第28話 元孤児院に帰りました
いつもお読みくださりありがとうございます。
結局、あれからしばらくすると宙に浮いている状態から独りでに下降していき、僕とプリエラの周りを覆っていた血はプリエラに吸い込まれていった。
それと同時にプリエラの漆黒の鎌と黒い服も無くなり、今は僕が作ったホワイトベアの毛皮を身に纏っている。
原理は分からないけど、多分服を変質させてたんだと思う。
流石にずっと胸に顔を埋めておく訳には行かないため、気合で身体を動かして抱擁から逃れる。
その場でしばらく休憩していると、誰かが来る足音がした。
「ラ、ライアス君どうしたの!?そんなにボロボロで……」
この声はアイリスか。
足音が三つ聞こえるということは全員無事みたいだな。
僕はようやく動くようになってきた身体を動かして、声の方向を見る。
視線の先ではアイリスがその端正な眉を歪めていた。
僕の背中を見て心配してくれたようだ。
自分では見えないけど、多分服も破れて、肌が露出していると思う。
「ちょっと油断しちゃって……アイリスもミーちゃんもカナリナも無事で良かった」
彼女達の見た目にも何かされた形跡はない。
僕は安心して、顔も綻ぶ。
アイリスもミーちゃんも僕を見て、少し心配そうにはしていたが笑い返してくれた。
「お兄ちゃん、助けてくれてありがと~」
「ライアス君の背中の傷は気になるけど、助けに来てくれてありがとね」
やっぱりお礼の言葉は何度聞いても心地良い。
本当にみんなを助けることができて良かった。
僕が満足そうにしていると、アイリスがカナリナに何か言っている。
「ほら、カナリナちゃん」
カナリナとは依然、仲が良くない。
僕にも落ち度はあるだろうが、そもそも最初から嫌われていたのでは正直どうしようもない。
カナリナは凄く渋っていたけど言葉を発する。
「助けてくれたことには感謝するわ。でもアンタのこと、認めた訳じゃ無いから」
久々にカナリナの声を聞いたな。
僕のことを相当嫌っているはずだから、まさか感謝されるとは思わなかった。
まぁ、焦っても仕方ない。
せめて普通に会話できる程度には仲良くなりたいな。
「どういたしまして」
こういう一歩から始めていこう。
その後、僕はプリエラをアイリスに預けて、ファナの所に向かう。
ファナはまだ、魔力切れが回復しないみたいだ。
恐らく、ファナの素早い動きは身体強化によるものだろう。
そうなると今日で二回も魔力切れを起こしているのだ。
身体はかなりだるいはずだ。
「ファナ、調子はどう?って言っても良いわけないか……」
壁にもたれたままのファナはそのままの状態で口を動かす。
「気分は良くないわね。自分の無力さに嫌気がさしたわ」
もしかして、僕が目の前で鞭で叩かれていた時に動けなかったことを言っているのだろうか?
ファナが無力なんてことはない。
ファナが居なければクルッソスすら倒せていなかったのだ。
僕よりも余程力があるだろう。
「そんなことないよ。ファナのお陰でクルッソスも倒せたわけだし、僕のために涙まで──」
「──泣いてないわ」
ファナは僕の言葉に被せるように強く言い放つ。
え?そこ隠すとこ?
その目には強い意志が篭っているが、どう見ても涙の跡が残っていた。
「そ、そうだったね。とりあえず、ここでゆっくりしててよ」
ファナの鋭い眼光にこれ以上の追及は止めておくべきと判断した僕は辺りを見回す。
プリエラが血を操って攻撃した際に地面に大きな窪みが出来ている。
さらに、一本の線が地面や森を削りながら遥か彼方まで続いている。
これで倒れないのはこのテントのような建物がとても頑丈だからだろう。
それを見たのか、ファナが言う。
「ねぇ、ライアス。プリエラのことなのだけど……」
分かってる。
あれだけ暴れたのだ。
当然、説明はしなければならないだろう。
アイリスや、ミーちゃんも何も言ってはいないけど、先ほどの激しい音は聞いていたはずだし、目の前の巨大な地面の穴に疑問を持っているはずだ。
「そのことは後でプリエラと話すよ」
これは僕から勝手に説明して良い話ではない。
最悪、あれは魔法だとでも言っておけばかなり苦しいが吸血鬼であることは明言しなくて済む。
プリエラと相談した上で話したかった。
ファナが「分かったわ」と返事したところで僕は異変に気付く。
(おかしい、こんなに騒いでいるのに誰も攻めてこない)
一応、メタロスライムを放ったり、少しでも違う場所に目が向くようにはしたが、流石にテントを突き破っているのに誰も来ないのはおかしい。
僕は短剣を回収してからテントの外の様子を窺いに行く。
「なっ!」
そこには信じられない光景が広がっていた。
あちこちで人が倒れている。
動いている人は一人たりとも居ない。
僕は近くに倒れていた賊に近づく。
先程、話しかけた軽薄そうな男だ。
「死んでる……」
彼に脈は無かった。
特に外傷があるわけでもない。
(何があった?)
僕が彼を見ていると彼の胸の辺りに何か良くないモノの気配がある。
彼の服を捲るとそこには黒い紋章のようなものが付いていた。
なるほど、奴隷紋か……
街に居る時も見たことはある。
そう考えると、彼らはクルッソスが死ぬと同時に死ぬように契約させられていたのだろう。
まさか、『バンヴォール』全ての賊がクルッソスの奴隷だったとは……
他人を信じないクルッソスらしいと言えばそうだが、なんとも後味の悪い結果だ。
彼らの中にも巻き込まれただけの人もいるだろう。
僕は静かに目を伏せ、先ほどのテントまで戻る。
身体が動かなかったファナもカナリナに支えられながら何とか立ち上がることができたようだ。
僕は一先ず、元孤児院に戻ることを提案する。
みんなもそれに頷いてくれた。
アイリスがプリエラを、カナリナがファナを背負っている。
僕も背負えたらいいのだけど、背中の傷がかなり痛みそうなのと、彼女たちの服も汚しそうなのでお願いすることにした。
それにしても賊の集団が壊滅したということは、ここにある硬貨などは……
「あ、メタロスライム……」
僕の目の前にメタロスライムが跳ねている。
メタロスライムは僕目掛けて、一直線だ。
恐らく、短剣を狙っているのだろう。
僕はそれを拳で叩き潰しながら考える。
(メタロスライムを放ったのは失敗だったな)
あの時はまさかクルッソスを倒せば全員死ぬなんて思っていなかった。
クルッソスを処理した後はメタロスライムが暴れている間に逃げようと考えていた。
売りに出しに行かないとお金にならない僕たちより、既にある硬貨を守りたいはずだからだ。
そう思っていたのだが、まさかメタロスライムが全滅させられる前に賊の方が全滅するとは……
これではお金に関しては得られるものが無さそうだ。
基本的に盗賊を倒して手に入ったものは自己申告制だ。
何も残っていなかったと言えば、それを調べられる人は居ない。
ただ、盗品リストなどもあるので、盗品を表世界で売るのはほとんど出来ないと言っていいだろう。
まぁ、そこまでお金に執着している訳では無いし、盗品などは然るべきところに渡そうと思っていたけど、金属系のものは全て喰らいつくされただろうな。
まぁ、過ぎたことを言っても仕方がない。
命があるからこそ、こういう話が出来るのだ。
今は身体の回復を最優先にしよう。
◇◆◇
予想通り、元孤児院近くに縛っていた賊も死んでいた。
このままでは死体が腐ってしまうので、後で処理しなければならない。
部屋に辿り着いた僕は自分のベッドに倒れこむ。
今日はもうかなり疲れた。
(いや、寝る前に傷の手当だけはしなければ……)
僕は重い瞼を持ち上げ、部屋に置いておいた傷薬を取り出す。
自分で状態を確認出来ないのは辛いが仕方がない。
僕は背中に触れないようにして服を脱ぐ。
気を付けたけどそれでも傷に当たってしまい、布の擦れる痛みに顔を顰める。
僕が一人で塗り薬を塗ろうとしていると声が聞こえて来る。
「ラ、ライアス君……ご、ごめんください」
少し申し訳なさそうにアイリスが部屋に入ってくる。
繰り返しになるが、扉は開けっ放しになっているのでノックという概念はない。
「アイリス、どうしたの?」
このタイミングで来るということは今回の事件のことだろうか?
アイリスは部屋の入り口でもじもじとしている。
そして、意を決したようにこちらを向く。
「ラ、ライアス君!治療してあげる!」
治療というのは背中の傷のことだろう。
正直、自分では背中に塗り薬を塗りにくいのでかなり助かる。
でも何故、そのことを言うのに躊躇していたのかは分からない。
いや、普通に考えてこの背中の傷は女の子が好んで見たいものではないはずだ。
見たくないから躊躇したのだろうが、僕の為を思って治療してくれるなんてアイリスは優しいな。
「アイリス、ありがとう。お願いするよ」
僕は塗り薬を地面に置き、ベットに横たわる。
ちなみにベットは木製で所々腐っていたが、布を掛けることでギリギリ使えている。
アイリスが僕の側まで来たのがわかる。
塗り薬を傷に塗られる刺激に耐えようと目を瞑る。
ペロッ
ゾクッ!
傷口に触れる柔らかい感触がこそばゆいようで、気持ちいい。
この感覚は……アイリスの舌だ。
洞窟でアイリスと打ち解けた時、肩の傷を舐められたことを思い出す。
そうだ、アイリスの舌は回復作用があったんだ。
そうこう考えている間にもアイリスの舌は僕の背中を這いまわっている。
触られる痛みは無い。
「はぁ、はぁ」
アイリスの息遣いが妙に妖艶な気を帯びている気がする。
(いや、何を考えているんだ!アイリスは善意でやってくれてることだぞ)
傷だらけの人の背中など舐めたいものではない。
しかも、息が乱れるほど頑張ってくれているのだ。
そんなアイリスに邪な感情を抱くのはよくない。
「ど、どう?ライアス君……」
荒れた息をしながらアイリスが尋ねて来る。
(無心!無心!)
「う、うん。気持ちいいよ。アイリスこそ無理してない?」
僕はどもりながらも応える。
実際、アイリスの治療は気持ちいい。
これで傷も治ると言うのだから凄まじいものだ。
僕はそれからも湧き出そうになる邪な感情を追いやりながらもアイリスに為されるがままになる。
「大体終わったかな……あ、傷がお尻の方に続いて──」
「──大丈夫!ありがとう!すごく良くなった!お尻は怪我してないみたいだから大丈夫!」
それ以上はマズイ。
僕は身体を起こし、早口で巻きたてる。
起きて見たアイリスの口からは少し涎が垂れている。
(あの涎が僕の背中に……)
僕は自分を一度殴ってから身体の調子を確かめる。
先ほどまでは腕を動かすだけで肩甲骨辺りの皮膚が傷んでいたけど、今は少し違和感があるくらいで大きな痛みなどはない。
僕は改めてアイリスに感謝を告げる。
「アイリス、ありがとう。凄く良くなってるよ」
「もう、お尻もやってあげたのに……でも私も好きでやったことだから気にしないで」
いや、お尻までやられたら僕の理性が持たない。
アイリスは好きでやったと言っているがそれに甘えるのはダメだ。
「そう言ってくれると救われるよ。でも、何か僕に出来る範囲でお礼がしたいんだけど……」
アイリスにはこの前も助けてもらっている。
今回の件も含め、何かお礼がしたかった。
僕がそう言うと、アイリスは素早い動きで部屋の出口に向かい、廊下の様子を窺っている。
何をしているのか疑問に思っていると、これまた素早い動きで僕の元まで戻ってきた。
「じゃあ、お願いしても良いかな?」
どうやら、もうお願いが決まったようだ。
布団に腰掛ける僕の隣にアイリスが座ってくる。
アイリスはもじもじとしながら俯いている。
「えっと、何をすればいいのかな?」
聞かれたアイリスは決意が固まったのか、僕の方を向く。
「撫でて欲しい……」
ああ、そういえばアイリスの頭を撫でたこともあったな。
あの時は僕がアイリスの獣耳を弄ってしまったから変な空気になってしまったけど、今なら大丈夫だろう。
そう思っていたのだが、膝に置いている僕の手にふさふさとした感覚がしてくる。
僕が手元を見るとそこには尻尾があった。
あれ?変身できたの?
アイリスは以前のように耳と尻尾だけ獣人のようになっている。
確か、アイリスは銀狼にはなれないと言っていたはずだけど。
「尻尾を撫でて欲しいの」
尻尾か……
正直、目の前のふさふさの尻尾は頼まれなくても触りたい。
でも、耳の二の舞になりそうな気が……
いや、アイリスがお願いしてきているんだ。
何も躊躇することはない。
「分かったよ。それより銀狼にはなれるようになったの?」
「銀狼にはまだなれそうに無いんだけど、耳と尻尾は出せるみたい……」
そんなものなのか。
僕は気を取り直してアイリスの尻尾に触る。
(おおっ!)
ふさふさの尻尾に手が沈み込んでいき、銀毛に手が包まれていて心地よい。
僕はそのまま毛並みを整えるように尻尾を梳いてやる。
アイリスの顔を見ると気持ちよさそうに目を細めていた。
同じ動作を繰り返しているとアイリスが僕の胸に顔を当てて来る。
「くぅーん……」
そのまま頬ずりしだした。
ちなみに僕は今、上半身裸だ。
アイリスの髪と耳が当たってこそばゆい。
気に入ってもらえたのか、触っている尻尾が僕の膝の上で跳ねている。
「ア、アイリス……ちょっと近くない?」
僕の疑問の声も聞こえていないみたいだ。
アイリスはどんどん僕に密着してくる。
このままだとマズいぞ……
「お兄ちゃーん!プリエラちゃんが起きたよー!」
廊下の奥からミーちゃんの声が聞こえて来る。
僕はハッとしてアイリスを揺さぶる。
「アイリス!ミーちゃん来るって!」
僕の言葉にようやく我に返ったのか、慌てて耳と尻尾を仕舞っていた。
しばらくして、ミーちゃんが僕たちの目の前までやってくる。
「あれ?お兄ちゃん、そんなかっこでどうしたの~?」
「い、いや、アイリスに背中の怪我を見て貰ってたんだ」
本当のことを言っているのに何故か、言い訳をしているような気分になりながらミーちゃんに返事する。
「そっかー。ミーも手伝いたかったぁ」
「こ、今度よろしくお願いするよ」
約束が嬉しかったのかほほ笑んでいたミーちゃんは何か思い出したようだ。
「そうだ!ファナちゃんがお兄ちゃん呼んできてって言ってたよ」
プリエラが起きたんだった。
プリエラの様子も心配だし、早く見に行こう。
それにファナ達に説明もしなくちゃいけないからな……
アイリスのお陰でライアスの怪我もほとんど治りました。
アイリスも尻尾を撫でてもらいご機嫌です。
さて、みんなに怪しまれているプリエラですが、プリエラはどのような決断をするのでしょうか。
次回こそプリエラの説明をしつつ、次のお話に入って行きます。