第25話 ファナの過去
いつもお読みくださりありがとうございます。
「そうだ、お前、オレのとこに来い」
私がこの言葉を聞いたとき、「ああ、また向こうにつくんだろうな」と思った。
◇◆◇
私の名前はファナ。
今は廃墟のような建物で生活している。
私はとある理由で村に住むことが許されなかった。
いや、許されなかっただけではない。
命まで狙われていたのだ。
私の両親は多分、私のことを愛してくれていたのだろうが、私が物心が付いたころには別のエルフの男性に育てられていた。
その人からは両親は死んだと聞かされている。
私には一つ下に妹がいる。
ティナという名前で私よりも聡明だった。
私たちはその男性と森の中で生活していた。
その男の人は毎日、何かの研究をしているようで、私もその研究によく付き合っていた。
私はその人のことを父さんと呼んでいた。
私は父さんのことを信用していた。
何せ、物心付いたときからお世話になっているのだ。
多少、血を抜かれたり、魔力を使われたりしても疑問には思わなかった。
しかし、聡明な妹は気付いていたのであろう。
妹は世話をしてくれる父さんにかなり非協力的だった。
魔力は無いといったり、血を抜かれるのもすごく抵抗していた。
私と違い、父さんに親しくも接していなかった。
ティナは私より何もかも劣っている。
子供の頃の馬鹿な私はそう思っていた。
そうは言っても姉妹仲が悪かったわけでは無い。
むしろかなり良かった。
私はお姉ちゃんとしてティナを守っていかないといけないなと感じていた。
しかし、全てが覆された日が来た。
私が十三歳の時だ。
なんと私たちが住んでいる場所にエルフの一団が来たのである。
それはみんな白衣を着ており、一般のエルフとは言い難い連中だった。
私は父さんの後ろに隠れた。
この人なら何とかしてくれると漠然とした期待があったからだ。
近くにティナの姿は見当たらない。
どうやら違う場所に隠れたみたいだ。
その時の会話は今でも覚えている。
◇◆◇
私が住んでいるところに十人ほどのエルフが乗り込んできた。
父さんは余裕が無い表情でそのエルフ集団と対面した。
「な、何か御用ですか?」
そう問いかける父さんはいつもには無いほど、焦っていて声も震えていた。
「ここに──が居ると聞いた。その子が問題の子か?」
私は自分の知らない単語に首を傾げる。
それでも父さんはその意味を理解していたようで言葉に詰まっている。
そんな父さんを見てエルフの男は続ける。
「それは大罪に値する。即刻お前は処分されることになる。その子はこちらで引き取ろう」
私は目の前の人たちが怖かった。
そんな人達に連れていかれたくはない。
私は無意識のうちに父さんの服の裾を掴む。
父さんは何か考え込んでいるようだった。
しばらく沈黙していた父さんは言った。
「少しお待ちください。私は十年程研究をしてきました。当然、その研究結果や発見はこの頭の中に沢山あります」
私は父さんが何を言っているのか分からなかった。
確かに父さんは何かの研究をしているのは知っていたし、協力もしていた。
でも、それを今言う必要性は分からなかった。
父さんは必死になって続ける。
「あなた達もここに来たということは同じ目的でしょう。私を殺せば研究が数年は遅れますよ」
父さんが言っている言葉の意味は分かる。
でも、その言い方だとまるで……
「……そうだな。私としても研究に遅れは出したくない。分かった。それならばお前も私たちのところに来るんだな?」
「はい、それはもちろん!精力を尽くしてまいります」
父さんは私を持ち上げて目の前に持ってくる。
私の目の前には複数の男のエルフが並んでおり、その威圧的な光景は怖かった。
その無機質な目から逃れようと身じろぎするも、しっかりと押さえられ逃れることができない。
一番近くに居た男が何か呪文のようなものを唱える。
「ふぐっ」
次の瞬間、私は痛みに耐えられなくて声を上げた。
今まで、上手く回っていた魔力が封じ込められていく。
私は魔力を炎などに具現化するより、身体強化に使う方が得意だった。
しかし、常に掛けていたその身体強化も解かれてしまった。
私は言いようもない不快感に苛まれる。
私の魔力が完全に封鎖される直前、声がした。
「お姉ちゃんを離せ!この屑ども!」
その声は私の妹のティナのもので、同時に私でも分かるほどの魔力が渦巻いていた。
その魔力の量は私のものより断然大きかった。
具現化した魔力が波動となり、私の目の前に居た男を吹き飛ばす。
封印は不完全に終わったけど、疲労感といつも掛けている身体強化が解かれていることで私は倒れ込む。
ティナは私の前に立ち、男共に睨みをきかす。
私はその背中に守られるしか無かった。
ティナは次々と魔弾を打ち、戦っている。
しかし、相手もそれに負けないくらい魔法で攻撃をしてくる。
しかも、相手は九人。
さらにティナは私を庇っているせいで、ここを動くことができない。
ほぼ全ての攻撃を躱さずに受け止めていた。
残念ながら形勢は相手が有利だった。
父さんが私の前に立つティナのもとに近づく。
(そうだ!父さんが加勢すればこの状況だって……)
さっきは私を渡すようなことを言っていたけど、それもこの為の嘘だったのかもしれない。
私は長くお世話になっていた父さんを未だに信用していた。
しかし、父さんはティナの後ろに立ったとき、いつも身につけていた指輪をティナに向けた。
その瞬間、ティナが苦しみ出す。
近くで見ていた私には父さんがやったことだということは、はっきりと分かった。
「くそっ、やっぱりお前もか」
倒れたティナは苦しそうにしながらも父さんを見上げる。
「こうなってしまったら仕方がない。許してくれティナ」
父さんが何をやっているのか分からない。
いや、本当は分かっていた。
私も物覚えは良い方だ。
この状況が何を意味するかは理解していた。
私はこの時、ようやく気がついたのだ。
ティナは初めから疑っており、力を隠していたのだと。
ティナが常日頃言っていたことを思いだす。
「ねぇ、お姉ちゃん。ここから逃げ出して二人で暮らさない?多分、私とお姉ちゃんならやっていけるよ」
「何を言ってるの?父さんはどうするの?」
ティナは言いにくそうにしながらも眉を寄せて言った。
「あの人、多分良くないことしてる。私、お姉ちゃんが心配だよ」
今思えばこの時には既にティナはこのことを予感していたのだろう。
しかし、当時の私は父さんのことを疑うということを知らなかった。
「ティナ、そんなこと言ったらダメよ」
「お姉ちゃんがそう言うならここにいる。でも、何かあったら私が守ってあげるからね」
そんな健気なことを言ってくる妹が可愛いと思っていた。
私よりも魔力も身体能力も無いのに守ってくれると言うのだ。
私は「ありがとう」と言ってティナの頭を撫でたことを覚えている。
そのティナが今では私の目の前で、私が信じていた人に裏切られ、苦しめられている。
私のせいだ。
(せめてティナだけでも助けないと!)
私の中に残っていたのはそれだけだった。
ティナは最初から分かってたんだ。
だから、力を隠して、来たるべき時のために貯めておいた。
私は馬鹿だ。
ティナをこんなことに巻き込んでしまった。
私は封印が不完全だったことで残っていた最後の魔力で身体強化をしようとする。
しかし、ティナは取り押さえられながらも私に訴えてくる。
「お姉ちゃん!逃げて!私が時間を稼ぐから!」
「そ、そんなのできない……」
そんなの出来るわけがない。
自分のせいで傷つけたのだ。
ティナを置いて逃げるなんて出来ない。
そう言っている間もティナに男達が群がっていく。
倒れている私のことなど見向きもされていない。
「分かった。お姉ちゃん、今は逃げて。そして、後で助けに来てよ。私、ずっと待ってるから」
私は馬鹿だ。
馬鹿だけど、馬鹿なりに考えた結果、ここで二人とも捕まってしまったらいよいよ後がない。
そんな考えが芽生えてしまった。
多くのエルフが集まった瞬間、ティナが魔法を唱える。
多分、残っている魔力、全てを使ったんだと思う。
辺りに重力場のようなものが出来ているのか、みんなが地面に貼り付けにされている。
それはティナを中心に起こっているので私が近づけば恐らく、私もその魔法の餌食になるだろう。
「お姉ちゃん、今しかない。多分、私は殺されない。だから、ここは逃げて……」
私は溢れてくる涙が止められない。
私の無力で、私の無知で、ティナを失わなければならない。
残りの魔力は少なくて、とてもこの十人を相手にできるほどではない。
できることなら私が捕まって、ティナを逃がしてやりたい。
でも、ティナを逃がす時間を稼ぐ力すら私には残っていなかった。
私は残っている魔力を全て使い、身体強化をして駆け出した。
私は震える声でティナに別れを告げる。
「ごめん、ごめんね。ティナ。絶対に迎えにくるから」
「うん、待ってる。またね、お姉ちゃん。愛してる」
私は泣きながら走った。
自分をここまで呪いたいと思ったことはない。
力を持ちながら、まんまと敵に引っかかって、その尻拭いを妹にさせ、その妹を見捨てて一人で命からがら逃げ出した。
私の失敗でティナを失った。
結局、私は生き延びた。
ティナを助けなければならないのだ。
死ねるわけが無い。
わたしは何が何でも生き残る。
何があっても……
※ 襲撃の全貌をファナ視点で見ようと思ったのですが、話の流れを読みやすくする都合上この話をここでいれることにしました。
ファナは信頼していたヒトに裏切られたことで妹を奪われてしまいました。
そのことはファナに重く圧し掛かっています。
それにファナやティナが村に住めなかった理由は何なのでしょうか。
ティナのことも気にかかりますが次回は襲撃の全貌をファナ視点で見て行きます。
お楽しみに。