第23話 襲撃
いつもお読みくださりありがとうございます。
あの事件から数日経った。
僕の周りも落ち着いてきて、そろそろ街に向かおうかとも考えたけど、その前にファナとカナリナとも仲良くなっておきたい。
ここは街から遠いため、そう何度も行き来できるわけでは無い。
まぁ、それが良くてここを選んだわけだから当然なのだけど、やはりここは不便だ。
プリエラ達三人にだけ生活用品を買ってしまえば、彼女たちの溝はさらに深くなるだろうし、ファナやカナリナにも欲しいものを纏めて欲しかった。
あと、今の彼女たちが僕の買ってきたものを素直に受け取ってくれるとも思えない。
その課題を解決するまでは街には行きにくい状態だ。
それにしてもこの場所の不人気さは半端じゃない。
何せ、ある程度ここに住んでいるのに元孤児院に居た五人以外の人に会っていないのだ。
僕は今日も食料調達と森の把握に努める。
ここはゲーニッヒ森林で迷いやすいことで有名な場所だ。
とはいえ、急に地形が変わったりするわけでもない。
もしかしたら、奥の方まで行けばそんな摩訶不思議なことが起きるのかもしれないけど、この辺りではそんなことは無いので少しずつ目印などを付けて迷いにくくする努力をしている。
ある程度、食料が集まったところで僕は元孤児院に戻る。
異変に気付いたのは元孤児院の近くにまで帰ってきた時だ。
(誰の足跡だ?)
地面に大きめの人の足跡がある。
しかも結構数が多い。
僕は嫌な予感を感じながら気配を消して元孤児院に近づく。
(なっ!?)
元孤児院には十人以上の大人の男がおり、元孤児院を囲っている。
何人かの男はその場に倒れているのが見える。
(みんなは!?)
焦りながら辺りを見回すと既にファナ以外の四人は掴まっていて気を失っているみたいだ。
なんでだ!?カナリナはまだしも他の三人は弱くないはずだ。
いや、考えるのは後だ。
今は目の前の真実を見据えて対策を……
僕が混乱する頭で状況の把握に努めているとき、ファナが話しかけている。
「急に現れたかと思えば、結構乱暴してくれるじゃない」
ファナが語り掛けているのはこの中でも一際大柄な男で、一番上等な服を着ていることからもこの中でのボス的存在であることが伺える。
「いやぁ、オレとしても手荒な真似はしたくないんだが、暴れられたら、しゃーねーよな」
その男は先が少し反り曲がった刀身が広めの刃物を持っており、それを肩に担ぎながら応える。
「悪いことは言わないわ。早くその子達を離した方が身のためよ」
大の男に囲まれた状態のファナはそれでも気丈な態度を崩さず、果敢に言い返している。
(起きている人数はあのボスみたいな奴を合わせて十一人……)
僕は今にも飛び出したい気持ちを抑えながら敵の数を数える。
ファナは元孤児院を背にして立っていることからも、建物内に賊は入っていないはずだ。
今、ここで僕が飛び出たところで状況は変わらない。
僕に力があれば別だが、この大人数相手に勝てる算段は立たない。
「おお、怖い怖い──」
そこまでボスが喋ったところでミーちゃんを支えていた男がミーちゃんを落としてしまった。
ドサッという音がして、ミーちゃんが地面に倒れる。
(落ち着け!落ち着け!)
僕が必死に自分を宥めているとボスがミーちゃんを落とした男に振り向く。
「ああ?お前何やってんの?」
ボスがその男にゆっくりと近づいていく。
「あ、あ、ボス、ごめんなさ──」
その男が何かを言い終わる前に首が胴体から離れて行った。
切られた首が宙を舞い、地面に落ちる。
ミーちゃんに血が掛かった。
一瞬の出来事に皆がしんとしている中、変わらぬ様子でボスが言った。
「あー、血が掛かっちまったじゃねぇか。大切な商品に何してくれてんだよ。おい、そこのお前、この女を持っておけ。落とすんじゃねぇぞ」
言われた手ぶらの男はすぐさまミーちゃんに走りよってミーちゃんを慎重に抱える。
プリエラ達を持っている男達にも緊張が走っているのが分かる。
(こいつ、仲間を躊躇なく切り捨てたぞ……)
そのあまりの自然さに驚愕を隠せない。
仲間のことをなんとも思っていないのが丸わかりだ。
僕はボスが一番の危険と判断し、手元の石を拾い、スリングショットを構える。
ボスはファナの目の前まで戻る。
「悪ぃ、悪ぃ。で、なんだったか」
「お仲間さん、躊躇なく殺すのね」
「あ?仲間?もしかしてこいつらのことか?」
ボスは笑いながら続ける。
「おいおい、勘弁してくれよ。こいつらは手下だぜ。オレに仲間はいねぇ」
「そう、ならあなたを倒せば、そちらの怯えている人たちもその子たちを解放してくれるかもしれないわね」
次の瞬間にはファナが目の前に飛び出した。
その速度は速く、僕も目で追うのが精いっぱいだ。
どこに隠し持っていたのか手にした短剣で一直線に男の首筋を狙った突きを放つ。
(当たる)
そう予感したのだが、次の瞬間にはその短剣はサーベルに弾かれた。
攻撃が失敗に終わったファナはその場に倒れこむ。
それは、僕が一番初めにここに来た時の焼き写しのようだった。
「今のはビビったぜ。でも悪かったな。オレは荒くれ者の集まりの中で生活してるもんでな。寝込みを襲われるなんて日常茶飯事なんだ。目の前から堂々と来られても負ける気はしねぇなぁ」
ファナは悔しそうに顔を歪めている。
良いのか?これで?
僕の目の前でようやく仲良くなれてきた彼女たちが連れ去られようとしている。
ミーちゃんが落とされた時もファナが立ち向かっている時も、状況判断だなんだと言ってここに隠れている。
それで良いのか?
──良いわけがない
僕の中で何か鎖のようなものが一本切れた気がした。
そのとき、師匠の言葉が蘇ってくる。
「良いかい、ライアス。大切なのは勝つことだ。負けたら次は無い。奪われるだけだ。勝つためには手段を選んじゃいけないよ。そして、勝って勝って、いつか──」
なんだこの記憶は?
こんなこと師匠に言われてない。
でもこの言葉は間違いなく師匠のものだ。
いや、そんなことは今、どうでもいい。
そうだ、勝つためには手段を選んでいる場合じゃない。
僕の心は先ほどまでと違い、落ち着いていた。
僕はボスにスリングショットを向け、撃つのを止めた。
(あいつ、僕のことに気付いてるな)
なぜ、僕に無反応なのかは分からないけど、あの立ち居振る舞いは間違いなく僕に気付いている。
今も無造作に握られたサーベルがいつでも防御に使えそうな場所にある。
それなら、数を減らす。
僕はスリングショットを少し遠くに居た賊に打ち込む。
石は見事、賊の頭に当たり倒れたようだ。
すぐさま、スリングショットをしまい、静かに飛び出す。
何が起こったか分からず、おどおどしていた手ぶらの男を後ろから短剣で刺した。
刺された男の苦悶の声が広がる。
その声に気付いた賊がこちらを見る。
部下たちは驚いているのにボスだけは静かに笑っていた。
(やっぱり気付いてたか)
でも、攻撃の手を緩めている暇ない。
個人で集団と戦うときに大切なのは囲まれないことだ。
僕はそのことに注意しながら近くの手ぶらの男に接近する。
その男は多少の混乱はしていたものの、腰の武器を抜いて構えている。
しかし、体勢を整えれていない賊と助走をつけた僕の剣では流石に僕に分がある。
僕は勢いをそのままに男が振り下ろした剣を弾いた後、短剣を首元に押し付ける。
「動くな。動くと殺すぞ」
生殺与奪の権利を握られた男は首に当たる冷たい感覚に肝を冷やしたのか大人しくなる。
僕はその賊を盾にしながら次の賊に近づく。
こういう賊の類は仲間意識なんてほとんど無いだろうが、見知った顔に少しでも躊躇してくれれば良い。
結局、目の前の男は盾にした賊ごと僕を突き刺そうとしたが、盾の賊を手放し、目の前の男を横から切りつけた。
しかし、四人倒したところで完全に体勢を整えられる。
やっぱり、誘い込まれたか……
僕の近くに居た賊はみんな手ぶらだった。
ボス含め六人残っていて状況は悪いけど、ボス以外は人を抱えている。
あのまま戦うのは無理だろう。
それに、さっきのボスの頸刎ねを見ているボス以外の賊が彼女たちを地面に置くとは考えられない。
賊のボスが僕の前までやってくる。
「おいおい、何してくれてんのよ」
この男、仲間がやられたと言うのに笑っている。
「いやぁ、彼女たちを返してもらおうと思ってね」
僕も短剣を右手に構えながら応える。
正直、ファナの攻撃は僕の突きなんかより、よっぽど速かったし、正確だった。
それを防いだ目の前の男は、そのさらに上ということになる。
純粋に当たれば勝ち目はほぼない。
「へぇ、結構綺麗どこ集めたじゃねぇか。それにしてもオレは運が良い」
賊のボスの言い方は余裕に溢れており、僕のことなどまるで脅威と思っていない口ぶりだ。
敵である僕が居ると言うのにポケットから何か取り出し、誰かと話し出した。
「あー、聞こえてるか?良い奴見つけたぞ。多分お前のお眼鏡にもかなうんじゃねぇかな」
通信魔法の道具か?
確かに存在はするが僕もギルド内でしか見たことが無いような貴重なものだったはずだ。
「仲間がやられたのに随分余裕なんだな。お前気付いてただろ?」
そう言うと、賊のボスは通信魔法での会話を止め、少し驚いた顔をしたあと笑いだす。
「良いねぇ、良いねぇ。いやぁ、お前ほんと最高だよ……そうだ、お前、オレのとこに来い」
は?こいつは何を言ってるんだ?
いや、冷静になれ。わざわざ向こうから話しかけてくれているんだ。
他にこの辺りに近づいてくる気配もない。
ファナたちもここに居るのだから焦らず、こいつから少しでも情報を得るのが得策だ。
こいつの考え方を知れば突破口も開けるかもしれない。
「そりゃまた、なんで俺なんかにお声が掛かったのかね」
僕は肯定とも否定ともとれない返事をする。
こういう賊を相手にするときは自分を小さく見せるのは良くない。
一人称一つで印象はかなり変わってくる。
「そう謙遜するなって。オレはお前みたいなやつを待ってたんだよ。言っておくが嘘じゃないぜ、金に誓ってな」
目の前で話している男は身振り手振りで僕を待っていたことを強調してくる。
お金か……
「金に誓うってどういうことだよ」
「そりゃあ、お前この世で一番信用できるのは自分と金だろ?それに誓うって言ってんだ。信じろって」
なるほど、賊をやっているくらいだ。
いくらでも裏切りはあるだろうし、信用できるのが自分自身と価値が保証されているお金というのは納得できる。
「そうかい、じゃあ俺のどこに魅力を感じたって言うのかね」
僕も相手に合わせるように肩を竦めて言う。
「ん?あぁ、あれだ。勝つためには手段を選ばねぇところとかだな。お前、オレの手下を盾にするのになんの躊躇もしなかっただろ?あとは考える力もある。こいつらはダメだ。頭の中が腐ってやがる」
賊のボスは自らの仲間を指さしながら言った。
言われた側は情けなく笑うだけで反論しようともしない。
(完全に服従してるな)
この男は恐怖で賊をまとめ上げているのだろう。
それは協調性の無い賊の集団としては一番適切な形なのかもしれない。
「じゃあ俺が頷けば入れてくれるのか?」
「もちろんだ、頼りにしてるぜ」
なるほど、大体情報は揃った。
そろそろ話を切り上げるか。
後は僕が勝てるか勝てないかの戦いだ。
恐らくこのボスさえ倒せば、後は何とでもなる。
「そんなに僕のことを買ってくれて嬉しいよ。でも残念。君は嘘を吐いているからね」
僕は短剣をくるくると回しながら近づく。
ボスの視線が短剣に向いているのが分かる。
「オレが嘘だって?」
「流石に露骨過ぎだよ。君が誰かを頼るだって?ありえない」
僕はある程度近づいたところで、踏み込んだ足を目いっぱい振り上げ、目の前の地面を蹴り上げる。
今少し見ただけでも、こいつが自分以外を信用していないのは容易に想像できる。
そんな奴が会って数分の僕を信用するはずがない。
柔らかかった土が目の前に散布される。
その間を縫って攻撃を加えにいく。
賊のボスは僕の攻撃に退避を選んだ。
後ろに飛びながらサーベルを構えなおしている。
(ここしかチャンスは無い!)
すぐに全速力まで持って行った僕はその勢いのまま突きを放つ。
ファナのより僕の突きは遅かったが体勢を崩せた分、相手に届きやすい──
──そうだ、自己紹介がまだだったな。
何!?
短剣が届く寸前、物凄い勢いでサーベルが僕の短剣を撃ち落とした。
そのまま僕の腹目掛けて膝が飛んでくる。
「オレは『バンヴォール』のクルッソスだ。よろしくな」
全速力の突きを放とうとしていた僕はその力を利用され、腹に膝がめり込む。
「ガハッ」
(くそ、息ができない)
僕はその場に倒れこんだ。
賊のボスの声が遠ざかっていく。
「分かってるって、殺してねぇよ。それで、このままで良いんだな……。いや大丈夫だ、金さえ払ってくれたら問題はねぇ」
(待て、待てよ)
僕は声を出そうとするが、上手く息ができず、声が出ない。
僕の意識はそこで落ちた。
賊の襲撃を受けたライアス達。
ライアスが着いた頃にはライアスより強いはずのプリエラなども既に捕まっていました。
師匠の言葉を思い出し、果敢に立ち向かったライアスですがクルッソスと名乗る賊のボスに倒されてしまいます。
ライアスは彼女たちを取り戻すことができるのか?
次回、ライアス、乗り込みます。
お楽しみに。