第14話 アイリスの捜索
本日二話目の投稿です。
プリエラの血を飲んだ僕はアイリスの捜索に出ていた。
まさかプリエラが吸血鬼だったとはな……
やはり魅了の魔眼的なモノを使っていたのだろうか。いや、本人も言っていたけど関係ないだろうな。
『血の契り』をしている最中のプリエラはなんというか迫力があったな。
元は黒かった目が濃い赤に光っていて、およそ、正気の状態では無かった。
あれだけ身体を押し付けられたら僕の理性が危なかったため押し返したが、血を吸われる感覚は悪く無いように思えた。
それに、プリエラの血が予想以上に美味しくて正直びっくりした。
少なくとも今まで飲んできた飲み物の中では一番美味しかった。
吸血鬼についてはあまり詳しくなく、『血の契り』のことを知らなかったとは言え、身体が丈夫になったならそれに越したことはない。
今はアイリスの捜索が目的なので装備は身軽にしている。
いつもの短剣二本とスリングショット、それに腰に巻きつける形の小さな鞄だ。
もし、アイリスが昨日の夜から出ているならお腹も空いているかもしれない。
近くで仕留めた動物の肉をすり潰した団子をいくつか持ってきている。
もしかしたら怪我をしているかもしれないから近くに薬草が生えていればそれらを練り混ぜていくつもりだ。
包帯や傷薬も持ってきているため応急処置程度はできるだろう。
足場の悪い道を歩きながら短剣を眺める。
短剣と言っても凄い業物と言うわけではない。
これまでの冒険でかなり刃こぼれをしている。
やはり近いうちに街に行かなければならないだろう。
さて、アイリスの捜索の方だがミーちゃんは川に水を汲みに行ったと言っていた。
当てもなく探すよりは可能性が高いだろうと今は川沿いを歩いている。
……ォォォォン
……ォォオオ
どこかから遠吠のような声と低い咆哮が聞こえる。
低い咆哮は最近よく聞いているドラゴンのものだ、そうだとすればこの遠吠は銀狼のものか。
だが僕は銀狼の声を聞いたことはないので別の魔物という可能性もあるのだが……
音が同じ方向からしたことからも戦っていることもあるだろう。
その声に身体は否応なしに震える。
それでも聞こえた以上見に行くしかない。
そこにアイリスがいる場合、最悪の状態になっている可能性が高いが確認に向かう必要がある。
僕は覚悟を決めて声のした方に向かう。
◇◆◇
あれからしばらくして、恐らく問題の地点であろう場所に着いた。
覚悟は決めていた。
そもそも途中から鼻を刺すほど強烈な匂いで気付いてもいた。
だがそれでも目の前に広がる景色に顔を顰めずにはいられない。
目の前はまさに血の海だった。
地面はもちろん、周りの木々にもその血痕が広がっており、大きな魔物が暴れたのかなぎ倒されている木々も多かった。
──ここが決戦の地
それは一目瞭然だった。
そして、血の海に浮かぶのは大きな魔物。
(これはドラゴンか?)
その大きさは十メートルはあるだろう。
ドラゴンと言っても地竜の類いだ。
見ると巨体に比べ短く太い四本の足があり、翼の部分は異様に小さくこの巨体を浮かび上がらせることは出来そうにもない。
体のあちこちに切り傷があり、その首筋には何かに抉られたような痕があり絶命していた。
明らかに強い魔物だった。
空を飛べないとはいえ、もし街に向かうとなれば緊急クエストが出され、街の有力な冒険者総出で掛かって勝てるかどうかの勝負になるはずだ。
そんな魔物が死んでいる。
それはつまり、この魔物より強い魔物がいるということに他ならない。
この場合、恐らくはあの銀狼ということになるだろう。
所々に銀色の毛が血の海に浮かんでいることからも想像できる。
確かにあの速さで翻弄すればこの巨体を持つドラゴンにも勝てるかもしれない。
辺りを観察していた僕は血の海の中に浮かぶ何かに気づく。
これは毛皮?
血を吸って真っ赤になった布の欠片のようなものを広げる。
「う、嘘……だろ……?」
それは間違いなくホワイトベアの毛皮だった。
何せ自分で加工して作ったのだ。
その特徴は覚えている。
この布切れは僕が加工したホワイトベアのものだ。
見渡すと赤く染まった布切れが辺りに散乱していた。
間違いなくアイリスの服だろう。
他の四人が元孤児院にいることは出る前に確認した。
僕は一つ深呼吸する。
まだ可能性はある。
辺りには散乱した布切れこそあれ、人の影は見当たらない。
丸呑みということも……いや考えるな。
今はアイリスの無事を信じて探すだけだ。
その決定的な証拠が見つかるまでは。
僕はアイリスの服の切れ端を腰の鞄に仕舞い込み、落ち着いて辺りを見渡す。
倒れた木々の先に血が続いている道がある。
その量はかなりのもので深手を負っていることは想像に難くない。
この血が誰の血かを判断することはできないがそのことを確かめるべく僕は血が続く道に足を進めた。
暫く血の跡を追って見つけたのは小さな洞窟だった。
あまり入り口は広くないようだ。
その洞窟の中に血は続いていた。
今、雨が降っていることもあり、洞窟は薄気味悪く、その中を外から伺うことはできない。
(罠の可能性もある)
あからさまに血が洞窟まで続く跡は誘い込んでいるようにすら感じてしまう。
僕は辺りを警戒するが特に気になることはない。
(入るしかない、か……)
罠だと思っていつまでも入らないと先に進まない。
意を決し、僕は洞窟の中に進んだ。
洞窟に入った瞬間、ツンとした血の匂いが鼻にこびりつく。
僕は右手の指に火を灯す。
プリエラを助けた時に魔力暴走してから幾らかの日が経った。
未だ完全回復とは言えないが灯り代わりの火を灯すことぐらいはできる程度には回復した。
腰をかがめながら左手に短剣を持ってゆっくりと足を進める。
中からいきなり何かが飛びかかってきた時に少しでも対応できるようにだ。
あの銀狼が襲ってくれば対応できないかもしれないがしないよりはマシだろう。
外にも気を張りながら進んでいくと洞窟の奥に何かの気配を感じた。
荒い息遣いが聞こえる。
この先に何かいる。
それは間違い無いだろう。
覚悟を決め、足を進める。
(あの時の銀狼か?)
そこには口や身体から血を流し、荒い息を吐く銀狼の姿があった。
体長は五メートルくらいであの時、僕を襲ってきた銀狼で間違い無いだろう。
今は眠っているようでその身体を丸め込んでいる。
どうする!?逃げるか?
今、この銀狼が目を覚ませば僕の命は呆気なく散るだろう。
いくら傷を負っているとはいえ、僕一人くらい十分に殺せる力は残っているはずだ。
それに、獣や魔物は手負いの方が危険なこともある。
ここでは逃げの一手を取るべきだ。
そう理性は訴えかけてくる。
自分より明らかに強い相手がいた場合、最善となるのは逃げること。
『逃げることは恥では無い、生き残りさえすればまた次がある』
師匠のいつかの言葉が頭に響く。
僕はその言葉を噛みしめ──
──封じ込めた。
今は、ここにアイリスがいるかもしれない。
そして、今も生きているかもしれない。
その可能性が僅かでもあるのならここを捜索しない訳にはいかない。
僕は音を立てないように銀狼に近づく。
その目は閉ざされており、起きる気配は無い。
かなり消耗しているのだろう。
それは流れている血の量からも分かる。
ここで殺してしまうという選択肢は僕には無かった。
確かに千載一遇のチャンスではある。
だが、ここで銀狼に攻撃を仕掛けても致命傷を与えることはできない。
それに優先順位はしっかりとつけておかなければならない。
今の最大の目的は銀狼を仕留めることでは無い。
アイリスを探し出して助けることだ。
もし、ここで僕が深傷を負ったらアイリスを探しにいくことができなくなる。
それだけは避けたかった。
銀狼が寝ていることを確認すると僕は銀狼の周りをそっと見て回る。
至る所に血の水たまりが出来ており、このまま放っておいても死んでしまうのでは無いかという気すらしてしまう。
洞窟の入り口から銀狼を挟んでちょうど反対側に来た。
どうやらこの先は行き止まりのようだ。
アイリスの姿は見当たらない。
良かったのか、良くなかったのか複雑な気分で僕はここを去ることに決める。
しかし、その時、アイリスが居なかったことに気を取られ、足元が疎かになっていた。
地面から隆起した小石に躓いてしまう。
咄嗟に足を着くも、そこは血溜まりだった。
ビシャッ!
血溜まりに勢いよく足を突っ込んだことで洞窟内に大きな音が鳴ってしまった。
僕は恐る恐る、銀狼の方を見る。
ガルルルル!!
そこには血を垂らしながらも既に臨戦態勢で洞窟の入り口を背に低く唸っている銀狼の姿があった。
その眉間に深く刻まれた皺を見ると心地良い気持ちで無いことだけはわかる。
(まずい、まずすぎる)
ライアスは絶体絶命のピンチに陥っていた。
アイリスの捜索に出たライアスですがアイリスを見つけることはできず、代わりに出会ったのがあの時の銀狼でした。
ドラゴンとの戦いのせいなのか、かなり消耗している銀狼ですがライアスは太刀打ちできるのでしょうか?
次回、ライアスの選択。
お楽しみに。