第38話 カナリナの過去4
いつもお読みくださりありがとうございます。
あたしは今、暗闇の中にいた。
今さっきまで森に居たはずなのに何が起こっているのか分からない。
「おい、私の声は聞こえているのか?」
その時、先ほどと同じ中性的な声が聞こえて来る。
声はどこからか聞こえて来るけど、姿は見えない。
というより真っ暗過ぎて視界に移るものは無かった。
辺りが一面真っ暗というのは思ったよりも心細い。
「き、聞こえてるけど……」
言葉遣いを取り繕う余裕も無く、反射的に返事をする、
誰のものか分からない声にはどこか威厳があった。
「それなら問題は無い」
「あ、アンタ誰なのよ」
明らかにあたしが不利な状況だ。
相手の手のうちに居ると言ってもいいだろう。
せめて相手の情報だけでも聞けたら良いと思っての質問だ。
「私が誰か、それは今、全く関係が無い。大切なのはお互いの利害が一致していることだ」
「り、利害の一致って言われても、こんな状況で利害もクソも無いでしょ」
「まぁ、そう言うな。お前は戦う力が無いのにここまで来たんだろ?」
図星だった。確かにあたしに戦う力は無い。
恐らく数日も経たずに死んでしまうだろう。
というより、さっきの魔物は……
「ああ、さっきの魔物は殺しておいた。何、先払いというやつだ。気にする必要はない」
先払い?未だに相手が何を言っているのか掴み切れていない。
相手の思惑が分からないというのは交渉においてかなりマズイ状況だ。
(あれ?あたしって魔物のこと口にしたっけ?)
「それでは話を進めさせてもらおう。お前は生き抜く力が無い。私は魔力が足りていないのだ」
少し疑問はあったけど声は話を続ける。
だが、これでようやく話の全貌が掴めてきた。
「それじゃあ、あれかしら。アンタはあたしに力を貸す。あたしはアンタに魔力を渡すってことなの?」
「話が早くて助かる。そういうことだ」
正直、願ってもない話だ。
あたしは魔力の顕現こそできないけど魔力は豊富にある。
彼、彼女、どちらか分からないけど、気分的に男は苦手だから女ということにしておこう。
彼女がそう言うということは多分、魔法が使えないことは問題では無いのだろう。
「それじゃあ、今の契約で良いな?」
声は話を切り上げようとする。
待て、今あたしは冷静さを失っていた。
そんな状態で結んだ契約には危険が沢山あるんじゃないか?
そもそも契約ってどうやって結ぶんだ?
契約書でも書くのか?
「ちょっと待って貰えるかしら?」
あたしは彼女に待ったを掛ける。
声は少し苛立った雰囲気を見せたが待ってくれるそうだ。
あたしは深呼吸する。
「今の契約じゃあ結べないわね」
「ほう。それならこのまま野垂れ死ぬというわけだ。これは傑作だな」
話は終わりとばかりに声は遠ざかっていく。
「あら、良いの?アンタもあたしを逃すとマズいんでしょう?」
彼女がわざわざあたしを助けたのはあたしに利用価値があるからだ。
それにここはゲーニッヒ森林。人はなかなか寄り付かない。
彼女としても魔力の多いあたしを取り逃がしたくはないはずだ。
「あたしが言ってるのは交渉決裂ってことじゃなくて、もう少し契約を詰めていきましょってことよ」
下手にでるのは良くないと直感が言っている。
ここは強気な姿勢を崩さない。
「なるほど。なかなか面白い。私としても馬鹿と組むよりは有能な奴と組む方が良い。交渉を再開しよう」
相手も聞く準備を整えてくれたようだ。
「まず、アンタが欲しいのはあたしの魔力ってことで良いのよね?」
「ああ、そうだ」
「それなら、あたしの命に関わらない範囲で持っていって良いわ」
彼女に不満は無かったのか、否定はされない。
次はあたしの要求を通す番だ。
「あたしから望むものは魔法を使えるようにして欲しいってことよ。それが出来ないなら組む気は無いわね」
そう、あたしの望みは一貫してこれである。
彼女はこの状況含め、どこか人間離れしている。
彼女ならもしかしたらという期待を込めて返事を待つ。
「なるほど……」
彼女は考え込んでいる様だ。
あたしは全身に視線を感じる。
「お前が望んでいるのは魔力を使えるようになるってことだけなのか?」
どういうこと?
そうに決まっている。
そのためにわざわざここまで来たのだ。
『ハリソンの魔法屋敷』も魔法が使えるようになったなら必要ない。
──本当にそうか?
しかし、あたしの中で何か引っかかるものがある。
この数年間、魔法を使えるようになるために色々努力してきた。
この望みは何も間違ってはいないはず……
──何で魔法を使えるようになりたいと思った?
そうだ、あたしはどうしてこんなに必死になって魔法を使えるようになろうと努力していたんだ?
父のため?
家のため?
自分のため?
いや違う。
──フィーリアとの約束のためだ。
フィーリアとの約束。
あたしがすごい魔法使いになってフィーリアにお話にしてもらう約束。
そのためにはただ、魔法を使えるようになるだけでは足りない。
「どうやら、それだけではないようだな」
彼女はあたしの心を見透かしたように言ってくる。
でも、フィーリアのためと言っても、それには結局魔法を使えるようにならないといけない。
状況は何も変わらない。
「確かに、魔法を使うことを最終地点にしているわけじゃないわ」
「そうだろうな。よし分かった。こうしよう」
声は何か納得したように話を続ける。
「二年だ。二年以内にお前の魔法が使えるようになるよう仕向けてやろう」
「あら残念ね、あたしは今すぐ使えるようになりたいの。これじゃあ話にはならないわ」
「お前、交渉の知識はあるようだが経験がまるで足りていない。今、助けが必要なのはどちらか、それを分かっていないようだ。この話は無かったことにしよう」
確かに経験が足りていないことは明白だった。
メルカーとの交渉が上手く進んだのもあたしが彼の欲するものを持っていたからに過ぎない。
これ以上は本当に去ってしまうだろう。
「ごめんなさい、悪かったわ。詳しい話を聞かせて貰えるかしら?」
「素直な奴は嫌いじゃない。お前は魔法使いとして大成したいのだろう?それを叶えてやろうというんだ」
「あなたが教えてくれるとでも言うの?」
「いや、私は教えない。教えられないと言った方が正しいか。私に情報の開示を求めることは出来ないと思っておいた方が良い」
つまり、それは彼女自身のことを含めということだろう。
しかしそれじゃあ誰があたしに教えてくれるというのか。
「方法も言えない。だが、高確率でお前は魔法が使えるようになるだろう」
まただ、察しが良すぎる。
これは心を読まれていると考えた方が良い。
「魔法が使えるようになるという確証は無いのね」
「ああ、未来は絶対では無いからな」
これ以上、譲歩を引きずり出すことは出来ないだろう。
ここが落としどころか……
「分かったわ。それで手を組みましょう」
「これからよろしく頼むよ。カナリナ」
名前まで読まれているとは……
「ぐっ!」
その時、あたしの中に何かが流れ込んでくるのが分かった。
かなりの圧力に身が潰れそうになる。
あたしは苦しみから目を閉じてしまう。
次に目を開けた時、あたしは森の中に居た。
状況は何も変わっていない。
ただ、魔物は跡形も無く消え去っていた。
自分の身体を眺めてみても特に変な様子は無い。
「あ、あれは夢だったのかしら?」
『いや、夢ではない。契約は確かに結ばれた』
自分の中から直接響いてくる。
この中性的な声は彼女で間違いないのだろう。
『心配するな。お前に死なれては私も困る。掛かる火の粉を払う程度のことはしてやるさ』
それは彼女が魔物を倒してくれるということで良いのだろうか?
『そういうことだ』
「アンタ、やっぱりあたしの心を読んでるでしょう?」
『それがどうかしたか?』
彼女は悪びれることも無くそう言った。
多分、彼女に止めて欲しいと言っても無駄だろう。
彼女が二年と言ったこともあり、長い付き合いになりそうだ。
どの道、彼女とは仲良くやっていくしかない。
『ああ、そうだ。今回の交渉は私の勝ちだったな。私の宿主として恥じぬよう精進してくれ』
(仲良く出来ないかもしれないわね)
◇◆◇
本当に彼女は信頼できるのか?と思っていたけど、彼女はよくやってくれた。
魔物に出会うたびに身体を乗っ取られてしまうので最初は慣れなかったけど、その力は本物だ。
よく分からない力で敵をなぎ倒していく。
何せ手をかざすだけで相手が消滅していくのだ。
多分だけど吸収しているんだと思う。
身体の主導権を握られているとき、あたしは見ていることしか出来なかった。
まぁ、どんな方法でも敵を倒してくれるなら問題ない。
「ちょっと、アンタが強いのは分かったけど、名前くらい教えてくれないと呼び方に困るんだけど」
『ほう、名前を教えたら呼んでくれるのか?』
確かにアンタ呼びになるかもしれない。
それは否定できなかった。
『まぁ、良いか。そうだな。神とでも呼んでくれ』
「聞いたあたしが悪かったわ」
『冗談だ。呼び名に困っているならそうだな。ディオーネとでも名乗っておこう』
「改めてよろしくね。ディオーネ」
ディオーネのお陰で魔物に襲われても死なないので魔物の森でも生きていける。
それでもディオーネは敵を丸ごと消滅させてしまうため、食料の確保には向いていない。
そして、あたしの食料が心もとなくなっていった時、ファナと出会った。
初めて会った時、ファナは凄く焦っていて余裕が無い様子だったけど、理由は教えてもらえなかった。
あたしがエルフのファナと会ったときは身構えた。
あたしは亜人に何か思う所は無いけど、あたし達が亜人にしてきたことを知っている。
彼女も人間に良い印象は無いはずだ。
だけどファナはそんなことは感じさせず、住むところが無いなら来ないか、と声を掛けてくれた。
あたしは久しぶりに取引などではない純粋な優しさに触れて心が動いた。
見れば彼女も決して強くは無い。
どの道、『ハリソンの魔法屋敷』をゲーニッヒ森林で見つける必要がある。
その拠点を得られるならファナと一緒に住もうと思った。
あたしがそこに住めば、近くの魔物は間違いなくディオーネが倒してくれるはずだ。
それは、ひいてはファナを助けることにも繋がる。
予想通り、あたしが寝ているうちに近くの魔物を狩ってくれるのでしばらく経つと近くに魔物は居なくなった。
それからファナが女の子を三人ほど連れてきた。
最初は他の人が来るのは嫌だと思ったけど、歳が近くて、あたしよりも弱っている姿を見るとその気も無くなり、心に傷のある彼女たちを見るとなんとかして助けたいと思うようになった。
とりあえず、ここに居れば魔物に襲われて死ぬことは無い。
あたしは彼女たちに積極的に話しかけて、打ち解けようとした。
あたしの口調は悪かったと思うけど、彼女達は何も言わずに受け入れてくれた。
ディオーネのことはみんなには黙っていた。
もしかしたら怖がらせてしまうかもしれないし、魔物を消滅させる彼女の力では肉を確保することも出来ない。
それなら伝える必要もない。
その時のあたしは正直、慢心していた。
自分がフォルテのような存在になれているんじゃないかと錯覚していた。
他の子には無い魔物を屠る力を持っている。
これがあれば彼女たちを守れる。
あたしは自分の力でも無いのに、どこか驕りのようなものを持ってしまっていた。
そして、プリエラが倒れた。
崖からプリエラが落ちたときは頭の中が真っ白になり、下を覗き込むのが怖かった。
結果的に彼女は生きていたけど、それは結果論だ。
一歩間違えれば確実に死んでいた。
それに助かりはしたけど、よく分からない病気に蝕まれていて、長くはもたないことを直感した。
守ると思っていながらこの体たらく。
あたしはプリエラが倒れてからすぐ、ディオーネに声を掛けた。
「ねぇ、ディオーネお願い。プリエラを助けて」
『おいおい、随分と色々頼るようになったじゃないか』
彼女が言っていることは分かるけど、あたしにはこうすることしか出来ない。
『カナリナ、お前、何か思い違いをしているようだな。私は契約によりお前を助けてやる。だがその範囲にお前の友人は含まれていない』
正論だ。
むしろ、あたしとの契約があるとはいえ、彼女は精力的にあたしを助けてくれている。
何も言えないあたしにディオーネは続けた。
『それと、私にはあの娘を治すことは出来ない。方法を伝えることもな』
そう言われてしまってはあたしもそれ以上のお願いはできない。
まさか、ディオーネがダメだなんて……
最近のトラブルは彼女が全て解決してくれていた。
彼女が無理だということをあたしが解決できるのだろうか?
そんなあたしを彼女は嗤った。
『カナリナ、お前、弱くなったな。粗削りではあったが以前のお前の方が余程好感が持てた。何が何でも目的を果たそうとする心意気はどこに行った?……時も近いし頃合いか。少し自分で考えてみるんだな』
それと同時に彼女は喋らなくなった。
あたしは何も言い返せない。彼女の言う通りだ。
あたしはいつのまにか自分で考えることを放棄していた。
悩んでもディオーネに言えば解決してくれるのだ。
それなら最初から彼女に頼った方が効率が良い。そんな風に考えてしまっていたのだ。
それからディオーネは現れなくなった。
あたしが呼び掛けても返事が無い。
プリエラの様子も日に日に悪化していくし、治す糸口も掴めないまま。
いっそ街にでも行こうか?
今まではここが街から遠いというのと、道が分からないということで避けていたけど、それもありかもしれない。
そう思っていたときに彼は現れた。
それからしばらくの間あたしを悩ませる種となる彼が現れたのだった。
全てを見通すような雰囲気を持つディオーネ。
今まで、元孤児院の近くに魔物が居なかったのはひとえにディオーネのお陰です。
ディオーネ無き今、カナリナはどういった心境を持っていたのでしょうか?
次回、カナリナの気持ち
お楽しみに。