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第19話 アイリスの過去1

いつも読んでいただきありがとうございます。

 


「ば、化け物!」


 今でもその言葉が私の耳に張り付いていて取れない。



 ◇◆◇


 私の名前はアイリス。

 銀狼族として生を受けた。


 それでも私が銀狼族の里に居られた時間はほとんどなかった。


 私には銀狼族には必ずあるものが無かったからだ。


 そう、体毛だ。


 そもそも他のみんなとは顔つきも違ってツルツルだった。

 しかし、両親が銀狼族なのは間違いない。

 成長する過程で生えるだろうと思われていたようだけど、残念ながら生えてくることは無かった。

 成長の早い銀狼族の私は一歳のころには周りの人の言葉が分かっていた。


『アイリスはなんでみんなと違うの?』


 お母さんがよくそのように呟いていた。


 結果、私は三歳の時に里を追い出された。

 森の中に置き去りにされたのだ。


 当然、三歳の私は一人で生活することなど出来るはずも無く、あのまま死ぬしかなかった。


 じゃあ、どうして今、私は生きているのか。



 それはおじいちゃんとおばあちゃんのお陰だ。


 私が森の中で泣いていると山に来ていたおじいちゃんに拾われたのだ。

 おじいちゃんは人間のようだった。


 私は銀狼族としては異質な特徴を持っていたけど、人間としてはおかしくなかったようでおばあちゃんにも受け入れられた。


 それから私はおじいちゃんの家で暮らした。

 おじいちゃんもおばあちゃんも本当に優しくて、今まで銀狼族の里で毛嫌いされていた私にとって天国のような時間だった。


 私は助けてくれたおじいちゃん、おばあちゃんをこれからも支えて行こうと、そう心に誓っていた。


 おじいちゃんが住んでいたのは森の中にある小さな集落だった。

 集落のみんなも私によくしてくれて、私はこの集落が大好きだった。

 みんなと違うと追い出されることを学んでいた私は銀狼族であることを隠した。

 なにせ見た目は人間なのだ。

 言わなければ誰も気づかない。


 集落には何人か年の近い子供もいた。

 銀狼族の独り立ちは人間よりも早い。

 つまり、私の成長は他の子よりも早かった。


 だから必然的に私がみんなのお姉ちゃん的な存在になっていった。

 私も誰かに頼られるのは凄く嬉しかったから率先してみんなの前に立つようにした。


 森の中にある集落なので必然的に遊びは森の中になることも多い。

 その過程で怪我をすることも多かった。

 ある日、私は怪我をしたとき、自分で傷を舐めて治してしまった。


 それを見た集落の子供達は気味悪がった。

 人間は傷の治りが遅いみたいだ。

 私はそれから、傷を舐めて治すことを止めた。


 銀狼族の私は人間よりも足が速い。

 森の中でも自由に動き回れる。

 でも、みんなは付いて来れなくて、ある日、一個下の男の子に言われた。

『アイリス姉ちゃんは足が速くてみんなと違うね』


『みんなと違う』、これは銀狼族の里で暮らしていたときも言われていたことだ。

 幼い私はみんなと違うと追い出されることを学んでいた。

 私はそれから速く走ることを止めた。


 私は川で取れた魚を食べる時、骨ごと噛み切れてしまう。

 それもおかしいと言われたので止めた。


 おかしいと言われたことを全て止めて行った私は多分、人間の女の子として正しかったはずだ。

 私がおかしいことをしてたのも、皆が子供の頃なので大きくなるころには覚えている子も居なかった。


 自分を抑制しながら生きるのは少し息苦しくもあったけれど、それでみんなが受け入れてくれるなら問題ない。

 私はこのまま普通の人間として生きて、おじいちゃんとおばあちゃんを支えようと思った。




 そんな幸せな時間が終わりを迎えたのは本当に唐突だった。


 あれは私が十四歳の時だ。

 集落に(いぬ)型の魔物が入って来たのだ。

 二メートルくらいの黒い魔物で目が赤かったのを覚えている。

 この森は魔物がほとんど出ない。

 だから、肉食の魔物と戦える人は居なかった。

 それでも大人の男の人が立ち向かったけど、私がその魔物に気付いたときには戦ってた人はみんな食い殺されていた。


 それからのことは未だに鮮明に脳裏に焼き付いている。



 ◇◆◇



「ア、アイリスや、逃げなさい!」


 おじいちゃんが私を庇うように前に立って言う。

 近くの森で木こりをやっていたおじいちゃんには、当然魔物と戦う術はない。

 木こり用の斧を持って立つ足は震えていたけど、その背中はとても頼もしかった。


「ほら、アイリス。こっちにおいで」


 おばあちゃんが私の手を引きながらおじいちゃんから離れていく。

 嫌だ!おじいちゃんから離れたくない!

 そう思っても長年、力を抑えてきた私は力の出し方も思い出せず、為されるがままになる。


 おばあちゃんが私の手を引きながらおじいちゃんに話しかける。


「おじいさん……」


「婆さんや、今までありがとぉな。アイリスのことはよろしゅう」


 おじいちゃんの背中が小さくなってくる。

 私の手を引くおばあちゃんの手が震えているのが分かる。

 私の手におばあちゃんの涙が落ちてきた。


「おじいちゃん!」


 私はおばあちゃんに手を引かれながらもおじいちゃんに声を掛ける。


「アイリスや、ここまで元気に育ってくれて、ほんまにありがとぉな。健康には気ぃつけてな」


 おじいちゃんは一度も振り返らなかった。

 震える声で言い終えると同時に、手に斧だけを持ち、魔物に向かって走って行った。


 このままだとおじいちゃんは死ぬ。



 私の中のどこかが熱くなるのが分かる。

 鼓動は早くなり、気持ちが昂ってくる。


 そんな私の中にあるのはただ一つだけ。


(おじいちゃんを死なせたくない!)


 私はその激流のような感情に身を任せた。

 私の目には魔物に組み付かれ、倒されるおじいちゃんが見える。




 ガルルルル



 私はその声が自分から漏れていることに気付かなかった。

 それでも、身体に力が(みなぎ)っているのが分かる。

 私の中には抑えきれないほどの感情が渦巻いている。

 それをぶつける矛先は目の前にいた。


 それからのことはよく覚えていない。


 ただ、気が付けば私の目の前にボロボロになった魔物の残骸が散乱していた。

 多分、私がやったんだろう。


 私はおじいちゃんを探した。

 辺りを見回すと私を囲むようにそれぞれの農具を持った集落の人がいた。

 なんだかみんな小さくなった気がするけど、おじいちゃんが気がかりな私には些末なことだった。


 その中に驚いた表情をしているおじいちゃんが居る。



(助けられた!)


 私の胸が高鳴る。

 良かった、良かった!

 これで、おじいちゃんに少しでも恩返しが出来た!

 私はおじいちゃんに、また頭を撫でてもらおうと近づく。


 しかし、集落のみんなに遮られて邪魔をされてしまう。

 その表情はみんな怯えたように引き攣っており、農具を持つ手は震えている。


 みんなの間に隠れているおじいちゃんも同じように怯えた表情をしていた。



 その言葉が聞き取れてしまったのはいつもより耳が良くなっていたからだろうか。






「ば、化け物」



 私はおじいちゃんの口から漏れたその言葉に冷や水を浴びせられた気分になった。


 凄く不安な気分になり動悸が止まらない。


 なんでそんな顔するの?なんでそんなこと言うの?


 視界がグルグルと回り、視点が定まらなくなる。

 そこで初めて自分の身体を見た。


 あれだけ子供の頃、欲しいと思っていた体毛が生えていた。

 でもおかしい。


 私の身体はまるで先ほどの魔物みたいになっている。


 混乱する私に石が投げられた。


「ば、化け物!出て行けよ!」


 それは私がよく遊んでいた男の子から掛けられた言葉だった。

 石は私の身体に当たったが全然痛くなかった。


 全然痛くなかったのに心は痛んだ。


 そこから(せき)を切ったように集落の人から石が投げつけられた。


 なんで?どうして?

 私は魔物を倒したんだよ?

 なんで喜んでくれないの?


 そこで私は思い出した。



『みんなと違う』


 そうだ、みんなと違うとダメなんだ。

 私は人間のみんなと違い銀狼族だ。

 でも見た目は人間。

 今の私の見た目は魔物だ。


 私はみんなと違う。


 私はもう一度、前を見る。

 そこには石を握りしめるおじいちゃんの姿があった。



 やめて、お願い。



 もう捨てないで……



 石が投げられた。

 

 それは私の元には届かなかったけれど、生まれてから一番、痛かった。



 ◇◆◇



 私は森の中を走った。

 涙が止まらない。


 私の走る速度はいつもの何倍も速かったけど、そのことが恨めしい。


『化け物』、『化け物』


 集落の人の言葉が頭の中に繰り返し流れる。


『化け物』


 大好きなおじいちゃんからの言葉を思い出すと、胸が張り裂けそうになる。

 なんで、なんで!


 自分がみんなと違うことが嫌だ。


 泣いても魔物の遠吠えのようにしかならないのも腹立たしい。


 ひとしきり走った私は川に辿り着いた。

 川に映る私の姿は完全に魔物でみんなが怖がるのも理解できる。


 私はおじいちゃんの怯えた表情を思い出す。


(もう戻れない……)


 私はまた一人になった。

 一人になるのは二回目なのに、この前よりも苦しいのはなんでだろう……




 私はそれから当分の間、銀狼として過ごした。





※アイリスの過去は一つに纏めるつもりだったのですが、かなり長くなってしまい、執筆が間に合わなかったので分けさせていただきました。ご了承ください。


アイリスの過去の一端が明らかになりました。

長い時を過ごした人間に拒絶されたことで人間が怖くなったアイリス。


アイリスの目にライアスはどのように映っていたのでしょうか。


次回、アイリスの過去2

お楽しみに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めてコメントする者です。 先程最新話まで読みました。 そうしたら尊い…という気持ちが抑えきれなくなってしまい、 メッセージを書かせていただきました。 これからどんな風にヒロイン達が掘り下…
[良い点] 読んでいると目から霧が発生しました 二回も捨てられるのは悲しい事です アイリス頑張れ!超頑張れ! 更新ありがとうございます!
[一言] 親しくしてくれた人に、裏切られたわけか……辛いよな……
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