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第20話 アイリスの過去2

いつも読んでくださりありがとうございます。

また、今日の投稿が遅れてしまい申し訳ありません。

 


 銀狼になった私は元の人間になろうとしたけど、どうしたら人間になれるのか分からなかった。

 それでも諦め悪く、色々努力したおかげで銀狼の状態でも人間の言葉を話せるようになった。

 でも、こんなことをしてもおじいちゃんもおばあちゃんも受け入れてくれるはずがない。


 人間の言葉を話せたとしても魔物は魔物なのだ。


 銀狼の私は強かった。

 最初はそもそも魔物が居なかったけど移動していくうちに肉食の魔物も増えてきた。

 それでも、みんな私より弱くて、食料に困ることは無かった。



 結局、一年くらい銀狼の状態で暮らしていた後、また、身体が熱くなってきた。


 その感覚は私が銀狼になった時と同じものだった。



 そして、気付いた時には人間の姿に戻っていた。

 人間の姿に戻った私は久しぶりの二足歩行の感覚に驚きながらも嬉しさが込み上げてきた。


(これでおじいちゃん、おばあちゃんの元に戻れる!)


 一年という月日を森で過ごした私は元の集落がどこか、完全に忘れていたけど、戻れる希望が出来ただけで嬉しかった。


 でもそんな思いは水を飲もうとして川に近づいたときに消え去った。


 犬の耳と尻尾が生えていたのだ。

 以前は無かったものだ。


 自分の髪と同じ白みがかった銀色の耳と尻尾が生えている。

 完全な犬顔になったのかと言えばそうではない。

 私の見た目は銀狼族でも人間でも無くなっていた。



『みんなと違う』



 この耳と尻尾がある限り、私はまた捨てられる。


 そう思った私は耳と尻尾をなんとか隠せないかと考えた。

 引きちぎるのは痛かったので止めた。



 それからの私の生活は大変だった。

 銀狼の時は周りの誰にも負ける気はしなかったのに人間の姿の私は普通の人間より動けても、森の魔物たちとやりあう程の力は無い。


 今度は銀狼になろうと思ってもなれなかった。

 一度、銀狼になるのを経験した私は多分、銀狼になれるし、人間に戻るのも経験したので銀狼から人間に戻ることも出来るはずだ。

 でも、銀狼になろうとすると胸の辺りが痛くなって頭がくらくらする。

 多分、私は銀狼になる力を持っている。

 でも、トラウマのせいなのか、銀狼になることが出来なかった。


 結局、ギリギリの生活をしながら数ヶ月の月日が経って、私は耳と尻尾を隠すことに成功した。

 尻尾と耳の出し入れが自由になったのだ。

 多分、銀狼化の応用のようなものだと思う。


 ようやっと私は人間の姿を取り戻せた。

 川の水に映る私も少し成長していたけど人間そのものだった。


(これで戻れる!)


 そう思ったのに私の身体は集落を探そうとしない。

 集落を探そうとすると何故か、とても不安な気持ちになって、探しているのに見つからないで欲しいという矛盾した思いが芽生えていることに気づいた。



 そう、私の心はこの期間で完全に閉ざされてしまったのだ。

 もし戻って拒絶されたら、私は確実に壊れる。


 それなら戻らずにこのままの方が良い。

 そういう思いがあったから私は里を探すことを放棄してしまった。


 私は人間から逃げてしまったのだ。



 森の中では力の無い私がずっと一人で生きていけるはずもなく、ある日、大型の魔物に追い立てられ、ボロボロになって死にそうになっていた。


 そこに現れたのがファナちゃんだ。


 ヒトが怖かった私は逃げようとしたけど身体が動かなくて、為されるがままボロボロの建物に連れてこられた。

 ファナちゃんは私を捕まえた時、「ここも違う……」と呟いていたけどその真意は教えてくれなかった。

 ファナちゃんは人間と違う見た目をしていたから少し安心できた。


 着いた先の建物にはファナちゃん以外にも、もう一人いた。

 カナリナちゃんだ。

 人間が怖かった私は今にも逃げ出したくなって怯えていたけど、それを見たカナリナちゃんは私のことを本当によく気遣ってくれた。

 食べ物が何も喉を通らなくなっても木の実を砕いて水に溶いて食べやすくしてくれたし、風邪をひいた時もつきっきりで看病してくれた。


 お陰で人間と話すことが再びできるようになった。

 カナリナちゃんには感謝してもしきれない。

 もちろん連れて来てくれたファナちゃんにも感謝している。

 私は誰かと暮らすことの幸せを少し思い出した。



 でも、これも私が『人間の』アイリスだからだ。

 もし、私が銀狼の姿になればみんな私を拒絶する。

 だから、私は力を隠すことにした。

 幸い、人間のふりは慣れている。


 貧しい生活だったけど、元々、森での生活には慣れていた私は特に苦痛を感じることなく過ごすことができた。


 そして、それからファナちゃんがミーちゃんとプリエラちゃんを連れてきてしばらく経ったとき、あの人がやってきた。



 初めに気付いたのはファナちゃんだった。

 誰かが来るわ、と言ったファナちゃんが錆びた短剣を持って出入口で構えだしたのだ。


 奥で隠れててと言われたけどファナちゃんが心配でそんなことは出来なかった。

 途中で私も誰かの匂いを察知して、ファナちゃんが言っていることが正しいことが分かった。


 しばらく見ているとファナちゃんがその訪問者に攻撃を仕掛けた。

 完全に隙をついた形だったけど、運悪く失敗に終わってしまった。


 このままじゃファナちゃんが危ない。

 そう判断した私はファナちゃんを助けるためにみんなで攻撃しに行った。

 でも、力を出すのが怖い私はあっさりと掴まってしまった。


 もし、この人がみんなに何か酷いことをしたら、また捨てられるとしても私の出来る範囲の力で助けようと思ったけど、特に酷いことはされなかったので力は出さないことにした。


 その訪問者も私たちと同じ目をしている。


 こんなところに来るくらいだ。

 何かあったのは間違いない。


 あの人が来ても私の生活は何も変わらなかった。


 プリエラちゃんが大きな魔物の肉を持って帰ってきた時は少し欲張って食べてしまったのと、ミーちゃんが服を作ってくれたのはあるけど、それくらいだ。

 私が自分を偽って人間のふりをするのは変わらない。


 あの人は本当に私たちに興味が無いみたいで最初の頃は話すこともほとんどなかった。


 でも、最初はプリエラちゃんが、次はミーちゃんがあの人のもとに行くようになった。

 プリエラちゃんはあの人に心酔していることが傍目にも分かった。

 何せ、今までずっと申し訳なさそうに沈んでいたプリエラちゃんが、目を輝かせながらあの人のもとに向かうのだ。

 これで好意が無いなんてことは絶対にない。


 ミーちゃんもかなり懐いているみたいで、前より明るくなったような気がする。



 多分、あの人のお陰なんだろう。

 二人の顔は晴れやかで、それを少し羨ましいと感じてしまったのは私が心の中に闇を抱えているからだろう。

 私は集落を追い出されてから本当の意味で笑ったことがない。

 いつも、貼り付けた笑みを浮かべていた。

 笑っていた方が人間の女の子らしいはずだから。



 そうして過ごしていたある夜、身体の異変に気付いた。


 身体が熱くなっているのだ。

 この感覚は過去に経験したことがある。


 そう、銀狼に変身するときだ。


 動悸が早くなってくるのが分かる。


 森で一人で居た時は変身できなかったくせに、今になって変身しそうになる自分に腹が立つ。


 でも、私の心を埋め尽くしている一番のものは、不安だった。


(もし、私が銀狼だってバレたら……)


 時間の猶予が無かった私は服をその場に脱ぎ捨てて外に出る。


 少ししたら予想通り、銀狼に変身してしまった。


 なんで思い通りにならないの、そう思うとすごく悲しくなり、私は気を紛らわせるように辺りを走り回った。



 今は夜だ。どうせ誰も居ない。




 そう思っていたのに気が付いたときには目の前に人間が居た。

 人間と至近距離で目が合っている。



 私はとても怖くなる。

 また、拒絶される。

 そう思うと、怖くて、苦しくて……



 私はまた逃げ出した。




 次の日にあの人が注意喚起しに来た時、私はドキッとした。


 肩口に傷があり、銀狼のものだと言う。

 私のことだ。

 やっぱり、銀狼の私はダメなんだ。


 ファナちゃんからも銀狼に気を付けるように言われてしまった。


 まるで狂暴な魔物みたいな扱いだ。

 やっぱりみんなも一緒。


 私が銀狼だと分かれば拒絶するんだ。


 私の中で壊れかけの何かにヒビが入った気がした。




 次の日にはドラゴンが出たとミーちゃんから聞いた。


 それを聞いた私は恐怖したのではない。



 安堵したのだ。


 これで少しでも銀狼の話題が出なくなるかもしれない。

 そう思うとドラゴンがここに来てくれて嬉しいとまで感じてしまった。


 銀狼の話題が出てからの私は笑えなくなってしまった。


 みんなと会うと銀狼の話をされるんじゃないかと思うと顔が引き攣って、笑えないのだ。


 いつ、銀狼になってしまうか分からない。

 私は神経を擦り減らしながら数日間を過ごした。


 そして、あの日が来た。

 私が本当の意味で救われた日だ。




 その日は早朝、川に水を汲みに行っていた。

 近くに食べられる木の実がなっていたから取りに行こうとしたところで、またあの熱が来てしまった。


 しかも、今回は我慢できる時間が無い。

 私はその場ですぐ、銀狼になってしまった。

 私が着ていた服が辺りに飛び散る。


 さらに、私の匂いを嗅ぎつけていたのかドラゴンが現れてしまった。


 ドラゴンが銀狼の私を見て吠える。


 擦り減っていた精神は、また銀狼になってしまったことで限界を迎えた。


 お前もか、魔物のお前ですら私を拒絶するのか。


 そんなよく分からない怒りのようなものがふつふつと沸いてくる。


 目の前のドラゴンはみんなを怖がらせている。

 手を抜く必要はない。


 私は溜まったストレスと怒りをぶつけるように吠えたあと、ドラゴンと戦った。



 結果的にドラゴンとは相性が良かったようで、私よりもかなり緩慢な動きのドラゴンには圧勝することができた。


 私はドラゴンの血で染まった大地に佇み、思う。


 ドラゴンでさえ倒せる私はやっぱり凶暴な魔物なんだ。


 誰にも、受け入れられない。

 これからも銀狼であることを隠しながら生きていくしかない。




 物思いにふけっている私は近づいてくるドラゴンに気付くのが遅れた。


 ドラゴンに無防備なまま体当たりされ、近くの木まで押し飛ばされた。


 内臓を痛めたようで口から血が湧き出てくる。

 ドラゴンは尚も追い討ちをかけるように攻めてきた。


 傷を負っていた私は逃げることに決めた。

 このままじゃ死んでしまう。


 近くの洞窟まで逃げた私は少し休むつもりで身体を丸めていたのだが気付けば眠ってしまっていた。


 ◇◆◇



 ビシャッ



 私は物音に気付いて飛び起きる。

 無理に動かしたことでお腹の傷が傷んだがそれどころではない。



(ドラゴン?)



 そう思っていたのに目の前にいるのは、この前の夜に会った人間だった。


 なんでこんなところに来ているのか分からないけど、やはり人間は怖かった。


 人間の状態の私なら話せる。

 でも、銀狼状態の私はダメだ。


 目の前の人が石を投げてきて『化け物』と言ってくる気がしてならない。

 私は威嚇しながら様子を伺う。


 外に逃げようかとも思ったけど、まだ近くにドラゴンがいるかもしれない。


 というよりもドラゴンと戦った身体の疲労と人間と会った精神の疲労で身体が動かないのだ。


 私は少しも目を離さず、目の前の人を睨みつける。


 その人が一歩動いた。


 私はびっくりして、飛び退く。


 ダメだ、この人はただ一歩踏み込んだだけ。

 それだけなのに次の瞬間には石を投げてきそうで怖い。


 人間から逃げ続けてきた私は人間が途轍もない脅威のように感じていた。


 それこそ、ドラゴンよりも……


 目の前の人が鞄を漁り出した。


 石だ、石を投げてくるに違いない。

 私はその場から動けず、ただ吠えることしかできない。


 しかし、その人が取り出したのは丸い、団子のようなものだった。


 それを見た瞬間、私はおじいちゃんと暮らしていた時のことを思い出した。


 ◇◆◇


「おじいちゃん、何作ってるの?」


 私は朝起きて、居間に向かったところでおじいちゃんが何か作っているのを見つける。


「ああ、これか。こりゃあ、おじいちゃん特製の団子じゃ」


「団子?」


「ああ、動物の肉をすり潰して練り込んでな、それに色んな、薬草を入れていくんじゃ。美味しいかどうかは食べてからのお楽しみじゃて。味は分からんけど健康にはええんじゃよ」


 そう言って笑うおじいちゃんにつられて私も笑う。


「私も一個欲しい!」


「もちろんじゃ。アイリスのために作ったんじゃからな。ぎょうさん食べ」


 おじいちゃんが私に団子を差し出してくる。

 私は口を開けて、団子を入れてもらう。


「ん、〜〜〜〜」


 その団子はすごく不味くて、でもそれをおじいちゃんに伝えたくなくて私は必死になって飲み込もうとする。


「カッハッハ、不味かったか。アイリスや、我慢せんで吐き出しや」


 私はそう言うおじいちゃんを無視して呑み込み、出てきそうになる涙を堪えておじいちゃんに大口を開けて食べたことを見せる。


「なんじゃ、食べてもたんか。大人でも食べるん嫌や言う奴おるのに、アイリスはええ子やねぇ」


 おじいちゃんに褒められた私は嬉しくなっておじいちゃんに抱きつく。


 おじいちゃんは優しく頭を撫でてくれた。


 私はそれからその団子が好きになった。


 毎回違う味がして、でも例外なく不味い、あの団子が好きになったのだ。


 ◇◆◇


 私は今まで目の前の人間から目が離せなかったのに、その人が持つ団子に視線が釘付けになった。


 その人は半分に割って、その片割れを地面に置き、後ろに下がる。


 静かな時間が続いていたけどその人が話しかけてきた。


「はじめまして、僕はライアスと申す者です。人間の言葉は理解できますか?」


 理解できるし、喋ることもできる。

 でもそんなことをしたら、人間の私と関連づけられてしまうかもしれない。

 そうなったらあの建物に私の居場所はなくなる。


 私が返事をしなくてもその人は続けた。

 要するに、怪我をしてるようだから、そこの団子を食べて良いよ、毒は入ってないよ、というようなことを言っていた。



 私は迷った。

 人間が怖い。

 だから、近づきたくない。


 でも、目の前の団子を食べたくて仕方なくなってしまった。

 久しぶりに、おじいちゃんを思い出して、懐かしさのようなものもあるのかもしれない。


 私は意を決して一歩踏み出した。

 ゆっくりと足を進めていく。

 私の目に映っているのは半分に割られた団子だけだった。


 私は団子の目の前まで来た時、匂いを嗅ぐ。


 団子からは薬草の匂いがした。

 おじいちゃんが作ったどの団子とも違う匂いだったけど、薬草の匂いという点ではおじいちゃんの団子と同じだ。


 私は少し舐めた後、口に放り込む。



 その団子は不味かった。



 私が大好きな不味さだった。



 私は美味しくない団子を味わう。

 おじいちゃんの作ったどの団子とも違うけど、それでも不味さは同じだった。


 私は急に寂しさみたいなものがこみ上げてきて泣く。

 それも遠吠のようになってしまったけど……



 私は視線を人間に移す。

 先程まではとても怖くて、逃げ出したくなっていたはずなのに、少し恐怖が薄らいでいた。


 その人はゆっくり近づいてくる。

 私は片時も目を離さずその人を見続ける。


 その人が目の前まで来て、団子を取り出す。


 それを軽く齧ってから私に差し出してきた。


 さっきの団子とは違う匂いがする。

 やっぱりこの毎回違う感じが、おじいちゃんの団子に似ている。


 私はその人の手から団子を食べた。

 やっぱり不味い。


 その人は銀狼の私に触れてきた。

 ビクッとしてしまったけど、特に拒絶反応が出ることはなかった。


 この人は銀狼の私でも仲良くしようとしてくれる。

 私はこの人のことを少しだけ信用することにした。


 多分、団子をくれたことが一番大きい要因だと思う。


 銀狼状態の私は傷の治りが早い。

 それでも治療してくれると言うのでやってもらうことにした。


 少し、傷を触られるのは痛かったけど、これもおじいちゃんにやってもらっていたことなので私は昔を懐かしんでいた。


 だからなのだろうか、ドラゴンの接近に気付くのが遅れたのは。


 また不意を突かれた。

 私は咄嗟にその人を庇ったけど横から突進されて気絶してしまった。


 次に起きた時にはその人が目の前で「走れ!」と言っていた。


 私は反射的にその場から走り出した。

 私がついさっきまで居た場所を踏みつぶす音が聞こえる。


 多分、さっきのドラゴンだろう。

 ドラゴンは私に夢中だったはずだ。

 だからこの人も逃げ出せたはずなのに、わざわざ私を起こしにきてくれた。



『助けてくれた』



 この人は銀狼の私でも手を差し伸べてくれる。

 そのことが嬉しかった私は限界まで走る。


 しばらく走った後、崖からの着地に失敗し倒れ込んだ。

 無理をして身体を動かしたせいで足が動かなくなったのだ。


 当分は動ける気がしない。


 奇襲に失敗したドラゴンは確実に私を探してくるだろう。

 私の身体は洞窟で休んでいたときよりも、かなり酷くなっていた。


 私は動く気もせずその場で丸まっていたけど、例の人から声が掛かった。


「僕の不注意で申し訳ありません。そんな中お願いするのは心苦しくもありますがどうかお聞きください」


 私は薄目だけ開けてその人を見る。


 その人は本当に申し訳なさそうな表情でドラゴンを倒す方法を提案してくれた。

 自分が誘い込むからトドメを刺して欲しいと言うものだった。

 

 どうせドラゴンとは戦わなければならないのだ。

 この人が連れてきてくれるならお願いしようと思った。


 喋りたくは無かった私は無言で崖の下に移動する。

 この人の言葉通りなら、もう少しであのドラゴンと戦わなければならない。

 今のうちに少しでも体力を回復させておきたかった。



 私が大分回復してきたとき、本当にドラゴンの咆哮が聞こえてきた。

 足音が近づいてくる。


 あの小さな人にドラゴンが連れてこれるのかと疑っていたけど本当に成功しているみたいだ。


 頭上から大きなドラゴンが落ちてくる。

 落下の衝撃もかなりのもののはずだ。


 ここしか無いと思った私は畳み掛けるようにドラゴンの首筋に噛み付いた。

 何か変な匂いがしていたけど、我慢して攻撃の手を緩めない。

 興奮状態の私はドラゴンの首を半分噛みちぎった所で吠える。


 銀狼状態で生活していた時は周囲に力を見せつけるためにやっていた行為だ。

 これをしていれば森でも私に攻撃を仕掛けてくる魔物は少なくなった。



 私はおじいちゃんの面影を感じるあの人のもとに戻る。

 もしかしたら褒めてくれるかもしれない──


 ──え?何この匂い。


 今まで興奮状態で考えないようにしてたけどあの人やドラゴンからはかなり強烈な匂いがしていた。


 私は我慢できずにその場を離れる。


 鼻にも付いてしまったようで取れない。


 私は臭いを落とすため川に向かった。


 川は増水していて、少し汚かったけど早く匂いを落としたい私はそこで鼻を洗った。


 私は臭いがマシになったその人に近づく。

 その人はそっと足を撫でてくれた。


 誰かに撫でられるのは久しぶりだったので、私は嬉しくなり、顔を擦り付ける。



 しかし、次の瞬間には身体が熱くなってきた。

 不味い、この感覚は私が変身する時のものだ。


 私はすぐにここから逃げ出そうとしたけど、さっき変身した時と同じで我慢できずに、変身してしまった。



 私の目の前には驚いた表情で私を見つめるあの人。


 私は祈るように自分の顔を触るけど、その感触は人間のものだった。

 そもそも触れる時点で銀狼の状態ではない。

 やっぱり変身している。


『人間の前で変身してしまった』


 絶対に変身するところは見せないようにしようとしていた私は不安になる。



『また、捨てられる』


 目の前の人がいやに大きく見える。

 何か言っているようだけど聞こえない。



 目の前に石を持ったおじいちゃんが現れた。



『化け物』


 幻聴が聞こえて来るようだった。


「ご、ごめんなさい。見ないで、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 私はおじいちゃんの幻覚に謝る。

 そんな目で見ないで欲しい。

 もう許して欲しい。


 私は呼吸が上手くできず、苦しくなってくる。

 目の前にいるおじいちゃんが近づいてくる。


「いや!こ、来ないで!お願い」


 もう、拒絶されたくない。

 私は怯えながら後ろに下がる。


 しかし、後ろに下がっていると急に浮遊感を覚えた。


 次の瞬間には私は水の中に居た。


 流れが速くて、足もつかない。

 藻掻くように水面から顔を出しても、すぐに沈んでしまう。


 途中で足に何かが絡みつく感じがあった。

 それからは水面に顔を出すことも出来ない。


 息が出来なくて苦しい。

 水の中はとても冷たかった。


 でも、意識が無くなる寸前、温かい感触があった。

 薄っすら、目を開けると目の前に先ほど助けてくれた人が居た。


 ああ、そうだった。

 この人は助けてくれる……


 そこで私の意識は途絶えた。


  

 


 次に目を覚ました場所は洞窟のようだったけど知らない場所だった。


「え、ここはどこ?」


 私は誰に問いかける訳でもなく呟く。


 だから返事が来るなんて思ってもみなかった。


「ここは洞窟の中だね。えーっと、ここまでの流れは覚えているかな?」


 目の前に人間が居る。


 私は人間を見たことでトラウマが蘇ってくる。


 呼吸が荒くなり、上手く息が出来ない。

 また、おじいちゃんが目の前に現れた。


 なんで!?ずっとこんなこと無かったのに!


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 おじいちゃんが私を咎めているような気がして、謝る。


 私はただ、みんなと幸せに暮らせていれば良かった。

 別に本当の自分じゃなくても良い。

 ただ、ただ……



「もう、捨てられたくない……」



 一人になるのはもう嫌だった。






「アイリス!!」


 意識が朦朧としていた私は自分の名前が呼ばれてハッとする。

 目の前からおじいちゃんが消えた。


「アイリス、落ち着いて話をしよう。一先ず、僕を見てくれ」


 目の前の人は誰だったか……

 そうだ、銀狼の私を助けてくれた人だ……

 川で溺れている時も居た気がする。


 そこで、目の前の人がパンツ以外履いていないことに気付き目を逸らす。


 見れば、私も裸では無いか。

 そう言えば、銀狼になったときに服は破れたんだった。

 私は自分に掛けられていたシャツで身体を隠す。


「ア、アイリス、落ち着いた?」


「う、うん」


 少し落ち着いたけど、私の精神は未だ不安定だった。

 そんな私にその人は尋ねてくる。


「それでさ、その、アイリスはあの時の銀狼ってことで良いのかな」


 目の前の人から決定的な質問がされた。

 ああ、この時が来たかと覚悟を決める。


 この人が銀狼はアイリスだったと四人に言うだけで私の居場所は無くなるだろう。

 また、『化け物』とでも言われるのかもしれない。


 私は頷いた後、出来るだけ心が痛まないように身構える。






「ありがとう」



 私は完全に予想外の言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう。


 え?私は今、感謝されたの?

 なんで?どうして?


 疑問が次々と沸きあがってくる。


「ドラゴンとの時、助けてくれてありがとう。あのとき、アイリスが僕を突き飛ばしてくれなければ、僕は確実に死んでた。だから、ありがとう」


 確かにあの時、私は目の前の人を助けた。


 でも、助けても感謝されるのは『人間』だけ。

 『みんなと違う』私は感謝されないはずだ。



 私は困惑しながらも聞いてみることにした。



「怖くないの?」



 怖くないはずがない。

 銀狼の私はドラゴンを倒せるほど強いのだ。

 それでも聞かずには居られなかった。


 その人は私の目を真っすぐに見つめて言う。


「うん、怖くないよ。今のアイリスはもちろん、銀狼のアイリスだって怖くない。信頼している」


 衝撃だった。

 その人の目はただ真っすぐで嘘ではないと感じることができた。

 この人は、人間の私も銀狼の私も受け入れようとしてくれている。


 でも、一度信じてしまって裏切られたら、私はもう立ち直れない。

 私は聞かなくてもいいのに聞き返す。


「ほんとに?銀狼の時の私、結構大きいし、牙も鋭いよ、ほんとに化け物みたいじゃない?」


 私は自分が他の人に受け入れられないであろう特徴を並べ立てる。

 後で、やっぱり化け物は信じられないなんて言われるくらいなら、今言って欲しい。

 でも、心のどこかでは受け入れて欲しいという気持ちが強くなってくる。


 私がいくら聞き返してもその人は真っすぐに受け止めてくれた。


 私は自分の特徴を言い終えた後でもう一度確認する。


「ほ、ほんとに怖くないの?」


「うん、怖くない」


 真っ直ぐに答えてくれた。


 受け入れてくれた、私を。


 嬉しい、嬉しい!


 私の中に幸せが込み上げて来る。

 魔物の私でも怖がらずに受け止めてくれる人が居る。


「そ、そっか、怖くないのか。良かった、良かった、えへへ」


 私は久しぶりに昔のように笑えた気がした。



 ◇◆◇



 それからその人とお話をしていた。


 自分を偽る必要の無くなった私は甘えるようにその人のそばに行った。


 私は焚き火の揺らめく炎を見ながら思う。


 この人の隣は落ち着く……


 私はおじいちゃんを思い出し、心の中で別れを告げた。


(おじいちゃんありがとう、私をここまで育ててくれて。さようなら)


 心の中のおじいちゃんが笑ってくれた気がした。


 それからもその人と話を続ける。


 でも困った。

 この人に興味が無かった私は名前が分からない。

 今日も名乗っていた気がするけど、どうしても思い出せない。


(もう!私のバカ)


 私は名前を聞こうとしたところでその人から衝撃の言葉を聞いた。


「僕なんか、最後の方、銀狼に名前付けようと思って考えてたくらいだよ」


 私は真顔になる。


 独り立ちを迎えた銀狼族は自分の親分となるヒトを決める。

 その時、親分から名前をいただく風習がある。


 親分の命令には基本的に絶対服従だ。

 緊急時に意見が纏まらないと困るからだ。

 だからこそ、親分選びは大切に行わなければならない。


 私が銀狼族で過ごしたのは三年という短い間だったけど、その時も名前を貰う儀式を何回か見たことがある。


 私はまだ、人間に秘密を打ち明けるのが怖い。

 だから、普段は「アイリス」として人間の姿で過ごす。


 でも、私は銀狼族としてこの人を親分とすることにした。

 銀狼族として名前を受けるならやっぱり銀狼の姿の方が良い。


 私は深呼吸する。


 今なら銀狼になれる気がする。


 私は服を脱いで銀狼になる。

 前までは身体が拒絶していたけど銀狼になることができた。


 銀狼になった私はその人に尋ねる。


「その名前、教えて」


 銀狼の状態でも人間の言葉を喋れるようにしておいて良かった。

 私が催促するとその人は恥ずかしそうに言った。


「ハク、白いからハクって付けたんだ。安直で悪かったね」


 ──ハク


 これが親分から与えられた名前。

 私は魂にこの名前を刻み込む。


 私は無事人間に戻ったあとも、お話しをしていた。


 でも頭の中ではいつ名前を聞こうかという思いでいっぱいだった。


 そんな私を見かねたのかその人は聞いてきてくれた。


「どうしたの?」


「そ、その、名前何だっけ……?」


 親分の名前を憶えていないなんて、あってはならないことだ。

 それでも、聞かなければ分からない。

 私は恥を忍んで聞いた。


「ライアスだよ。改めてよろしくね」


 ライアス君……

 私を救ってくれた人の名前。

 もう絶対に忘れない。


「ライアス君。ごめんなさい、名前覚えてなくて……」


 私は親分の名前を忘れていた。

 当然、罰が必要だ。


「やっぱりお仕置きが必要だよね」


 私はライアス君に詰め寄る。

 ライアス君は身体を逸らして逃げようとしたけど私はその上に覆いかぶさった。


 どんな罰を受けるんだろう。

 何でも良いから私に触れて欲しい。


「そ、そんなの必要無いに決まってるだろ」


 ライアス君はそう言って逃げてしまう。

 残念だけど今回は諦めるしかない。



 私はそこから、さらにライアス君と距離を詰める。

 ライアス君の瞳に顔を赤くした自分が写っているのが見えた。


「助けてくれてありがとう、ライアス君」


 私は自分の溢れんばかりの感謝の気持ちを伝える。

 ライアス君には何回も助けてもらった。

 今後は私もライアス君のために何かしたい。


「どういたしまして」


 ライアス君は笑顔で応えてくれた。


 感謝は伝えることができた。

 次は謝罪だ。



「二つ謝らないと……」


「な、なにかな?」


 少し動揺している様子が可愛い。


「まずは今まで無視してごめんね」


 ライアス君も自分で関わらないでと言っていたけど最近は話しかけてくることもあった。

 でも、私はほとんど無視していた。

 そのことを謝りたかった。


「あれは僕にも非があったからお相子だよ。僕も変な意地張ってごめんね」


 ライアス君は自分にも非があると許してくれた。



 あと一つは私がつけてしまった傷だ。

 ライアス君に私がつけたものが有るだけで少し嬉しいけど、それは傷以外で刻んで行こう。


 私は傷を治すために舌を使った。

 ずっと使っていなかったけど、やはり効果はあってライアス君の傷はかなり治っていた。


 それを見ても恥ずかしがるだけでライアス君は気味悪がらなかった。



 今、ライアス君は私の膝の上で寝ている。

 ライアス君は壁を背に眠ったけど、私が移動させた。


 ライアス君は上半身裸で少し寒そうだったので私は尻尾を出す。

 私の尻尾はある程度伸ばすこともできたのでそれをお腹にかけてあげる。


 寝顔が可愛くて頭を撫でているとライアス君が抱きついてきた。

 急なことで驚いた私にライアス君の寝言が聞こえる。



「母さん……」




 ゾクッ


 なんだろう?この気持ちは。

 ライアス君が凄く愛おしくなった。

 守って欲しいし、守ってあげたい。

 ライアス君の弱気なところは初めて見たかもしれない。


 しばらくすると、ライアス君が起きそうになった。

 私は尻尾を隠そうとして……止めた。


 ついでに耳も出す。


 この姿を人に見せるのは初めてだけど大丈夫だろうか?

 変じゃないだろうか?


 不安になりながらもライアス君が起きるのを待った。


 起きて、私を見たライアス君は私が膝枕をしているのに気がついて飛び退いたあと、驚いたように目を丸める。


 私は自分の髪の毛を弄りながら聞く。


「ど、どうかな?」


 ライアス君は私の尻尾と耳を見たあと言った。



「すごい可愛いよ」



 やっぱりライアス君はなんでも受け入れてくれる。

 そのままの私を受け入れてくれる。


 私は嬉しくなって笑いながらライアス君と洞窟の外に出る。





 雨は、上がっていた。




アイリス視点で物語を見たことで見えてきたこともありましたね。


ありのままの自分を受け入れてもらい、心を開いたアイリスですが、なぜ、銀狼族に生まれながら見た目が違うのかという疑問も残ります。


さて、次回はプリエラとアイリスの絡みを書きつつ、次の話に進んで行けたらと思います。(あくまで予定です)

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