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第65話 カルーダの街

 


「よし、それじゃあ行こうか」


 僕は背負った荷物の位置を直して、みんなを見る。

 師匠が現れてから数日は元孤児院の空気も沈んでいたけど、時間が経つにつれて落ち着いてきた。

 ミーちゃんはまだ少し気にしているところもあるみたいだけど、良い方向には向かって行っているだろう。


 ここ一週間程で一番変わったことと言えば……


「カナリナさん、行っちゃうの?」


 ティナが名残惜しそうにカナリナの裾を掴んでいる。

 ティナは意識が回復してから数日間、酷く怯えていた。

 ファナのことしか信頼しておらず、周りに対して拒絶的な姿勢を取っていたけど、カナリナは根気よく接していた。

 それが功を奏したのか、ティナは徐々に心を開いていき今ではファナの次にカナリナに懐いている。

 僕はこのことに少し驚いたけど、みんなは特別気にした様子はない。


 どうやらカナリナは元孤児院に二番目に来たらしく、その後に来た人たちはみんなカナリナが接してくれたことによって、心を開いたらしい。

 カナリナは自分と同じ境遇の女の子にはとても優しくできる。

 僕とは最初険悪な仲だったけど、それは過去のトラウマによるものなので仕方がない。


 カナリナと打ち解けたティナは他のみんなとも次第に話し始め、今では僕とも少しは話せるようになった。

 もともとは活発な性格だったと聞いているので、それを取り戻すのも時間の問題かもしれない。

 そして、これはファナに聞いたのだが、ティナの魔力が生成されなくなっているらしい。

 度重なる研究のせいで負荷をかけすぎて、壊れてしまったのだろう。

 今後どうなるかは分からないけど、今は魔法が使えないらしい。



「ええ、あたしの昔の恩人が居るかもしれないの。留守番、お願いね」


「うん……」


 カナリナはティナを宥めると、僕のところまで歩いてくる。


「それじゃあ、行きましょうか」


 今回、カルーダの街に行くメンバーは僕、カナリナ、アイリス、ミーちゃんだ。

 カナリナはフィーリアさんと面識があるらしいから連れて行くことにした。

 カルーダの街は遠いので、歩いていくと二週間ほど掛かる。

 そこで街の近くまではアイリスが銀狼状態になることで連れて行ってもらうことにした。

 銀狼状態のアイリスの速さは随一なので、森を抜けることもあって時間はかなり短縮できるだろう。


 それに街でアイリスの服を買ってやれたら良いなと思う。

 アイリスは今、変身する度に服を脱ぐか破るといった状況で彼女としても、あまり気分の良いモノでは無いだろう。

 身体の大きさが変わるような種族は他にも居るから、そういう類の店に行けば手配はしてくれるはずだ。


 亜人は基本的に街に居てはいけないけど、実際には何人もの亜人が紛れ込んでいる。

 その理由は様々だと思うけど、人間とほとんど変わらない見た目をしていれば外見だけではバレない。

 そして需要があるところに供給は生まれる。

 かなり危ない商売にはなるけど、その分お金も手に入るとなれば売ってくれる商人も居るということだ。


 ちなみに最近よく銀狼化してるから大丈夫かなと思ったけど、どうやら調子が良いらしく問題は無いそうだ。


 ミーちゃんを連れて行くのは自信を付けさせるためというのが一つある。

 ここは街から離れているから分かりにくいけど、ミーちゃんは十分に強い。

 恐らく街では闘技場だったりで決闘が行われているはずだから、それを見ればここに居るメンバーが異様に強いだけで自分も決して弱くないということが分かるはずだ。

 あまり慢心する性格ではないミーちゃんには自信を付けさせた方が良いというのが僕の見解だ。


「プリエラ、ごめんね。留守を任せちゃって……」


「いえ、大丈夫ですよ……ゆっくり、行ってきてください……」


 プリエラには今回留守を任せることになってしまった。

 予想に反して、プリエラは素直に受け入れてくれた。

 いつも一緒に来たいと言ってくれているだけに少し気に掛かったけど、ファナ達だけを置いていくのは僕としても心配なので、ここはプリエラに甘えることにした。


「ありがとう。ファナもよろしくね」


「ええ。生活に必要なものを買ってきてくれるのでしょう? よろしくお願いね」


 そう。今回カルーダの街に行く一番の目的は生活に必要な品を買うためでもある。

 今までバタバタしていてそれどころでは無かったけど、ここの暮らしはお世辞にも便利だとは言い難い。

 静かなことはすごく良いことだけど、生活の質を上げるためにも色々と手は加えなければならないだろう。


「それじゃあ、行って来るよ」


 僕達は銀狼状態のアイリスに乗ってファナ、ティナ、プリエラに見送られながら森の中へ入る。

 街道を通らなければまず人とは遭遇しないだろう。

 それにアイリスは鼻が利くので、もし人や魔物と出会いそうになっても避けることが出来る。

 アイリスは僕達と荷物の重みを背負っているけど、それを感じさせないほど軽やかに走っている。


「アイリスちゃん、本当に大丈夫なの?」


 ミーちゃんが銀狼状態のアイリスを気遣って声を掛けた。


「うん。みんな軽いから大丈夫だよ!」


 アイリスはティナ救出作戦の時は僕達全員を乗せることも出来ていたので、やはり力も相当あるな。

 それから僕達は誰にも会わずに森の中を駆けて行った。



 ◇◆◇



「アイリス、本当にありがとう」


「ううん。走るのは私も好きだからみんなと一緒に走るのは楽しかったよ!」


 あれから日が沈む前に街の近くまで来ることができた。

 本当にアイリスの足の速さには助けられている。

 今からならギリギリ街に入れるだろう。

 街に入るためには街が作る交通証か、行商証明書を見せるか、お金を払う必要がある。

 もし夜になってしまえば、門は閉鎖されてしまうので緊急の用事以外は通してくれない。


「お、お兄ちゃん、ちょっと待ってね……」


「あたしも、すぐに動けるように……」


 ミーちゃんとカナリナはその場で、蹲っていた。

 森の中はかなり足場が悪く、アイリスも気を付けてくれているとはいえ、多少の揺れはどうしても起きてしまった。

 長時間だったこともあり、少し酔ってしまったようだ。

 何故かここまでずっと走って来たアイリスが一番元気という不思議な状況が起きている。


「みんなも街に入るときは一応フードを被っておいてね」


 多分大丈夫だろうけど、どこから元孤児院の情報が洩れるか分からない。

 みんなを危険に晒さないためにも出来るだけ情報は与えない方が良い。

 それに僕はこの街ではあまり良く思われていない。

 五年程住んでいたからある程度顔も割れているし、隠しておいた方が良いだろう。


 ◇◆◇



「それで、今から行くとこってライアスが住んでた街なのよね」


「うん。五年程お世話になったかな」


「お兄ちゃんが過ごした場所かぁ。怖いけど、ちょっと楽しみ~」


 あれから少し経って、体調が回復したみんなと街に向かって歩いていた。

 どうやらみんなも少し興味を持っている様だ。

 巨人族の里で暮らしていたミーちゃんは人間の街は初めてになるはずだ。

 良いものばかりでは無いけど、良い刺激になってくれたら嬉しい。


 そんな会話をしているとき、アイリスから素朴な疑問が投げかけられた。




「そういえばライアス君はどうして、街から出て私たちの所に来たの?」



 その時、他の二人も息を飲んだのが分かった。

 今までお互いのことは出来るだけ聞かないようにしていた。

 それは本人が話していいと思うまでは待とうという風潮があったからだ。

 恐らくアイリスも話の流れでつい出てしまった質問なのだろう。

 でも、みんながこのことを知りたがっているのはなんとなく察していた。


(どうするべきか……)


 ここで全てのことを言った場合、みんなは大なり小なり元パーティのことを敵視するだろう。

 そしてその元パーティはあの街に居るはずだ。

 元パーティに対して個人的に思う所はあるけど、それにみんなを巻き込みたくはない。




「ああ、ちょっとギルドと揉めたんだよ。だから向こうも僕のことをよく思っていないだろうから、こうやって顔を隠してるんだ」


 ギルドと揉めたのは嘘ではない。

 みんなも少し疑問は残るだろうけど、こう言われてしまったら納得するしかない。

 まぁ、僕は今の生活に満足している。

 この暮らしを脅かしてまで、元パーティに何かしたいという思いは無い。


 そうこうしている内に門番が居るところまで来た。

 少し列が出来ていたので、その後ろに並ぶ。


「お兄ちゃん、どうしよう。緊張してきちゃった」


「大丈夫だって。急に襲い掛かってくるなんてことは無いだろうからさ」


 そう言いつつも僕の手は汗ばんでいる。

 ギルドで詐欺師の疑いを掛けられてから僕はしばらくの間、街の外で暮らしていた。

 つまりこの外からの景色というものは嫌でも記憶に焼き付いている。

 その時の喪失感などの感情を思い出して、鼓動も速くなってくる。


(落ち着け、落ち着け)


 夜が近い時間になると、ベテランの門番達は飲みに出かけてしまう。

 その尻拭いをさせられるのはその年に門番になったばかりの新入りになることが多い。

 さっき遠目で確認したけど、幸いなことに門番は知らない人だった。

 僕が凶悪な犯罪者とかだったら顔が共有されているかもしれないけど、ギルドで少し揉めた程度なので大丈夫だろう。


 僕は自分だとバレない理由を並びたてて、落ち着かせる。

 その手をアイリスが握ってきた。


「大丈夫だよ、ライアス君。良かったら私が受け答えをやるよ?」


「ありがとう、アイリス。こういうのには慣習みたいなものがあるから今回は僕がやるよ。宿に関してはお願いするかも」


「うん。いつでも任せてね!」


 ここで人に任せてしまったら街に入ってからもただ逃げ回るように過ごしてしまうだろう。

 トラウマ克服のためにも自分でやるしかない。


「はい。次の方~」


 門番がやる気無さそうに声を出す。

 どうやら順番が回ってきたようだ。

 僕は数歩進んでお金を取り出した。


「四人です。目的は商売で、これでお願いします」


 そう言って、四人分のお金を差し出す。

 このお金はいつか街に来る時のためにと思って部屋に置いておいたお金の一部だ。


「行商証明書ありやすか~」


「いえ、村からです」


 基本的に外から来る商人というのは行商証明書を持っている。

 当然僕は持って居ないから、その手は使えない。

 じゃあ、他には何があるのかと言われれば、近場の村からの出稼ぎのようなものだ。

 村で暮らしていてもお金が必要なことはある。

 そういう時は街に来て、ものを売ったりするのだ。


「はいはい。子供だけか……」


 僕達は見た目が少し幼い。

 特にミーちゃんが小さいので、大人が居ないことがどうしても目立ってしまう。

 そのことを不審に思われてしまったようだ。


(ヤバいか……)


 ここで変に取り調べとかになるのは避けたいんだけど……



「まぁ、良いか。はい、どうぞ……次の方~」


 少し怪しんでいたようだけど、門番の人は通してくれた。

 新人とはいえ、彼らも早く帰りたいという思いはある。

 子供なら危険は少ないと判断されたのだろう。

 僕は門を抜けると直ぐにフードを被る。

 みんなも被っているから、あまり顔は見られないはずだ。


 少し歩いたところで一息ついた。


「ふぅ……」


「お疲れ様、ライアス君」


「うん。なんとか無事にいって良かったよ」


「それにしても通行証って結構簡易的なのね。これなら偽装できそうなもんだけど……」


「まぁ、もともとあってないような制度だからね」


 この通行証は別に無くしたとしても再度お金を払えば発行してくれる。

 結局、国や街の偉い人がお金を集めるためにやっているというのが一番大きな理由だからだ。


 ミーちゃんは自分の首に掛けた木の板を嬉しそうに眺めている。

 初めて見る物が目新しくて嬉しいのだろう。


「よし、それじゃあ宿を探そうか」


 流石に今から買い物をすることは出来そうにない。

 持ち金も多くないから贅沢は言えそうにないな。



 ◇◆◇


 翌日になって、僕達は街に出ていた。

 結局、昨日は安い宿を一部屋しか借りることが出来なかったため、色々と大変だったけど何とか朝を迎えることが出来た。

 この街には長くても二日程度しか滞在する気は無い。

 もしアイリスの服が特注になってしまった場合は一度元孤児院に帰るつもりだ。


 もう手持ちがほとんど無いので、何をするにもまずはお金の調達をしなければならない。

 今回カルーダの街に来るにあたって、僕は山賊集団「バンヴォール」から調達した魔物の素材の中でも品質や希少性が良いモノを持ってきた。

 普通なら子供が持って居たら怪しまれるだろうけど、今から行くところは冒険者時代にもお世話になったところだ。

 彼は誰が持ってきたかより、何を持ってきたかというのを重視していた。

 街のみんなに詐欺師というレッテルを張りつけられたときからは怖くて行ってなかったけど、元気にしているだろうか。


 それに彼の店は亜人向けの武具なども置いている。

 アイリスのために伸縮可能な服も買うことができればこれ以上のことは無い。


 僕がその店の存在を知ったのは偶然によるものだ。

 その店は表向きは普通の商店のため僕も普通の客として通っていたけど、ある日明らかに人間用ではない装備を見つけてしまったのだ。

 どうやらその店の裏に亜人用の装備などを置いている区画があるらしく、誰かが間違ってその商品をこちらに持ってきてしまっていたようだ。

 店主は焦って僕に黙っててくれと懇願してきた。

 僕も断る理由は無かったので快く受け入れると、それから色々良くしてくれるようになったのだ。


「みんな、フードは被ってね」


「はーい!」


 ミーちゃんが元気な声で返事をする。

 みんなの見た目は人間だから大丈夫な気もするけど、念には念をだ。



 少し歩き始めた時、フードを被っているのが災いしたのか誰かとぶつかってしまった。

 というより、隣の道から急に飛び出してきたのだろう。

 僕はフードの中からその人を確認した。


「す、すみませ──」


「──おい! どこ見て歩いてんだ、あぁ!?」



 なっ……この声……


 その一般人よりは大柄な体格。やたらに大きく乱暴な声。



 ゴイル……


 元パーティのタンク役の男がそこに立っていた。


「んあ? お前、どっかで見たような……」


 僕はフードを深く被りなおす。

 ゴイルの顔は赤くなっており、昨日から夜通し飲んでいたと一目見て分かった。

 酒臭い息を吐きながら僕に手を伸ばしてくる。


「おい、そのフードどけろや」


 その時、僕の目の前に差し出された手が払われた。


「さっきのはアンタからぶつかってきたんでしょう!? 言いがかりをつけるのもいい加減にしなさいよね!」


 カナリナが僕の一歩前に出て、強気に発言している。

 でも、その足は軽く震えていた。

 そういえば、カナリナは僕が元孤児院に行った時も僕に反発していた気がする。

 カナリナは仲間が傷つけられたり馬鹿にされたりすると、気丈に言い返してくれる。

 そのことは嬉しいけど、人によっては火に油を注ぐ行為になってしまう。


「ああ? なんだ? 女だからって容赦はしねぇぞ?」


 ゴイルはさらにヒートアップし、ミーちゃんは怯え、アイリスは少し怒っている。

 ここで騒ぐのはマズイ……

 今も少しずつ周りの注目を集めつつある。

 ゴイルがその腕を振り上げた。



「悪いけど、急いでいるんだ」


 僕は前に出てゴイルの拳を受け流す。

 酔っている状態のゴイルの拳は狙いも定まっておらず、受け流すのは容易だった。


(あれ? 僕、少し強くなってる?)


 近くに居るのがやたらに強い人ばかりだったから今まで実感は無かったけど、酔っているとはいえゴイルの拳が遅く見える。

 それに攻撃を避ける動きが以前より上手くなっているように感じた。


 いや、よく考えれば僕は冒険者時代はサポートに回っていたため、敵と正面から戦うということは少なかった。

 でも追い出されてからは冒険者時代では考えられなかったほどの強敵と戦ってきた。

 その経験が僕を強くしてくれていたのだ。



「チッ! もういい。俺は疲れてんだよ。任務も上手くいかねぇし……ったく、ついてねぇ」


 ゴイルは僕が一筋縄では行かないのを感じ取ったようだ。

 恐らく酔いで頭が痛いから戦いたくは無いのだろう。

 拳一回で倒せないと判断したゴイルは頭を掻きながらどこかへ去っていった。


「さっきの人怖かったよ~」


「なんか嫌な感じだったね」


「というより、なんなのアイツ! いちいち偉そうなのよ」


 偉そうという意味ではカナリナも結構偉そうだったけどね……


「まぁ、街ではたまに起こることだから気にせず行こうよ」


(やっぱり、『竜の息吹』のメンバーはこの街に居るのか)


 今さっきはゴイルが酔っていたから助かったけど、シラフなら間違いなくバレていた。

 この街に長居は出来ないな……



 ◇◆◇



 僕は目的地の店について、ドアを軽く叩く。


「ごめんください。ドリスタさん、居ますか?」


「あ、何だ……ってライアスじゃねぇか。最近顔見せねぇから心配してたんだぞ」


「すみません、色々有りまして……」


「まぁ、良い。とりあえず中に入れ。今、客は居ねぇから中でゆっくり話してくれや……メアリー、少し店番を頼んだぞ」


「はいはい。あら、ライアス君じゃない。いらっしゃい。ゆっくりしていってね」


 目の前に居るおじさんはドリスタさんで、メアリーさんはドリスタさんの奥さんだ。

 ドリスタさんが鉄製の武器などを作り、メアリーさんが革製品などを作る。

 そんな風にこの店は成り立っていた。

 正直、商店というよりは工房のような印象だけど、彼らが商店と言うのでここは商店なのだ。

 僕はドリスタさんの後をつける。



「ラ、ライアス君? 大丈夫なんだよね?」


 アイリスはどこか不安そうに店の外に立っていた。

 確かにドリスタさんは見た目がかなり怖い。

 声にもどこか凄みがあるので、初対面の人は大抵すくんでしまう。


「うん。良い人だよ。それに僕が安心して来れる店はここしか無いんだ」


「そ、そっか。ライアス君が大丈夫って言うなら大丈夫だよね」


 まだ緊張は抜けていないようだったけど、僕達四人は店の奥の部屋に入って行った。



「それで……ライアス、結構大変なことになってたみたいだな……」


「はい……あ、今日は買取と依頼をしたいんですが……」


 どうやらドリスタさんにも噂は届いていたようだ。

 でも、その話をここでされるのは少し困る。

 僕がみんなを流し見したのを察知して、ドリスタさんもその話題からは離れてくれた。


「そうか……んで、買取だったか。結構な荷物のようだが」


 僕はその場に持ってきたモノを全て出す。

 この人なら変な交渉をしなくても適正価格で買い取ってくれるという信頼があるから出し惜しみなどはしない。


「ほう。お前、マジか……」


「はい。山賊集団『バンヴォール』を倒したときに回収したものです」


「は? 『バンヴォール』を倒しただァ? クルッソスはどうした?」


「クルッソスも倒しました。ここには居ない僕の仲間の協力もありましたが……」


『バンヴォール』はここらでは有名な山賊だった。

 当然、素材などを仕入れているドリスタさんも被害を受けたことはあるだろう。

 クルッソスには賞金まで掛けられていたので、ドリスタさんが驚くのも無理はない。


「はぁ、いつのまにかエライことになってんな。まぁ、『バンヴォール』倒してくれたっつうんだったら、感謝しねぇとな」


 そう言ってドリスタさんは頭を軽く下げると、素材の鑑定に入った。

 神妙な目で物品の数々を見ながら何かを紙に書いている。


「なかなか珍しいもんもあるじゃねぇか……よし、こんなもんでどうだ?」


 ドリスタさんが提示した額はかなり高額だった。

 これだけあれば、間違いなく生活用品は買えるだろう。


「はい。それでお願いします」


「ったく微塵も疑わねぇとは何事だ」


 別に価格におかしい所は無かったからな。


「それで、依頼の方なのですが……伸縮する服ってありますか?」


「それは、柔軟性に優れた服ってことか?」


「いえ、変身しても破れない服が欲しいです」


 その時、ドリスタさんの目つきが変わった。


「お前さん、冗談で言ってるなら止めとけよ」


 ドリスタさんは一段と低い声で詰め寄ってくる。

 ドリスタさんの雰囲気が変わったのも仕方がない。

 この国、というより人間の国では亜人に人権は無い。

 そんな亜人の商品を買いたいと言っているということは亜人との繋がりがあることに他ならない。

 それはこの国では犯罪だ。

 僕もその瞳をしっかりと見つめ返す。


「本気です」



「本気か……分かった。どれくらいの奴が欲しいんだ?」


 ドリスタさんは嘘じゃないと判断したのか、再度椅子に座りなおすと顎の髭を弄り出した。

 どのくらい……つまり大きさを聞いているんだろう。

 変身の形は様々だけど、大抵は人間の大きさからそう大きくは逸脱していない。

 でも、銀狼状態のアイリスはかなり大柄だからなぁ。


「大体、五メートルくらいで、狼に変身します」


「あ? 狼だァ?」


 僕の言葉を聞いたドリスタさんはかなり驚いている様だ。

 その声にアイリスがビクッとしていたけど、ドリスタさんはそこから深追いはしない。

 こういう気配りをしてくれるところもありがたい。


「ま、それなら最上級の奴じゃねぇとだめだな」


「作れますか?」


「当たり前だ。というよりうちにある一番良い奴なら対応できるだろうよ」


 流石、ドリスタさんとメアリーさんだ。

 恐らく、服などを作っているのはメアリーさんだろうけど、彼らの技術は本当に高い。

 お店に人が少ないのは偏にドリスタさんが気に入らない人を追い返すからだ。


「本当ですか! ……それで、手持ちで払えそうですか?」


「ああ、問題はねぇが結構高いが良いのか?」


「はい。払えるのでしたら、お願いします!」


 こうして僕は無事アイリスの服を買うことが出来た。


「ったく、お前も結構ヤバいことしてるじゃねぇか。深くは聞かねぇが気を付けろよ」


「はい。ありがとうございます」



 ◇◆◇


「どう? アイリス? 着心地の方は?」


「うん。生地がサラサラしてて気持ちいいよ!」


 ドリスタさんの所で買ったのは白いインナーだ。

 だから外からは見えないけど、変身するときにインナーが破れないというのはかなり精神的にも良いだろう。

 アイリスにはここまで連れて来てもらった恩もあるし、本人も喜んでいるので良かった。


「それにしても、本当にこれ付けなくちゃいけないのかしら?」


 少し不満そうなカナリナは自身の顔に手を持って行き、先ほど買ったお面を触る。

 あれから僕達は普段着などを買った後にお面を買った。

 どこまで効果があるかは分からないけど、フードを被っているだけよりは良いだろう。


「まぁ、念には念をってことで……」


 僕は初めてつける仮面の感覚に違和感を覚えながらも、狭くなった視界で辺りを見渡す。

 結構色々話していたから、もうお昼時になってしまったけど、この街に来てしておきたいことの一つは終わった。

 あと二つほどやっておきたいことがある。

 一つはフィーリアさんとの再会。

 カナリナがついてきた理由でもあるし、僕のお願いのことも聞いておきたかった。

 もう一つはミーちゃんに闘技場の戦いを観戦させること。

 とりあえず、闘技場に行って今日何かやっているかどうか調べるか。


「この近くに闘技場があるんだけど、少しよっても良いかな?」


「別に良いけど、アンタそんなのに興味があったのね」


 カナリナが疑問に思うのも無理はない。

 ミーちゃんの件は誰にも言っていないから僕が見たいと思われても仕方がないからだ。


「闘技場ってどんなことするの?」


「そうだね。一番近いのは巨人族の里で戦ったときの感じかな。人と人が戦ったりして、それを多くの人が見て楽しむっていう娯楽だよ」


「へ~、ちょっと楽しみだね」


「ミーも見てみたいかも」


 アイリスとミーちゃんも興味を持ってくれたようだ。

 僕も実際に見に行くのは初めてなので、どんなものか気になっている。

 結構な頻度でやっていたはずだから、今日もやってたら良いんだけど……



 ◇◆◇



「四名様ですか? 400ルピになります」


 どうやら闘技場は既に何かやっているようで、その歓声が闘技場の外まで届いてくる。

 僕は人数分のお金を払うと、闘技場の中へ入っていった。

 外と中では熱気が全然違う。

 観衆の興奮が伝わり、こちらまで気分が高揚してくる。


「凄い声ね」


「ミーもなんかドキドキしてきた」


「とりあえず、どこかの席に座ろうか」


 この階段を上れば、戦いが見えるはずだ。

 僕は階段を上り切った先で繰り広げられている戦いを見て、驚いた。





(え? 魔物!?)


 僕は勝手に闘技場は人間同士が戦うものと思っていた。

 でも今は二人の冒険者と魔物が戦っている。

 魔物は三メートルくらいある牛で獰猛に暴れまわっており、冒険者も手をこまねいている様だ。


(バラブースか……)


 バラブースは牛型の魔物で黒く硬い皮膚と、金色の大きな二本の角を持つ。

 発達した足の筋肉は蹴られればひとたまりもなく、その脚力は大きな体躯をしっかりと支えつつ速さも生み出している。

 見た限りまだ子供だから小さいが、それでも倒すことは容易じゃない。


 僕は既に見入っている他の三人を連れて、近場の開いている席に向かう。


(人同時の戦いを見せて、自信をつけてもらおうと思っていたけど、魔物だと分かりにくいかな?)


 これはこれで見ていて楽しいけど、当初の目的はあやふやになりつつある。

 まぁ、みんなが楽しんでるから良いか。


「ごめん、少しここで待ってて」


「私も行こうか?」


「いや、アイリスはみんなのことを見ておいて欲しい」


 僕は席を立ちと、売店に向かう。

 こういうところでは売店がどこかにあるはずだ。

 みんなもお腹が空いているだろうから、ここで何か買っていこう。


 僕が闘技場の周りを歩いていると横から声が聞こえて来た。


「あれ? ライアスさん?」


 振り向くと、そこに居たのは僕がこの街に来たもう一つの理由であるフィーリアさんだった。


「フィーリアさん?」


「お久しぶりっす! そんな仮面してるから確証は無かったっすけど、間違えてなくて良かったっす。あ、そうだ! あの時は本当にありがとうございました」


 そう言って、フィーリアさんは幾らかのお金を差し出してくる。

 え? これは何のお金だろうか……


「実はジャイアントビーの討伐は私……だけじゃないんすけど、まぁ私が受けた依頼だったんすよ。しっかり報酬は私がいただいておきましたので、ライアスさんも受け取ってくださいっす」


 なるほど……あれは依頼だったのか。

 それなら恐らくパーティで受けた依頼だろうな。

 どういう経緯かは分からないけど、僕に渡しても大丈夫なのだろうか?


「いえ、良いですよ。あれは僕も逃げられなかったから、倒しただけですしフィーリアさんの活躍が大きかったじゃないですか」


「それじゃあ、私の気が収まらないっす」


 そう言って、半ば強引にお金を押し付けられる。

 ここまで言われたら受け取った方が良いだろう。


「ありがとうございます」


 でも、僕はどちらかと言えば、お願いの件が気になる。


「それで、お願いの件は何か進展がありましたか……?」


「うぅ……すみませんっす。私の力では届きませんでした」


「あぁ、気にしないでください。無理を言ったのは僕の方でしたから」


 まぁ、こればっかりは仕方が無い。

 ファナの魔力暴走がどうなるか分からないから出来れば早めに欲しかったんだけど……



「でも、情報は仕入れてきましたよ。ライアスさんが欲しがってたものは、この街の領主の城の中にあるようっす」


 やっぱりそこだったか……

 売ってくれと言って売って貰えるものじゃない。

 あるかどうかすら怪しかったから、存在が確認できただけでもありがたい。

 でも、これで終わりじゃないとばかりにフィーリアさんが続ける。


「その城に行く唯一の手段が今日の魔物を倒すことなんすよ。あの魔物を倒せば、二日間の騎士団体験の機会が得られるっす。騎士団専用の宿舎は領主を守るために同じ敷地内にあるっす。入れればチャンスはあるんすけどね~」


 なるほど。

 闘技場で戦闘では勝ったものに何らかの報酬が与えられる。

 それがあるからこそ、本気の戦いを見ることができ、お客さんも満足するのだ。

 それが今回は騎士団体験か……

 恐らく、体験と言っても見込みがあれば採用されるということだろう。


 領主お控えの騎士団に入れば、安定した生活は手に入るし、上手くいけば国王直属の騎士団に入る栄誉が待っているかもしれない。

 そんなエリートになれるチャンスが今回の報酬という訳だ。

 これはある意味金銭的な報酬よりも大きな意味があるかもしれない。


「フィーリアさん、これって今からでも参加できるんですかね?」


「え!? いや、参加費を払えば参加できたと思うっすけど……まさか参加する気っすか?」


 いつもなら人と人が戦うので、その対戦相手は前々から決まっており、一度始まってしまえば基本的に参加は出来ない。

 でも、今回のは魔物を相手に戦っている。

 それなら、戦う人が多い方が観客も長く楽しめる。


「はい。情報ありがとうございます。後はこっちで何とかやってみます」


 今、ミーちゃんはあの魔物相手に色んな人がやられていくところを見ているはずだ。

 その魔物相手に勝てたら自信もでるかもしれない。


「参加には何か条件があるんですか?」


「二人までっていう制約はありますが、それだけっすね」


 良かった。それなら僕もついて行けるし、サポートが出来る。

 ほとんどミーちゃん頼みになるけど、少し頑張ろうか。


 それから僕とフィーリアさんは売店でお昼ご飯を買ってから一緒に観客席に向かって行った。






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[良い点] カルーダの街か いい思いではないけど一番近いからね [気になる点] 伸縮性のある服 あつぼったそうw 魔法的なものかな? [一言] 闘技場で勝ち進め!
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