第27話 激怒
いつもお読みくださりありがとうございます。
◆ファナ視点
「ライアス!」
ライアスが倒れたことで私はその人物をようやく目視することができた。
白髪の髪は乱れて、所々禿げており、目も不健康に窪んでいる。
無造作に伸びた白い髭もその高笑いと併せて、あまり心地の良いものでは無い。
その手には何かの道具が握られており、魔力が渦巻いている。
(あれは雷系の魔法ね)
恐らくその機械を使ってライアスを痺れさせたのだろう。
男は高笑いをしながら続ける。
「ヒヒヒ、良い!良いですよ!実に健気です。捕われのお姫様方を敵地に助けにくる度胸。それを成し遂げる運命力。少し泥に汚れていますが可愛らしい顔立ち。実に私好みです」
そう言いながら男は何処かから鞭を取り出した。
ライアスは気絶まではしなかったようで、目を開けながらも動かない身体に険しい表情を浮かべている。
「本当に虐めたくなります」
次の瞬間、その男がライアスに鞭を打ち始めた。
バシン、バシンという痛ましい音と共にライアスの苦悶の声が聞こえてくる。
(お願い、動いて!)
私はこの状況で動かない自分の身体に腹が立つ。
ここまで助けに来てもらって、目の前で痛めつけられているというのに立つことすら出来ない。
このままじゃ……
◇◆◇
◆プリエラ視点
私はライアスさんの匂いがして安心した。
ここに連れて来られた時はどうなるかと思ったけど、ライアスさんが来たなら安心だ。
目の前をふよふよしている物体も、多分ライアスさんが送り込んできたものだろう。
(早く会いに行きたい)
ファナちゃんに先を越されちゃったけど、私だって早く会いたいのだ。
ファナちゃんに先を譲ったのは今の私ではライアスさんの役には立たないからだ。
私はライアスさんに会う前、弱かった。
それは今も大して変わらない。
私が強くあれるのはライアスさんの血を飲んだ時だけ。
初めてのことだから手探りだけど、多分私はまだ──として不完全なんだと思う。
だからライアスさんの血を飲んでから一日も経つと、何もしなくても力が使えなくなる。
多分、連続して力を使うことも出来ないと思う。
最近はライアスさんも恥ずかしがって血を飲ませてくれていない。
私も『血の契り』以来、恥ずかしさもあり、頼みにくくなっていた。
だから、あの賊達にも大した抵抗は出来なかったのだ。
やっぱり私はライアスさんがいないとダメ……
(早く会いたい……)
どんどん、その思いは強くなってくる。
ファナちゃんにはここにいろと言われたけど、私の居場所はライアスさんがいる所。
私は未だ鉄格子を溶かしている丸い物体に近づく。
「ちょっと待って、プリエラちゃん」
私を呼び止める声がする。
振り返ると、アイリスちゃんが笑顔でこちらを見ていた。
「なに……?」
私は今、急いでいるのだ。
用件なら後にして欲しい。
「私もライアス君に会いに行きたいの」
なるほど、確かアイリスちゃんもライアスさんのことが好きだったのだ。
その気持ちは分かる。
まぁ、譲る気は無いけど……
「そう……私も早く会いたい……」
このままだと決着が付かない。
アイリスちゃんと見つめあっていると、カナリナちゃんが声を上げる。
「みんな、そんなしてアイツに会いに行きたいわけ?アイツのどこが良いっていうのよ」
カナリナちゃんは確かにライアスさんと仲が良くない。
なんでそんなに嫌っているのかは分からないけど、ライアスさんを悪く言わないで欲しい。
「ライアスさんのこと、悪く言わないで……後で、後悔するのはカナリナちゃん、だよ……」
「後悔なんてするわけがないでしょ。でも、アイツのことが好きなプリエラにする話じゃ無かったわね。プリエラ、ごめんなさい」
カナリナちゃんはあくまで、私に謝罪してきた。
カナリナちゃんは少し口が悪い所もあるけど、すごくいい子だ。
それをライアスさんにも見せれば、仲良くなれるのにと思う。
私が頷くとカナリナちゃんは黙ってしまった。
少し重い空気が流れ始めたとき、ミーちゃんが声を上げる。
「みんな怖い顔してどうしたの?ミー達、ファナちゃんに「待ってて~」って言われたよ?」
ミーちゃんの悲しそうな顔に私たちは一度、顔を緩める。
アイリスちゃんがミーちゃんに笑いながら言った。
「ミーちゃん、ありがとう。でも私はライアス君にどうしても会いたいの。ごめんね」
ミーちゃんはそう言われて、俯き悩んでいるようだったが、何か思いついたのか元気よく顔を上げる。
「じゃあ~、じゃんけんで決めようよ」
じゃんけん、ライアスさんと団子を食べているとき、残りの一個を誰が食べるかで揉めた時にライアスさんが提案したものだ。
ライアスさんの料理は美味しい。
その団子はあまり美味しくは無かったけど、ライアスさんが手ずから作ったものは全て欲しい。
その時にしたのがじゃんけん。
結局、そのときはアイリスが勝って嬉しそうに食べていた。
今回は絶対に負けられない。
ミーちゃんの一言で場の空気が研ぎ澄まされたように感じる。
しかし、私たちは手を後ろで縛られている。
互いの手が見えない状態でじゃんけんは出来なかったはずだ。
「でも……手が縛られてて、見えない……」
私の疑問にもミーちゃんは元気よく答えてくれる。
「ミーが見てあげるから安心して。プリエラちゃんもアイリスちゃんも早くお兄ちゃんに会いたいんでしょ?ミーは後でなでなでしてもらうから良いよ~」
ミーちゃんはなんて優しい子なのだろう。
今度、ミーちゃんに美味しい料理をご馳走してあげよう。
ライアスさんのお陰で上達した私の料理の腕を振るう時が来た。
ミーちゃんが不正をすることはあり得ない。
私たちは後ろを向いて時を待つ。
静かな空間にミーちゃんの掛け声が聞こえる。
「それじゃあ、行くよ~。最初はグー。じゃんけん、ポン!」
他の子の息遣いも聞こえそうな静寂の中、ミーちゃんが告げる。
「プリエラちゃんの勝ち~」
「え~負けちゃった~」
ミーちゃんの勝利宣言を聞いて、内心で喜ぶ。
アイリスちゃんも早く会いたかったはずだから、余りに喜ぶのは申し訳ない。
「ミーちゃん、ありがとう……」
私はミーちゃんに礼を言ってから、ファナちゃんがしていたように手の手錠をふよふよしている物体に掲げる。
ファナちゃんのと同様に私の手錠も溶けて無くなった。
(これで、会いに行ける……)
私は焦る心に突き動かされるまま速度を上げる。
通路の出口付近に近づくと、男の甲高い声と何かを叩く音が聞こえる。
それに混じって私の大好きな人の声が聞こえてくる。
でもその声はとても苦しそうで、私の心も痛くなる。
通路を抜けた。
「ヒヒヒ、やはり良い!ライアスくんというのですね。ああ、可愛い男の子を虐めるのはどうしてこんなに素晴らしいのでしょう。ふむ。女には興味ありませんが、あなたのその絶望の表情は素晴らしい!ヒヒヒ」
抜けた先ではよく分からない気持ち悪い男がライアスさんを……
「え?何してるの?」
私の中で何か抑えがたい激情が踵から迫り上がってくるのを感じる。
それが爆発のように全身を駆け抜ける。
私の中で何かが切れた。
◇◆◇
◆ライアス視点
(くそっ!油断した!)
あれだけクルッソスに説教みたいなことをしておいてなんて不始末だ。
クルッソスの性格からテント内には他の人は居ないと思っていた。
高い男の声が聞こえたと同時に背中に衝撃が走る。
バシン、バシンという音と併せて考えても恐らく鞭だ。
痛い、クルッソスとの戦いで付いた傷も痛みだしている。
身体が痺れているのか動かすことができない。
それなのに、口だけは動かせるのだから性質が悪い。
堪えられない苦痛の声が漏れてしまう。
僕は痛みに耐えながら前を見る。
そこには壁にもたれ掛かったファナが唇を強く噛みながら泣いているのが見える。
ファナの症状は恐らく、魔力切れだろう。
その状態では指一本動かないはずだ。
そんな状態なのに僕のことで泣いてくれる彼女に少しだけ痛みが和らいだ気がした。
「ヒヒヒ、やはり良い!ライアスくんというのですね。ああ、可愛い男の子を虐めるのはどうしてこんなに素晴らしいのでしょう。ふむ。女には興味ありませんが、あなたのその絶望の表情は素晴らしい!ヒヒヒ」
頭の後ろから男の声が聞こえて来る。
クルッソスの雇い主とやらはこいつか……
彼女たちで無く、僕に興味があったのは不幸中の幸いか。
もし、こいつがプリエラ達に興味を示していたら、危なかった。
「ふぐっ」
あー、今のは痛かった。
叩かれ過ぎて、背中の感覚がおかしくなってくる。
このままだとヤバイ……
ドンッ
何かがぶつかった音がしたと同時に鞭で叩かれる感覚が無くなる。
今まで、叩かれ続けたことで背中は痛みを訴え続けているが、もしかして感覚がなくなったのだろうか?
そのとき、僕に誰かが覆いかぶさってきたのが分かった。
柔らかい感触が背中に当たるが、それすらも痛みに感じてしまう。
良い匂いと共に、艶のある黒い髪の毛が目の前に見えた。
「ッ!」
首に感触がある。
そのまま血が吸われている様だ。
この感じは、確か、プリエラの吸血……
血が吸われる感覚は少し懐かしくもある。
しかし、今回は前回ほど長い間吸われることも無く、解放された。
「許さない、許さない、許さない、許さない!!」
え?プリエラ?
声は確実にプリエラのものなのだが、そこに含まれる迫力はプリエラのものとは思えなかった。
僕の目の前に居たファナも驚愕の表情を浮かべている。
僕の後ろで何が起きているのか……
次の瞬間には、辺りに何か赤いものが浮遊し始めた。
(これは血?)
僕の方に血が集まってきたと思ったら、そのまま僕の身体は浮かび上がる。
急に身体が浮いたことに驚く。
僕の周りに血が渦巻いている。
目の前にプリエラの横顔が見えた。
宙に浮いているプリエラの形相は今までに見たことが無いほど険しく、瞳は深紅に染まっていた。
そんなプリエラの周りには大量の血が螺旋を描きながら舞っている。
その血の輪が狭くなっていき、プリエラが完全に隠れたと思ったら、次の瞬間には黒いドレスのようなものを纏っていた。
手には自身の身長ほどありそうな巨大な漆黒の鎌が握られている。
(綺麗だ……)
僕は何か緊急の事態が起こっているのにも関わらず、そんな感想しか出てこなかった。
痛みで判断能力が鈍っているのかもしれない。
しかし、それを踏まえても、目の前のプリエラは美しかった。
「お前、お前、お前、お前!!ライアスさんに何をした!絶対に許さない!」
プリエラの激情に合わせるように漆黒の鎌の一部が赤く染まっていく。
同時に、プリエラの周りに血の槍のようなものが顕現しだした。
少しだけ、痺れが取れてきた僕は首を動かし、僕を叩いていた男を見る。
プリエラに飛ばされたのか、遠くにいる白髪の男が怯えた表情でプリエラのことを見ている。
プリエラの眼光に物理的な力でもあるかのように、プリエラの怒りを正面から浴びている白髪の男の顔がどんどん青ざめて行く。
その男に向けられたプリエラの怨嗟の声が発せられる。
「その罪、死んで償え」
その光景は圧巻としか言いようが無かった。
数多の血の槍が白髪の男に向けて放たれる。
一撃で地面を掘り返し、激しく砂ぼこりが立つ。
それでもお構い無しに槍の雨を降らしていく。
多分、最初の一撃で死んでたと思う。
何本の血の槍が降ったか分からないけど、その雨が止んだ時、僕はプリエラを見た。
プリエラの顔には血の模様みたいなものが浮かび上がっている。
その細腕で、自身の身長程もある鎌を振り上げる。
それを振り下ろしたとき、空間が裂けた。
そう表現するしかあるまい。
鎌の斬撃はテントを軽々と突き破り、森の奥まで続いて行った。
「はぁ、はぁ、はぁ」
肩で息をしているプリエラが動けない僕のもとまで来る。
あれだけの攻撃をしていたのに僕に恐怖心は一切なかった。
プリエラが僕の前まで来た時、僕の周りを渦巻いていた血が急速に増え、プリエラごと丸く覆ってしまった。
赤い血の中に僕とプリエラだけの空間が出来上がる。
プリエラは僕の頬に手を添えながら言う。
その顔にはもう血の模様は入っていなかった。
「あまり、心配を掛けさせないでください……」
「ごめん……」
僕が謝るとプリエラは僕に微笑みかける。
「良いんです……助けに来てくれて、ありがとうございました……」
感謝されても、今のを見たあとでは僕が必要だったのか少し疑問だ。
「でも、自分を一番に、大切にしてください……」
「気を付けるよ」
そう言いつつも、もう一度同じ状況になれば僕はなんとしてでも助けに来るだろう。
だから、約束は出来ない。
プリエラは僕を正面から抱きしめて来る。
身体の動かない僕は為されるがままになる。
プリエラの豊満な胸に顔が埋められ、プリエラの良い匂いが目の前に広がる。
柔らかい感触と合わさって、いつもなら恥ずかしくて拒絶しそうな状態だけど、今までの疲れからか、ただ心地いいと思うだけだった。
「すぅ、すぅ……」
僕がそろそろ苦しくなってきたなと思っていると、頭の上で寝息が聞こえて来る。
今、僕はプリエラと空に浮いていて、抱きしめられている。
(ここからどうすれば良いんだ……)
プリエラが寝てしまったことでこの空間から抜け出す方法も分からない。
そもそも身体が痺れて動かない僕は身動きも取れず、ただプリエラに抱きしめられ続けるのだった。
プリエラ、無双。
名前すら名乗る暇の無かった男は塵も残らず消えました。
絶大な力を持つプリエラに好意を抱かれるライアスにはこれから少し苦労もありそうですね。
あと、自身を不完全と評価するプリエラにはまだまだ秘密がありそうです。
さて、次回は今回の事件の後片付けや変わった日常を書きつつ、次のお話に繋げれたらなぁと思います(あくまで予定です)