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第17話 アイリスを助けたい

いつも読んでいただきありがとうございます。

皆様の応援のお陰でジャンル別月間ランキングにも足を踏み入れさせていただきました。

感謝いたします!


誤字報告もほんとうにありがとうございます。

自分で気を付けるつもりではありますが、また間違えていたら教えていただければ嬉しいです。

 



「えっ、えっ……」


 一糸まとわぬ姿のアイリスは自分の顔を触りながら驚愕の表情を浮かべている。


 アイリスには所々傷があり、その中でも腹の傷が目立っていた。

 明らかに銀狼の傷の位置と似ている。


 僕は何が起こったのか分からず、その場で固まってしまった。


 いやに雨の降る音がうるさい。


「ご、ごめんなさい。見ないで、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 驚愕だった表情が絶望に染まり、雨に濡れた銀色の髪がくしゃっと潰れている。

 アイリスとは長い付き合いではないが、基本的には穏やかで、落ち着いている印象が強い。

 このように取り乱している姿は想像もできない。


 僕は状況の整理をする。


 今まで魔物だと思っていた銀狼はアイリスだった。


 それが一番自然な答えだ。

 それでも(にわか)には信じがたい。

 確かにヒト族に銀狼族はいる。

 だが、それはもっと犬顔をしているし、身体中に毛が生えていて絶対に人間と見間違うことはない。


 そして、逆に完全な犬の姿になることもできない。

 そのことからもアイリスを銀狼族と即座に判断することは出来なかった。



 僕はそこでようやっと裸を見てしまっていることに気づく。

 今更だが顔を逸らし謝る。


「ご、ごめん」


 それ以外の言葉が出てこない。

 やはり自分の中で、まだ困惑が強いようだ。


 しかし、アイリスの様子がおかしい。


 引き攣ったような荒い息をしていて過呼吸になっているようだ。


 流石に心配になった僕は出来るだけ体を見ないようにアイリスをみる。


「だ、大丈夫か?」


 そう問いかけるも、アイリスの様子は明らかにおかしく、目が見開かれているのに焦点が合っていない。

 それにここは雨の中だ。

 裸なこともありこのままでは体調を崩してしまうだろう。


 僕は自分の上着を着せようとアイリスに近づく。

 しかし、近づいたアイリスは途端に拒絶しだす。


「いや!こ、来ないで!お願い」


 未だ焦点の合っていない目からは涙が溢れていて、雨と涙でぐしゃぐしゃになった顔は絶望感に満ちている。

 僕の方を向いているのに僕を見ていない。

 アイリスは僕では無い誰かを見ているようだった。


 僕が近寄ったことで、座ったまま逃げるように後ろに下がる。



「あ、危ない!」


 後ろは増水した川だ。今の状態のアイリスが川に落ちてしまったら確実に溺れる。

 しかし、僕がさらに近寄ったことでアイリスがさらに怯えて逃げてしまう。


「あっ……」



 アイリスはそのまま手を滑らせ川に落ちていった。


 増水した川の流れはいつもより速く、時間の猶予はない。

 手に持った上着だけ置いて、僕も間髪入れずに川に飛び込んだ。




(冷たい……それに服が重くて上手く泳げない)


 僕は泳ぎが下手という訳ではないが、それでも濁流の中では溺れないよう顔を上げるので精一杯だった。


 川の中は思ったよりも深く、頭の天辺まで浸かれば足が届くが、顔を出した状態だと足が届かない。


 僕は身体に当たる木々などに顔を顰めながらもアイリスを探す。

 下流の方を見るとアイリスが苦しそうな顔で息を吸おうと必死に足掻いているのが見えた。

 アイリスは怪我もしている。

 このままではいずれ、溺れてしまうだろう。


 僕は濁流に身を任せ、流れる速度を上げる。


 しかし、いよいよ追いつくというところで、アイリスの顔が川の中に沈んでしまった。


(まずい!)


 僕も川の中に身を入れ、目を開く。


 汚い水の中で目を開ける痛みに耐えながら、前を見るとアイリスが水の中で苦しそうにしていた。

 お腹からは血が出ており、また傷口が開いたことが分かる。


 僕はアイリスを抱え込み、水の上に上がろうとする。

 しかし、何故かアイリスが動かない。


 見ればアイリスの足が挟まっているようだった。


 息が続かなくなった僕はアイリスを掴んだまま、一度顔を上げ、息を吸ってから再び水中に戻る。


 水中のアイリスはぐったりしており、危険な状態であることが分かる。


(時間がない)


 僕はアイリスの唇に自分の口を重ねて、息を吐く。

 しかし、意識がはっきりしていない為か空気が溢れていってしまう。


 早々に人工呼吸が不可能と判断した僕はそのままアイリスの足下まで潜る。


 どうやら川底から伸びた蔦が絡まっているようだ。


 そこまで深く絡まっていなかったようで、蔦を外すことは思ったよりも簡単だった。



 川に留めるモノが無くなったアイリスの身体は一気に下流に流れていこうとする。

 僕はしっかりとアイリスの身体を自分と絡ませ、川の上に顔を出す。


 慣れない水中での行動に身体が疲労感に包まれる。

 それでもこのまま流れて行くわけにはいかない。


 僕が辺りを見回すと少し先に太い木の枝が川の方まで伸びているのが見えた。


 僕はアイリスを足でしっかりと固定すると両手で木の枝を掴みに行く。


「ぐっ!」


 二人分の重みを両腕で支える痛みに耐えきり、なんとか掴むことに成功した。

 しかし、上流からは今も様々なモノが流れて来ており危険だ。


 それにアイリスの調子もよくない。

 肺まで水が入ってしまったのかもしれない。

 急いで地上に上がる必要がある。


 僕は休まずに両手を使って木の枝を伝っていく。

 途中で大きめの木が当たって来たりしたが、なんとか手を放さずに地上まで戻れた。


 慣れない水中での動きに倦怠感が襲ってくるが今はゆっくりしている時間はない。

 すぐさま、アイリスの人工呼吸と胸骨圧迫を開始する。

 ギルドで習った時は使うタイミングがあるのかと思っていたが、しっかり学んでおいて良かった。


(頼む、助かってくれ……)


 ミーちゃんにあれだけの啖呵を切ったのだ。

 目の前で死なれましたなどと言えるわけがない。


 それに銀狼、いやアイリスには個人的な借りもある。

 なんとしてでも助ける。


 しばらく続けているとアイリスが咳き込みだした。

 すぐさま、顔を横に向け、口を開き、水を吐いてもらう。


 しばらく咳き込んでいたアイリスは、今、ゆっくりとした呼吸を繰り返している。


(一命は取り留めたか……)


 しかし川で濡れた身体は雨が降っていることもあり、急速に冷えていく。


 とりあえずここに居ても、どんどん冷めていくだけだ。


 僕は上に来ていた半袖のシャツを脱ぐ。

 それをアイリスに掛けてから、アイリスを背負い、歩き出す。

 シャツでも無いよりはマシだが上着を置いてきたことが悔やまれる。



 ……

 はぁ……



 こんな緊急事態なのに背中に当たる柔らかい感触にドギマギしてしまう自分に絶望を感じる。

 相手は怪我人だぞ。


 そういえばさっき初めてのキスを……



(せ、せめて雨が防げる場所に行かないとな……)



 心を無にし、目的を再確認したところで、僕は気付く。




「ここ……どこだ?」



 今までは魔力で目印を付けたり、声を頼りにしたりしていたため迷わなかったが川に流されたことで自分の現在位置を完全に見失った。


 ここに長く住んでいるわけでもない僕に土地勘は無い。

 それにここはゲーニッヒ森林。『帰らずの森』と言われている森だ。


 一度迷ってしまえば恐らく元の場所に戻るのは至難の業だろう。



 どうする?戻るか?

 川を下ってきたわけだから川沿いを歩けば元の場所には戻れるだろう。

 幸い、川に飛び込む直前、上着を置いてきた……



 いやダメだな……

 かなり流されたからそこに着くまで時間が掛かる。

 それまでアイリスを雨の中、野ざらしにするわけにはいかない。


 そもそも上着が飛ばされている可能性は高いだろう。



 やはり、この辺りで休める場所を探すしかない。



 ◇◆◇


 しばらく歩いていると銀狼状態のアイリスが休んでいた洞窟とは違う洞窟を見つけた。

 アイリスが休んでいた洞窟より幾分か広いようだ。


 一先ず、雨を凌げる場所に辿り着けたことに一安心する。

 後ろで背負ったアイリスの息は安定しているが身体は冷え切っていた。

 出来れば火を起こしたいが、火を起こすにもこの雨の中では少し手の込んだ準備がいる。

 それまで、待たせるのは可哀そうだ。


 となるとやはり熱源はこれしかない……



 僕は覚悟を決め、アイリスを地面に下ろす。

 アイリスを温める前にせめて傷口の消毒だけはしておこうと、閉じかけている傷口に傷薬を塗り込む。


 応急処置が終わり、ズボンを脱いで、後ろから手を回して抱き着く。

 流石に前から抱きしめる度胸は無い。


 アイリスの濡れた長い銀髪からはとてもいい匂いがしている。

 それに身体の柔らかさが尋常ではない。


(これは治療。これは治療)


 僕は頭の中で「これは治療だ」と言い聞かせながら、アイリスの身体の柔らかさを考えないようにする。


 そのまま右手をアイリスの胸のところに、左手をお腹に持っていき、熱を加える。

 火の魔法を応用したものだ。

 ちなみにこのように相手に火傷をさせないように温度を調整しながら魔法を使うのはなかなか難しい。


 僕が自慢できる数少ないものの中に魔力の扱いがある。

 師匠に教わった時も

『お前の魔力操作は悪くない。でもその魔力量じゃ無用の長物だな』

 と言って笑われ……いや、褒められた記憶がある。

 だからこそ、魔力暴走を行った状態でもある程度の魔力操作ができるのだ。


 少し手に熱を持たせるだけなら火を点けるよりも消費魔力は少なくて済む。


 僕はしばらく無心で続けた後、アイリスの身体が温まったタイミングで外に出る。

 そして、出来るだけ濡れていない太めの木の枝を集めていく。


(次は火を点けないとな)


 僕の魔力は少ないからできるだけ温存したいし、あの体勢は僕の心臓にもよくない。

 ある程度、木の枝が集まったところで洞窟にもっていき、短剣で削っていく。


 雨が降り、湿気た木は火が付きにくい。

 だから濡れた表面を削り中のまだ濡れていない部分を使って焚き火をするのだ。


 晴れた日の木とは言えないが、それなりに乾いた木の破片を用意したところで、魔法で火種を作り、火を点けていく。


 無事に火は点いてくれたようだ。


 アイリスを火の近くに移動させた後、しばらく火の様子を確かめながら木を継ぎ足していき、ここまで来れば大丈夫という所で一息つく。


 一息ついたことでドッと疲れが押し寄せて来るがここで眠るわけにはいかない。

 着ていた服と鞄を火の近くで乾かしながら、いつ魔物が出ても良いように待機する。


 途中で乾いた服をアイリスに掛けてやり、しばらく経つと後ろからもぞもぞと身動きする音が聞こえた。


 どうやらアイリスが起きたようだ。


「え、ここはどこ?」


「ここは洞窟の中だね。えーっと、ここまでの流れは覚えているかな?」


 出来るだけ穏やかに語り掛ける。

 さっき、何故あんなにも拒絶されたのか分からないが、今回はしっかり話し合いたい。


 そう思ってアイリスを見るも、その表情がだんだんと悪くなっていく。


(これは前途多難だな)



 ライアスとアイリスの話し合いが始まろうとしていた。




※ 前回の次回予告で話し合うと言ったのに話し合えず申し訳ありません。


取り乱したアイリスが川に落ちてしまいましたが、なんとか助けることに成功したライアス。

しかし、自分の現在位置を見失い、半ば遭難状態です。


アイリスがライアスを怖がっている理由すら分からない状態でライアスはどのような行動を取るのでしょうか……


次回、ライアス、アイリスを宥めます。

お楽しみに。


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― 新着の感想 ―
[一言] 話したけど話返してもらえなかっただけだからセーフ
[良い点] 良い作品は読者に情景描写を脳内に広げてくれますよね 凄く面白いです! 更新ありがとうございます!
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