第26話 襲撃の全貌と協力
いつもお読みくださりありがとうございます。
私はあの事件からヒトを信じることをやめた。
ヒトに期待することもやめた。
ヒトは弱い。
状況が悪くなれば自分が生存するために平気で寝返るのだから。
封印のせいで、魔力を貯めておく器官が封じられてしまった私だけど、封印が不完全だったお陰で少しだけ魔力を貯めることができる。
まぁ、それも元の私の魔力に比べれば雀の涙ほどだ。
弱くなってしまったとはいえ、ティナを早く助けたい。
そう思った私は体調が良くなってから直ぐにティナを助けに行こうとした。
どこに行ったかは分からないため、とりあえず今まで住んでいたところに戻った。
結果から言うとそこにティナは居なかった。
どこに行ったという情報もない。
でも、私やティナが何者であるかということについては分かった。
父さん、いやあの男の資料が地下から見つかったのだ。
何故、残っていたのかは分からないけど、それを見て私たちが狙われる理由も分かった。
ティナが自分は殺されないと言っていたのも理解できた。
でもそれは死なないというだけで死ぬよりも辛いことかもしれない。
早く助けてあげないと……
私は焦る気持ちに身を任せながらティナを探し続けた。
ティナは私の妹だ。
もし、ティナの魔力が使われていたら一瞬で気付ける自信がある。
それでもティナは見つからなかった。
私はティナを探す過程で、森を彷徨っている彼女たちを保護した。
それは、人数が多い方が生き残る確率が高いと思っていたのかもしれないし、同じような境遇の彼女たちに同情したのかもしれない。
最初のきっかけが何だったかは覚えていないけど気付けば五人で生活していた。
最初は魔物が多かった廃墟周りもいつのまにか現れなくなった。
そのおかげで力のない私たちでも、なんとか生活することができた。
前ほどの力は無くなったけど、私には少しだけ自由に使える魔力がある。
それを全て身体強化に使えば、ひと時だけは素早い攻撃が可能だ。
調整して少しずつ魔力を使えたら良いのだけど、魔力量が大きかった私は細やかな魔力制御が出来ない。
そのため身体強化をすると、その後は魔力切れで倒れる。
だから身体強化を使った私の「一撃」で仕留められなかった時、私は完全に無防備な状態となってしまう。
初めて、私の「一撃」で仕留められなかったのは廃墟に侵入してきた男だ。
私はカナリナ達と共にその男に捕まってしまった。
その時に私の頭にあったのは生き残るということ。
まだ、ティナを助けられていない。
ここで死ぬわけにはいかなかった。
私はどんな仕打ちも覚悟していたがその男は私たちに何もせず解放した。
何もされなかったからと言って私がその人を信用することはない。
運が良かったと思ったくらいだ。
しかし、しばらく経つとプリエラやミー、アイリスまでその人の元に向かうようになっていった。
アイリスなんて出会ったときから誰にも完全に心を開いていなかったのに、その人の近くで見せる笑顔は飾り気がなかった。
恐らく、彼の前では本当の自分で居られるのだろう。
別にそのことが嫌だとかいう訳ではない。
彼女たちが救われたならそれに越したことは無い。
だが、彼女たちは知っているのだろうか。
ヒトは本当に弱い生き物で状況が変われば幾らでも手のひらを反すということを。
◇◆◇
その日、私は異変を感じ取った。
誰か来る。しかもかなりの人数だ。
その時、私は廃墟から離れていたのですぐさま廃墟に向かった。
廃墟が見えるくらいまで戻ると既にみんなが囲まれていた。
集団の中から男がミーを捕まえようと手を伸ばしているのが見える。
(危ない!)
男の手がミーに触れた瞬間、ミーはその男を投げ飛ばした。
本当に軽々と言った感じで投げ飛ばしており、木まで飛んで行った男は気絶したようだ。
まさかミーにあんな力があったなんて……
しかし、それを見た一番豪華な服を着ている奴が指示を出す。
それと同時に魔法が使われた。
多分、催眠系の魔法だ。
ミーはその魔法を直接浴びて、眠るように倒れた。
私は早くみんなの元に向かおうと速度を上げる。
倒れたミーを守るようにアイリスが立ちはだかる。
アイリスの動きは今までには見たことが無いほど速かった。
あっという間に二人も倒してしまった。
しかし、それを見ていたボスらしき男が直接アイリスの相手をした。
アイリスも善戦していたが相手の方が一枚上手で、首に手刀を入れられて気絶していた。
プリエラとカナリナは何も抵抗できず気絶させられた。
結局、私が着いたころにはみんな捕まってしまっていた。
(私がしっかりしないといけないわね)
彼女たちは私がここに連れてきたのだ、
私には彼女たちを守る義務がある。
私は恐らくボスである男の前に立って言う。
「急に現れたかと思えば、結構乱暴してくれるじゃない」
目の前の男の体格は良く、手に持つサーベルも質の良いものなのだろう。
話している相手の調子は砕けた感じで、緊張や不安などは一切感じていない様子だった。
私は幾らかの言葉を交わした後、身体強化をしてボスに突きを放つ。
私の突きは身体強化をしていることもあり、かなりの速さだ。
目の前にボスの身体が迫り、私が「いける!」と確信した時、ものすごい速さでサーベルが落ちてきて私の短剣を払った。
一瞬、何が起こったか分からなかったが次の瞬間には魔力切れで倒れこんでしまう。
(失敗した……)
私の想像よりもこのボスは強かった。
すぐさまボスの指示で私が抱えられる。
身体が動かなくなった私は気絶させる必要なしと判断されたのか、意識は保てたままだった。
(ああ、このまま連れ去られるのね)
また捕まってしまった。
しかも、私が連れてきた彼女達まで巻き込んで。
自分の無力が嫌になる。
せめて命だけは守ろう。
私がそう決心していたとき、誰かの苦悶の声が聞こえてきた。
その声は次々と起きている。
私はなんとか首を動かして状況を見る。
見てみると最近、みんなと仲良くなり出した男が襲撃者達に攻撃を仕掛けていた。
パッと見ただけでも数人倒している。
でも、まだまだ敵は多い。
完全に体勢を整えられ、私が敗れたボスと向かい合う形になってしまった。
何故、あの人はこのタイミングで外に出てきたのだろうか?
自分の保身のためなら出てこない方が絶対に良い。
「おいおい、何してくれてんのよ」
賊のボスが先ほどと変わらぬ様子で問いかけている。
その声色には余裕があった。
「いやぁ、彼女たちを返してもらおうと思ってね」
……
それは本気で言っているのだろうか?
彼はこの人数を相手にして勝てるほど強くは無かったはずだ。
私が考え込んでいる間も彼は賊のボスと会話を続けている。
そして、その言葉がボスの口から放たれた。
「そうだ、お前、オレのとこに来い」
その言葉は聞いたことがある。
状況が不利な相手に掛ける悪魔の言葉。
ヒトは自分の命を優先してしまう。
それは仕方のないことだ。
だからダメなのは、期待する方。
勝手に相手に期待して、勝手に裏切られたと感じる。
だから最初から期待なんて、しない方がマシだ。
「そりゃまた、なんで俺なんかにお声が掛かったのかね」
ほら、やっぱり。
ヒトは自分が死ぬかもしれない状態で垂らされた救いの糸は取ってしまうものなのだ。
私は彼を見ることを止めた。
彼を見ていたのは「もしかしたら」という期待があったのかもしれない。
ミーたちが心を許した彼ならばもしかしたら、と……
未だに他人に少しでも期待しようとしている自分に気付き、私は自嘲する。
私が如何にして生き残るかを考えだしたとき、彼の声が聞こえてきた。
「そんなに僕のことを買ってくれて嬉しいよ。でも残念。君は嘘を吐いているからね」
私は最初、彼に注目していなかったので何を言っているか理解できなかった。
(おかしい、これから仲間になる相手にかける言葉ではないように感じるのだけれど……)
私はまた、動かない身体に鞭を打って首だけ動かす。
そこには短剣を回しながら、賊のボスに近づく彼の姿があった。
彼はそのまま地面を蹴り上げ、突きの体勢に入る。
(何をしているの?)
私は彼の行動の意味が分からない。
何故、彼はこれから仲間になるはずの賊のボスに攻撃を仕掛けているのだろう。
彼の突きは私の身体強化したときの突きほど速くは無かったけど、目くらましをしたり、ここしか無いというタイミングだった。
その攻撃は自分の力量をしっかりと把握し、その上で最善の攻撃だった。
でも、賊のボスはそんなに甘くない。
私の予想通り、彼は返り討ちに遭ってしまった。
その場で彼が苦しそうにしている。
彼は私たちに手を伸ばしていたけど、そのまま動かなくなってしまった。
私は賊に連れ去られていく。
移動中、私の中に残っていたのは疑問だった。
(どうして、あそこで寝返らなかったの?)
幾ら考えても分からない。
ヒトは弱い生き物なはずなのに……
◇◆◇
私たちはそのまま賊の集落みたいな場所に連れてこられた。
(まさか、ここまで多いなんて……)
そこに居た人数は先ほどとは比べ物にならず、脱走の難しさが跳ね上がる。
そのまま、私たちは一番豪華なテントの奥の牢獄のような場所に入れられる。
その檻は鉄でできており、生半可な攻撃では破ることはできそうにない。
檻は一つしかなかったのでカナリナたちも一緒に運び込まれた。
手には鉄の手錠が掛けられ、口には何かの布を噛まされた。
未だ、意識が回復しない彼女たちの横で私は生き残る方法を考える。
ティナを助けるまで、私は死ぬわけにはいかない。
脱走は現実的ではない。
仮にこの鉄格子を破れても、あれだけの人を相手取ることはできそうにない。
私がここに捕らわれているのは、私に何かしら利用価値があるからだろう。
そうでないなら殺した方がよっぽど良い。
つまり、ずっとここに居るわけでは無い。
どこかでここを出るタイミングがあるはずだ。
そこが最後のチャンス……
私が作戦を立てているとき、物音がする。
誰か目覚めたみたいだ。
「ん~~~」
何か言っているけど口に噛まされている布のせいで声が上手く出ていない。
私が振り返って見てみるとアイリスが手を縛られた状態で辺りを見回していた。
口や手を縛られている私を見て、アイリスも先ほどの光景を思い出したのか、顔が青ざめる。
次にアイリスはもう一度周りを見て、誰がここに居るかを確認しているようだった。
アイリスは笑った。
その顔は穏やかで、囚われているとは思えない。
アイリスは私を見て静かに頷く。
(まさか、彼を信じているの?)
先程の彼の行動の真意は分からないが、敵が沢山いるここに来るとは思えないし、来てもここまで辿り着くことは出来ないだろう。
しかし、一瞬でもアイリスの頷きを見て彼のことを考えてしまった私も先程の光景に感化されているのかもしれない。
私たちはそのまま何かされることも無く、時間だけが過ぎていった。
その間にみんな目が覚めたようだ。
みんな少し動揺していたけど、見知った人がいることで少し落ち着いたみたいだ。
しばらくして、私たちの元に賊のボスがやってくる。
賊のボスは先ほどと変わらぬ様子で語りかけてくる。
「よぉ、みんな目が覚めたみたいだな」
声をあげられない私は睨むことしかできない。
「そう睨むなって。お前達は大切な商品だ。売りに出す前の生活は保証してやる。せいぜい変な気を起こして、自分の価値を下げないようにしてくれよ」
なるほど、私たちを売るつもりだったのか。
それならここを動くときに、チャンスがあるはずだ。
「そうだ。あの男は来てくれんのかね?来てくれねぇとオレも困るんだが……」
賊のボスが言うあの男とは彼のことだろう。
来るはずがない……
その時、私は誰かの気配を感じた。
この気配はまさか……
私と同時に気配を感じ取った賊のボスは笑みを浮かべ、そのまま出口に向かう。
(まさか来たの?)
そんなはずはない。
こんな敵地に単身で乗り込むなんて死ににいくようなものだし、ここまで辿り着けるはずは……
私が混乱していると通路の奥から何かやってくる。
しばらくして見えてきたそれはふよふよとしており、弾力がありそうだった。
身体を弾ませながら近づいてくる。
(あれはスライム?)
その丸い物体は私の目の前の檻まで来る。
鉄格子に引っ付いているスライムが何をしているか分からなかったけど、よく見ればスライムが引っ付いている場所が溶け出している。
(金属を溶かしているのね)
こんなスライムが都合よく、たまたまここに現れるわけが無い。
つまり、誰かが意図的に放ったということになる。
やはり彼なのだろうか?
私たちを助けに来るとしたら彼しかありえない。
プリエラやアイリスも頬を緩めている。
プリエラは何か匂いを嗅いでいるようだ。
もしかしたら、彼の匂いが分かるのかもしれない。
そうこうしている間にも鉄格子が溶かされ、人一人が通れるだけの隙間が作られる。
(ここでジッとしていても意味がない)
私は意を決し、スライムを手錠に触れさせる。
地面などは溶かしていないため、鉄以外は溶かさない可能性が高い。
当然、危険はあるが見張りが居ない今、脱出の機会があるならこれを逃す手はない。
幸いにもスライムは鉄だけを溶かすみたいで、私の手錠は外れた。
私は口に噛まされていた布を外す。
「みんな、私が奥の様子を見てくるからここで静かにしておくのよ」
私はみんなの口に噛まされている布だけ外すと、通路の奥に歩き出す。
歩いていると通路の先から剣戟の音が聞こえてくる。
誰かが戦っているようだ。
私は声を殺しながら近づいていく。
通路が開けた先に、賊のボスと例の人が戦っているのが見えた。
(嘘?あの人、本当に来たの?)
私は驚愕する。
彼にはそんな実力は無かっただろうし、ここに来る理由も分からなかった。
私が少し、部屋に出たことで一瞬、彼と目があった。
目があった彼は静かに笑う。
その笑みには何かメッセージが隠されているようで、私はしばらく様子を窺うことにした。
彼が頭上から短剣を振り下ろす。
それを賊のボスがサーベルで下から払い上げる。
短剣が宙を舞い、私の少し前に落ちた。
その瞬間、私は彼の笑みの理由が分かった。
そういうことか。
私は回復している魔力を全て使い、身体強化する。
気配を消し、足に力を入れる。
そのままの勢いで私は短剣に向かって駆け出した。
走りながら落ちている短剣を拾う。
出来るだけ音を立てないつもりだったが、少し物音がしてしまった。
賊のボスの顔が一瞬こちらを振り向く。
(くそっ、でも止まってる暇は無いわね)
私は速度を落とさず、むしろ上げていく。
急接近してくる私に賊のボスが対応しようとするが、彼がもう一つの短剣で捨て身の突きを放つ。
完全に防御を捨てた攻撃にボスのサーベルが反応するが、動きを止め、身体を捻って躱そうとする。
ボスはそのまま彼の腕を横から押して、軌道を逸らした。
軌道を逸らされた彼はなんと短剣を手放し賊のボスに抱きつきにいった。
戦闘の中で武器を捨てるという行動に意表を突かれたのかボスはそれを躱せずに捕まった。
「今だ!」
私は彼の叫びに呼応するように最後の力を振り絞り、賊のボスの背中に短剣を突き刺した。
それと同時に私は身体強化が切れ、魔力不足で倒れる。
刺されたボスは苦しげに顔を歪める。
「くそっ、油断したか」
そう言っている間も刺された箇所から血が出ている。
どう見ても致命傷だった。
ボスを解放した彼は肩で息をしながら言う。
「クルッソス。君は強い。でも負けたのは君がお金を優先したことと……」
彼は私を見る。
泥まみれの彼の顔は、それでも優しげで、ここまで必死になってやってきたことがわかる。
「──仲間を信用しなかったことだ」
確かにそうだ。
せっかく何人も仲間が居るのに自分がピンチの時に一人も駆けつけてくれないのは悲しいと思う。
「しゃらくせぇ、死ぬ時は死ぬ。そんだけだ。まぁ、金を優先しすぎたのは少し失敗だったな」
言い終わると同時にクルッソスは血を吐く。
「あーあ、オレもここで終いか。ガハッ。まぁ、好き勝手やってきたんだ。後悔はねぇさ」
それからクルッソスは何も喋らなくなった。
恐らく死んだのだろう。
(倒せた……)
私は改めて駆けつけてくれた彼を見る。
彼は敵の本拠地に単身で乗り込んで来た。
当然、死の危険はかなり高かった。
それでも、助けに来てくれたのだ。
私も少し考えを改めなければならない。
彼は私に近づきながら声をかけてくる。
「ファナ、大丈夫?」
今まで特に何もされなかった私より、そう問いかける彼の方が余程怪我をしているように見える。
そのことが可笑しくて少し笑みが零れた。
「大丈夫よ。今回の件、感謝するわ。正直、助けに来てくれなかったら危なかったわね」
私が感謝の言葉を述べると彼は嬉しそうに笑った。
私は彼に抱き起こされ、壁を背に座らされる。
ここまでされたのだ。
彼のことは信用しても良い。
そう思えるようになった。
それなら今までの態度を謝罪しなければならない。
「今までごめんなさい。あなたのこと全く信用してなかったわ。でも、あなたは信用にたる人物だと思った。良かったら名前を教えてもらえないかしら?」
私がストレートに信頼していなかったことを伝えたのに、彼は軽く笑うだけで気にした様子はない。
「いや、簡単に信用されないのは分かってたからね。気にしてないよ。僕はライアス。改めてよろしくね、ファナ」
「ライアスね。よろしくお願いするわ」
私はライアスと和解した。
まだ、外の百人程の部下を相手にしなければならないがクルッソス程の手練れは居ないだろう。
危機的状況に変わりはないが、それでも何とかなるような気がする。
みんなが彼に近づいていく気持ちが少し分かった。
私が彼を見ているとその後ろに誰かの気配がした。
(え?今まで気付かなかった……)
「ヒヒヒ、クルッソスはやられましたか。良いですよ、良いですよ!」
「グハッ」
男の甲高い声とともにライアスの苦悶の声が聞こえてきて、
ライアスは私の目の前に倒れ込んだ。
過去の裏切りからヒトを信じれなくなったファナですが、ライアスが敵地に単身で助けに来てくれたことで少し心を開いてくれました。
二人の協力のお陰でクルッソスを倒すことに成功しましたが、ライアスは奇襲により倒れてしまいます。
ファナは魔力切れで動けない状況で、どうなるのでしょうか?
次回、とある人が激怒します。
お楽しみに。