第47話 巨人が出した条件
僕は目の前に居る巨人族を見る。
巨人族といっても大きさは大体人の二倍から三倍くらいだ。
中にはもっと大きい個体も居るらしいけど、それは特別なんだとか。
そして特筆すべき点は他にもある。
そう、とても力が強いのだ。
魔法などで強化しているわけじゃない。
これは種族的なものだ。
彼らなら一メートルある岩も容易に投げつけることが出来るだろう。
そんな巨人族が目の前に十人程並んでいる。
流石に周りの木の方が高いけど、その大きさは遠近感を狂わせるには十分だ。
彼らの周りに岩が積み重なっていることからも、襲撃の犯人は彼らで間違いないだろう。
でも、なんでだ?
別に巨人族は人間と仲が良いという訳では無いけど、こんなに無差別に襲うような間柄では無かったはずだ。
しかし彼らの顔は無機質でとても友好的とは言えない。
ここまで来たけど対話をするべきなのか僕は迷う。
問答無用で岩を投げられるようだったら、撤退していたけど今は様子を窺っているのか、攻撃を仕掛けてこない。
「ライアス君、どうする?」
銀狼の姿のアイリスはいつでも動けるように身を低くしながら僕に小声で尋ねて来る。
ここで下がって洞窟まで戻っても、また近づくときに岩を投げられるだろう。
もし魔物だったなら対話などせず倒す手段を考えていたけど、相手はコミュニケーションのとれるヒト属だ。
少し相手の考えを知るのもいいかも知れない。
それを伝える前に僕はハクに尋ねる。
「ハク、目の前の巨人以外に気配を感じる?」
僕は他の気配は感じないけど、ハクなら僕よりも鋭い。
何か気付いていることが無いか聞いてみた。
「他の気配は感じないよ。でも、なんていうか変な感じなの」
「変な感じ?」
「うん。何も感じないんだけど、何も感じなさすぎるって言ったら良いのかな? 私も銀狼化はあまり慣れてないから分からないの。ごめんね」
何も感じなさすぎる、か……
ハクは感覚が鋭い。それ故に全く何も感じないということは無いはずだ。
やはりこの先には何かあるに違いない。
「分かった、ありがとう。少しだけ話をしたいんだけど、警戒しながらしばらく待てる?」
「うん。いいよ」
ハクは緊張を感じさせない様子で返事をしてくれる。
とは言っても、いつまでも警戒したままというのは疲れる。
手短にすまそう。
僕は巨人族に向かってハクの上から声を張り上げる。
「少し話をしたいのですがよろしいですか?」
僕の声はしっかりと響き、当然巨人族の耳にも入っているはずだ。
しかし、十人程居る巨人族は誰も反応してくれない。
それどころか先ほどから一歩も動いていない。
瞬きもしているので死んでは居ないだろうが何か不吉な感じだ。
僕が対話を諦めようとした時、ハクが反応した。
「ライアス君!掴まって!」
僕がしっかりハクに掴まると同時に僕が居た場所に今までより二回りほど大きい岩が飛んできた。
その速度も今までより速く、その岩の衝撃によって地面がかなり抉れてしまった。
岩が飛んできたと同時に大きな地響きがなり始める。
その音は一定のテンポで響いており徐々に大きくなっているようだ。
僕は巨人族の仕業と思い見るが、前の巨人族は先ほどから動いていない。
そして、巨人族の方向を見ていた僕は衝撃の光景を見た。
「なっ!」
おかしい。
あんなのが居たら絶対に気付いているはずだ。
目の前には周辺の木よりも頭一つ飛びぬけて大きい巨人が居た。
まだまだ距離があるのに見上げるほどの大きさの巨人はゆったりとした動作でこちらに近づいてきている。
その大きさは目の前の巨人とは比べ物にならず、ボスと呼べるほどだった。
一歩近づくたびに肌がひりつくような緊張感を覚える。
あんなのが居たら既に気付いていたはずだ。
でも、急に現れたとしか言いようがない。
(結界か……)
そこで僕は先ほどのハクの発言を思い出す。
何も感じなさすぎる、というのは結界か何かで隠されていたからなのか。
それにここは僕が冒険者時代、魔法地図で見た時急激に魔力が増えた場所である。
ここは街から離れて居るので、他の場所にばかり目を向けられていたけどその魔力量を思えば結界魔法を張るくらいは出来るはずだ。
それなら今まで他の人間に見つからなかったのも納得は出来る。
近づいてくる人間は岩を投げて追い払っていたのだろう。
しかしそれでも謎は残る。
僕の記憶が正しければ巨人族は魔法を使えなかったはずだ。
それなのにここには高度な結界魔法が使われている。
それは気配すらも隠すほどだ。
巨人族の中にそういう個体が生まれたか、あるいは……
──他の種族の力を借りたか。
巨人族が無理やり他の魔法が得意な種族に結界を張らせたという可能性もある。
それでも、ファナの話と総合すると一部のエルフの仕業という可能性が低くない。
ティナとファナを襲った研究者の集団なら結界魔法くらいは使えると考えた方が良い。
それにティナという膨大な魔力を持った者も居る。
結界魔法は継続的に魔力の供給が必要だ。
僕の中で全てが線に繋がり始めた。
しかし、このように考えても目の前の脅威は変わらない。
十メートル以上ある巨人は進行を続けている。
その巨人が止まった。
目の前に十人程居た巨人は十メートルを超える巨人に平伏している。
やはりあの個体がボスか……
そのボスが僕達と対峙している。
まだ距離はあるけど、威圧感は凄い。
ハクも毛が逆立っており警戒しているのが分かる。
そして一際大きい巨人が口を開いた。
「我らが領地に何の用だ?」
その声は張り上げていないのに、とても重く物理的な重みを伴っているようにすら感じる。
空間が震えていると言えば良いのだろうか?
そんな声に少し気圧されてしまったけど、せっかく話しかけてくれたのだ。
いつまでも黙っている訳にはいかない。
僕は巨人まで届くように声を張り上げる。
「少し調べたいことがあって来ました!」
僕の声を聞き、巨人は一度目を瞑る。
どうやら声は届いたようだ。
しかし、巨人は直ぐに目を開き、こちらを睨みつけて来る。
いや、睨んで居ないのかもしれないけど、その迫力がそう思わせているのかもしれない。
「ならん。ここは我らが土地。何人も通すことは出来ん」
「それは何か隠し事があるからですか?」
僕はすかさず質問を返す。
その問いに巨人は返事をしてこない。
(やっぱり、何か隠しているか……)
どう考えてもここは怪しい。
並みの人では岩の襲撃でここまで辿り着けないし、もし辿り着けたとしてもあの超巨大な巨人を見れば戦意を喪失するはずだ。
つまり後ろめたい研究を誰にもバレることなく行うには絶好の場所ということだ。
相手が返事をしてこないので、僕は質問を重ねる。
「それならここに入るにはどうすれば良いのですか?」
これでどうしようもないと言うのなら実力行使に出るしかない。
しかし出来れば避けたい選択肢だ。
そう思う一番の理由は結界の存在。
どのくらいの大きさの結界かは分からないけど、結界のせいで相手の戦力が全く把握できていない。
まず間違いなく見えている巨人だけということは無いだろう。
そんな中、持久力に乏しい僕達では勝てる見込みは高くない。
しばらくの沈黙の後、返事を返してくる。
「力を示せ。それが出来れば通すことも考えてやろう」
そう来たか……
そこで僕は巨人族の特性を思い出す。
確か彼らは「力こそ全て」という種族だ。
族長もその時、一番強い者がなるんだとか。
そんな彼らが条件としてこれを出してくるのは納得だ。
「それはどうやって示せば良いのですか?」
ハリソンの時のように知恵でどうにかなるような案件だったら良いけど、望みは薄そうだ。
「当然、決闘しかあるまい」
「ちなみに誰と誰で決闘するんですか?人数は?」
「こちらからは我が出よう。お前たちも一人だ。人数は一対一。それが決闘というものだ」
なるほど。
一対一は正直ありがたい。
全員でバトルロワイヤルと言われてしまっては人数が少ないこちらは勝ち目が無くなる。
でも一対一なら聞いておかなけれなならないこともある。
「分かりました。ちなみに決闘をして認めてもらったとき、他の人はどうなるのですか?」
「そうだな……今は巨人族の中では我が一番強い。その我を倒すということはこの里で一番強いことを意味する。その者の指示なら誰も拒否することは出来ないだろう……勝てたらの話だがな」
そう言って巨人はここに来て初めて笑みを見せる。
なるほど、それなら僕達が勝ったら勝った人の指示で他のメンバーも巨人族の領地に入ることが出来るという訳だ。
それなら決闘の詳細を聞いておかないとな。
「決闘はどのような形で行いますか?」
「決闘には専用の場所を用意しよう。勝敗は相手が戦闘不能になるか、死ぬまでだ。当然、何をしても良い。ただ決闘の途中で他の者が乱入することは禁止だ」
何をしても良い、か……
それならやりようはあるかな。
ここで決闘を受けなければ、他の巨人も含めて全てと戦わなければならない。
それを考えるとこの決闘を受けるしかないな。
「分かりました。それでしたら決闘をお願いします」
「そうか。なら場所を用意しておこう。明日、出直してこい」
明日?
今日じゃダメなのだろうか?
「今日じゃダメですか?」
「今日は忙しい。明日にもう一度ここに来い」
お願いする立場の僕はそう言われてしまったら引き下がるしかない。
でも、少し引っかかるな。
まぁ、今日でも明日でも大差はない。
明日なら一度洞窟まで戻らなければならないな。
その時にまた攻撃されたら厄介だ。
「その時にまた岩で攻撃されると困るのですが……」
「ああ。それは止めておこう。明日を楽しみにしておこう」
そう言ってまた地響きを立てながら去っていく巨人。
その子分たちもボスに続いていく。
巨人はしばらくして霧に隠れるように消えて行った。
あれが結界か……
確かに先ほどまで感じていた威圧感はさっぱり消えている。
余程高密度の魔力を使われているのだろう。
張りつめていた空気が霧散した空間で僕はアイリスを労う。
「ハク、お疲れ様。無理させてごめんね」
「うん、大丈夫だよ。でも今のは凄かったね」
ハクもあの巨人の威圧感は感じていたはずだ。
かなりの心労を掛けてしまった。
今日は早く帰って休ませてやりたい。
僕はハクと共に戻ろうとする。
しかしハクは止まったままだ。
「どうしたの?」
「ねぇ、ライアス君。もしかして明日の決闘、ライアス君が出ようとしてる?」
僕はハクの上に乗っているので顔は見えないけど、真剣な声だった。
ハクの言う通り、決闘には当然僕が出るつもりだ。
一応策もある。
「うん。僕が出るつもりだよ」
その言葉を聞いたハクはしばらくの間押し黙る。
「私じゃ、ダメかな? あの巨人は力は強そうだけど、速さは無いと思うの」
つまり速さがあるハクなら動きが鈍い巨人に対抗できるということだろう。
それに巨人が規格外に大きいとはいえ、ハクも大きさではかなりのものだ。
そう思えばハクに任せるのは悪い選択肢じゃない。
「そうだね。ハクなら確かに善戦できると思う。でも、銀狼化はまだまだ出来そうなの?」
そう、あの巨人と戦うには銀狼化の力は必要だろう。
旅の途中でアイリスは少しの間なら銀狼化できると言っていた。
恐らくもうそろそろ限界が来るんじゃないかと思う。
ハクは沈黙しており、それは僕の言葉が正しいと肯定しているようなものだ。
「……で、でも!今日、しっかり月の光を浴びれば──」
そこでハクの背中が熱くなってくる。
この感覚は以前にも経験したことがある。
銀狼化が解けるときの発熱だ。
僕はハクから素早く降りて服を差し出す。
少しして、可愛らしい声が聞こえて来た。
「月の光を浴びれば……」
やはりアイリスは人間の状態に戻っていた。
アイリスの言葉はそこで止まる。
今までの経験から一日では銀狼化の力は溜まりそうにない。
それは彼女自身が一番分かっているのだろう。
「ありがとう、アイリス。でも僕にも作戦があるから心配しないで見ててよ」
僕の言葉を聞いたアイリスは俯いてしまう。
それでも生身の彼女を決闘場に立たせる訳にはいかない。
僕達の中ではプリエラが一番強いだろう。
本当は彼女に戦ってもらうのが一番勝つ確率は高い。
ただそうなるともしもの時に対応できる者が居なくなるのだ。
例えばプリエラが力を出して戦って勝ったとする。
そこで素直に相手が言うことを聞いてくれれば良いけど、相手が言ったことを覆すということも可能性としては存在する。
どちらかと言えば会ったばかりのヒトを信用する方が危険だ。
もしプリエラが力を使い、約束を破られた場合僕達はかなり危険な状態になる。
最初に岩を投げられたときにプリエラが対応したので、既に対策は立てられているかもしれないけど、本気を出したプリエラを止められる者はなかなかいない。
相手に約束を破られることを考えると、プリエラという最終戦力は残しておきたい。
まぁ、一対一で戦うなら僕にもやりようはある。
それでもアイリスは納得がいっていない様子だ。
彼女達が心配してくれるからこそ、僕も頑張りたいという気持ちが強くなる。
それから落ち込むアイリスを慰めながら僕達は洞窟まで戻った。
◇◆◇
洞窟に戻るとみんなからの出迎えを受けた。
僕が留守の間は特に何もなかったみたいだ。
でも、ミーちゃんは起きていない。
時折うなされても居たらしい。
ミーちゃんは心配だけど、とりあえずみんなに情報を共有する。
「岩の襲撃だけど、犯人は巨人族だった」
そのことを聞いたみんなはあまりピンと来ていないようだった。
まぁ、あまり外に出てないはずだから知らないのも無理はない。
みんなの中でも一番今回の件が気になっているであろうファナが尋ねて来る。
「それで戻ってきたってことは接触はしなかったのかしら?」
「いや、少しだけ話をしてきた。僕が見たのは十人程の比較的小さい巨人族。大きさは僕達の二倍から三倍くらいだ」
「それでもかなり大きいわね」
「でも次に出てきた奴がヤバかった。周りの木よりも頭一つ飛びぬけていて多分十メートルくらいあると思う」
木の大きさより大きいと聞いてみんなが少し驚いた顔をする。
とはいっても僕達は無事に帰って来ている。
カナリナも軽い感じで聞いてきた。
「そんな奴に会ってよく戻ってこれたわね。それにそんな巨人が居るなら普通は気付くんじゃない?」
「まぁ、話は通じたかな。でも気付かなかったのは理由がある。結界が張られていたんだ。それもかなり高度なね」
カナリナは魔法が得意だ。
結界魔法についてもある程度知見があるだろう。
だから高度な結界魔法と聞いて驚く。
「結界魔法って魔力の消費量が馬鹿にならないのよ。それにどれだけの範囲か分からないけど、結界の範囲が大きくなればなるほど、魔力の消費量も上がっていくわ。巨人族って魔法が使えないんじゃ無かったの?」
「うん。僕もそうだったと覚えてる。つまり──」
「──私の妹が居る可能性が高いという訳ね」
僕の言葉をファナが繋いでくる。
ファナも僕と同じ結論に至ったようだ。
ここで今まで発言していなかったプリエラが口を開く。
「それで、その大型の巨人と会って……どんな、話をしたんですか……?」
「その巨人に里に入れてくれと頼んだんだ。まぁ、正直ファナの妹が居るのを隠しているなら共犯の可能性が高いと思ったんだけど、ある条件を満たせば入れてくれるって話になったよ」
「ある条件、ですか……?」
「それが大型の巨人との一対一の決闘での勝利なんだ」
決闘という言葉を聞いてみんなが息を飲んだのが分かった。
十メートルを超える巨人との対決となれば、その無謀さが分かる。
「私が出ます……」
プリエラは偵察の時同様、強い意志を持って一番に声を上げる。
子細を聞かなくても彼女の気持ちはもう分かっている。
「ありがとう、プリエラ。今回は他のみんなにも役割を持ってもらおうと思ってるんだ。今日はアイリスの力を借りたから明日はみんなの力を借りるよ」
それから僕はみんなに説明していく。
大まかに要約すればプリエラには以前から考えていたように最終的な脱出手段としての役割。
カナリナは結界魔法の調査を頼む。
もし巨人族以外に悪影響を及ぼすような魔法を掛けられていたら困るのでその調査は必須になってくる。
それとカナリナにはもう一つお願いしておく。
ファナは大型の巨人と戦っても勝てる見込みは少ない。
それなら巨人族の里に入って直ぐティナと対面するときもあるかもしれない。
それに備えてもらった方が良い。
アイリスにはミーちゃんを担いでおいてもらう。
寝ているとはいえ、明日に約束したのでとりあえず向かわなければならない。
体調が良くないのであまり無理はさせたくないけど、仕方ない。
僕がどういった方法で戦っていくかも伝えておく。
それから僕達は詳細を詰めながら夜を過ごした。
◇◆◇
一夜明け、僕達はみんなで昨日の場所まで来ていた。
そこには既に巨人族が居た。
昨日話した一際大きい巨人では無く、岩を投げていたであろう比較的小さい巨人だ。
「こっちだ。来い」
ぞんざいな声と共に歩き出す巨人の後をついていく。
巨人は結界の中を目指している。
(まさか、結界の中で決闘するのか?)
結界の中は彼らの領地だから踏み入れさせてくれないと思っていた。
いや、あの大型の巨人が相手なら結界の外で戦えば周りから見えることもあるだろう。
この場所がバレることを防ごうとしているのか?
巨人の行き先は本当に結界の中だったようで、空間が揺らいでいる手前まで来た。
そのまま巨人は空間の揺らぎを越える。
その瞬間巨人が見えなくなった。
やはり結界には視覚的遮断効果があるようだ。
僕の目の前には森が続いているだけだ。
空間の揺らぎも近くで目を凝らさなければ分からない程度のものだ。
「みんな警戒してくれ」
気配も感じないので、この向こうで待ち伏せされていても気づかない。
注意はしておく必要がある。
それでも僕はここで襲われる可能性は低いと考えている。
僕達を倒すのが目的なら、こんな回りくどいやり方をしなくても良い。
それよりも結界の中に入るにあたって、僕は気を付けておかなければならないことがある。
「カナリナ、結界の様子を見て何か感じることはある?」
「悪いけど、外から見てるだけじゃ何も見えてこないわね。凄い精度の魔法よ、これ……でも中に入れば薄くでも魔力を感じることが出来るはずだわ」
「そうか、ありがとう」
やっぱり気をつけておかないと……
僕はさりげなくファナに近寄りながら結界の中へと一歩踏み出す。
その先は幕を越えたように違う景色だった。
目の前にはさっきの巨人が立っているだけで、待ち伏せされている様子も無い。
僕が合図したことで他のメンバーも入ってくる。
僕はファナを見た。
結界の中に入ったファナの目は見開かれ、その顔はみるみる険しくなっていった。
いつも冷静さを保っている彼女の見たことない顔……
彼女から濃厚な殺気が放たれている。
その形相に僕も少し気圧されてしまった。
(やっぱり正解だったか……)
その瞬間、ファナが一歩踏み込んだ。
僕はすぐさま彼女の前に立ちふさがり進路を遮る。
「どきなさい、ライアス。今の私は手加減が出来そうにないわ」
「いや、ここは行かせられない。ファナ、落ち着いてくれ。ここで一人特攻して行って何が出来る? ここは敵地だ。相手の戦力も分かっていない。ファナの目的は何? ただただ怒りをぶつけること? 違うはずだ。ティナを助けるためにも、ここは引き下がって欲しい」
僕の言葉を受けながらファナは僕を睨みつける。
その顔は険しいのと同時にとても悲しげだ。
今にも涙が出そうなほど複雑な表情に僕の心も痛くなる。
この事態はある程度予測していた。
もし、この結界がファナの妹の魔力を使っているのなら、そのことにファナが気付くことも十分にあり得る。
そしてティナの魔力に気付いたファナは正気を失うかもしれないと危惧した。
ファナの気持ちは分かる。
たとえ、頭ではダメと分かっていても、どうしても抗いがたい感情も存在する。
それでもここは耐えてくれと言うしかない。
僕を睨みつけていたファナは大きく深呼吸をする。
「そうね。悪かったわ。でも、ここにティナが居ることは私の中で確定事項よ。これだけ大掛かりに隠してたってことは当然、生半可に侵入を許してくれるとは思わないわ。引き返すなら今の内よ」
「何言ってるんだ。一緒に助けようって言ったじゃないか。まずはここで自由に動ける権利を取るために決闘場に行こう」
僕の言葉にみんなが頷く。
ファナはそれを受けて少し表情が和らいだけど、いつもに増してその眼光は鋭い。
今も目の前の巨人を射殺すような視線で睨んでいる。
「早くしろ」
手短に指示を受けた僕達は結界の奥へと飲み込まれていった。