第61話 元孤児院メンバーvs師匠
ライアスが居なくなった直後の元孤児院前はしんと静まり返っている。
誰もまさか、人を投げるなどと思っていなかった。
呆気に取られ、脳が理解を拒む。
しかし、いつまでもジッとはしてはいられない。
弦が弾けるようにみんなが動き出した。
プリエラとアイリスはライアスを追うために駆け出す。
普段、運動神経の高くないプリエラでも『吸血姫』の力を使ったときは別だ。
しかも、吸血姫であるプリエラは空を飛ぶことが出来る。
深紅の瞳を見開き、焦りが浮かんでいる顔には赤い模様が刻まれていた。
銀狼状態のアイリスは銀狼という身体を活かして、地を駆ける。
障害物が多い地上だが、それをもろともしない華麗な動きで木の間を縫うように走り抜けていく。
両者ともにその速さは尋常なものではない。
「へぇ、良い速さだねぇ」
ライアスの師匠はその様子を眺めながら、どこか他人事のように呟いた。
その前に立ちふさがったのはカナリナとミレストリアの二人。
彼女達はライアスの師匠の足止めという選択を取った。
彼女らもライアスを追いたかっただろう。
しかし、自分たちの足では追い付けないと分かっている。
だからこそ、その役目は適任に任せたのだ。
「アンタ、ただじゃ置かないわよ」
カナリナは魔法を同時展開し、弾幕の雨を降らせていく。
カナリナは声を荒げることもなく、一見冷静のように見える。
しかし、その内側は荒れ狂っていた。
自身の想い人を傷つけられたのだ。
抑えきれない怒りを力に変えて、魔法を放つ。
砂ぼこりで相手が見えなくなっても攻撃の手を緩めることはない。
(この程度で倒せるならライアスはあんなことを言わないわ)
カナリナはライアスの言葉を思い出す。
──戦っちゃダメだ……
その言葉にはライアスが自身の師匠への強さの信頼があった。
あのライアスが言うのだ。
間違い無くこの女は強いのだろうとカナリナは思う。
「へぇ、なかなかやるじゃないか」
カナリナの予想通り、砂ぼこりが晴れた先には先ほどと変わらぬ師匠の姿があった。
魔法によって負傷した形跡はない。
「それじゃあ、今度はアタシから行かせてもらおうかね」
ライアスの師匠は地面を一つ蹴ると、一気に距離を詰めた。
近距離戦となれば、カナリナはかなり分が悪くなる。
魔法使いは基本的に近距離戦が苦手だ。それはカナリナも例外ではない。
距離を取ろうとするも、埒外の速さに反応がついていかない。
その拳がカナリナの腹を貫こうとした瞬間、そこに割って入る者が現れた。
「ミーだって……」
涙に顔を濡らしたミレストリアがその拳を受け止めたのだ。
衝撃が強かったのか、ミレストリアの立っている地面が軽く抉れたが、確実に受け止めている。
ミレストリアの心は乱れていた。
何か危険な匂いを感じ取っていたのに、何もできなかった。
ただ、ライアスの後ろに引っ付いていただけ……
それどころか、自分のせいでライアスが捕まってしまったようなものだ。
彼女は自分の不甲斐なさを嘆く。
力と力は拮抗し、決着がつかないかのように思えた。
ミレストリアの力の強さはライアスの師匠も顔色を変えるほどだ。
「ほう。良い力だ……だが、使い方がなってないな」
しかし、ライアスの師匠はそこで足を入れ替え、体重をずらした。
急に大きな負荷が無くなったミレストリアはたまらず、前に転びこむ。
その背中をライアスの師匠は軽く叩いたが、その少しの衝撃で、ミレストリアは地に伏してしまった。
「力ってのはこう使うんだよ。もっと力の使い方を考えな。今のままじゃ、アンタの大切なモノは何も守れやしないよ」
「ミー! アンタ、よそ見してんじゃないわよ」
カナリナは同じように魔法を放ったが、その全てをその上を行く魔法によって相殺された。
本当は凍結の霧などの足止めを使いたかったけど、近くにミレストリアが居る状況では使えない。
(魔法の実力も高い……悔しいけど、あたしより上ね……)
改めてライアスの師匠の凄さを知る。
肉弾戦が強いのは見ていて分かったが、カナリナが魔法に精通しているが故に、魔法の凄さを感じ取った。
「アンタの魔法は悪くないよ。ただ、何度も同じことを繰り返してるようじゃあ、成長は見られないね。魔法っていうのは自由だ。だからこんなこともできるのさ」
そのとき、カナリナの足に何かが触れた。
そこには顔のない小人のような黄色い物体が居て、カナリナの足に手を当てていた。
(マズイ! これ、爆発する!?)
魔法に長けているからこそ、カナリナはそれが何か分かってしまった。
しかし、ここまで近づかれてしまっては間に合わない。
カナリナはすぐに魔法で対処しようとしたけど、一歩及ばず、その場で爆発した。
小人の中から煙が漏れ出す。
「心配はいらないさ。ただ、少し眠るだけだよ」
「アンタ、本当になんの、つも……り……」
カナリナは答えを聞く前に意識を手放す。
師匠はカナリナとミレストリアをを担ぐと元孤児院の中に運び込んだ。
そして、そのままの勢いで、先ほど飛び出していった二人を追い駆ける。
「かぁ、あの二人も速いねぇ。これは追い付くのに苦労しそうだ」
師匠は軽く地面を蹴って浮かび上がると、そのまま矢のように空を駆けた。
◇◆◇
◆プリエラ視点
やられた……
幾ら、ライアスさんを助けてくれた人でもあれは許されない。
あんな顔をライアスさんにさせたのだ。
絶対に許さない。
私はライアスさんの悲痛な顔を思い出し、歯噛みする。
でも、今は早く追い付かないと……
ライアスさんも切り替えが大切だと言っていた。
私は今、かなり速く飛んでると思うけど、ライアスさんには一向に追い付かない。
ライアスさんが掴んでいる瓶が凄い速さで飛んでいる。
多分、あの女がやったことだろう。
ライアスさんは私たちに戦うなと言った。
それはつまり、ライアスさんの中であの人の方が私たちより強いと思っているからに他ならない。
私の中で嫉妬のような感情が浮かび上がる。
──私よりも強いと思ってる人がいる……
ライアスさんの一番は私でありたい。
ライアスさんには私が一番強いと思って貰いたい。
──あんな女にその座は渡さない。
私がそのまま飛んでいると後ろから気配がした。
軽く振り返るとあの女が私を追って来ていた。
(カナリナちゃんと、ミーちゃんは?)
あの二人がこの女を見逃すとは思えない。
となると、ここに居るということは二人を振り切ってきたか、倒してきたということになる。
それ程までに強いというのか……
「ったくつれないねぇ。ちょっと待っとくれよ。ライアスは死にゃあしないさ。それよりアタシと遊ぼうじゃないか」
その距離はどんどん迫っている。
(くっ、速い……)
あの人の速さは私のものより幾分か速かった。
そして、ついに追い抜かれた。
女は私の進路上で止まり、私の動きを妨害してくる。
「へぇ、吸血鬼かい。ライアスは本当に面白いものを集めるねぇ」
それは私の眼を見て言ったのだろうか。
吸血鬼の里では、血の力を使う時、皆瞳が深紅に光っていた。
その色は独特だから見る人が見れば分かるのだろう。
私はここで意識を切り替えた。
ライアスさんを追うためにここまで来たけど、ライアスさんを追っているのは私だけじゃない。
アイリスちゃんの速さはこの前聞いている。
私が無理に行って、抵抗せずやられるよりはここで倒してしまった方が良い。
それに、個人的に気に入らないというのもある。
私は自分の血を操り、鎌を顕現させる。
どうして、こんなことが出来るのか自分にも分からないけど、使えるのだから問題はない。
私が漆黒の鎌を出した途端、目の前の女の顔つきが変わった。
「その鎌に黒いドレス……。なるほどねぇ。アンタ、『吸血姫』だね」
その言い方はさっきのモノとは少し違う。
恐らく、私が吸血鬼の中でも特別な存在だとバレてしまったのだろう。
私はまず、聞かければならないことを聞いておく。
「彼女達は、無事ですか……?」
「彼女達? ああ、あのちっちゃい娘と、魔法の娘か。それなら少しおねんねして貰ってるだけさ」
私はその言葉を聞いて、一安心する。
この人の言ってることが本当かどうかは分からないけど、ファナちゃんの存在には気付いていないらしい。
ファナちゃんが残っているなら、なんとかしてくれているはずだ。
もし、ファナちゃんでもどうしようも無い事態なら、私が戻っても仕方がない。
これで、私もこっちに集中できる。
私は再度、問いかける。
「貴方の目的は、何ですか……」
ライアスさんはこの人を信用していた。
それは最後まで変わらなかったように思える。
こんなことをしたのにも何か訳があるなら、聞いておきたかった。
まぁ、それを聞いたところで私のやることは変わらないけど。
「目的? だから、自分のためって言ってるじゃないかい。もし、アタシが良い奴だなんて、微塵でも思ってるならその考えは捨てな」
あくまで、自分のためと答えて、はぐらかしてくる。
まぁ、それならそれで良い。
ライアスさんを取り戻したときに、説明できるようにしておきたかっただけだ。
「そうですか……安心してください……私の中で、貴方の評価は、最低です……」
そのまま私は鎌を振り下ろす。
あまり全力でやると、森が壊れてしまうので、そこは調整している。
こういう細かい調整はまだまだ粗削りだけど、日頃の特訓の成果が出ているのだろう。
見えない斬撃をギリギリで避ける女。
「ふぅん。アンタ、かなり強いね。これは楽しめそうだ」
それから私は血を操りながら戦った。
鎌での攻撃だけでなく、血の槍を降らせて、逃げ道を塞ぐ。
それでも、あの女はその槍を一本掴むと、それを使って他の槍を撃ち落とした。
(強い……)
ライアスさんが、あのように言うのも理解できた。
しかも目の前の女は一向に攻撃を仕掛けてこない。
私の攻撃を防ぐので精いっぱいという訳ではない。
手を抜かれているのだ。
私は再度血の槍を顕現させ、槍の雨を降らせた。
それに残念そうな顔をする女。
あの女はこの戦いを楽しんでいるきらいがある。
だから、同じ攻撃を仕掛けた私にがっかりしているのだろう。
でも、生憎と私は戦いを楽しむ趣味はない。
同じように槍を一本掴み、それで他の槍を撃ち落とす。
弾かれた槍はその場で弾け、辺りに散布される。
しかし、女は全てを弾いたところで動きが止まり、自分の手を眺める。
その手からは血が滴っていた。
槍を握っている手から赤い棘が突き抜けてたのだ。
私はそこで広げた手を握る。
それを合図にあの女の周りに浮遊していた血の破片がさらに小さな槍になり、女に打ち込まれる。
今、考えた技だったけど、これなら逃げられる心配は──
「クックック、アッハッハ!! アンタ、良いねぇ。最高だよ」
嘘……。
その女は槍が打ち込まれるのと同時に闘気のようなものを身に纏った。
小さな血の槍がその闘気に触れた瞬間、力を失うように地に落ちて行った。
いつのまにか手を貫いていた槍も消え、手の傷も塞がっている。
自分の血を操作できないという感覚は、ライアスさんと出会ってから初めての感覚だった。
「はぁ、はぁ……」
それに力を使い過ぎたのか、自分の血を使い過ぎたのか、かなり疲れが出てきている。
長期戦はもたない……
そんな私の前に女は一瞬で近づいてきた。
私の目と鼻の先に女の顔がある。
「なぁ、アンタ、ライアスのためなら死ねるかい?」
女がしてきた唐突な質問。
でも、私には答えが瞬時に浮かんできた。
「何を言っているんですか……。そんな質問に意味はありません……ライアスさんが生きるなら私も生きますし、ライアスさんが死ぬことがあれば、私も死ぬ。それだけですよ……」
そう。この質問に意味はない。
私がライアスさんのために死ぬことは無い。
私が死ぬときはライアスさんが死ぬときだ。
ライアスさんが生きる限り私も生き続けるし、ライアスさんが死ぬなら私も死ぬ。
死ぬことに関しては『血の契り』によって決まっているのだから、私が心配する必要はない。
私は女が目の前に現れてからこの間にも力を溜めていた。
長期戦が無理な以上、この一撃に賭けるしかない。
私は手を前にかざした。
普通ならこんな見え見えの攻撃は絶対に躱すだろう。
しかし、目の前の女は面白そうに歯を見せて笑った。
「やっぱりアンタ、狂ってるねぇ。でも、その狂い具合が最高に面白いよ」
「それは、貴方にも、言えることですよ……」
私は力を放った。
延長線上にライアスさんが居ないことは確認している。
もう、この先にあるもの全てを壊すつもりで放った一撃。
血に魔力を伴わせて打った砲弾は周囲の空気をも巻き込む勢いだ。
その一撃がすぐ近くに居た女に直撃する。
しかし──
「これは効いたねぇ。当分手は使えそうにないね」
両手に大きな傷を負った女は、しかし生き残っていた。
これで無理だったなら、今の私には倒せない。
私はそこでこの女の強さを認めた。
そして、自分がまだまだ強くはないことを認識した。
私の意識が遠くなってくる。
「アンタ、自分より強い相手と戦うのは初めてかい? それなら、今回の件を受けてもう少し考えてみるんだね」
その言葉を聞き取った私は意識を手放した。
◇◆◇
アイリス視点
私は地を駆けながら考える。
──どうしてこうなったのだろう。
あの人がライアス君の師匠なのは間違いない。
でも、そんな人がどうしてこんなことを……
──裏切ったのだろうか……
ライアス君の両親は早くに亡くなったと聞いた。
だから、あの師匠がライアス君の育ての親みたいなものだ。
そんな人にライアス君は傷つけられた。
この痛みは私も知っている。
今まで信じていたのに、裏切られる辛さ。
それを知っているからこそ、今、ライアス君を助けたい。
私がしてもらったように……
私は地面を走りながら、少し先で戦闘の匂いを感じ取った。
空を飛ぶプリエラちゃんは私よりも前に進んでいた。
そんなプリエラちゃんの匂いと、もう一つはライアス君の師匠のもの。
恐らくその師匠がカナリナちゃんとミーちゃんを振り切って、ここまで来たのだろう。
銀狼状態の私は鼻が利く。
だから、まだライアス君の位置も分かっているし、元孤児院の位置も分かる。
そして、その戦闘の行方もなんとなく察してしまった。
プリエラちゃんの血の匂いが大きくなってきた。
プリエラちゃんは血を使って戦う。
だから、一概に負けているとは思わないけど、今までより大きな匂いがしているということは、ひとまずそれだけの力は使わなければならないということだ。
正直、私たちは戦闘に慣れていない。
ライアス君が師匠と戦うなと言ったのにはそういう理由もあるはずだ。
カナリナちゃんや、ミーちゃんが師匠を止められなかったことを見ても、そのことは分かる。
そして、私は銀狼になれはするけど、プリエラちゃんより強くはない。
自分のことを分かっているからこそ、あの師匠と戦うと負けるだろうという確信めいたものがあった。
それならどうすれば良いか……
私はライアス君に従うまでだ。
ライアス君はこう言った。
──みんな……戦っちゃ、ダメだ……
そう、戦うなと言われたのだ。
だから私は戦わない。
それに私の目的はライアス君の師匠を倒すことじゃない。
ライアス君を助けることだ。
今、ライアス君が物凄い速さで飛んでいるけど、その動きはただ投げられただけじゃないというのはよく分かる。
つまりなんらかの手が加えられているのだ。
ただ殺したいだけならこんな回りくどいことをしなくても幾らでも方法はある。
ライアス君の師匠もライアス君にお願いをしている感じだったし、ライアス君がこのまま死んでしまう可能性は低いと思う。
私は真っすぐライアス君の元に向かっていたところから方向転換して、全く別の道を進む。
あの師匠がどのような形で私たちを見つけているのか分からないけど、今は見つかれば終わりだ。
今の私は鼻が利く。
だからこそ、匂いの強い場所も分かる。
そこに行けば、まず匂いは消すことが出来るだろう。
あとはカナリナちゃんがライアス君の師匠のことを魔法がどうたらと言っていた。
何か魔力を使って見つけているのかもしれない。
私はそんなに魔法は使えないから、魔力は少ないと思う。
後は気配を消すことも考えないと……
私はそのまま駆けて、匂いのきついところまで辿り着いた。
そこは日の光が当たらないジメジメとしたところで、ぬかるんだ地面からは猛烈な臭いがしていた。
(こ、これは臭すぎるよ……)
私は涙目になりながらも銀狼状態を解除する。
ライアス君を助けてからのこともある。
出来るだけ銀狼状態になれる時間は残しておいた方が良い。
「変身するたびに裸になるの、なんとかならないかな……」
毎回、ライアス君の前で裸になるのは恥ずかしい。
別に見られても良いけど、もっとムードというものが必要だと思う。
どうにもならないことを嘆いた私は岩と岩の隙間に隠れると、目を閉じて、気配を消した。
こういうやり方であっているのかは分からないけど、おじいちゃんの家を追い出されてから銀狼として過ごしていたときはこうやって獲物を待った。
銀狼状態の私はその森の中でも強かったけど、臆病だった。
だから、相手が油断するのを待つときによく気配を消していたのだ。
そのまま私は心を無にして、時が過ぎるのを待つ。
それでも鼻だけは我慢して生かしておく。
ライアス君を見失ってしまったら、後々困ってしまう。
状況によっては捨て身でも出て行かないといけないかもしれない。
私は周りから漂う猛烈な臭いを考えないようにしていた。
この時の私は無意識だったけど、その鼻の強さは銀狼状態のときのモノと同等だった。
◇◆◇
◆ライアスの師匠視点
「ちぃっ、こりゃあ、やられたね」
アタシは森を空から見渡しながら舌打ちをする。
ちっちゃい娘と、魔法の娘を置いてから、ライアスを追った二人を追い駆けた。
吸血姫の娘の方が強いと判断して、先に接触することにしたが、それが裏目に出てしまったようだ。
「あの狼娘。なかなか頭がキレるじゃないかい」
アタシは完全に行方を見失っていた。
この広大な森の中で見失ってしまったなら、そこから見つけるのは至難の業だ。
もちろん出来ないことは無いが、ここまでやったならアタシが行く必要もないかと考え直す。
「仕方ないねぇ。まぁ、ライアスが連れてた奴だ。死にゃあしないだろうさ」
アタシは吸血姫の娘を担いで、ライアスの家に戻る。
一応眠っている吸血姫の娘に配慮はしているつもりだ。
相変わらず、ボロボロのライアスの家に入ると、寝かせていたはずの二人が消えていた。
「ありゃ? まだ起き上がるには時間が掛かると思ったんだ──」
その時、アタシは気配を感じて、身体を後ろに倒した。
その目の前をレイピアのようなものがすり抜ける。
(良い速さだ。それに気配の消し方が上手い)
そのまま後ろに下がって、距離を取ろうとしたところで肩の重みが消えていることに気付く。
「貴方、ここに何の用かしら?」
目の前にはエルフの娘が吸血姫の娘を担いでいた。
「へぇ。悪く無いねぇ」
「質問は聞こえているかしら? 私は何の用、と聞いたのよ」
あくまで冷静な表情を崩さないエルフの娘。
その立ち回りを見ても、何か指揮を取るような立場だったのだろう。
「そうだねぇ。その娘を運ぶのが目的だったんだが、アンタにもちと相手をしてもらおうかねぇ」
そこでアタシは異変に気付いた。
これは……
「そう。生憎と私は戦闘を楽しむ趣味は無いわ。でも、この子達を傷つけたことは許せないわね」
「そうかい。理由は何だっていいさ」
アタシはゆったりとした動作で建物の外に出る。
ここはライアスやこの娘達の家のようだ。
それを壊してやるのは可哀そうだからねぇ。
外に出て、向かい合うエルフの娘からは視認できるほど濃密な魔力が漏れ出ていた。
こんな現象になるエルフはアレしかない。
「アンタ、もしかして『ラストエルフ』かい?」
その言葉を聞いて、エルフの娘はピクリと反応する。
「そうだったとして、それが何か問題かしら?」
「いやぁ、問題はないさ。ただ、相変わらずライアスは面白い連中を集めると思ってね」
本当にアタシの予想斜め上を行く奴だと、彼方に飛び去った弟子を想う。
(助けたなら、最後まで面倒は見るんだね)
アタシは届くはずも無い助言を弟子にしながら自嘲する。
(今のセリフをアタシが言うのは流石にいけないね)
助けたなら最後まで面倒を見る。
アタシはそれを放棄しようとしていたのだから……
まぁ、それは良い。
それに今回の件でいよいよ嫌われてしまっただろう。
それでも、アタシはアタシのやり方で行くだけだ。
そこからの会話は無かった。
あふれ出る魔力に任せて、攻撃を仕掛けてくるエルフの娘。
どうやら身体強化の類のようだ。
一つの蹴りを躱すとエルフの娘はアタシを越えて、森の木を一つなぎ倒す。
そこからまた、同じような攻撃を繰り出してくる。
レイピアも使ってはいるが、振り回されている感が否めない。
恐らく、レイピアを使いだしたのは最近なのだろう。
あまり高いものでもないみたいだから、あんな使い方をしていれば間違いなく折れるね。
「そんなんじゃ、あたりゃしないよ。魔力に振り回されすぎなんじゃないかい」
「それは、大きなお世話よ。それより、貴方こそ攻撃が出来ていないようだけど……」
そう、アタシはほとんど攻撃をしていない。
まぁ、今回の目的は何も痛めつけることじゃ無いからねぇ。
アタシは動きをよく見て、躱していく。
両腕が満足に使えない以上、躱しが中心になってくるが問題はない。
何せ、アタシには攻撃がゆっくり見えているのだから。
それから同じことを繰り返していると、エルフの娘が疲れたのか、距離を取る。
アタシはその場で躱していただけだから、息など乱れようはずもない。
「はぁ、はぁ、何故攻撃しないの?」
「そりゃあ、攻撃するまでも無いからさ。それより、アンタ、自分の身体の状況はしっかりと理解しているのかい?」
アタシの言葉にエルフの娘は黙り込んだ。
「……ええ。分かっているわ」
「そうかい。それなら問題は無いね。アタシはここらで帰らせてもらうことにするよ」
アタシの用事は果たせた。
満足したアタシは踵を返す。
「ちょっ、まだ、戦いは──」
「ありゃ? 戦いの趣味は無かったんじゃないのかい? それにアンタまで気絶したら誰があの娘達の面倒を見るってんだい。目的を見失わないようにすることだね」
エルフの娘もアタシの言葉を聞いて、理解してくれたようだ。
「そうね。貴方が何をしたかったのか分からないけど、次に同じことをしたらただじゃ置かないから」
「そうかい。それは楽しみだねぇ」
にこやかに別れを告げるとアタシは空へ飛び立つ。
今日はなかなか有意義だったと、アタシは笑みをこぼした。
一人強さを測れなかったのは残念だったが、予想外の行動も含めて想像以上だったと言うべきだろう。
「……これなら、間に合うかもしれないねぇ」




