第45話 目的地までの道のり
僕は居心地の悪さに目を覚ます。
身体が圧迫されており、この寝苦しさで起きてしまったようだ。
辺りは暗闇に覆われていたので、まだ夜なのだろう。
少し目が慣れて来たことで、周りが見えるようになってきた。
仰向けに寝ながら身体の方に目を向けると、ミーちゃんが僕の上で丸くなって寝息を立てていた。
その幸せそうな寝顔を見れば、起こすことなど出来そうにない。
ミーちゃんの顔に髪が掛かっていたので払ってやろうと思ったところで、僕は両腕が拘束されていることに気付く。
見れば、右手にプリエラが、左手にアイリスが腕を抱きしめる形で寝ていた。
どことは言わないけど動かそうとする度、柔らかい感触がするので安易に腕を動かすことも出来ない。
さらに、僕の右足にも誰かが抱き着いている感覚がした。
(う、動けない……)
そういえば昨日は色々揉めた結果、僕が真ん中で寝てそれを取り囲むように寝るということで話が付いたんだった。
ちなみにその話し合いに僕は参加させてもらっていない。
朝までどれくらい時間があるのか分からないけど、当分はこのままの状態だろう。
諦めてもう一度眠ろうと思ったタイミングで、誰かが起き上がるのが分かった。
目を凝らして見るとファナがテントから出て行くのが目に入った。
お手洗いかなとも思ったけど、なかなか帰ってこない。
夜の見張りも今日は違う人達がやってくれることになっている。
ファナは見た目がエルフなので、何かに巻き込まれた可能性がある。
もしそうだとすれば、ここでジッとしている訳にはいかない。
僕は皆を起こさないようにそっと起き上がった。
外に出ると、見張りの人と目が合う。
僕は見張りの男性に声を掛ける。
その人はギルベルトと最初に対峙した時に護衛として出てきたうちの一人だ。
確か両刃の両手剣を使っていたと思う。
「すみません、見張りを任せてしまって……」
「気にすんな。カルーダの街からここまで徒歩だろ? そりゃあ、疲れてるはずだ。ゆっくり休め。それに美味いメシの恩もあるしな」
そう言ってニッと笑うハンサムな男性。
本当に嬉しいことを言ってくれるけど、だからこそ何日も歩いてここまで来たと嘘を吐いていることに罪悪感を覚える。
でも、そう言うしか無かった。森の中に住んで居るなんて知ったら、色々聞かれる可能性もある。
だから本当の事を伝える訳にはいかない。
それにしてもこの人の頼もしさは凄い。
僕もこの人のような安心感のある男になりたいと思った。
僕がお辞儀すると、見張りの人が続ける。
「アンタも守りたい人が居るんだろ? 俺たちのことばっか気にしてないで、嬢ちゃんを追ってやりな。そのつもりだったんだろ?」
そう言って、ある方向を指さす見張りの人。
「ありがとうございます。えーっと……」
「ハンスだ。どれくらいの付き合いになるか分からねぇが、よろしくな、ライアス」
「はい、よろしくお願いします。ハンスさん」
僕はハンスさんに別れを告げて、ファナの元に向かう。
ちなみにギルベルトも年上だけど、昨日敬語にしようとしたら、「何よそよそしい態度取ってんだよ? あぁ?」と言われてしまったので、敬語は止めた。
ここに居る人はみんな性格が良い。
もし、冒険者時代にこのような人たちに囲まれていれば、僕も違った道を歩いていたかもしれないと何となく思った。
まぁ、そうなると彼女達との出会いも無かったかもしれないから、これで良かったんだろう。
僕が少し感慨に耽りながら歩いていると、木の枝の上にファナが座っているのが見えた。
流石ファナ、身軽だな。
僕もなんとか木の上まで登り、ファナの横に付ける。
ファナは髪を風に靡かせながら、月を眺めている。
その憂いを帯びた表情はファナの凛々しい顔つきも相まって、幻想的な雰囲気を作っていた。
フードが少し捲れて見えていたファナの顔が僕に向いた。
「あら、ライアス。来たのね」
「う、うん。何か揉めてるのかなって……」
「私もそこまで馬鹿じゃないわ。上手くやれるわよ」
「そ、そっか……」
そこで会話が途切れる。
今ファナが考えていることは分かる。十中八九、ティナのことだろう。
しかし、それを切り出して良いものか悩んでいるとファナの方から話してくれた。
「私ね、ティナを助けたいって思ってるけど、それと同時に会うのが怖いの。ティナは間違いなく酷い目に合ってる。捕まった原因である私を恨んでるに違いないわ。もし、ティナに増悪に染まった瞳で見つめられたらって思うと、怖くて仕方が無いの。まだ居場所すら分かってないというのに、気が早いとは思うけれどね」
どうして、ティナが捕まったのか知らない僕にはその時の状況は分からない。
それに幾らその時、愛し合っていたとしてもその後に酷い目に合うとやはり増悪の対象になることは十分あり得るだろう。
だから、ここで無責任なことは言えない。
「それでも助けるんでしょ」
僕の問いにファナは当たり前のことのように続ける。
「愚問ね。もし、ティナを見つけたら私の全てを賭けてでも助け出して見せるわ」
「全てって……じゃあ僕の役割はティナを助ける補助をしつつ、ファナが無理をしないようにすることだね」
「手伝ってくれるのはとてもありがたいのだけれど、ティナを前にしたら私はなりふり構っている暇は無いはずよ。止めようとすれば、貴方も巻き込むかもしれないから気を付けることね」
そう。色々悩むことはあるけど、やることは変わらないのだ。
ファナの顔は先ほどより、覇気を取り戻していた。
「まぁ、あれだね。もし妹に憎まれることがあったら、受け止めるしか無いだろうね。ファナは幾ら憎まれてもティナのことを諦められないでしょ? 仲直りするときは僕も手伝うよ」
そう言うとファナは驚いたように目を丸めた後、息を吐き出す。
「そうね。色々悩みもあったけど、私は何があってももうティナを見捨てない。どれだけ憎まれても側に居てやるわ。考えて見れば単純なことだったわね。ありがとう、ライアス。貴方のお陰で少し心の整理がついたわ。それじゃあ、仲直りするときはお願いするわね」
そう言って、木から飛び降りるファナ。
降りるときも身軽だ。これがエルフの身軽さか……
「私は先に戻るけど、貴方はどうするの?」
「僕はもう少し星を眺めて行くよ」
僕はファナが去って行ったのを見守って、下を覗き込む。
ファナはある程度高くに居たので、ここからは地面が見えない。
(やばい、怖すぎる)
せめて地面が見えていたら降りられるものの、地面の地形が分からない状態で飛び降りるのは少し勇気がいる。
もし、地面に大きな石があれば怪我をしてしまうことを考えると安易に飛び降りることは出来ない。
少し良い話になっていたので、ここでかっこ悪い所は見せたくなかった。
僕はファナの気配が完全消えたのを見計らって、木にしがみつきながらゆっくりと降りて行った。
◇◆◇
馬車に乗ってからはやはり進行速度が段違いだ。
それに、ギルベルトと話し合ったことで、彼女達にも一般的な街の人くらいの服装は用意することが出来た。
彼女達はあまり鎧を身に着ける戦い方はしていないので、鎧の方は見送った。
ギルベルトの商品はかなり品ぞろえが良く、色々なものがあった。
どうやら、ギルベルトは街から出発して色んな村や集落を周ってお金を稼いでいるらしい。
それ故に、生活に必要なモノは大抵揃っている。
村の人も遠くの街に行くのは骨が折れるし、通行証の発行も必要だ。
その手間が省けるので、多少高くても買う人が多いんだとか。
流石に馬車を貰うことは出来なかったけど、進行方向は同じなので近くの場所まで乗せて行ってもらうことにした。
武器も調達できたので言うことは無しだ。
持ってきたモノは全てギルベルトに売ってしまったけど、必要なモノは全て揃ったので特に問題はない。
僕は新調した二本の短剣の調子を確かめる。
やはり薬草の収集にも役立つし、小回りが利くこの武器は使い勝手がいい。
ファナにはレイピアを買った。
ファナは斬ると言うよりは突きで戦うタイプだ。
今までは短剣だったので、間合いに慣れるまでは時間が掛かるだろうけど、慣れれば役立つはずだ。
アイリスには長めの剣。ミーちゃんには手を守る籠手を買った。
アイリスは動きが良いので、何を渡してもそつなくこなしそうだ。
最近は空いてる時間を見計らってアイリスに剣術の基本を教えている。
ミーちゃんは力があるので、手を傷めないように籠手だ。
本当は攻撃用のグローブとかがあれば良かったんだけど、無かったので仕方がない。
ミーちゃんの手は小さかったので子供用のモノになってしまったけど、ミーちゃんは飛んで喜んでいた。
カナリナにはナイフを何本かプレゼントした。
ハリソンとの一件で武器を操っていたので、それが出来るならということで渡した。
しかし、どうやらあれをするのは色々条件が居るらしい。
まず、カナリナの魔力をしっかりと流し込んでいないと扱えないそうだ。
『ハリソンの魔法屋敷』の時はもともとカナリナの魔力で顕現させていたから操れていたようだ。
敵の武器に触れた瞬間、操れるならかなり強いと思ったけど、そうではないらしい。
まぁ、買ってあげたナイフに早速魔力を送り込んでいたので、ナイフは有効活用してくれそうだ。
ここで困ったのがプリエラだ。
なんというか、プリエラは運動神経が絶望的だった。
剣を振らせてみると、すっぽ抜けてギルベルトの足元に刺さった段階でプリエラに武器は売らないと言われてしまった。
と言ってもギルベルトも笑っていたので、多分怒っていない。多分……
プリエラに一応聞いてみたけど、わざとではないらしい。
しかし、そうなるとプリエラにだけ何も買ってあげないことになる。
それは少し不公平な気がして、とりあえず結構前髪が長いからヘアピンでも買おうかと思ったところで他の子達も物欲しそうな顔をしてきた。
確かにおしゃれをしたい年ごろだろう。
プリエラにだけ買うのもそれはそれで申し訳ない。
結局、攻撃性の無い盾を買うことで落ち着いた。
背中に括りつけておけるタイプなので、両手は空いたままだ。
プリエラは何もしなくても吸血姫の力を使えば強いので、無理に武装をする必要はない。
そこから回復薬や、みんなの分の小さなポーチなどを買った段階で、僕が持ってきたモノを売って手に入れたお金は尽きてしまったので、ヘアピンなどは今度の機会となってしまった。
まぁ、交渉すればそう言ったおしゃれ用品も手に入りそうだったけど、ファナもそんな気分じゃないだろうし、この件を片付けてからにしようと思ったのが主な理由だ。
道中はハンスさんと、その仲間であるコルカさんとお話しをした。
コルカさんはハンスさんと一緒にギルベルトの前に立っていた護衛の一人で、双剣を使っていた女性だ。
コルカさんは気が強く、魔物と遭遇した時も真っ先に飛び出していくタイプだ。
ハンスさんはコルカさんに付いて行ってその背中を守っているみたいだ。
会話の節々からお互いの信頼関係が強いことが見て取れるので、素直に先輩冒険者として尊敬の念で見ていた。
元孤児院のメンバーもずっと人見知りをしていたけど、コルカさんの姉御肌に触れて少し話が出来るようになっていた。
初めて外で会ったのが、こういう人たちで良かったと心から思う。
彼らの話を聞いたところによると、カルーダの街は中継地点だったようで、ギルベルトの拠点は違う街なんだとか。
それなら僕が彼らを知らないないのも納得だ。
その後、十日程馬車で移動したところで、僕の心当たりに近い場所まで来た。
ここまで来れば、後は歩きでも行けるだろう。
僕はここまで連れてきてくれたギルベルトに感謝を告げる。
「ありがとう、ギルベルト。お陰で助かったよ」
「あぁ、それはお互い様だ。お前は料理の腕が良い。なんならコックとして雇ってやるぜ」
そう言ってクククと笑うギルベルト。
ギルベルトの商団にはしっかりとした料理道具があったので、少しいつもより拘って作ってしまった。
気に入っていただけたようでなによりだ。
僕がギルベルトやハンスさん達に別れを告げていると、ギルベルトが聞いてくる。
「それより、ほんとにここで良いのか? この辺り、ここ一、二年で良くねぇ噂を聞くぞ」
「よくない噂って?」
「なんでも人が岩で潰されるとか、木が飛んでくるとか、突拍子もねぇモノばかりだ。だが実際に目撃情報もある。せっかくオレが目をつけたんだ。変なところでくたばるんじゃねぇぞ」
ここ一、二年か……
ティナが囚われた時期と一致している。
これは本格的に当たりを引いたかもしれない。
「うん。分かってる。それで情報料は幾らなの?」
情報はとても貴重なものだ。
場合によっては金銀に勝ることもある。
それをこの商人がみすみす渡したということは何か裏があるかもしれない。
後で吹っ掛けられないように一応聞いておいた。
「おいおい、せっかくオレが親切で言ってやったってのによぉ。まぁ、対価は当然いただく気だったんだがな」
悲しげな声を出す真似をした後、その顔に悪い笑みを浮かべる。
やはりこの男は侮れない。
それでも、こういう正直なタイプの方が読みやすいし、分かりやすい。
「ま、今回はタダってことにしておいてやるよ。今回はな」
そう言って、ギルベルトは踵を返して馬車まで戻ってしまう。
「今回は」か……
つまり、もう一度僕と取り引きするつもりがあるということで、それは僕達の無事を祈っていることに他ならない。
やっぱりギルベルトも良い奴だ。
「ありがとう。その時には今回の分も返せるようにしておくよ」
僕が別れを告げると、ギルベルトは後ろ手で右手を振ってきた。
ハンスさんやコルカさんも「詳しくは聞かないけど頑張れよ」と鼓舞してくれる。
彼らとの旅は短かったけど、色濃い経験ができた。
それに護衛とはいえ、冒険の楽しさみたいなモノも思い出した。
僕は去って行く彼らを見ながら、どこかでもう一度会うことを予感していた。
◇◆◇
あれから森を進んでいる。
とは言っても当ても無く進んでいるのではなく、大まかな方向だけは常に意識している。
昔見た魔力地図の範囲は割と大きかったはずだ。
大体でも方向を整えれば、手がかりは見つかるはず……
それでも、帰りに迷わないように目印を付けることは忘れない。
僕は歩きながらみんなに今回の旅の感想を聞いてみる。
「みんな、馬車の旅はどうだった?」
一番初めに答えたのはアイリスだ。
「悪くは無かったかな……でもやっぱり他の人は信用できないみたい。私が居る場所はここなんだって再認識しちゃった」
「そうですね……私は別にどこでも、他に誰が居ても、どうでも良いので……ライアスさんとみんなが居てくれれば、そこが私の居場所です……」
「まぁ、良い人だったんじゃない?とはいってもだから冒険しようとは無らなかったわね。あたしの目標はみんなを守れる大魔法使いになることよ」
みんな思ったよりも辛辣な評価だった。
でも、あんなところに住んでいたくらいだ。
これでも人に慣れてきているのかもしれない。
「私は積極的に話しかけていないから分からないわ。まぁ、いつもの方が静かで良いわね」
ファナはエルフということもあって、ずっと気を張っていたはずだから息苦しかったはずだ。
みんなの意見は少しきつめだけど、僕は心のどこかで安心していた。
こう言うことは自分勝手な気持ちだから表には出さないけど、外の世界に触れることで、みんながここから去ってしまったらと思うと少し寂しい。
みんながこのメンバーのことを気に入っていて、いつまでも一緒に居たいと思ってくれているなら僕としても嬉しい限りだ。
僕はさっきから返事が無いミーちゃんを見やる。
そこでミーちゃんが俯いていて、息が荒くなっているのが分かった。
(しまった。慣れない長旅の後で無茶をさせ過ぎたか……)
僕はすぐさまミーちゃんに駆け寄る。
「ミーちゃん、大丈夫?」
「え? う、うん。大丈夫だよ~。ご、ごめんなさい。迷惑かけて……」
大丈夫とは言っているけど、汗の量も凄いし大丈夫で無いことは明らかだ。
「何言ってるんだ。迷惑なんかじゃない。僕も疲れて来たし、少し休憩にしよう」
僕の言葉にみんなも頷いてくれる。
カナリナがポーチから水を出して、ミーちゃんに渡す。
「ほらミー、これを飲みなさい」
ミーちゃんはそれを受け取って飲む。
そこでも申し訳無さそうな顔をしていた。
そろそろ日が暮れる頃合いだ。
ここら辺で、今日は野宿をしようか……
ッ!
僕は頭で考える前に行動に移す。
右手の中指に嵌めた指輪に魔力を流し込み、気配がした方向に手を向ける。
次の瞬間には大きな岩が目に入り込んできた。
それを跳ね返すという意識を持って受け止めようとする。
(ぶっつけ本番だけど、やるしかない!)
真っすぐに飛んできていた岩は僕の右手に当たる直前に少しの間止まる。
数瞬後には岩は粉々に割れて、飛んできた方に戻って行った。
これが跳ね返しの指輪の力か……
そして、それと同時に僕を後ろから引っ張る気配がする。
僕と交代で前に出たプリエラの目は深紅に輝いており、見開かれていた。
そのまま木を抉りながら飛んでくる岩を全て迎撃して、お返しとばかりに血の槍を森の奥に向かって投げ込んでいた。
その頃にはみんなも状況を理解し始めた。
襲撃された……
僕はミーちゃんを担いで、手早く指示を出す。
「ここは一旦引こう!みんなは一斉に後ろに下がって!プリエラもそのまま戻ってきて!カナリナは魔法が来たら障壁をお願い!」
僕の指示のもと、みんなが後ろに下がっていく。
どうやら攻撃は一時的なモノだったらしく、それ以上の追撃は無かった。
(噂はこれか……)
ギルベルトの話を信じていない訳では無かったけど、ここまで唐突に来るとは思っていなかった。
これは想像以上に厄介な問題かもしれない。
僕は後ろに下がりながら、今の攻撃の原因と解決策考える。
あの岩はなんだ?
あんなに大きな岩が飛んでくるなんて……
地竜の類か? 大きめの猿型の魔物?
それに接近すればするほど、あの手の攻撃は危険性が増す。
いや、離れて居ても見えないが故に危険だ。
うーん……
僕は悩みながら僕の脇で掴まれたままになっているミーちゃんを見る。
その目は見開かれており、唇は震えていた。
僕は後ろから攻撃が来ないのを確認して立ち止まる。
走っているときは気付かなかったけど、ミーちゃんの身体は小刻みに震えていた。
「ミーちゃん?」
その日、ミーちゃんからの返事は返ってこなかった。