第41話 決着
いつもお読みくださりありがとうございます。
僕は短剣を構えながらハリソンを睨みつける。
僕達の攻撃を待っているのか、ハリソンは攻撃を仕掛けてこない。
結局、最後までハリソンの思惑を掴み切れなかった。
どの道、今からの攻防で決着が付くのだ。
カナリナはこれで魔力を使い切るだろうし、僕も短剣一本で勝てるとは思えない。
ここで決められなければ負ける。
今は余計なことは考えず、目の前の敵に集中しよう。
「ライアス、行くわよ!」
「うん!」
僕は体勢を低くして、短剣を構える。
カナリナの作戦はこうだ。
ハリソンに魔法攻撃は効かない。
またゴーレムの時と違い、氷漬けにも出来そうにない。
ゴーレムは魔法が効かないと言っても、魔法攻撃自体は当たった。
しかし、ハリソンは魔法攻撃が近くまで行くと消え去るのだ。
大技である凍結の霧が失敗すれば、勝ち筋は無くなる。
だからこそ、ここではそれに頼らない。
じゃあどうするのか?
魔法攻撃がダメならば物理攻撃をするしかないだろう。
僕達が持っている物理攻撃の手段は拳か短剣一本。
ここは短剣で一撃を入れることに決めた。
そう決まっても普通に僕が走って行って一撃を入れるのは至難の業だ。
僕自身もそれを出来そうにはない。
だからカナリナがその補助をする。
カナリナが僕を押し出すように後ろから魔法を放つ。
その勢いを借りて、僕はハリソンとの距離を詰める。
途中で僕を襲って来る魔法攻撃は全てカナリナに任せる。
つまり、僕のやることは単純だ。
ハリソンの懐に潜り込んで、その喉元を掻っ切ってやればいい。
この作戦で重要になってくるのがカナリナの魔法の腕と残りの魔力量。
それと、ハリソンの武術の才がどれだけか分からないということだ。
今まで魔法攻撃ばかりだったからと言って近接戦が弱いとは限らない。
極力集中していこう。
後ろから、自分の身体を押し出すような勢いを感じた。
そろそろだな。
「いっけぇええええ!!」
カナリナの咆哮と共に僕の身体が前面へと押し出される。
僕の身体は何か乗り物に乗っているかのように前に進む。
僕は今のうちに速度を測っておく。
この一撃はタイミングが命だからだ。
ハリソンとの距離を急激に詰めているけど、相手もただでは近づかさせてくれない。
周りに浮かぶ光の玉から無数の攻撃が飛んできた。
僕はそれを無理やり意識外に追いやる。
今はハリソンの首だけを狙えば良い。
近くで爆発音が聞こえる。
多分、カナリナが魔法を迎撃してくれているのだろう。
全力で無いにせよハリソンと張り合えている彼女の魔法の才に舌を巻く。
結局ハリソンに接近するまでの間、僕に攻撃が当たることは無かった。
そして、ハリソンが目の前まで迫る。
仮面を被っているせいで表情は見えないけど、動揺している気配はない。
(ここで決める)
僕は短剣を振りかぶる。
ハリソンは未だに一歩も動かない。
カナリナが作ったチャンスだ。
無駄にするわけにはいかない。
僕は短剣を振り切る。
その切っ先はハリソンの首元だ。
ここまで来てもハリソンは動かなかった。
(くそっ、躊躇するな)
手心を加えられる相手ではない。
僕は渾身の力を込めて短剣を振り切った。
ガィィンン!!
「あぁ、そうそう。私には物理攻撃も効かないんだよねェ!」
う、嘘だろ!?
短剣は確かにその首を捕えた。
間違いなく、首を切断できるだけの力はあったはずだ。
それなのに、結果は逆に短剣が折れてしまった。
短剣を失った僕はそのままの勢いでハリソンに突撃していく。
しかし、それすらも片手で受け止められてしまった。
いや、左手の杖を構えたところで僕の動きが止まったと言った方が正しい。
(物理攻撃も効かないなんて、いよいよどうすれば良いんだ)
いや、今はそれどころではない。
今、僕は無防備な状態で敵の目の前にいる。
「それじゃあ、私もお返しをしないといけないねェ!」
ハリソンは右手に持っていた本を開いた。
開かれた本は独りでに捲られていき、とあるページで止まる。
そして、その本から何かが出てきた。
(あれは短剣か?)
猛烈に嫌な予感がしている僕は全力で後ろに下がる。
本から出てきた短剣の輝きは、それが間違いなく一級のモノであると確信させる。
上を向いていた短剣が僕の方を向いた。
(あれはマズいぞ!)
無数の魔弾に晒されて居た時ですら感じなかった程の身の危険を感じている。
魔力が回復しておらず、武器を失った僕では抵抗することすらできそうにない。
「これは私の魔力で顕現させた短剣だよォ!その柄だけになった短剣で防げるかなァ!?」
短剣が僕に向かって放たれた。
その速度は僕が下がる速度よりも何倍も速く、避けることは出来そうにない。
(せめて、急所は外す)
避けることを諦めた僕は腕で急所を隠しながら、身体を捻る。
そうしている間にも短剣はどんどん近づいてきている。
もう数瞬後には僕に突き刺さっているだろう。
「ライアス!」
僕に短剣が当たると思われた直前、後ろから僕の前に出て来る影があった。
この場で僕より後ろにいるのは一人しかいない。
「カ、カナリナ!?」
カナリナが前に出たことで僕からは短剣が見えなくなってしまった。
僕の目に前にはカナリナの背中がある。
「カ、カナリナ……?」
後ろに尻もちをついた僕は消え入るような声で彼女の名前を呼ぶ。
返事は、返ってこない。
後ろ姿しか見えないカナリナの足元に血が滴り落ちた。
その量は決して少なくなかった。
(う、嘘だろ……)
静寂の中でどんどん大きくなってくる自分の心臓の音を聞きながら、僕は起き上がる
いやに身体が重くて、全身の筋肉が硬直しているようだった。
「おぉ、これは素晴らしい!素晴らしいですよ、あなたァ!いやはや、そこの男の子の陰に隠れているだけかと思っていたら、まさか飛び出して来るとは!?いやぁ、ここまで心が震えたのは久しぶりです!おめでとう!合格ですよォ!」
静かな空間に場違いな声が響き渡る。
その時、カナリナが前に倒れこんだ。
「いやぁ、二人して合格してくるとはねェ!長生きはするものだなァ!」
「き、貴様ァァアアアア!!」
僕は怒りで頭がどうにかなってしまいそうだった。
得物も無くなった僕にアイツを屠るだけの力は無い。
それでも、一撃を入れなければ気が済まない。
いや、待て。落ち着け。
優先すべきはカナリナの様態の確認だ。
そこまで考えたところで、僕はハリソンの顔をしっかりと見た。
「え?」
そこには仮面の左半分が砕けて、頭から血を流しているハリソンが居た。
その素顔は老紳士と言った感じだが、下品に笑っているため悪印象を持ってしまう。
(それよりカナリナは!?)
ハリソンの状態も気になるけど、カナリナの状態を早く確認しないと……
僕はカナリナに近寄り、抱き起こす。
カナリナは鼻や口から大量に出血していた。
僕は顔が血まみれで焦ったのと同時に、短剣が突き刺さっていないことに安堵した。
「ど、どうすれば……」
とりあえず、鼻血で気管を詰めてしまってはいけないと思い、鼻をしたに向けておく。
「なぁに、心配はいらないともォ!そーれ!」
ハリソンが奇妙な合図と共に、杖を振る。
それと同時に何かキラキラしたものがカナリナに流れ込んで行った。
「少し、魔力を使い過ぎただけだよォ!命に別状はない!今のは魔力の塊だァ!それで一先ず急場はしのげるはずだよォ!それにしても驚いたねェ!私に傷をつけるとは、ほんとに感心したよォ!」
ハリソンの言葉の通り、辛い顔をしていたカナリナが今は安らかに息をしている。
血も止まったようだ。
それでも流れ出た血は戻らない。
当分は安静にしていなければならないだろう。
僕は上着を脱いでカナリナの頭に敷いて、寝かせておく。
上着もボロボロだけど、地べたに寝かせるよりは断然いい。
カナリナを寝かせた僕はハリソンに向き直る。
「それで、どういうことか説明してくれるんだよね?」
僕の強い口調にもハリソンはひょうきんな態度を崩さない。
「説明?ああ、さっきの彼女の行動のことかなァ!?いやぁ、あれは凄かったよォ!何せ、私の短剣を受け止めた挙句、弾き返して来たんだからねェ!私は魔法攻撃、物理攻撃は無効と言ったけど、実際は少し違うんだよねェ!その穴を彼女はしっかり突いてきたわけだァ!」
あの一瞬でそんなことが起こっていたのか……
ハリソンが言明しない以上、何が原因かは分からないけど、多分自分の魔力で作ったものは弾けないとか、想定以上の魔力が込められた攻撃は当たるとか、そんなとこだろう。
そして、大事なのは彼女が合格を言い渡されたことだ。
つまり僕達二人は試練を乗り越えたということになる。
「そうか。カナリナの件は分かった。それで、僕達を地上に帰してくれるんだよね?」
「落ちてきたのは君たちだけどねェ!しっかり帰してあげるともォ!」
良かった。これで戻るための手段は手に入れた。
早くカナリナの手当もしたい。
僕は早速別れを切り出す。
「それじゃあ、今から帰してくれないかな?」
ハリソンのお陰で帰れるわけだけど、今のハリソンにお礼を言う気分にはなれなかった。
「そんな野暮なことは言わないでくれたまえよォ!せっかく私の試練を乗り越えたんだ。お話の一つや、二つ、していくのが習わしだと思わないかい?」
「思わないね。早くカナリナの治療をしたいんだ」
「もう、そうやってすぐカッカするのは止めたまえ。それに彼女のことを想うならここに居た方が治りは早いと思うけどねェ!今、この空間は地上のどこよりも治癒に適していると断言しようじゃないかァ!それは君も感じているだろう?」
……
確かにさっきから身体の疲れが取れて行くような気がする。
見れば、小さな切り傷は既に治り始めていた。
「ほぉら、治っているだろう?何、この話し合いは私の個人的な興味だけでなく、君たちにとっても意義のあるものになると思うんだけどねェ!」
ここに居れば傷の治りが早まるというのは理解できた。
どの道、ハリソンの協力が無ければ戻ることも出来ないのだ。
彼は曲り形にも『魔法王』。
何か有用な情報や道具を貰えるかもしれない。
僕はハリソンの意見を呑むことにした。
「それで、話って何?」
「つれないなぁ……嫌われちゃってるなぁ……」
なんだ、この老人。
さっきまでの大声はどうしたんだってくらいの落ち込みようだ。
「当たり前だろ!カナリナをあんなに傷つけたんだから!」
「だって、それは試練だし。本気は出してなかったし」
何?僕、このめんどくさい老人と話さないといけないの?
さっき殺意レベルの悪感情抱いたせいで、どうしても良いようには思えない。
「分かった。話はしっかり聞く。どの道、カナリナが起きたら帰るから」
「初めからそう言っておけば良かったんだよォ!私と話すなんて、昔だったら大金積んでも出来なかったことなんだからねェ!そのことを肝に銘じてだねェ!……」
僕は拳を全力で握りしめる。
落ち着け、殴っても怪我をするのは僕だ。
何せ短剣が折れるほどの強度だ。
ここは耐えるんだ……
それからハリソンと色々な話をした。
基本的にはハリソンに最近の地上がどうなっているのかを伝えていった。
確かにハリソンは何百年も前の人間だ。
今の地上を知らなくても不思議じゃない。
僕からはハリソンは何で生きているの?という質問をしたけど、それは外に出れば分かると言われてしまった。
秘密なのかもしれない。
「それにしても、人を呼びたいならあんな崖から落としちゃダメじゃない?」
「いやぁ、あれは落ちても死なないようになっているんだァ!そこから生き残れるかは別問題だけどねェ!まぁ、君たちには必要のない処置だったようだけどねェ!」
「え?どういうこと?」
「そぉれは秘密だともォ!」
こんな感じで話すと言っても答えてくれないことも多い。
「そうだそうだ。試練を乗り越えた君に報酬をあげないとねェ!」
「え?確か、僕たちは先に本を見たことで報酬を貰ったんじゃ……って本を燃やしちゃったことは謝る」
「なぁに、心配無用だよォ!あの本は燃えないからねェ!それより受け取ってくれよォ!試練を乗り越えた人のために色々用意しているんだよォ!さぁ、どれでも一つ持っていくがいい!かぁぁ、これ言いたかったんだよねェ!」
なんか、思ってたより、ハリソンは人間だった。
これも試練が終わったからこその変化なのだろうか?
まぁ、そこはどうでも良い。
ハリソンがくれるというのなら、貰えるものは当然に貰う。
ハリソンが杖を振るうと、僕の目の前に色々なモノが並べられる。
武器や防具に始まり、見たことも無いような道具や草などがある。
「これは何?」
僕はただの首飾りのようなモノを拾って聞く。
「そぉれは、隷属の首輪だねェ!あぁ、市井に出回っているモノと一緒にしてもらっちゃ困るよォ!それはまさしく、操り人形のようにするやつだからねェ!全て自分の思いのままということだァ!」
なるほど、これは要らないな。
それよりなんの変哲もない首輪がそんな強力なモノだなんて、これは気を付けて選ばないと……
やはり、第一候補は武器か……
基本的に僕は何でも使えるから自分にしっくりくるものがあれば、それにしようかな。
……
ハリソンからの視線を感じる。
さっきまでうるさく喋っていたのに、今は楽しむように眺めているだけ……
なんか試されているみたいで、居心地が悪い。
僕は武器を見て回っているとき、ふと気になるものを見つける。
それは黒い指輪のようなものだった。
結構デザインが凝っていて、かっこいい。
「ハリソン、これは?」
「そぉれは、跳ね返しの指輪だねェ!どんな攻撃、衝撃であろうと跳ね返す代物だよォ!攻撃に限らず、大きな岩が落ちてきたりしても、その衝撃を跳ね返すことも出来る!たぁだし、五回しか使えないから注意が必要だァ!」
ふむふむ。
「どうやって使うの?」
「少し魔力を注ぎ込むだけだともォ!」
「発動までの時間は?」
「衝撃をその指輪を付けた手で受けるまでだねェ!と言っても微風に反応されても困る!そこで、発動は装着者が弾き返したいと思った衝撃に関してだけ発動するようにしているよォ!」
つまり、誤爆することはほとんど無いけど、不意打ちには効果が無いということか。
「よし、僕はこれにするよ」
「おやぁ、他の武器は見なくても良いのかい?」
確かにここには魅力的な武器が沢山ある。
でも、僕に求められているのは一騎当千の活躍ではない。
それに武器が良かったからと言って本人の技量が上がるわけでもない。
魔剣みたいなそれ単体で強いモノもあるかもしれないけど、魔力の少ない僕には荷が重いだろう。
それなら、確実に五回、相手の攻撃を受け止める、いや弾き返すことが出来た方が使いどころはある。
今回のハリソンとの戦いでも僕がハリソンの攻撃を防げていれば、また違った結果になっただろう。
僕の武器は無くなったけど、また新調すれば良い。
「うん。僕はこれで良いよ」
「ん、んぅ……」
その時、後方で声がした。
「カ、カナリナ!?大丈夫?」
「うーん、うるさいわねぇ。もうちょっと静かに出来ないの?」
寝ぼけた調子でカナリナは目を擦っている。
痛むところも無さそうだ。
その様子を見て、僕は胸を撫で下ろす。
「ん?カナリナ、何してるの?」
起き上がったカナリナは頭に敷いておいた、僕の上着に顔を埋めていた。
「へ?い、いや、これは違くて。そ、そう!顔の汚れを拭いていたのよ!」
なるほど、確かにカナリナの顔は血とかで汚れている。
それを拭きたい気持ちも理解できた。
「オホン!私をおいてけぼりにしないでもらえるかなァ!?」
「は?アンタ、まだ生きてたの?さっきのもう一発喰らわせてあげましょうか?次は逆側が良いわね」
カナリナは当然のようにハリソンを敵視している。
その毒舌の調子も心なしか良いように思えた。
「やっぱり嫌われてるねぇ……まぁ、良いとも!君は私の試練に合格したんだァ!なんでも好きなものを一つ持っていきたまえェ!」
カナリナにも報酬があるみたいだ。
カナリナは依然、怪訝な顔をしてたけど、僕が説得したことでなんとか理解してくれた。
「そういうことなら、この中で一番貴重なモノを持って行ってあげるわ!」
カナリナはそのように息巻きながら、床に並べられているモノを見て行く。
「これは何かしら?」
カナリナが手に取ったものはピンク色の液体が入った透明な瓶だった。
「そぉれは、惚れ薬だねェ!その効果は絶大だァ!使われた人はその人に夢中になり、なんでも言うことを聞いてくれるだろうねェ!使い方は上の蓋を取って匂いを嗅がせるだけさァ!簡単だろう?」
「そ、そう。で、でもそれじゃあ、使った人も効果を受けるんじゃないかしら?」
「あぁ、説明が不十分だったねェ!ここにあるモノは全て私の手作りなんだァ!だぁから、君が選んだモノは君しか使えない!そうだね、剣なら他の人が使おうが全く切れないし、さっき彼が選んだ指輪も他の人には使えない!その惚れ薬だと、自分以外の人では蓋が開かないようになっていて、自分には効かないんだァ!逆に言えば自分以外の全ての人に効くわけだけどねェ!まぁ、ここにあるモノは選んだら自分専用のモノになると考えれば良い!」
なるほど、それなら相手に奪われて悪用されるということも無いのか。
武器とかを選んで、奪われた時には堪ったもんじゃないからな。
カナリナも今の説明に納得したようだ。
「そ、そう。そんな感じなんだ。へぇ……」
カナリナはそれから惚れ薬である瓶を床に置いて、色々見て回ってはハリソンに質問している。
おい、カナリナよ。そんなにデカいハンマーを本当に望む気なのか?
さっきからカナリナは手当たり次第に聞いているといった感じだ。
その質問にハリソンはしっかり答えていく。
しばらくすると、カナリナは僕の方に向き直った。
「ラ、ライアス。あ、あそこにある鞄を取ってきたら?そろそろあたしも決まったし、帰りましょ」
見れば、この部屋の端にもうボロボロになって中身がぶちまけられている鞄の残骸があった。
まぁ、あれでも使い道があるかもしれない。
僕は一応鞄を回収しておいて、カナリナのところまで戻る。
「カナリナは何にしたの?」
「ハ、ハァ!?なんでアンタに言わなきゃなんないのよ!?」
お、おう。そんなに怒らなくても……
まぁ、聞かれたくないのなら良い。
「そぉれで、君たちの報酬はそれで良いんだねェ!?それじゃあ、君たち専用に調整しておいたから、しっかり有効活用してくれたまえェ!あと、その鞄だけは治しておいてあげるよォ!」
ハリソンが僕たちに最終確認をしてくる。
そうか、ここでハリソンともお別れだな。
ほんとせいせいする……
……
「あー、その……ハリソンには怒ってるし、敵か味方かで聞かれたら僕は敵と答えるよ」
「手厳しいねぇ……」
「でも、感謝してることもある。ここで初めて知ったこともあるし、僕自身も成長できた。そして、何よりカナリナと信頼関係を結べた。そこはありがとう」
今、思い返せばハリソンの試練はギリギリを責めていた。
本当に死ぬかどうかの瀬戸際、いや、一歩死に踏み込んでいるような試練だったけど、それでも乗り越えられないモノじゃ無かった。
今回の一件で、僕は確実に成長した。
それは報酬として貰ったモノより、大事なモノなんじゃないかと思う。
「あたしもライアスを傷つけたことは許さないけど、アンタのお陰で自分の気持ちも話せたし、成長できたわ……ありがとう」
カナリナも似たような気持ちを持っている様だ。
さっきまで死闘を演じていた相手とこういう会話をしていることに自分でもびっくりしている。
「……なぁるほど!これが私の知らなかった世界なのかなァ!?なぁんだ、思っていたより悪くないじゃないかァ!いやぁ、君たちが来てくれてよかったァ!こちらこそ良い時間を過ごさせてもらったともォ!感謝しているよ、ライアス、カナリナ。君たちの名前は覚えておこう!」
その時、僕とカナリナの周りが光り始めた。
まさか、転移魔法というやつか。
そんなものを個人で扱えるものは居ない。
だけど、この魔法お化けのハリソンなら、それも可能かもしれない。
「君たちの未来に幸あれェ!」
その瞬間、辺りを眩い光が満たし、それが消えた時には二人の姿は無くなっていた。
誰も居なくなった空間でハリソンは独り言ちる。
「いやぁ、悪くない時間だった。越えられない試練に意味は無いからねぇ。それでも私の試練を二人で越えてくれる者が現れるとは……感慨深いねぇ……うーん。それにしても、カナリナ嬢が倒れた時のライアス君の気迫は凄かったねぇ。力は無いはずなのに思わず一歩下がってしまったよ」
ハリソンは今日も屋敷で放流者の到着を待つ。
彼が為したかったことは何なのか?
生前、彼の悩みを理解してくれるものは現れなかった。
皆が天才だなんだともてはやし、彼を完全無欠の人間だと信じ込んでいた。
それ故にその悩みを誰も理解してくれなかった。
だからハリソンは悩める者の気持ちが分かる。
その悩める者が最後に辿り着く場所こそがここ『ハリソンの魔法屋敷』だ。
ハリソンは死にも近しい試練を与える。
それを乗り越えてこそ、人は成長すると信じている。
今日、二人の少年、少女を成長させて送り返せたことに心底満足していた。
「これだからやめられないんだよねぇ」
ハリソンは一人になった空間に散らばっていた干し肉の一つに齧り付き、驚いた表情をする。
「おお!この肉、美味しいねぇ!」
◇◆◇
「あれ?ここは?」
僕は一瞬で景色が変わったことに驚く。
転移魔法とはこんな感じなのか。
隣に目をやると、そこにはカナリナが居た。
しっかり彼女も戻ってこれたことに安堵する。
といってもここがどこか分からない。
元孤児院に近い場所なのだろうけど、景色は森一色だ。
「あー、二人とも居たー。ミー、すっごく探したんだよぉ」
僕とカナリナが辺りを見回していると、後ろから声が聞こえてきた。
振り向くとそこにはミーちゃんが居た。
ミーちゃんは大声を出して、プリエラとアイリスを呼んでいるようだ。
程なくして、プリエラやアイリスとも合流する。
「ライアス君、どこ行ってたのって何その服?ボロボロじゃない!?カナリナちゃんも」
確かに僕の服はボロボロだ。
身体の傷はあの部屋に居るときに治ったけど、服までは治してもらえなかった。
プリエラは僕とカナリナを交互に見ている。
その時、ミーちゃんが僕の指に付いているものを見つけた。
「あー。お兄ちゃん、指輪してるー。黒くてきれいだねー」
ハリソンは約束通り、指輪をくれたみたいだ。
甲高い笑い声が聞こえてくるようで、少し笑ってしまった。
それにしても、気になることがある。
「ねぇ、ミーちゃん。僕ってどのくらい居なくなってた?」
「んーとね。十分ちょっとかなぁ?」
「え、それって……」
カナリナも気づいたようだ。
明らかに時間の流れがおかしい。
ハリソンが長く生きている理由の一端が分かった気がした。
僕が一人で納得してると、プリエラが僕の袖を摘まむ。
「ライアスさん。カナリナちゃんとは、仲良くなれたんですね……」
そう言って微笑みかけて来てくれた。
たしか、こうなったのも三人が僕とカナリナを仲良くさせようとしたことがきっかけだったはずだ。
思わぬ大冒険になったけど、結果的にはこれで良かったのかもしれない。
「その、悪かったわね。あたしが変な意地を張ってたせいで、気苦労掛けて……それにプリエラが賊の牢の中で言ってたことも現実になったわ。あの発言を後悔してる。ごめんなさい」
カナリナがみんなに向かって頭を下げた。
それを見てみんなは心底嬉しそうにカナリナに抱き着く。
良かった。これで一件落着だ。
「あ、カナリナちゃん……なんでライアスさんの上着を持ってるの?」
「あーそれ、私も思ったぁ。しかも、ちょっと匂い嗅いでたよね?」
「ハァ!?嗅いで無いし!こ、これはあれよ。虫よけ?みたいな?」
「虫よけなら着た方が良いって、ミーは思うなぁ」
彼女達は今も僕のことはほったらかしで盛り上がっている。
ここまで長かったけど、元孤児院に居たみんなと信頼関係を結べた。
これからは楽しくなりそうだ。
スパルタではありましたがハリソンのお陰で、カナリナと仲良くなれました。
思わぬ土産も手に入り、元孤児院メンバーとライアスが初めて団結できそうです。
次回は変わった日常を書きつつ、次のお話に進めていきたいと思います。
お楽しみに。