう言えば団長の大剣は普通な感じですよね。いえ、もちろん業物だとは思いますが……」


「ああ、あんなモノを使わなくてもコイツがあれば困らない。お前もあの魅力に憑りつかれないようにしておけよ」


「はい。少し興味があっただけです。ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」


 僕が頭を下げると団長もどこかへ向かってしまった。


 実験室か……


 それがどこにあるかは分からない。

 でも、この情報は頭に入れておこう。

 重要なことには触れれたけど、少し目立ちすぎてしまったかもしれない。


 僕はそれからは不穏な行動は起こさずに過ごした。



 ◇◆◇


 そろそろ日が沈むかというところで騎士団体験が終わった。

 アイリスはかなり良い練習になったみたいで、本人も満足そうにしていたが、カナリナは少し疲れているようだった。


「今日はこれて良かったよ。やっぱり騎士団の人たちは強いんだね」


「騎士団の人たちも筋が良いって褒めてたよ」


「そうなんだ。私ももっともっと頑張るね!」


 アイリスは向上心もあるし、これから人間の姿でも強くなっていくだろう。

 技術が上がったことでアイリスの目はキラキラとしていたが、カナリナの目は少し怖かった。

 何も言ってはこないが、もっと早くに助けてくれても良かったんじゃないかという視線を向けられている。

 あの手合わせの後にすぐ合流したんだけど、少し遅かったようだ。


「カナリナ、ごめんね」


「別に怒ってないわよ。あたしも人に少し慣れた訳だし……」


 まだ煮えたぎらないところはあるようだけど、一応納得はしてくれたようだ。




「おい、お前らもせっかくだから来いよ」


 その時、騎士団の人から声が掛けられた。

 見れば詰所の近くで宴のようなモノが開かれている。

 近くまで来ていた団長の顔も赤くなっており、完全に出来上がっているのが分かった。


「そうだぞ。体験させてやったんだ。これくらい付き合え」


 団長は今まで少し崩しながらも凛とした感じだったけど、今はどの辺に居るおっちゃんと言った感じで、とてもフレンドリーな感じだ。


「あれ? 今日は何かあったんですか?」


「なに、月に一回、交代制でお酒をたらふく飲んでも良い日があるんだよ。今月は俺たちの番だから、体験の日に合わせたって訳だ。ガッハッハ!」


 団長は凄い早口で捲し立てると、僕の肩をボンボンと叩いて、上機嫌に笑ったままお酒片手に戻って行ってしまった。

 みんなの顔を見ると、完全に引いているのが分かる。

 いや、一人だけ目を輝かせていた。


「食いもんが大量にあるじゃないっすか!? 私は参加してきますからね!」


 そう言ってフィーリアさんが宴会に参加しに行く。

 まぁ、フィーリアさんは成人しているだろうから全然良いんだけど、あの中に飛び込む勇気は称賛したい。


「ぼ、僕達もご飯だけいただこうか」


 それから宴会は夜まで続いていった。



 ◇◆◇



 宴会が終わり、部屋に戻ると僕達は借りた一室に集まっていた。


「みんな、今日しかチャンスが無いから行くけど準備は良い?」


 僕が問いかけるとみんなはしっかりと頷き返してくれた。


「というよりフィーリアさんは全然酔ってないんですね。結構飲んでるように見えましたけど」


「当たり前じゃ無いっすか。そこはセーブしてますよ。それに、あそこは騎士団の人たちの警戒心を少しでも解くために行くしか無かったんすよ。私たちめちゃくちゃ警戒されてたっすからね?」


 確かにそうだ。

 でも、フィーリアさんがあの中に入ってくれたお陰で大分受け入れるような雰囲気が出来ていた。

 まさかそんなことまで考えてくれていたとは……

 僕が少し尊敬の眼差しを向けているとフィーリアさんがどうだと言わんばかりに胸を張る。


「フィーリア、そんなことまで考えてるなんてすごいわね。なんか前にあった時と感じが違っててびっくりしてるけど、ほんとはそんな性格だったのね……」


「何ですか!? カナリナ様だって、昔の『わたくしの名前を聞いたのは久しぶりですわ』とか言ってた頃のお淑やかさはどこに行ったんですか!」


「なっ! それは言わない約束でしょう!」


 カナリナとフィーリアさんは昔、侍女と主の娘の関係だったらしいからな。

 まだフィーリアさんの敬語は抜けていないけど、二人の仲は悪い訳じゃ無い。

 お互い他人に気を遣う一面があるから、自分をさらけ出せる存在は貴重だろう。


「まぁまぁ、落ち着いてください。時間も無いので、作戦の最終確認をしますよ」


 今回の作戦はこうだ。

 まずはカナリナの魔法でみんなを宙に浮かせたまま運んでもらう。

 ハリソンの魔法屋敷で武器を浮かせていたから出来るか聞いたら、問題ないと返ってきた。

 これで足音の問題は解決だろう。

 次に人に出会ってしまったときの対策だ。

 これはフィーリアさんの魔法を使ってもらう。

 相手に幻覚を見せることの出来るフィーリアさんの魔法はかなり精度が高く、迷彩としての役割も果たしてくれる。

 フィーリアさんの魔法を使っているときは僕達を含めて動けないけど、これがあるだけでかなり心強い。

 ただの幻覚だと相手に違和感を与えてしまうけど、フィーリアさんの迷彩は全く違和感が無い。

 どうやらいつもはこれで情報収集をしているそうだ。


 閉まっている扉などは魔法的な鍵が掛けられているならカナリナが、ただの扉ならミーちゃんに力づくで開けてもらう。

 もし、どうにもならなくなったらアイリスに銀狼化してもらって退散する予定だけど、フィーリアさんにもバレてしまうから、これは最終手段にしたいところだ。


 魔法具を手に入れたら、そのままこの街を去る予定だから、そこでフィーリアさんともお別れになる。

 また僕だけ役割がはっきりしてないけど、それはいつものことだ。

 僕は僕に出来ることをする。

 

 でも今回の作戦はかなり好条件だ。

 勝負となるのはどれだけ早く魔法具を見つけ出せるかということになるだろう。

 一番ヤバそうな団長もお酒に酔っていたし、状況は悪くない。


 ……



 一瞬、団長の笑顔が脳裏に浮かぶ。




 それを振り払って、僕は覚悟を決めた。



 ◇◆◇



「それじゃあ、行こうか」


 人ひとり通れるだけの穴の開いた窓から次々とカナリナの魔法で降りて行く。

 空を浮遊する感覚はお腹がひゅっとしたけど、悪くなかった。


 そのまま砂利道も浮遊しながら城の前まで行く。

 ここまでは順調だ。


「待って」


 カナリナが小さく声を掛けると、地面に手を当てる。


「やっぱり仕掛けが掛けられていたみたいね。誰かに知らせるタイプの仕掛けよ。幸い壊せたから大丈夫なはず」


 僕が小さく頷くと、今度は扉に手を当てた。

 カナリナが頷いてミーちゃんを見る。

 魔法的な仕掛けは無いから開けてくれということだ。


「が、がんばる」


 ミーちゃんは音を立てないように少しずつ扉を押していく。


「あ、あれ? お兄ちゃん、これ開いてるよ?」


 ミーちゃんの言う通り、扉は閉じられている様子は無く、鍵が掛かっていないようだった。


(そんなことがあるか?)


 確かにここに鍵が掛かっていることは調べてなかったけど、普通は閉まっているはずだ。

 それとも領主の城とはこんなものなのだろうか?

 僕は少し怪しさを感じて、アイリスに尋ねる。


「どう? この先、誰か居そう?」



「ううん。誰も居ないみたい」


 アイリスは鼻が良く、僕達より気配に敏感だ。

 そのアイリスが言うなら大丈夫だろう。


 僕達は思い切って、扉を開けると中に入り扉を閉める。

 城の中は依然として暗く、窓から差し込む月明かりによって少し前は見えるけど、奥の方は全く見えない。

近くの景色だけで判断すると細い廊下が続いているようだ。


 ひとまず城に入れたことでみんなの顔にも安堵の表情が浮かぶ。






 トン、トン



 ッ!


 その時、城の奥から足音が聞こえて来た。

 一定のペースで鳴っている足音は間違いなくこちらに向かっている。


「え……気付けなかった……」


 アイリスが小さく声を出す。

 アイリスでも気付けない程の存在……


 僕達は壁の端に移動して、フィーリアさんの魔法に頼る。

 窓から指す月明かりだけが薄暗い廊下を照らしており、相手の顔はまだ判別できない。




 トン、トン


 一定のペースで動いていた歩みがふと止まった。

 それと同時に少しずつ月明かりによって露わになっていたその顔が完全に浮かび上がる。



「おい、居るんだろ? 出て来いよ」




 団長……





 そこには酔っている様子など微塵も感じさせない団長が大剣を片手に立っていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 団長は判っていたのか まあ怪しいこといろいろしてたんで泳がせてたんだろうな [気になる点] 団長の雰囲気は演技か素か [一言] 素であることを期待したい!
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