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第55話 ティナ救出作戦1

 



 エルフの男が動かなくなった。

 敵にも敵の主張がある。

 それを改めて分からされた戦いだった。

 ファナは未だ気持ちの整理がついていないらしい。

 ファナにとって彼はお世話になった恩人でもあり、妹と別れることになった仇でもある。

 そこには様々な思いがあることだろう。


 僕はファナが泣き止むまでの間に辺りを観察しておくことにした。

 この男を倒したことで次の刺客が来るかと思ったけど、見た限り他の人が入ってくる様子は無い。


(先に進めということか……)


 この先にティナが居るというのが本当かどうかの確証は無いけど、あの男の最後の言葉に嘘は無かったと思う。

 ただそれだと僕達がティナの居る場所に行くことを黙認しているようなものだ。

 普通ならティナが居る場所には寄せ付けたくないと思うんだけど……


(いや、待てよ。逆にファナをティナの居る場所まで連れてこようとしてる?)


 この次の部屋にティナが居るとすれば、ティナを取り戻そうとしてるファナや僕をこの部屋まで運んだのは悪手だ。

 わざわざ敵の本拠地の近くまで連れてくる必要性は感じない。


(何か別の理由がありそうだな……)


 色々と考えることはあるけどやることは変わらない。

 僕は意識を切り替えて、先ほど戦いに乱入してきたデリモットというモグラを探す。

 戦いの最後、あのまま行けば僕は負けていただろう。

 そこにデリモットは気配を消して現れ、その鋭い鍵爪でエルフの肉を引き裂いた。


(あれは僕を助けたのか?)


 デリモットの行動は結果的に僕を助けたことになる。

 でも、あまり研究者とデリモットの関係は良くない様子だった。

 そのことを思えば長年の不満が爆発した結果とも言える。

 当のデリモットは僕がエルフの男と話しているうちに何処かへ行ってしまったようだ。

 多分、部屋の真ん中にある土の中だろうけど、あいつはこの地面を容易に突き破ることが出来る。

 一応警戒はしておこう。


 周囲の安全を確認した僕はファナへと近づく。


 ファナはあまり感情を表に出さないタイプだから、こういう時は思いっきり泣いた方が良いと思う。

 僕は近くに寄り添い、ジッと泣き止むのを待った。


 ◇◆◇



「また、見苦しい所を見せてしまったわね」


 ファナは落ち着くと急に恥ずかしくなったのか、頬を赤らめている。


「いや、いろいろあったからね。こういう時くらいは泣いた方が良いよ」


 僕のフォローとも言い切れない発言で会話が止まってしまう。

 僕達の間には少し気まずい雰囲気が漂うけど、いつまでもこうしている訳にはいかない。


「ファナ、怪我の調子はどう?」


「衝撃は大きかったけど、そこまで痛みは無いわ。それより、貴方の方が余程傷を負っているように見えるのだけれど」


「あぁ、傷を受ける場所は選んでるから見た目よりは元気だよ」


 先ほどのエルフとの肉弾戦でかなり攻撃を受けてしまったけど、あまりダメージは蓄積されていない。

 これはもう無意識下で行えるものだ。

 師匠と森で暮らしていたときに攻撃を受ける場所を間違えれば、待っているのは死しかない。

 そんな状況下だからこそ、勝手に身に着いた技術だ。


「貴方って、想像より何倍も強いわよね」


 ファナが驚いたように目を丸めているけど、まぁ、僕は強く見えないからね。

 実力も飛びぬけて高い訳じゃ無いけど、元が低い分、高く見えたのだろう。


「よし、それじゃあ行こうか。彼の言葉によるとこの先にティナが居るみたいだ」


 この先にティナが居る。

 ファナはそれを聞いて唾を飲み込んだ。

 どうやらさっき、その話題が出た時は気絶していたみたいだな。

 ファナは冷や汗を流しながら拳を握りしめている。


 僕はファナの方に手を置き、声を掛ける。


「大丈夫、絶対に助けよう」


 ファナは僕の方を見て、深呼吸をするとその拳を解いた。


「ええ、頼りにしているわ」


 ファナは馬車で移動しているある日の夜、ティナと会うのが怖いと言っていた。

 それは恨まれることへの恐怖。

 もちろん、それもあるだろう。

 ただ、一番怖いのはティナがどのような状態になっているか分からないことだ。

 エルフの男の言いぶりからすると、全く助ける余地がない程ではないはずだ。

 それでも想像が付かないが故に怖い。


 僕達は次の部屋に続く扉へと進む。

 その最中視線を感じ、後ろを振り返ると地面から顔を出したデリモットが僕を見つめていた。


(結局、何がしたかったのか分からなかったな)



 ◇◆◇


 扉は僕達が近づいていくと独りでに開いた。

 扉の先は廊下などではなく部屋のようだ。

 今いる部屋よりは随分大きい。

 ただどこか薄暗さが残り、全体を確認することは出来ない。

 材質はさっきの部屋と同じなようだから魔法に耐性があると思っておいた方が良いだろう。


 ティナがここに居るという話だったけど、もう少し奥に居るのだろうか?


「ファナ、前に進むよ」


「ええ」


 辺りは気味が悪い程静まり返っており、自分の息遣いさえ聞こえてきそうだ。

 僕達は音の無い世界をゆっくりと歩く。

 もちろん僕もファナも武器を構えていて、いつでも戦える状態だ。




 バチン!



 僕達が数歩歩いたところで、何かの衝撃音と共に急激に部屋の中が明るくなった。

 強い光が目に入り、一瞬目の前が見えなくなる。




「待っていたぞ、ラストエルフの娘。一年半前に会って以来か……?」


 視界が晴れるのと同時に男の声が聞こえてきた。

 低く落ち着いた声には知性を感じるけど、どこか無機質的な怖さも孕んでいた。


 僕はまだ視力が戻っていない。

 目は見えないので耳で警戒しておく。

 もともと静かな部屋だから近づいて来れば直ぐに気付けるだろう。


 どうやら不意打ちを仕掛けてくることはなさそうだ。

 徐々に目が慣れてきたので、周囲の状況を確認する。


 さっきまで薄暗かった部屋が嘘のように明るくなっている。

 声が聞こえた方を見ると、これまた白衣を来たエルフの男が十メートル程先に居た。

 先ほど戦ったエルフよりも幾らか年上だろうか……


(ここまで接近されているのに気付けなかった)


 相手に声を掛けられるまでその存在に気付けなかった。

 僕はもう一度気を引き締め直す。

 どうやら他に人影はないようだ。

 ファナの話では十人は居るということだったけど、別の場所に居るのだろうか?

 その時、後ろから声が掛かる。


「ライアス。私の魔力を封印したのはあの男。魔法はかなり得意なはずよ」


「分かった。ありがとう」


 そんな存在がここに居るということは敵の核が近いことを意味している。

 ただ肝心のティナが見当たらない。

 どこかに隠されているのだろうか?


「わざわざ自分から出向いてくれるとは助かる。私もここを離れる訳には行かないからな」


(なんて言えば良いんだろう? 感情が無い?)


 感情が無い、この表現が一番正しいだろう。

 声に情緒は籠っておらず、目が死んでいる。

 今まで会ってきた人は大抵なんらかの感情を見せることが多かった。

 それなのに目の前の男にはそれが感じられない。

 その目を見ていると、底の見えない闇を見ているような気分になる。


 とりあえずは会話をしようか……


「どうもはじめまして。ライアスと申します」


「……」


 男は顔色一つ変えずに僕を見ている。

 今、相手が何を考えているのか読めない。

 とりあえず僕は一番聞きたいことを聞く。


「単刀直入に聞きます。ファナの妹、ティナはどこですか?」


「ティナ?」


 男は何を言っているのか分からないという風に口に手を当てる。

 横に並んだファナが一瞬顔を歪めたけど、落ち着いて返答した。


「私の妹のことよ……」


「ああ、ラストエルフの娘のことか」


 男は合点がいったとばかりに少しだけ眉を上げる。

 男に煽るという意志は感じられない。

 本当に知らないのだろう。

 確かに研究をするだけなら、いちいち名前を覚える必要はないけど、ファナからすればそれも腹立たしいはずだ。


「それで、どこかということだったか……」


「はい」





「そうだな……連れて来てやろう。もともとそのつもりだ」



(え?)


 僕の横でファナも驚いている。

 戦闘は避けられないと思っていただけにあっさり連れてくると言ったことが不思議だ。

 いや、連れて来ると言っただけだ。

 どんな状態になっているか分からない以上、これだけで安心はできない。

 最悪の場合はティナと戦闘になるだろう。


「ほ、ほんとに良いんですか?」


「ああ、構わない。直ぐに呼ぼう」


 男は言い終えると同時に何かを口ずさむ。


(あれは、魔法か……)


 基本的に魔法を使う時何かを口にする必要はない。

 ただ、魔法を極める人の中には少しでもその効力を上げるため、早く発動するために詠唱という形を使う人が居る。

 ファナの魔力を封印したというし、呪術系の魔法を得意としているのかもしれない。

 呪術系は相手を直接攻撃するのではなく、動きを封じたりといった風に敵を弱くさせる形でのサポートを行う魔法使いだ。

 こんなところに居るくらいだから、戦闘のためでなく、研究のために魔法を使っているのかもしれない。


 僕は一応何かの攻撃という可能性を考慮して警戒しておく。


 どうやら僕の心配は杞憂だったようで何も起こらずに男の詠唱は終わった。

 特に何か変化した気はしないけど……


(なっ!)


 いつからそこに居たのだろうか?

 白衣の男の横にはいつのまにかエルフの娘が居た。

 身体はやせ細っており、とても健康とは言えない状態だけど、肌は白く、髪は金髪だ。

 どこかファナに似ている点があり、この子がファナの妹、ティナなのだと一目で分かった。


 ただ、僕が恐らくティナであろうヒトを見て感じたのは恐怖だった。

 纏っている雰囲気が尋常ではない。

 生気を感じられない無機質な目に背筋が凍りそうになる。

 僕の身体の全てが危険だと警笛を鳴らしていた。

 僕は注意深くティナを見る。

 ティナはぴっちりとした服を全身に纏い、顔だけが露出している状態だ。

 特に武器のようなモノは持っていない。


「──ティナ……ティナなの?」


 ファナの絞り出したような声が聞こえてくる。

 ファナが見間違えるはずがない。

 僕は目の前のエルフの娘がティナだと再認識する。


「ティナ、お願い、返事をして」


 ファナの望みも空しく、ティナからの返答はない。

 それどころか顔色一つ変えていない状態だ。



「無駄だ。彼女は私たちの命令でしか動かない」


 くそっ、洗脳魔法の類だろうか。

 それを聞いてファナは声を荒げる。


「お前!ティナに何をした!」


「私だってこんな面倒なことはしたく無かったが、抵抗したから止むを得なかっただけだ」


「くっ!」



 ファナが相手を射殺しそうな目で睨む。

 ファナの足が自然と前に進んだ。


 このまま怒りに任せて特攻すれば、良い結果にはなりそうにない。

 だから僕はファナを止めようとしたけど、それを制するようにファナは語り掛けてきた。



「ここまで連れて来てくれてありがとう、ライアス。私はこの時のために今まで生きてきたと言っても過言ではないわ」


 後ろに居る僕からファナの表情は見えないけど、その言葉には確かな重みがあった。

 ファナは尚も続ける。


「ティナは私に任せてくれないかしら。多分、ティナは何か良くない術で操られているわ……貴方には戦いにくい相手のはずよ」


「でも、それはファナも同じでしょ?」


「私はティナの家族よ。ティナに一生付き添う覚悟があるわ。だから後で恨まれるのは私だけで良いの」



 ……



「そうだね。じゃあティナはファナにお願いするよ。僕は僕のやることをするね」


 僕はファナの思いを尊重することにした。

 ティナはファナに任せる。


 僕はファナが時間を稼いでいる間にあの男を倒そう。

 僕は昨日ファナが言っていたことを思い出す。


『もし、私の魔力を封印した敵が現れたらそいつを倒しておきたいわね。魔力が戻れば大抵のことはなんとかする自信があるわ』


 僕には魔力の封印がどんなものかは分からないけど、術者を倒せば解けることが多いらしい。


 多分、今のファナではティナに勝てない。

 ファナの目的はティナを助けることであって、傷つけることではない。

 だけど操られているティナはそんなことおかまいなしに攻撃してくるだろう。


 今、求められているのは殺さずに相手を無力化すること。

 でもそんなことが出来るのは圧倒的な力の差を持っている者だけだ。

 相手を手加減して倒すというのはそれだけ難しい。

 魔物を倒すよりも生け捕りする方が何倍も難しいのと同じことだ。


 だから、あの男を倒してファナの魔力の封印を解く。

 もしかしたらそんなに上手くいかないかもしれないけど、今はこれしか方法がない。


「じゃあ、僕はあの男を倒すよ」


「ええ。お願いするわ」


 僕とファナがお互いの役割を理解したところでエルフの男が動く。


「少し予定より早くなってしまったが構わないだろう。行け」


 男の「行け」という言葉と共にティナの姿が消える。


(う、嘘だろ……)


 いや、正確には消えた訳ではない。

 それほど早く動いたのだ。

 僕は目で追うのが精一杯だったけど、ファナは反応して見せた。


 ティナの蹴りを腕でガードする。

 しかし余程力が強かったのかファナはそのまま飛ばされてしまった。


「ファナ!」


「私は大丈夫よ!ティナは任せて!」


 ファナは飛ばされた先で、受け身を取って怪我を避ける。

 冷静で無駄のない動きだ。


 当のティナは目の先に居る僕には目をくれずにファナを執拗に追いかけ始めた。


(狙いはファナか……)


 僕もここでジッとしている訳にはいかない。


 僕はエルフの男に狙いを定める。

 男はファナとティナの戦闘風景を無機質な目で見つめているだけだ。


(マジか……)


 今、あいつは僕に意識を置いていない。

 僕のことなど眼中に無いといった感じだ。

 戦いにおいて敵に意識を置かないなんて普通では考えられないことだ。

 これがブラフなのか、本心からなのか僕には読めない。


 それでもわざわざ相手が隙を晒しているのに攻撃しない理由は無い。

 僕は深呼吸して短剣を構える。

 ここまでやっても見向きもされない。


(恨むなよ)


 僕は短剣をナイフのように飛ばした。

 あの男との距離は遠くない。

 この距離からなら問題なく当たるはずだ。


 短剣は一直線に男の元へと進んで行く。



 そして、そのまま……




 刺さった。

 僕の投げた短剣は狙いを少し逸れてしまったけど左肩に命中した。

 みるみるうちに白衣が赤く染まっていく。


 攻撃は間違いなく当たった。

 僕の目に映る全てがそれを肯定している。



 なのに何故僕はこんなにも焦っているのだろうか……



 僕が焦りを感じている理由。

 それは相手が痛がっていないからだ。

 普通、肩に刺傷を受ければかなりの痛みを伴うはずだ。

 それなのに目の前の男は痛がるどころか、未だに僕を見ず、ひたすらにゴーレムとの戦いを見ている。



 地面に血が滴り始めた時、ようやく男は僕へ視線を移した。

 そして、肩の短剣を引き抜きながら言う。


「邪魔をするな。今は作戦の最中だ」


 その言葉は短剣を投げられ、傷つけられた者のものとは思えない。

 彼の怒りは短剣を投げられたことではなく、観察の邪魔をされたことについてのものだ。


 この人は僕の苦手なタイプだ。

 感情が希薄すぎるが故に読めない。

 自分の中での最優先事項が決まっていて、それのためなら自らの命すら絶ちそうな雰囲気。

 次に何をしてくるか全く見当もつかないのが怖い。


 ただ彼がさっき言った言葉も気になる。


(作戦? 何か企んでいるのか?)


「流石にこの状況で何もしないのは出来ませんよ。悪いですがここで倒させてもらいますよ」


「そうか」


 僕の言葉にもさしたる感慨は見せない。

 またも男は僕から視線を外し、ファナ達の戦いを見る。


(やりにくい……)


 僕としても無抵抗な相手を攻撃するというのは少し戸惑ってしまう。

 というより肩の傷は効いていないのか?

 かなり深かったはずだけど……



 ッ!


 その時、僕は上手く息が出来ていないことに気付く。


(ま、まさか……!)


 僕は目の前の男を見る。

 こちらからは横顔しか見えないけど、何か口ずさんでいるのが見えた。


(マズイ、術を掛けられた!?)


 視界がぐにゃぐにゃと揺れ動き、平衡感覚が曖昧になっていく。

 ここに来て僕の考えが甘かったと気付かされた。

 相手は僕を攻撃していなかった訳じゃ無い。

 術の準備をしていたのだ。


 動物の中には相手に興味の無いふりをして、油断させたところに攻撃を仕掛けるものがいる。

 敵は僕が迷っている間に息の根を止めに来た。


 段々と苦しくなっていくのを自覚しながら僕は短剣を握りしめた。



 ◇◆◇


 ◆ファナ視点



「はぁ、はぁ」


 私の目の前には一年以上探していた妹がいる。

 その顔がどれだけこけていようと見間違えるはずもない。


 あぁ、私がのうのうと暮らしている内にどんな目に合ってきたのだろう。


 私の心の中は色んな感情が溢れてきて壊れそうだ。

 自分や周りへの怒り、ティナの境遇を思う辛さや申し訳なさ。


 色んな気持ちはあるけど、ようやくここまで来たのだ。

 死んでも連れて帰ってやる。

 いや、死んでしまっては意味がない。

 ティナの心が壊れてしまっていたとき、その怒りを受け止める存在が居る。


 その怒りを受け止めるのも私の役割だ。

 それは誰にも任せられないし、譲れない。


 私はティナの蹴りをまたしても受け流す。

 それでも魔力で強化されているのか威力は絶大だ。

 私は耐えられずにその場から飛ばされてしまうけど、頭を守りながら着地して、体勢を整える。


 腰に差したレイピアが静かに揺れた。

 そう、私は今、レイピアを構えていない。


 最初、ティナの攻撃を受けて分かったことがある。




 ティナはまだ完全に心を失ってはいない。


 そう思う根拠は幾つかある。


 まず私が生き残っていることだ。

 戦って分かったけど、ティナは強い。

 でも、ティナの本当の強みは魔力を具現化させて戦う方法。

 それをしていない段階で不思議なのだ。


 そして、最初に私を蹴りつけてきた時の目。


 ずっと感情が見えないティナの目が一瞬揺れたのが分かった。

 それがどんな感情を意味するのかは分からないけど、それを見て私はティナに攻撃することを止めた。


 私に出来ることは一つ。

 それは……


「お願いティナ! 目を覚まして!」


 ティナに声を掛け続けることだ。

 このことにどれだけの意味があるか分からない。

 それでも私は声を掛け続ける。


「ごめんね、ティナ。遅くなって……」


 自分で言っていて悔し涙のようなものが出てくる。

 なんで妹がこんな目に合わなければならないんだ。


 ティナはまた素早い動きで距離を詰めてくる。

 私より動きはかなり早いけど、なんとか対応できている。

 体中が痛むけど、この程度で怯むわえにはいかない。


 でも、このままだとジリ貧だ。


 私はまたティナの攻撃を受け止めながら考える。

 どうすればティナは正気に戻ってくれるだろうか。


 その時、少しの気の緩みからティナの拳が腹へとめり込んできた。


(しまった!)


「ガハッ」


 その強い衝撃に肺の空気が押し出され、目の前が暗くなっていく。

 ダメ、今意識を落としたら……



 ◇◆◇



 私は夢を見ていた。

 温かくて、懐かしい私の宝物。


 これはティナと森で遊んでいたときの記憶だ。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん」


「ん? なぁに?」


「私ね。お姉ちゃんが大好きだよ」


「ふふ、私もよ。でも急にどうしたの?」


 ティナは少し不安そうな顔をしている。


「もし、もしなんだけど、私たちが離れ離れになっちゃったらどうなるんだろって思っちゃうと不安で……」


 もしかしたらこの時からティナは、未来のことを予見していたのかもしれない。


「もう、そんなこと気にしてたの? 大丈夫よ。私がティナのことを守ってあげるし、もし居なくなったらどこまででも追いかけて耳を引っ張ってでも連れて帰ってあげるわよ」


「どこでも?」


「もちろん!」


「ずっと一緒に居られる?」


「当たり前じゃない」


 それを聞いてティナは安心している。

 若いころの私は無知だった。

 自分の中にある力を過信して、ヒトの本質を見ることが出来ていなかった。

 こんなことを言っておいて、ティナを見捨てている自分に改めて腹が立つ。


 ……


 あれ? これだけだったっけ?


 何かこの時、他にも話したような……



「それじゃあ、もし私たちが戦うことになったら?」



 そうだ。この時にティナはこんなことを聞いてきた。

 私とティナは昔から魔力量が多かった。

 そんな私たちが一度大ゲンカした時がある。

 お互いの魔力を惜しみなく使った結果、森が大変なことになってしまった。

 そこからは魔力を使って喧嘩をすることは無くなり、姉妹の仲も良くなったのだ。

 だから、当時は私とティナが戦うことは無いと思っていた。


 この時、私はなんて返事したっけ?



「えぇ、ティナと戦うと疲れるから嫌なんだけど~」


「でも、私が暴れ出すかも知れないでしょ」


「うーん──」





「──そうね。もし、ティナが暴れ出したらデコピンして正気に戻してあげるわ」


「えぇ~お姉ちゃんのデコピン痛いから嫌だ~」


「ふふん。それなら暴れたりしないことね」



 ◇◆◇


 気付けば目の前にティナの足が迫っていた。

 私の顔目掛けて放たれた一撃は真面に受ければ命の保証はないだろう。


(ふぅ……) 


 私は深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。

 他の皆には本当に申し訳ないけど、私はここで賭けに出ることにした。

 もし失敗すれば私もただでは済まないはずだ。


 でも、私はティナを信じたい。


 私は今まで使ってこなかった身体強化を使う。

 私の魔力の大半は封印されてしまっていて使えないけど、不完全だったため一部分だけ使うことができるのだ。

 それより前は魔力を湯水のように使っていたので、私は細かい魔力制御が出来ない。

 だから、身体強化を使うと全ての魔力を消費してしまう。


 もし、身体強化が切れるまでにティナを止められなかったら私は無防備になる。

 でも、私はこうすることに迷いは無かった。


 身体強化を使うと、今までが嘘のように身体が軽くなり、自分の理想の動きをしてくれる。

 目の前に迫る足を上体を後ろに倒して躱した。


 私はそのまま蹴りを放ったことで無防備になっている身体へと飛びつく。

 ティナもそれを阻止しようと肘で私の頭を狙うけど、一瞬動きを止めることで直撃を回避する。

 私はその勢いのままティナに抱き着いた。


 体重がとても軽かったティナは私の勢いに負けて倒れこむ。

 そのまま私が地面に押し倒す形となった。

 久しぶりに触れたティナの身体はやせ細っていて、そのことに心が痛む。


 ティナは倒された体勢のまま私に攻撃を仕掛けてくるけど、腰の入っていない攻撃なので大きなダメージはない。


「昔から、こういう格闘は私が勝ってきたわよね」


 私はなるべく優しい声で語り掛ける。


「ねぇティナ、覚えてる? あの日のこと。私とティナが戦うことになったらどうするかって言ってたよね。あの時はそんなことあり得ないって思ってたけれど、本当になってしまったわね……」


 まだ私の身体強化は解けていない。

 今もティナは強い力で押し返そうとしてくるけど、どうやら身体強化をした私の方が上手のようだ。


「これも私のせいだけど、償う機会が欲しいの。ティナお願い、戻ってきて……」


 私はティナの頭にデコピンをする。

 それと同時に身体強化が切れてしまった。


 私は強烈な倦怠感を覚え、身体に力が入らなくなる。

 いつでもティナは私を引きはがすことができるはずだ。


 私はティナの上で倒れながらもその顔を覗き込む。





 泣いていた。


 操られていたはずのティナの目には涙が浮かんでいた。

 さっきまでは強く引きはがそうとしていたけど、今はそんな素振りを見せない。




「……いよ、……ん」


 ティナの声が聞こえてくる。

 懐かしい声だ。


「……痛いよ、お姉、ちゃん」


「ごめんね、ティナ」


 ティナは長年喋ることが出来て居なかったのだろう。

 声が枯れており、発音もゆっくりだ。


「ごめ、んね。いっぱい、殴っちゃった」


「そんなこと気にする必要はないわ。私の方こそ、遅れてごめんね」


「信じてた、から……」


 そう言ってぎこちなく笑うティナを抱きしめたくなる。

 でも、力の抜けた私はそれをすることすら叶わない。


 聞き辛くても私はティナに聞かなければならない。


「ねぇ、ティナの体調とか教えてくれるかしら?」


 ティナは少し考え込んだ後、応えてくれた。


「私には、魔法で呪いが、掛けられてるの。それを、解かないと、ダメ」


 やっぱり何か魔法で悪さをされていたか。

 それも解かなければならない。

 その呪いは碌でもないものに違いないのだから……


 私は続けてティナに呪いのことを聞こうとしたとき、ふと思い出すことがあった。




 そういえば、ライアスの方はどうなったのだろうか……







「どうやら、作戦は成功したようだな」



 聞こえてきた声はライアスのモノではなく、研究者のモノだった。

 

 








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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公が好かれる理由をちゃんと描いているのは良いと思います! [気になる点] 以下の文章で唐突にゴーレムが出てきたのか気になる。ゴーレムではなく、ティナでは? 元々初期案でゴーレムだった…
[一言] 次のステップにすすむのか.... あの廃人っぷりからしてエルフ自体が誰かに何かを示唆されていたようにも思えてきて儘ならない。 なるようになれ
[一言] 感情をなくしたのか殺したのか もはや機械になったんだな 意識は戻ってもまだ操られてる? 意識が戻ることで次の仕掛けが始動するのか?
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