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第18話 アイリスを宥めたい

いつも読んでいただきありがとうございます。

ブクマ、評価、感想など、とても励みになっております。

 


「えっ、あっ……」


 アイリスは先ほどと同じように過呼吸寸前の状態になり浅い息を繰り返している。

 起きてすぐは合っていた焦点がまた外れだした。


 どうする!?どうすれば話を聞いてもらえるんだ?


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 何故かずっと謝っているアイリス。

 アイリスがこのような状態になっている原因が分からない。


 ずっと謝っていたアイリスだが、ついにその原因となっていそうな発言がされる。



「もう、捨てられたくない……」


 捨てられる?


 いや、そうか。こんなところに住んでいて真っ当で幸せな人生を歩めているはずがない。

 みんな何かしら過去に辛いことがあったのは間違いないはずだ。


 アイリスの場合、その一端が「捨てられる」ということなのかもしれない。

 このまま先ほどのようにアイリスに近づいて行っても恐らく状況が悪化するだけだ。



 今、アイリスは過去のトラウマを思い出しているのだろう。

 まずは僕を見てもらう必要がある。


 僕は大きく息を吸って吐く。



「アイリス!!」


 洞窟で大声を出したことで音が反響し、洞窟内を響き渡る。


 意識ここにあらずといった状態だったアイリスも自分の名前が呼ばれたことでその目に少し光が戻った。


 呆然としているアイリスに僕は続ける。


「アイリス、落ち着いて話をしよう。一先ず、僕を見てくれ」


 アイリスの焦点が僕にあった。

 視線を上下に動かした後、目を逸らしてしまう。


 アイリスの視線を追うように自分の身体を見て気付く。



 僕は今、半裸だ。


 辛うじてパンツは履いているものの女性に見せる格好では無い。


 急に恥ずかしくなった僕は急いで半乾きのズボンを履いて最低限の身嗜みを整える。


 アイリスも自分が裸であることに、ようやく気付いたようで頬を染めながら僕のシャツで身体を隠していた。


(完全に見えているより少し隠れている方が……)


 思考が桃色に染まりそうになった僕は慌てて邪念を跳ね除け、少し落ち着いたアイリスに声をかける。



「ア、アイリス、落ち着いた?」


「う、うん」


 口数は依然として少ないが、それでもちゃんと僕の言葉に返事をしてくれた。

 これだけでも大きな進歩だ。


 そのまましばらくの間、沈黙の時間が流れる。


 どこから聞こうかと迷ったが、やはり一番気になっていることを聞くことにした。

 これを確認しなければ始まらない。


「それでさ、その、アイリスはあの時の銀狼ってことで良いのかな」


 僕がこの話題を持ち出すと途端に泣き出しそうな表情になるが、それでも首を縦に振ってくれた。


 そうか、やはりあの銀狼はアイリスだったのか。


 なぜか、我慢するように口をきつく結んでいるアイリスに言葉をかける。





「ありがとう」



 銀狼がアイリスと分かった今、最初にかける言葉はこれ以外ありえない。


 感謝されたアイリスは「ほえ?」という声を上げ、驚きながらシャツを落とす。


 シャツが落ちきる寸前で目を逸らすことに成功した僕は横を向いたまま続ける。


「ドラゴンとの時、助けてくれてありがとう。あのとき、アイリスが僕を突き飛ばしてくれなければ、僕は確実に死んでた。だから、ありがとう」


 なんだかんだとバタバタしていてちゃんとした感謝が出来ていなかった。

 こうして、面と向かって感謝を伝えることができて僕は満足していた。



 感謝されたアイリスは少しの間、黙っていたがついに声を発した。



「怖くないの?」



 なるほど、「怖くないの?」か……

 確かに銀狼と初めて会ったとき、死も覚悟したし、洞窟で会ってからもかなり怖かった。


 だが、ドラゴンから身を守ってくれた時から銀狼のことは信頼している。


 だから、今、怖いか、怖くないかで言えば怖くない。


 僕はアイリスの方に向き直り、しっかり目を合わせて言う。


「うん、怖くないよ。今のアイリスはもちろん、銀狼のアイリスだって怖くない。信頼している」


 最初、銀狼に怯えていたことは言わぬが花だろう。


 僕の言葉を聞いたアイリスは目を丸め、驚いているようだった。

 今まで口数が少なかったのに早口で捲し立てる。


「ほんとに?銀狼の時の私、結構大きいし、牙も鋭いよ、ほんとに化け物みたいじゃない?」


「うん、ずっと綺麗な銀狼だと思っていたよ」


「で、でも足も速いし、ドラゴンだって噛み切れちゃうし、傷も早く治るよ?それでも化け物じゃない?」


「うん、逆に今言った部分はとても頼もしいよ」


「で、でも──」


 アイリスは僕が信頼していると言うのが信じられないのか、自分の銀狼の特徴を並び立てて来る。

 僕はそれに根気よく付き合い、受け止める。


 自分を否定する言葉を並び立ててはいるが、その顔には覇気が戻っていた。



 僕は精神力を削りながらアイリスを肯定していく。


 この問答に付き合うのは全く問題ない。


 だがアイリスが自分の身体を隠そうとしないので、かなり困っている。

 アイリスが僕の目を真っ直ぐに見据えている以上、ここで目を逸らせば、僕が言っていることが嘘のように感じてしまうだろう。

 不安定なアイリスの精神状態なら尚更だ。


 僕はアイリスの薄い青の目だけを見つめ、他の部分は極力みないようにする。


 しばらく経ち、アイリスが自分の銀狼の特徴を全て言い終えたところで、一旦言葉が止まる。




「ほ、ほんとに怖くないの?」



「うん、怖くない」



「そ、そっか、怖くないのか。良かった、良かった、えへへ」



 安心したように、はにかむ様子は見惚れるほど美しかった。

 一先ず、納得してくれたようだ。


(ようやくこの天国のような地獄から解放される!)


「アイリス、一ついいかな?」


「なに?」


 僕が声をかけると、アイリスは長い銀髪を右手でクルクルと弄りながら返事をしてくれる。

 声のトーンは高く、目は僕を捉えて離さない。


 傍目にも機嫌が良いことが分かる状態の彼女にこう言うことは言いたくないのだが、僕の精神衛生上言わざるを得ない。


「もう、その服あげるから着てください。お願いします」


 僕が顔を逸らしながら言うと、アイリスは「きゃっ」と声を出して、いそいそと服を着てから言う。



「エッチ……」



 それは不可抗力だと思う。




 しかし、次の瞬間には、僕は自分で自分のことをエッチだと認めてしまった。


(ダメだ、裸に少し大きめのシャツ一枚の破壊力って凄い……)




 ◇◆◇




 それから僕とアイリスは焚き火を囲んで談笑していた。

 アイリスが隣に座ってくれたお陰で火の調子を確認するフリをしてアイリスを直視せずに済んでいる。

 それでも良い匂いはするのだが……


 あと、傷が治りかけているとはいえ、そのままにするのも良くないので乾かした包帯を巻いたりしてあげた。

 服をたくし上げる動作がいやに妖艶で、そこでも精神を削られたが、少しでも早く良くなってくれると嬉しい。


 談笑はほんとうに他愛もない話だったが、今日、元孤児院を出てから休めていなかった僕にとっても休息の時間となった。


「いやぁ、でもまさか銀狼がアイリスだとは思わなかったよ」


「う、うん。バレないようにしてたし」


 もうこの話題を出しても取り乱すことはない。

 アイリスの心が少しでも救われたならこれ以上のことはない。


 僕は冗談めかして、さらに話を続ける。


「僕なんか、最後の方、銀狼に名前付けようと思って考えてたくらいだよ」


 ちょっとした笑い話のつもりで言ったのだが、今までずっと笑っていたアイリスの顔が少し真顔になる。


「それほんと?」


 な、何かまずいことをしてしまったのだろうか?

 今のアイリスには有無を言わさぬような迫力があり、嘘は許さない雰囲気があった。


「う、うん。まぁね、滑稽な話だろ?」


 僕が肯定するとアイリスが深呼吸しだす。


 返事がもらえない僕は何が起こっているのか分からず、アイリスの方を見る。


「今ならできる気がする」


 何が!?

 何ができるんだ?

 しかし、独り言のように呟いていたのでそれに返事をして良いのか分からず呆然としているとアイリスが急に服を脱ぎだす。


「ちょ、ちょっと!急にどうしたの!?」


 首を高速回転させた僕はアイリスの奇行の理由がわからず取り乱す。



「その名前、教えて」


 呟かれた声はアイリスのとは違い、威厳がある男性のような声だった。

 違う声が聞こえた僕は驚いて、アイリスを見るも、そこでさらに驚いてしまった。


 僕の目の前には銀狼の顔があった。


「え、アイリス?」


 銀狼がアイリスだったことは知っている。

 それでもやはり、目の前の銀狼を見てアイリスを想像することはできない。

 というか、喋れるの?

 銀狼の時は「ガルルルル」とか言ってたのに。


 それに凄くかっこいい声なのに女性口調なのでかなり違和感がある。


「名前、教えて」


 名前って、僕が付けようとした名前のことだよな?

 正直、安直すぎて恥ずかしいんだけど……


「名前──」


「──分かった!分かったから!」


 あまりにしつこいので名前くらい言ってあげることにした。

 僕は投げやりに応える。


「ハク、白いからハクって付けたんだ。安直で悪かったね」


 アイリスは僕の言葉を受け止め、一度遠吠えをした後、人間の姿に戻る。


「はぁ、やっぱり疲れるね。あ、これから銀狼の時の私は『ハク』って呼んでね」


 急に銀狼になったかと思えば、すぐに人間に戻るなんて、そんな簡単にできるものなのだろうか。


「うん、分かったから服を着てくれ」


 結局、アイリスが何をしたかったのかは分からなかったが満足そうなので良しとしている。


 それからも話に花を咲かせていると、アイリスはもじもじとしだして何かを言い淀みだした。


「どうしたの?」


 僕が尋ねると非常に言いにくそうに呟いた。


「そ、その、名前何だっけ……?」


 名前?あぁ、僕の名前か。

 確かに今まではあんまり関わってこなかったから覚えていないのも無理はない。


「ライアスだよ。改めてよろしくね」


「ライアス君。ごめんなさい、名前覚えてなくて……」


 アイリスは本当に申し訳なさそうにしている。

 別にそんなに気にすることはないだろう。


 僕がそう言おうとするとアイリスが身を乗り出しながら言って来る。


「やっぱりお仕置きが必要だよね」


 何を言っているんだ、この子は。

 その表情は何か期待しているようで、炎のせいなのか赤くなっていた。

 僕は気圧されて、身体を逸らすもアイリスが覆いかぶさるように距離を詰めて来る。

 


「そ、そんなの必要無いに決まってるだろ」


 そう言うと何故か残念そうにしたアイリスがさらに僕の方に近づいてくる。

 焚き火の炎が青い瞳に反射している。


「助けてくれてありがとう、ライアス君」


 至近距離で僕を見つめながらアイリスは感謝を述べた。

 

「ドラゴンに潰されそうになった時も、川に流された時も、そして過去のトラウマを思い出してる時も、助けてくれてありがとう」


 アイリスは晴れやかな笑顔を浮かべている。


「どういたしまして」


 僕も笑顔で返事をする。

 やっぱり感謝されることは気持ちいいな。

 アイリスを探しに来て良かった。


 しかし、アイリスはまだ話は終わりじゃないとばかりに距離を詰めて来る。

 ただでさえ、近かったのに今では顔が触れ合いそうなぐらい近い。


「二つ謝らないと……」


「な、なにかな?」


 謝ると言っているが、正直それどころではない僕はどもりながらも続きを促す。


「まずは今まで無視してごめんね」


 これはミーちゃんも言っていたな。

 あれは僕にもダメな部分があったからお互い様だ。


「あれは僕にも非があったからお相子だよ。僕も変な意地張ってごめんね」


 あと一つはなんだろうか?

 銀色の髪がお腹に当たってくすぐったい。


 ペロッ


 次の瞬間、至近距離まで迫ったアイリスが僕の肩を舐めた。

 

 え?アイリス?

 

 少しざらざらとした感触が気持ちいいが僕は何が起こっているのか分からず固まる。



「あとはこの傷……私が付けたやつだよね。ごめんね」


 そう言いながら舐め続けるアイリス。

 為されるがままになっていた僕だがハッとして飛びのく。


「分かった、許す。許した。だからもうこの傷は気にしなくていい」


 僕が肩の傷を押さえながら言うとアイリスがほほ笑む。


「肩の傷見てみて」


 そう言うので肩の傷を見てみると、傷がかなり治りかけている。


「ふふ、私の唾液はちょっとした回復作用があるんだ。また怪我したら舐めてあげるね」


 舌を唇に這わせながら言う姿はとても色っぽかった。


(次、怪我したら理性が持たないかもしれない……)


 僕は出来るだけ怪我をしないようにしようと考えたところで急激な眠気に襲われる。


 流石に疲れが溜まっているのかもしれない。


「ごめん、アイリス。少しだけ寝るよ」


「分かった。じゃあ今度は私が見張ってるね」


 銀狼になれるアイリスなら大丈夫だろう。

 僕は眠気に身を任せ、眠りに落ちて行った。




アイリスのトラウマを受け止めたライアスはアイリスと仲良くなれました。

未だ遭難状態は続いていますが疲れに負けて眠ってしまったようです。


さて、アイリスの過去のトラウマとは何なのでしょうか?


次回はアイリス視点で物語を紡いでいきます。


次回、アイリスの過去。

お楽しみに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アイリスが銀狼に変身して、名前を貰ってからライアスを舐め無かったのでがっかりしたらあとでちゃんと舐めた所が良かったですよ 動物に舐められらのは気持ち良いですからねフフフッ 更新ありがと…
[一言] 銀狼ver.のcv.若本規夫でイメージしたら割と違和感なかった
[一言] キャラクターの外見年齢がいまいち分からない。
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