第52話 作戦決行前夜
あの不意の一撃以降、あちらからの攻撃はない。
とはいえ攻撃が来ないからといって、気を許す訳にもいかない。
もしさっきのような攻撃をされればひとたまりもないからだ。
僕達の間には異様な緊張感が張りつめていた。
こんな攻撃を見て、巨人族もさぞ驚いているだろうと思ったけど、ミーちゃんの父親であるアルストリアさんの顔に驚いているような雰囲気はない。
つまり、これくらいのことは起こって当然、もしくは日常的に行われているということだ。
僕にはエルフの集団がどのような研究を行っているかは分からないけど、こんな兵器まで作っているとは……
その後、僕達はアルストリアさんの案内で、赤ちゃん用の小屋に通された。
どうやら、巨人族の里は深い谷の中に作られているようで、その大きな建物を上手く森の中に隠していた。
緩やかな傾斜に沿って、降りて行くと大きな建物が乱立している風景が目に入った。
巨人族が住むくらいだから当然、その家も人間より数倍大きいものだった。
赤ちゃん用の小屋は人間サイズなのでそこを借りることとなった。
他の巨人族が納得しないかと思ったけど、予想に反して反対意見は出なかった。
どうやらミーちゃんの強さが認められたらしく、大抵の巨人族は不満そうな顔をしていなかった。
思ったよりもみんな柔軟な思考をしているようだ。
しかし、その代わりにギラギラした目でこちらを見ながら拳を鳴らしていて、隙あらば攻撃してきそうな感じが怖い。
あと、僕達が認められたのにはアルストリアさんの一言が大きいだろう。
「あいつらの邪魔をするな」
この一言で他の巨人族を黙らせてしまった。
やはり里の長というだけはある。
貸してもらった小屋には幾つもの寝室と大きな広間があった。
寝室は一人分の大きさしかなく、みんなで固まって寝るのは出来そうにない。
それでもみんな慣れない旅に加えて、今日の騒ぎのせいで相当疲れているはずだ。
寝心地が良いとは言えないけど、出来ればみんなには今のうちに疲れを取って貰いたい。
まぁ、たとえ寝れなくても、布団の中にいるだけで少しは気が安らぐ。
僕がそうやって説得すると、みんなはそれぞれの寝室に向かっていった。
みんなと別れた僕は広間に向かった。
広間には大きめの椅子と机があり、その椅子の一つに腰掛ける。
備え付けのランプに火を灯し、明かりを確保した。
ここからはよく玄関口と寝室が見える。
これで不測の事態にも早めに行動を取ることができるはずだ。
僕達は敵地の只中に居ると言っても過言ではない。
そんな中、誰も警戒せず眠るのは危険だ。
とはいえ、僕にも疲労は溜まっている。
このまま休息を取らずに戦えば、間違いなくミスを犯すだろう。
だから休息はしっかり取る。
僕は半分寝ながら警戒するのは得意なのだ。
昔、師匠に育てられていたときは訓練と称して森の中に一人で置き去りにされることもあった。
そんな時、力の無い僕が生き残るには逃げるしか無い。
極限の緊張感の中で眠気と戦っていた僕は半分寝ながら、物音一つで瞬時に覚醒する術を身に着けた。
このスキルは冒険者になってからも活躍したけど、また使うことになるとは……
あと、敵の警戒はもちろんだけど、もう一つ気をつけておかないといけないこともあるからな。
僕は軽く目を閉じて、頭の中を空っぽにする。
思考を止め、身体を弛緩することで脳と身体を休める。
……
ギィ……
ッ!
何かの物音に気付いた僕は腰の短剣に手を掛けてすぐさま玄関口を見る。
しかし、玄関の扉は閉まっていて動いている気配はない。
(ということは……)
「あれ? お兄ちゃん、起きてるの?」
声のする方を見れば、寝室の扉を開けているミーちゃんが居た。
ランプの温かい光に照らされながら目を丸めている。
物音はどうやらミーちゃんが扉を開けた音だったようだ。
他に部屋の中に気配がある様子もない。
ひとまず敵の襲撃じゃないことを確認した僕は椅子に座りなおして緊張を解いた。
「うん、まぁね。ミーちゃんこそ、どうしたの?」
「ちょっと眠れなくて……」
そう言ったミーちゃんは僕の近くにあった椅子に座ろうとして、途中で動きを止める。
「ねぇ、お兄ちゃんの上に座って良い?」
毎回思うけど、ミーちゃんに上目遣いでお願いされて断れる人は居るのだろうか?
「うん、いいよ」
僕の許可を得たミーちゃんは嬉しそうに僕の膝の間に座った。
僕からはミーちゃんの後頭部しか見えない状態だ。
なんとなく手持ち無沙汰になったので、ミーちゃんの頭を撫でる。
ミーちゃんは気に入ってくれたのか僕に体重を預けて為されるがままになっていた。
それからしばらく、どちらとも話さない無言の時間が過ぎた。
今日、肉体的にも精神的にも一番疲れたのは間違いなくミーちゃんだ。
自分のトラウマであろう故郷に訪問して、そこで貶されて、沢山の巨人と戦った。
そんなミーちゃんが眠れないと言っているのは、自分の中で何か整理のつかないことがあるのだろう。
でも、それを僕から聞くつもりはない。
幸いにも今は時間が沢山ある。
多分、ミーちゃんは気分転換に外の空気でも吸いに行こうとしたのだろう。
それでもこうして、ミーちゃんが僕の元に来たということは僕に話を聞いて欲しいか、単純に人の温もりが欲しかったのだと思う。
だから僕はミーちゃんが話して良いと思うまで待つつもりだ。
しばらく経つと、ミーちゃんが僕に背中を向けたまま呟く。
「お兄ちゃん、ちょっとだけミーのお話聞いてくれる?」
「うん、いいよ」
どうやら話してくれる気になったようだ。
僕が良いと言ったので、ミーちゃんはポツポツと話し出した。
「ミーね、昔、仲のいいお友達が居たの。レナちゃんって言うんだけどね──」
そこから話されたのはミーちゃんの昔の話。
仲の良かった友達の悩みを知ってしまって、苦悩するミーちゃんの話だった。
ミーちゃんは昔に起こったこと、思っていたことなどを全て話してくれた。
僕は相槌を打ちながら、聞き手に回る。
最後、ミーちゃんがレナちゃんからのメッセージを読んだことまで話したところで、僕に尋ねてきた。
「ねぇ、お兄ちゃん。ミー、間違ってたかな?」
ミーちゃんは終始、僕に顔を見せていない。
だから表情は分からないけど、その声からはどこか弱弱しいものを感じた。
今日の一件で、ミーちゃんは確実に成長した。
それは間違い無いけど、自分の中に疑問はまだ残っていたようだ。
ミーちゃんの問いは少し難しい。
話を聞く限り、ミーちゃんはミーちゃんの出来る範囲でレナちゃんを支えていたと思う。
でも、ミーちゃんとしてはもっと上手く出来たんじゃないか、もっとレナちゃんの助けになれたのではないかという思いがあるのだろう。
レナちゃんは亡くなっているようだからこそ、その気持ちが出てきてしまうのも分かる。
でも、こういうのはどうしても結果論になってしまう。
あの時、こうしておけば……というのは誰でも一度は考えてしまうものだ。
僕は少しの沈黙の後、ミーちゃんを撫でながら応えた。
「ミーちゃんは間違えてないよ。こういうのって正解は一つじゃ無いと思うんだ。その上でだけど、レナちゃんは幸せだったって言ってたんでしょ。それならミーちゃんはやったことは正しかった」
僕は敢えて断言した。
僕自身、ミーちゃんの行動は一つの正解だったと思っているし、話の中にあったレナちゃんの意志を汲むならミーちゃんを否定できるわけがない。
僕の言葉を受けたミーちゃんはどうやら納得してくれたようだ。
今まで前を向いていたミーちゃんが頭を上げて、下から僕を覗き込む。
「ミー、もっと我儘になっても良いかな?」
ミーちゃんが僕の目を見つめながら尋ねて来る。
ミーちゃんは今までどこか遠慮しているところがあった。
その原因は昔嘘を吐いたことによるものだった。
でも、その思いをレナちゃんが、アルストリアさんが解いてくれた。
だからこそ、僕の答えは決まっている。
「うん、もちろん良いよ」
「ありがとう~、お兄ちゃん」
「うん、どういたしまして」
ミーちゃんの満面の笑みが少ない明かりの中でも輝いて見えた。
こういう時に「ごめんね」ではなく、「ありがとう」がすっと出て来るところからもミーちゃんの心境の変化が見て取れる。
これまでミーちゃんは自分を押し殺している部分があった。
その原因が取り除かれたミーちゃんはこれからどんどん成長していくだろう。
「ミーちゃんもそろそろ寝てきたら?」
話が一段落したことで僕はミーちゃんに就寝を促す。
明日は激しい戦いが予想される。
ミーちゃんにも戦闘をお願いすることもあるだろうから、今の内に少しでも体力を回復しておいて貰いたい。
「うん……お兄ちゃんは?」
「僕も寝るから安心して」
実際、警戒しながらだけど半分寝ているので嘘は言っていない。
ミーちゃんは少し何か考えるようにした後、何も言わずに椅子から飛び降りた。
「分かった。じゃあミーは寝て来るね~」
「うん。おやすみ」
ミーちゃんはにっこり微笑んだ後、僕に背中を向ける。
「我儘になっていいって言ったの、お兄ちゃんだからね。忘れないでね~」
何故か僕に念押ししてきたミーちゃん。
でも、ミーちゃんの我儘なんて可愛いモノだろう。
ミーちゃんは満足したのか、「おやすみなさ~い」と言いながら、上機嫌で寝室に戻っていった。
また一人になった僕は腕を組んで目を閉じる。
明日はどんな戦いになるか予想が出来ない。
それでも今ある力を使って、みんなで無事に生還するしかない。
そのためにも今は休息しよう。
……
ギィ……
ッ!
僕はまた物音に気付いて飛び起きる。
すぐさま、玄関の扉を見るが空いている気配はない。
(ということは……)
「やっぱり、貴方起きてたのね」
僕がここに居るもう一つの原因である彼女が居た。
「やぁ、ファナ。これでも寝てたんだけどね」
ファナの長い金髪がランプの光を反射している。
ファナは落ち着いた動きで近くの椅子に腰かける。
返答は分かり切っているけど、僕はあえて尋ねてみた。
「どう? 寝れた?」
「生憎と今は眠くないの」
やっぱり眠れていないようだった。
ファナはここに来てからずっと張りつめた空気を身に纏っている。
妹がここに捕らわれている可能性が高いのだからそれは仕方のないことだろう。
「眠れなくても布団に入っているだけで疲れは取れるし、横にだけでもなってたら?」
僕としてはファナには休息を取って欲しいけど、まぁ無理か。
ファナは僕を一瞥した後、応えた。
「それを言うなら貴方も寝室に行くべきじゃないかしら?」
「それは──」
「敵の襲撃の警戒と、私が無茶をしでかさないか、でしょ?」
僕の言葉に被せるように指摘してきたファナは僕の目をしっかりと見据えている。
(バレてたか……)
そんな思いが顔に出てしまったのだろう。
ファナは分かりやすくため息を吐くと、言葉が出ない僕に続ける。
「まぁ、今までの私の行動を見れば、警戒するのは分かるわ。でも、貴方の言う通り、私の目的は復讐じゃ無くて、ティナの救出よ。ここまで来たんだもの。少しでも確率を上げるために貴方の力も借りるわよ……あの子達も、ね」
最後は少し言いにくそうにしていたけど、多分まだ他のみんなを巻き込むことを気に病んでいるのだろう。
それでも、僕達をしっかり頼ってくれているのは嬉しいな。
正直、ファナが一人で飛び出すのはあり得る話だった。
ファナは一息ついて続ける。
「悔しいけどあんな攻撃、私一人じゃ対処できない。だから、私が一人で無謀に特攻することは無いわ」
ファナとしては今にも飛び出したい気分だろう。
それでも、一人で無茶はしないと言ってくれた。
僕も疑っていたのが申し訳なくなってくる。
「そっか、疑っちゃってごめんね」
「まぁ、それは私のせいでもあるから問題ないのだけれど、貴方は寝なくていいの? 貴方は今まで色々な場面で、困難な状況を打破してきたわ。巨人族との戦いもなんとかなった。正直、今回の件に関しても私は期待してしまっているわ。勝手なことだとは思うけれどね」
「巨人族の戦いはほとんどミーちゃんのお陰だけど、ファナの期待に沿えるよう頑張るよ」
「そうね。ミーにも感謝しなきゃね。そして貴方が頼りになるのは間違いないわ。だからこそ、今の内に休んで体調を整えるべきよ。見張りは私がやっておくわ。どうせ寝れないもの」
なるほど、なんで出てきたのだろうと思ったけど、僕の体調を気にしていたのか。
でも、僕は十分に休息を取れている。
ティナを見たらファナは絶対に無理をするだろう。
だからファナにこそ休んで欲しいけど、これ以上の言い争いは無意味だろう。
「分かった。じゃあ、少し作戦会議でもしようか」
今のファナをそのままにしておくと、どんどん考え込みそうだから僕も一緒に考えることにしよう。
僕の言葉を一瞬否定しようとしたファナだけど、僕が引かないのを感じて話に乗ってきた。
「それじゃあ、お願いしようかしら」
それから僕達はティナ救出作戦について朝まで話し合った。
◇◆◇
「それじゃあ、準備は良い?」
僕は荷物を纏めると、呼び掛ける。
しっかりと頷く姿は落ち着いていて、疲れた顔をしている者は居ない。
どうやら休息は取れたようだ。
僕達が小屋から出ると、アルストリアさんが居た。
「待っていたぞ、来い」
昨日の攻撃の段階で向こうに僕達の存在がバレていることは知っている。
どういう意図かは分からないけど、向こうは確実に僕達を招き入れようとしている。
もし本当に排除が目的なら今までに幾らでもチャンスはあった。
だから、問題が起こるとすれば道中ではなく、相手の本拠地に入ってからだ。
「おはようございます。アルストリアさん。これは向こうの指示ですか?」
「そうだ」
やはり、向こうは僕達を招き入れようとしている。
理由は幾つか考えられるけど、一番可能性が高いのはやっぱり……
僕の視線に気づいたファナが目を細めてくる。
自身で制御不能になるほど圧倒的な魔力を持つラストエルフであるファナ。
昔、ファナとティナを襲ったエルフの研究者たちはファナも攫うつもりだったはずだ。
そこから考えても、狙われている可能性が高いのは間違いなくファナだ。
相手がどんな手を使って来るか分からない以上、ファナをよく注意して見ておかないと……
道中、親子であるはずのアルストリアさんとミーちゃんの間に会話は無い。
ミーちゃん自身も何か話しかけるような素振りは見せないので、僕が首を突っ込むことじゃないな。
僕は歩きながら一人ずつみんなの体調を確認していく。
「ミーちゃん、体調はどう?」
「あれから眠れたから元気だよ~お兄ちゃん」
「そっか、それなら良かった」
どうやら昨日はあれから眠れたようだ。
ミーちゃんのパワーがどこまで通用するかは分から無いけど、出番はあるはずだ。
ただ、ミーちゃんは過去の経験からして魔法に弱いと思う。
多分、低級でも洗脳魔法などを受けると掛かってしまうタイプだ。
魔法耐性が無い分、今回のエルフとの戦いは少し心配なところがある。
「カナリナはどう?」
カナリナも昨日、沢山魔法を行使していた。
疲労の面で言えば彼女もかなりあるだろう。
「あたしも問題ないわ。それよりアンタこそ寝たんでしょうね?」
「うん。僕もしっかり休息を取ったから大丈夫だよ」
カナリナは僕の心配までしてくれた。
本人は大丈夫と言っているけど、カナリナは大丈夫じゃなくても限界になるまで大丈夫と言い張るタイプだ。
カナリナの言葉を信じすぎて、無理をさせ過ぎないようにしないと。
「プリエラはどう?」
「ライアスさん……私も役に立ちたいです……」
プリエラは僕を真っすぐ見据えている。
その瞳は明らかに抗議の色を孕んでいた。
確かに、プリエラの力を温存したいと思うあまり、彼女には戦いを避けるように指示してきた。
プリエラにはここに来るまでに何度も助けてもらってるけど、彼女は自分だけ後ろで見ている状況が嫌なんだろう。
これは僕が悪かったな。
「ごめん、プリエラ。今までちょっと保守的な考えをしてしまってた。でも、今日は間違いなくプリエラの力を借りることになると思う」
僕の言葉にプリエラは仕方がないというような顔を見せる。
僕はプリエラが何か言う前に続けた。
「それと、今日はプリエラが使いたいタイミングで力を使ってくれ」
「え?」
今まで緊急時以外、プリエラは力を使う時に僕の指示を仰いでいた。
「私も戦って良いですか?」と。
でも、プリエラも自分の力は自分が一番分かっているはずだ。
それに本来、プリエラの『吸血姫』の力は常時発動できるものだ。
少し前は一日一回が限界だったけど、徐々に力が馴染んできているかもしれない。
プリエラにも少し自主的に動いてもらうようにしよう。
「プリエラの力のことはプリエラが良く分かっていると思う。相手がどんな攻撃を仕掛けてくるか分からないから、使えるタイミングでしっかりと使って欲しい」
僕の意図を汲んでくれたプリエラはしっかりと頷く。
「わかりました……頑張ります……」
最後にアイリスに確認したところ問題は無いようだった。
僕はそこからさらに耳を寄せてアイリスに尋ねる。
「銀狼化って出来そう?」
もちろん、使わないに越したことは無いけど、場合によっては四の五の言っていられないかもしれない。
僕の急な問いにビクッとしながらも少し申し訳なさそうに答えてくれた。
「多分、ちょっとだけなら出来ると思う。でも、長時間の戦闘は厳しいかも」
「いや、出来れば使わない方が良いんだ。でも、もしもの時はお願いすることになるかも」
「うん、私もみんなの危険を無視してまで、隠すつもりはないよ」
アイリスの過去は知らないけど、相当なトラウマがあったはずだ。
彼女自身、みんなのことを信用しているはずなのに打ち明けられない自分に嫌気がさしているところはあるはずだ。
出来ればそんな事態にはなって欲しく無いけど、もしもの時は頼むしかない。
ファナは昨日一睡もしていない。
それでも、この中で一番の集中力を見せている。
気持ちの入り方がやっぱり他の子とは段違いだ。
今日、妹を助けることができるかどうかが決まる。
ここら辺一帯を覆っている結界の魔力がティナのモノであることからもティナの生きている確率は高い。
ファナのためにもしっかり助け出さないと……
僕達が最終確認をしていると、アルストリアさんの動きが止まった。
「ここだ」
そう言って、指し示したのは金属で出来た扉だった。
山の壁に埋もれるような形で扉だけがある。
つまり、敵の本拠地は山をくり抜いて作ったということだ。
(これは見つからないな)
大きな施設なら目立つ可能性もある。
でも、こんな山に埋もれる形で存在していれば、正直結界を張る必要性を感じない。
……
やっぱり少し引っかかるな。
なんで莫大な魔力を使ってまで結界を張っているんだ?
巨人族を逃がさないようにするため?
当然、それもあるかもしれない。
昨日の感じだと、アルストリアさんは好き好んで協力しているようでは無かった。
つまり、なんらかの制限や制約が結界によって掛けられているんだろう。
そう考えると一応納得は出来る。
それにカナリナは結界による悪影響は無いと言っていた。
実際、一日程度結界の中に滞在してるけど、特に身体に不調はない。
でも、なんだこの違和感は……?
違和感を違和感のまま放置はしたくない。
でも、何もない以上、予測することは難しい。
(警戒は怠らないようにしよう)
僕はそう心に留めておいて前を見る。
今、独りでに扉が開いた。
(誘われてるな)
中でどんな罠が仕掛けられているか分からないけど、結局は入るしかない。
僕達は扉の前まで行く。
中は階段のようになっていて、下に続いていた。
(上じゃなくて、下か……)
上に続いていれば大体の大きさが予測できたけど、下に続いているとなると、どれだけの規模かは未知数だ。
「気を付けてな」
アルストリアさんが言葉少なに鼓舞してくれる。
彼としては特にミーちゃんのことが心配なはずだ。
(ミーちゃんはもちろん、全員で生きて帰ってくる)
そう心に決めて僕は開いた扉を見据えた。
「はい、行ってきます」
みんなも少しお辞儀すると僕の方を向いてくる。
「よし、行こうか」
今、その階段の一歩目を踏み出した。
硬い感触は石のような金属のような不思議な感覚だ。
みんながその一段目を降りたとき、後ろの扉が閉まる。
つまりもう後戻りはできないということだ。
僕達のティナ救出作戦が始まった。




