第49話 ミレストリアの過去
ミーの目の前で戦いが繰り広げられていた。
戦っているのはミーのパパとお兄ちゃん。
お兄ちゃんとの血の繋がりは無いけど、お兄ちゃんはお兄ちゃんだ。
ミーはパパがついさっき言っていたことを思い出す。
「──ミレストリアか。お前はこの地に立つ資格が無い。即刻立ち去れ」
パパにそんなことを言われるのは辛い。
でも、パパが言っていたことはほんとのことだ。
ミーは試練で結果を残せなかった。
だから追い出されるのも当然のこと。それが掟だからしょうがない。
この里では十二歳になると試練が行われる。
その時、一番弱いとされた者が追い出されてしまうのだ。
力を重んじる巨人族ならではだと思う。
強さこそが全て、弱い者に価値はない。
そのような考え方を子供の頃から植え付けておくためにこんな試練があるらしい。
この土地に入ってしまったからか、ミーは少し昔のことを思い出していた。
◇◆◇
「ミーちゃんは凄いね!そんなに力が強いんだから……良いなぁ。流石、長の娘だね!」
「ありがとう、レナちゃん。でもミーはいつもちっちゃいって馬鹿にされるよ?」
「それはミーちゃんの強さを羨んでるだけなんだから気にしなくて良いのよ」
ミーは親友のレナちゃんと共に森の中を散歩していた。
レナちゃんは身体があまり強くなくて病気に掛かりやすい子だった。
それでも心の優しいレナちゃんはミーの一番の友達だ。
ミーは子供の頃こそ、みんなと同じように育ち、同じような力しか無かったけど、五歳くらいから急に身長が伸びなくなった。
みんなはどんどん大きくなるのに、ミーだけ小さいまま。
それはミーにとって嫌なことだったけど、悪いことばかりじゃ無かった。
なんでかは分からないけど、成長が止まったミーは急に力が強くなりだしたのだ。
まだそこまで実感はないけど、同じ六歳のみんなと比べるとやっぱり強いと思う。
ミーは長の娘……
今後、パパの後に長になってみんなを守るのが夢だ。
そのためには大きな力が必要。
だから力が強くなるに越したことは無い。
でも、パパはすっごく大きいからミーもそれに負けないくらい大きくなりたいと思う気持ちもあった。
ミーの夢は里のみんなを守れるくらい強くなることだけど、その中でも、ちょっとだけ贔屓したい子がいる。
ミーの親友のレナちゃん。
今、巨人族の他の人はパパが守ってくれてるから、ミーは身近にいるレナちゃんだけはしっかり守りたいと思う。
レナちゃんはとっても優しい。
ミーが小さいことで馬鹿にされても助けてくれる。
だからミーもミーに出来る形で助けてあげたいと思っていた。
七歳になったある日、模擬戦があった。
模擬戦はたまに同年代で行われる試合で、相手が降参するか気絶するまで戦う。
七歳になる頃にはミーは同年代の誰にも負けなくなっていた。
たまに大人にも善戦する時があるくらいだ。
そんなある日、ミーはレナちゃんと模擬戦をした。
レナちゃんはこう言ったら酷いかもしれないけど、あまり強い方では無かった。
多分、病気で寝込むことが多いからというのもあると思う。
同年代でも非力な方、それに加えて優しい性格が仇となって、だまし討ちのようなこともできない。
だから、同じ力量の相手にもなかなか勝てない。
ミーはレナちゃんを傷つけないように闘って勝った。
その時のミーはレナちゃんを守るんだから強くならなきゃいけないという思いしか持ってなかった。
ミーが強ければレナちゃんを守れて、レナちゃんも幸せに生きていけると、ずっと側で笑っていてくれると、そう思っていた。
だから、それを聞いたときミーは衝撃を受けた。
「レナ、今日も負けたの!?」
「う、うん。ごめんなさい、お母さん」
「そんなんじゃ、この里では生きていけないわよ。もっとしっかりしなさい!」
「う、うん……つ、次は絶対……ゴホゴホ!」
それはレナちゃんを遊びに誘おうと家に行った時にたまたま空いていた窓から聞こえてきた会話だった。
ミーは自分の笑顔が引き攣るのを感じた。
レナちゃんとレナちゃんのお母さんの声だ。
レナちゃんの声はとても弱っていて、今にも泣きそうな声だった。
聞いているミーまで悲しくなってくる。
レナちゃんはミーと一緒に居るとき、いつも笑っていた。
その笑顔に悩みなんか無さそうで、いつもミーの悩みばかり聞いてもらって、ミーはそれに甘えていた。
今の説教は今に始まったことじゃないのはミーにも分かる。
でも、ミーはレナちゃんに悩みがあるなんて知らなかった。
ずっと一緒に居たのに、気付けなかった……
ミーの身体は固まってその場で動けなくなる。
その時、レナちゃんの家の扉が開いた。
出てきたのはレナちゃん。
その目は涙に濡れていたけど、ミーを見つけると途端に笑顔になって走ってくる。
「どうしたのミーちゃん? もしかして誘いに来てくれたの?」
その声の調子はいつも通りで、自分が傷ついている素振りなんて一切見せない。
ミーは何を言って良いか分からなくなる。
頭の中がグルグルと回っていて、上手く考えられない。
「う、うん。レナちゃん……」
「あ、もしかしてこの涙を心配してくれてるの? 実はさぁ、また、お母さんが話してくれたお話が悲しくってね──」
レナちゃんは涙のことに自分で触れながらも誤魔化してくる。
そこでミーは気付いた。
このようなことは一度や二度では無かった。
レナちゃんの家に訪れた時、レナちゃんが泣いていることは今までにも何度かあった。
その時も、同じようなことを言っていたのを思い出す。
ミーはそれを鵜呑みにして、レナちゃんにそのお話を聞くだけだった。
あの時も、あの時もレナちゃんは自分が傷ついているのを隠していたのだろうか?
(ミーは馬鹿だ……)
目の前で笑うレナちゃんの笑顔はいつもと同じなのに、とても悲しく見える。
その後ろ側を見てしまったからだろうか。
強がって自分の弱みを見せないレナちゃんを前にして、ミーは上手く笑うことが出来ない。
レナちゃんは尚も変わらぬ笑顔で今日お母さんから聞かせてくれたという話をしている。
その笑顔を見て、ミーは……
「そ、そうなんだね~。レ、レナちゃんのお母さんっていっぱいお話を知ってて凄いねぇ~」
誤魔化してしまった。
レナちゃんの悩みを知ったのに、いつも助けてくれてたのに、ミーは手を差し伸べることが出来なかった。
怖かった。今の関係が崩れてしまうのが。
ミーに何が出来る?
レナちゃんのお母さんの言っていることは正しい。
この里で生きていくには強くないといけない。
この里の人にどっちが悪いか聞いてもほとんどの人がレナちゃんが悪いと言うに決まっている。
『弱いから悪い』
これで全て片付けられてしまう。
それに他の人に言おうものなら余計にレナちゃんが周りから馬鹿にされてしまう。
それはレナちゃんも嫌だろう。
ミーに言わないのだって、ミーに気付いて欲しくないからだと思う。
それならミーは気付かないふりをした方が良い。
ミーは色んな言い訳を自分の中で並べ立てて、これが正しいと自分に言い聞かせた。
たった一言、相談を聞いてあげるだけで、レナちゃんの気は紛れたかもしれない。
レナちゃんも巨人族が実力至上主義なのは知っている。
そんな中ではその悩みを誰にも話せないだろう。
だからミーから聞かなきゃならないことだった。
そんな感情を無理やり考えないようにして、ミーは引き攣った笑みを浮かべていた。
◇◆◇
レナちゃんの相談を聞く絶好の機会を逃したミーは自分からその話を切り出すことは出来なくなっていた。
それでもレナちゃんを違う方法で助けたい。
ミーは考えた。
レナちゃんが隠している悩みを直接聞かずに、少しでも助ける方法を。
結局ミーが考え付いた答えは多分、間違っていたんだと思う。
ミーは弱くなることを選んだ。
次の日からミーは徐々に自分の実力を落としていった。
出来るだけみんなにばれないように、慎重に、慎重に落としていった。
みんなが成長して行っているなか、その成長に合わせる形で同学年で下の方に位置するように数年で持って行った。
本当はどんどん力が強くなっている。
もう、大人でも普通の人なら簡単に倒せちゃうと思う。
でも、その実力は他の人には見せない。
結局、弱い者同士ということでレナちゃんと過ごす時間は増えた。
周りから疎まれ、蔑まれても隣にはレナちゃんが居る。
ミーとレナちゃんはよく一緒に強くなる練習をした。
必死になって、強くなろうとしているレナちゃんの横で手を抜いている自分。
こんなの絶対にレナちゃんを侮辱する行為だ。
それを分かっていても、もう止めることは出来ない。
もし、ここでミーが本当は強かったって言ったらレナちゃんはミーから離れて行ってしまうかもしれない。
それを想像したら怖くてそんなこと言い出せなかった。
「私たち、全然強くなれないね。もう、ダメなのかな……」
「そんなことないよ。ミーも全然だけど、まだまだ頑張るよ~。レナちゃんも一緒にがんばろ!」
嘘を重ねるたびに心が痛む。
自分が安全圏に居ると分かっているから余裕を持って言えることだと言ってから自分で気付いてしまう。
それがどうしようもなく辛かった。
それでも、ミーと一緒に居るとき、レナちゃんは笑ってくれる。
ミーはこの笑顔を守りたい。
たとえ、みんなを、自分を偽ってでも……
自分を弱く見せるようになったミーは当然周りから煙たがられた。
元々、口数が多い方では無かったパパとは話さなくなった。
ママは子供の頃から居ないし、兄弟も居ない。
パパと話さなくなった家では無言の時間が過ぎるだけ……
外に出ると、同年代のイーベル達にからかわれる。
子供の頃、ミーにずっと負けてたからその仕返しのようなモノもあると思う。
事あるごとにミーのせいにしてくるけど、ミーは謝ることしか出来ない。
悪いことをしたら謝らないといけないのだ。
ミーはみんなに嘘を吐いている悪い子。
だからミーは誰かに謝ることが増えた。
そして、そんな日々の中でミーは自分を表現しなくなっていった。
レナちゃんに嘘を吐いて、みんなに嘘を吐いて、そんなミーに自分を表現する資格はない。
ただただ、もう戻れない道を偽って歩いていくしかない。
そして、そのまま十二歳の試練の日になってしまった。
試練の内容は毎年変わる。
当日になるまで、その内容は発表されない。
そして、その年の試練は森の中での実戦だった。
試練は魔物の死骸を日が暮れるまでに持ってくること。
その大きさで決着をつけるらしい。
今までの試練は基本的に対人戦が多かった。
それは毎年の試練が娯楽の少ないこの里での祭りのようなモノになっていたからというのもある。
ミーは試練の内容を聞いて嬉しかった。
これなら幾らでもやりようはある。
条件は魔物の死骸を持ってくることだけ。
一応不正が無いように大人の巨人が見張りとしてつくけど、なんとかはなると思う。
いつに無い程、抜け道の大きい試練だった。
ミーはいつもと同じようにレナちゃんと一緒に森の中に入る。
ミーとレナちゃんの見張り役はさぼり癖で有名なロイドさんだった。
里の近くの森はいつも大人の人が魔物を狩ってくれてるので安心だけど、その奥となると魔物も出て来る。
有事の際に備えて、大人が来るのは当然の配慮だ。
「レナちゃん大丈夫?」
「う、うん……大丈夫だよ」
レナちゃんはそういうけど、呼吸は荒く、とても大丈夫には見えない。
最近、レナちゃんは調子を崩すことが多くなった。
レナちゃんはミーより全然大きいけど、同年代の子に比べると随分小さい。
そんなレナちゃんを気遣って、ミーはゆっくり歩くけど、ロイドさんはあまり良い気分ではなさそうだ。
「はぁ、長の命令だから仕方なく来たけど、めんどくせぇなぁ……あ!あの木の枝の形、間違いねぇ。絶対寝心地が良いぞ。よし、お前たち、後は自分でやれるよな?」
案の定、サボろうとするロイドさん。
でも、ミー的にもこの人には居なくなってもらった方が都合が良い。
これを断る理由は無かった。
ミーが頷くと、足早に木の上に上り、居眠りを始めてしまった。
これで、パパの腹心なのだから世の中は分からないものだ。
でも大人の目が無くなったお陰で、ミーはミーのやることを出来る。
時間は日が暮れるまでだから早く見つけないと……
レナちゃんの歩きに合わせていたミー達は出遅れてしまった。
近くの魔物を狩られ過ぎたのか全然魔物と出会わない。
レナちゃんの体調はどんどん悪くなってくる。
(このままじゃレナちゃんが危ない)
このペースで進んでいればもしかしたら魔物と出会うことなく終わってしまうかもしれない。
それに、日が暮れるまでに戻らなければならないのだ。
レナちゃんの体調を思うと、あまり奥に行き過ぎても戻れない。
ミーは決断に迫られた。
「レナちゃん……」
「ごめんね、ミーちゃん。私に付き合ってたらミーちゃんまで失格になっちゃうよ。私のことは良いから行って……」
「……う、うん。分かった。レナちゃんは少し休んだ方が良いよ。ここで待っててね~」
ミーはレナちゃんを置いて、走り出す。
今、ミーの近くには誰も居ない。
今のうちに魔物を狩るしかない。
走っていると運良く魔物を見つけた。
大きさは普通くらいだ。
この大きさならいつものレナちゃんなら問題なく狩れる。
ミーは突撃してくる魔物を正面から受け止めた。
五歳の頃からずっと力が強くなっているミーには魔物の突進を止めることは簡単だった。
「ごめんね」
ミーはそのまま魔物の首を捻じ曲げる。
ミーが殴ると穴が開いてしまうかもしれない。
そうなったらレナちゃんが倒したと信じてもらえない可能性もある。
魔物を倒したミーはそれを持ってレナちゃんの所に戻る。
「レナちゃん!」
レナちゃんは倒れていた。
もしかして魔物に襲われたのだろうか?
近づいていくと、レナちゃんに外傷は無かった。
とりあえず、魔物に襲われた訳じゃないようで一安心だ。
レナちゃんのおでこは熱くなっていて、熱が出ているのが分かった。
レナちゃんの体調が限界に来たのだろう。
(早く里に戻らないと!)
ミーはそのまま魔物の上にレナちゃんを寝かせて、魔物ごと持ち上げる。
逸る気持ちを抑えて、慎重に歩いていく。
しばらく歩くと、木の上にロイドさんが居た。
さっきの場所とは違うみたいだけど、目を瞑っている。
「ロイドさん……」
「んぁ? なんだ? ミレストリアか。おい、レナはどうしたんだ?」
……
「えっとね。レナちゃんが魔物と戦って倒したんだけど、体調が悪くなっちゃったみたいなんだぁ。レナちゃんを里まで連れて行って欲しいなぁ」
「……そうか。仕方ねぇなぁ。それくらいはしてやるよ。それでお前は良いのか?」
「え? う、うん大丈夫。ミーは一人でも頑張れるから……」
「んー。まぁ、いっか。じゃあ俺はもう帰って寝るから後は頼んだぞー」
「はーい」
ロイドさんは両脇にレナちゃんと魔物を抱えて戻っていった。
よし、これで後はミーがそこそこの魔物を捕まえて帰ればこの試練を乗り切れると思う。
ミーは魔物を探しに森へ向かった。
◇◆◇
結局、かなり時間が経っちゃったけど、ミーは手ごろな魔物を仕留めることに成功した。
これでミーもレナちゃんも里に残ることが出来る。
早く戻らないと。
そう思って里に戻った時、ミーの足は里の前で止まってしまった。
ここはまだ森の中だからミーは誰にも気づかれていない。
そして、かなり時間を掛けてしまったミーは試練を受けたヒトの中で最後だった。
最後だから広場に魔物の死骸が沢山あるのが分かる。
そして、その魔物の死骸はどれもレナちゃん用に狩った奴より大きかった。
ずっとレナちゃんと一緒に居たミーはみんなの力量を過小評価してしまっていたのだ。
ミーは焦る。
もう、レナちゃんの魔物は出してしまっている。
時間も無いし今から新しい魔物を用意することは出来ない。
(ど、どうしよう……)
このままじゃレナちゃんが居なくなっちゃう。
それに病弱なレナちゃんが一人で生きていくのは難しいと思う。
ミーが付いて行っても結果は一緒だ。
ミーに病気を治す知識は無いし、生きていくための知識だって少ない。
いつも出される食べ物を食べるだけだったミーには何が食べられて何が食べられないのかすら分からない。
ミーは里に入ることも出来ず、その場で固まることしか出来ない。
「おいおい、遅かったじゃねぇか。これでも心配したんだぜ」
ミーが固まっていると前から声が聞こえて来る。
咄嗟に顔を上げるとロイドさんがミーの所に歩いてきた。
(どうしよう、見つかっちゃった)
ミーは自分の中で答えが出せないまま里の人に見つかってしまった。
それでもここで出て行かないのは明らかにおかしい。
ミーは抱えていた魔物を持って広場に入る。
「お、遅れてごめんなさい」
この時間までみんなを待たせたことにミーは謝る。
この街でのミーの立場は力が弱いことになってるからとても弱い。
だから、ミーが謝っても不機嫌そうな顔は一向に直らない。
それでも、里の長の娘だからということで見逃されているんだろう。
ミーは魔物を持って、広場の真ん中に行く。
やっぱり、他のみんなが思ったより大きいからこの中ではレナちゃんのが一番小さい。
(なんとかしないと……)
「失格だ」
「え?」
そこで初めてミーは広場にパパが居ることに気付いた。
いつも下ばかり見ていたので気付かなかった。
「お前は失格だ。ミレストリア」
パパが言ったことが分からない。
確かにミーが持ってきた魔物は大きくないけど、この中だと下から三番目くらいだ。
失格なんて……
「ミレストリア、時間切れだ。我は日が沈むまでと言った。もう日は沈んでいる」
「ぁ……」
(ミーがもたもたしてるときに日が沈んじゃったんだ……)
「おいおい、おやっさん。こんなの誤差みたいなもんじゃねぇですか。そんな細かいこと気にする人でしたっけ?」
「ロイドは黙っていろ。ミレストリア、弁明はあるか?」
ロイドさんがミーを庇おうとしてくれるけど、パパには効かない。
ここでいう弁明とは言葉での弁明じゃない。
パパが決めたことを覆すにはパパを認めさせるしかない。
そして、今までパパが口だけの説明で意見を変えたことは無い。
弁明は拳で行うものだ。
ミーは拳を握りしめる。
パパは容赦がない。
ここで弁明しなければ本当に追い出されるだろう。
それは里のしきたりでもある。
ミーは、ミーは……
「ないです……」
拳を握って俯くミーに冷たい言葉が降ってくる。
「……そうか。ならばお前にここに居る資格はない」
パパはそれだけ言ってどこかへ行ってしまう。
みんなの視線がミーに刺さっているのが分かる。
顔を下げるミーに声が掛かる。
この声はイーベル……
今回の試練でも一番大きい魔物を仕留めていた。
「おい、ミレストリア。お前は試練に失格したんだから早く出て行けよ」
それを皮切りにあちこちで同じ声が上がる。
この試練で一番盛り上がるのがここだからだ。
力が無い者を追い出す絶好のチャンス。
日頃の鬱憤などもここで吐いているのだろう。
こういうのが嫌いな巨人は見て見ぬふりをして家に帰る。
どの道、追い出されるのだ。
それなら他の巨人との仲を悪くしてまで助けようとするものは居ない。
ミーはそのまま里の出口に向かう。
もう追い出されることは確定だ。
ここでジッとしていても仕方がない。
ミーは最後に辺りを見回す。
敵対的な視線を向けられていることが辛い。
ミーはその中にレナちゃんが居ないか探したけど、見つからなかった。
せめて、レナちゃんにはミーの分までこの里で暮らして欲しいと思う。
ミーが里の出口まで来た時、ロイドさんが隣に来てくれた。
「かぁ~なんでこうなっちまうかねぇ。まぁ、しゃーねーな。ほれ、これだけでも持ってけよ」
そう言ってロイドさんは包まれた大きな保存食をくれた。
ミーはロイドさんのことを少し誤解してたかもしれない。
「ロイドさん、ごめんなさい……」
「なぁに、気にすんな。まぁ、元気でやってくれや」
ロイドさんはそこまで言うと背を向けて歩き出してしまう。
そのロイドさんを目で追ったことで見えたものがあった。
「パパ……」
大きなパパの背中がうっすらと見えている。
その背中に憧れ、追い越そうと思っていた思いはいつから消えてしまったんだろうか……
でも全てはもう終わってしまったこと。
ミーは巨人族の里に別れを告げた。
◇◆◇
ミーが里を追い出された経緯はこんな感じだ。
それからファナちゃんに拾われて、みんなと出会って、お兄ちゃんと会った。
お兄ちゃんには何度も助けられた。
森に食べ物を探しに行った時もそうだし、怖い人に連れ去られた時も助けてくれた。
でも、特にミーの中で救われたことは二回ある。
一度は森から帰るときにお兄ちゃんにおんぶしてもらいながら言ってくれたセリフ。
『ミーちゃん、謝ることは悪いことじゃない。でも、こういう時はありがとうって言うんだ』
『でも、悪いことをしたら謝らないといけないんだよ?』
『確かに悪いことをしたら謝らないといけないかもしれない。でもね、恥ずかしい話だけど僕はミーちゃんのことを仲間だと思っている。仲間には迷惑をかけて良いんだ。それに、「迷惑を掛けた」んじゃなくて「仲間を頼った」って考えると気持ちも楽になるんじゃない?』
ミーはその時まで仲間に頼るということが怖かったし、そんな資格がないと思ってた。
ファナちゃんも、カナリナちゃんも、アイリスちゃんも、プリエラちゃんもミーは友達だと思ってたけど、出来るだけ迷惑を掛けないようにしていた。
でも、仲間に頼るってことはよく考えて見れば当たり前のこと。
そんな当たり前のことに気付かせてくれたお兄ちゃんはやっぱりお兄ちゃんだ。
巨人族にとって、兄には二種類ある。
血縁上の兄と、自分の師である『兄』。
お兄ちゃんはミーに大切なことを教えてくれた。
だからお兄ちゃんはお兄ちゃんだ。
そして、もう一つ嬉しかったのはさっき。
『ミーちゃん。過去に何があったのかは分からないけど、僕達はミーちゃんの味方だ。ミーちゃんはみんなに気を遣い過ぎだよ。もっと自分のしたいようにして良いんだ。僕もいつも自分のしたいようにしているんだよ。だからあの大型の巨人がミーちゃんのお父さんなのかもしれないけど、ぶっ飛ばして来るよ。ミーちゃんを悲しませる奴を僕は許せない。ここに居るみんなも同じ気持ちだよ』
お兄ちゃんはいつもミーが欲しい言葉をくれる。
ミーは今まで何事においても遠慮していたところがある。
それはミーがレナちゃんを、みんなを騙していた罰。
でも、お兄ちゃんはもっと自分のしたいようにして良いと言ってくれた。
ミーの師であるお兄ちゃんが言うんだ。
ミーも変わらないといけない。
目の前の戦いは激しさを増している。
お兄ちゃんはどんな手を使っているのか分からないけど、パパの攻撃を受け止めるどころか跳ね返している。
流石お兄ちゃんだ。
ミーは今自分がしたいことを考える。
ミーがしたいこと……
それはあの時出来なかったパパとの対決。
パパと昔にした約束がある。
『ミレストリア、お前は何かを持っている。我を超える力を手に入れて勝ってみろ』
口下手なパパで、力を信奉しているけど、そんなパパが嬉しそうに笑って言った言葉。
パパの精いっぱいの激励。
だからその時にミーも言った。
『うん!ぜったいにパパを超えるからね~』
昔はよくパパと訓練をしていた。
でも、レナちゃんのことに気付いて、弱くなることを選んでからは一回もしていない。
パパは絶対にミーが弱いことを演じているのに気づいていたと思う。
ミーが追い出される最後のときもパパがミーに演技を止めろと遠回しに言われているような気がしていた。
それでもミーはその思いに応えられなかった。
ミーはお兄ちゃんやみんなのために、そしてパパにミーの成長を見せるために戦いたい。
ミーは一歩、前に踏み出した。