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カナリナの想い

 



「あんた、よくそんなほいほい来れるわね。なんか、魔法屋敷から出られないんじゃなかったの?」


「いやぁ、普通はそうなんだけどねェ。カナリナ嬢が私の魔力を存分に染み込ませてくれたお陰で、こうして分身体を送り込めているという訳さァ」


「……」


 あたしは今、魔法屋敷から分身を送り込んできたハリソンと会話をしていた。

 魔法屋敷から出ることが出来ないハリソンだが、その魔力を外に持ち出せば分身体として召喚出来るらしい。

 ハリソンが言っているのはあたしが、ハリソンの屋敷で貰った惚れ薬のことだろう。

 結局、アレはほとんど床に零してしまったから、この辺りにはまだまだハリソンの魔力が残っているのだ。

 その残った魔力を使って、こうして分身を作り出しているらしい。


「それで、この魔法のことなんだけど……」


「ふむふむ。それはこうなるんじゃないかな?」


「なるほど。ありがとね。あんたは変態だけど、優秀よね」


「お褒めに預かり光栄だねェ。とはいえ、カナリナ嬢も中々のものだよォ。何せまだ魔法が使えるようになって一年も経っていないのにこれほどの魔法を極めているのだからねェ」


 ハリソンのそれはお世辞ではないようだ。

 だが、素顔が仮面に隠れているので、なんというか胡散臭さが残る。


「うーん。まぁ、それは良いともォ。それで、ライアス君とはどうなったのかね?」


「な、なんで、そこでライアスの話になるのよ」


 あたしは少し顔が赤くなるのを自覚しながら聞き返す。


「いやいや、君達を見ていれば嫌でも分かるよォ。君たちはみんな仲良しみたいだからねェ。それはそれで良いとは思うが、私は個人的にカナリナ嬢を応援しているからねェ。その進退は気になるとも」


「進退もくそも無いわよ。別にあたしはみんなと楽しく過ごせたら、それで良いのよ」


「いやァ、嘘は良くないねェ。この前、ライアス君のことで悩んでいるのを聞いてしまってねェ」


「な、なんでそれを知ってるのよ!」


「いやァ、今のは嘘なんだけどねェ、って魔法を展開するのは止めてくれたまえ!」


「幾らあんたでも分身体の魔力が尽きるまで戦えば消えるわよね」


「わ、悪かったとも。でも、それで良いのかい?」


「別に良くは無いけど、悪くも無いわよ」


「ふむふむ」


「はぁ、まぁ今日のところは部屋に戻ることにするわ。話を聞いてくれてありがとね」


「礼には及ばないとも。こうして魔法の話をする友がいるのは喜ばしいことだからねェ」


 あたしはハリソンとの話をそこそこに切り上げる。

 最後に変なことを言われてしまったせいで、調子が狂ってしまったけど、ハリソンとの会話で得られるものはとても多い。

 ああいうところも含めて、あたしはハリソンに好感を持っていた。




「ちなみにだが、余計なお世話をすることに関しては、我が同業者ロン君にもお墨付きをいただいているものさ。というより魔法屋敷自体が余計なお世話をする構造だからねェ!」


 その言葉はあたしには届かなかった。



 ◇◆◇


 始めに感じたのは妙な閉塞感だった。

 いつもならそろそろ朝日が昇って日差しが入ってくる頃だけど、どうにも暗い気がする。

 今日は曇りなのだろうか。

 そんなことを無意識に思いながら、あたしは目を開いた。


「あれ?」


 あたしは夢でも見ているのだろうか。

 そこにはいつかの魔法屋敷のような空間があった。

 洞窟のような暗さの中に、蝋燭の明かりのような明るさだけが残っている。


「ん、んぅ」


 あたしが事態を把握できずにいると、隣で誰かの声が聞こえて来た。


「っ」


 あたしは人の気配に急いで振り返ると、そこには今目覚めたように目を擦るライアスの姿があった。


「え!? ライアス?」


 あたしの隣でライアスが眠っていたのだ。

 いや、正確には隣のベッド、というべきだろうか。

 とにかくあたしとライアスは異空間にベッド毎運び込まれてしまったらしい。


 ◇◆◇


「てことは、これはハリソンの仕業ってこと?」


「ええ、恐らくはね。昨日の今日だから……」


「昨日の今日って、昨日何かあったの?」


「べ、別に大したことじゃ無いわよ。ちょっと魔法のことを聞いてたの」


「ふーん」


 流石に昨日のことを言う訳にはいかない。

 とにかく、これはハリソンの仕業だと考えた方が良い。

 微かに周囲からハリソンの魔力を感じることからもそれは間違いない。

 しばらくライアスとベッドの上に座っていると、どこからか声が聞こえて来た。


『そろそろ話は一段落したかな? ようこそ、いらっしゃいましたァ! ライアス君、カナリナ嬢。君達を歓迎するよォ!』


「ハリソン、また何かしたの?」


『またとは何だねェ! またとはァ! まぁ、そう言われても仕方がないし、実際、また何かしたんだけどねェ!』


「ちょっと、ハリソン。もし昨日の件でこうしたなら、やめてちょうだい。こんなことでライアスに怪我をさせたら許さないわよ」


『心配いらないともォ! これはあくまで夢のようなモノだからねェ! 詳しい説明は省かせてもらうけど、怪我をする恐れは無いよォ』


「夢ってことは、今居るカナリナも僕が作り出した幻ってこと?」


『いやいや、ライアス君とカナリナ嬢の意識は繋げているからねェ。ここでのことはライアス君もカナリナ嬢も覚えていると理解してくれて構わないよォ!』


『というより、最近ライアス君達が遊んでくれないからねェ。私も寂しくなってしまったという訳だァ。だが、日中は忙しい。となれば、後はもう夢の中くらいしか無いだろう?』


「確かに……まぁ、怪我とかが無いなら頑張ろうかな。それで良い?」


 ライアスがあたしに話を振ってくる。

 ライアスは毎回、こうやってあたしの意見を聞いてくれる。

 そのことに少し嬉しさを感じながらあたしは頷く。


「ええ、問題無いわよ」


 恐らくこれはハリソンがあたしのために用意してくれたものだろう。

 嫌な予感がしないでも無いけど、ライアスも乗り気だし、付き合おう。


『いやァ、久々で腕が鳴るねェ』


(も、もしかしたらハリソンが楽しみたいだけじゃないかしら……)


 ハリソンの上機嫌な声に顔が引き攣りそうになったが、ハリソンは構わずにルール説明に移った。


『君達にはこの先のゴールに向かってもらうよォ! 途中の障害は乗り越えてくれたまえェ! ゴールすれば豪華景品も用意しているからねェ!』


 そんな訳であたしとライアスはハリソン主催の遊びに参加することになった。


 ◇◆◇


「これを使って敵を倒すのかな?」


「そうね。ナイフだけは大量にあるわね」


 あたしとライアスは薄暗い通路を注意深く進んでいた。

 ハリソンが夢と言ったのは本当なのだろう。

 頬をつねっても痛みは無いし、服装だって寝た服とは違う動きやすい服装になっていた。

 それ以外に一つ、普通とは違う点を挙げるならこの腰に巻き付いたベルトのようなモノだろう。

 腰の端にはナイフが入るポケットのようなモノがあり、その中に十本ほどのナイフが入っていた。

 ちなみにこのナイフは一つ取り出すと、また中にナイフが生まれるので今の所ナイフの残数は限りないと言える。


「でも、魔法が使えないのはきついね」


「そうね。まぁ、夢だし仕方ないわよ」


 そう、最後にいつもと違うのは魔法を使えないという点だ。

 夢だからと言われてしまえば終わりだが、最近はどんなことをするにも魔法を用いていた。

 その魔法が制限されるというのはかなり違和感のあることだった。


「まぁ、でも、魔法が無くたって戦えるってことを証明してあげるわよ」


「それは頼もしいね」


 あたしがライアスと談笑していると、あたしの視界の端が何かを捉えた。


「あれ? 今、何か──」


 その影を追って視線を横に向けると、そこには瞳が無いゾンビがこちらに向かってきていた。


「──きゃああああ!!」


 あたしはびっくりしてゾンビから逃げるようにライアスに縋りつく。

 その際反射的にゾンビに魔法を放とうとしたが、不発に終わり、ただライアスに抱き着く形となった。


「おお、ゾンビか。これを倒せば良いのかな?」


 あたしが抱き着く形になると、守るように身体を入れ替えたライアスがあたしを支えている手とは逆の手でナイフを放り投げる。

 投げたナイフは至近距離だったこともあって、ゾンビの頭に吸い込まれていった。


 ナイフを受けたゾンビは灰になったように消えていく。


「今のはびっくりしたね」


 あたしはそう言って支えてくれるライアスの顔を見る。


「っ」


(なんで、こんなに頼もしいのよ!)


 あたしは赤くなった顔を見られないようにライアスから離れると、お礼を言う。


「助かったわ。正直急に出てきたからびっくりしちゃって……」


「確かにアレはびっくりしたよね。でも、やることははっきりしたね。それじゃあ行こうか」


 そう言って先に進もうとしたライアスが不思議な顔をしてあたしの方を見た。


「な、何よ……」


「え、いや、服……」


 ライアスが不思議そうにライアスの服を掴むあたしの手を見る。

 あたしらしくないのは分かってる。

 それでも、今はこの手を離すことが出来なかった。

 あたしが何も言えずにいると、ライアスは優しい笑顔になる。


「ほら、手の方が良いんじゃない?」


「う、うん」


 魔法が使えなくなったせいもあってか、今はこの温もりを離したく無かった。

 あたしはライアスに導かれる形で先へと進んで行った。


 ◇◆◇


 そこからの敵もやたらと恐怖心を煽る奴ばかりだった。

 今まで貴族として暮らしてきたあたしが見たこともないような化け物ばかりで、その度にあたしはライアスに抱き着く形となった。

 いつもなら絶対に出来ないが、もうそんなことを気にする余裕すら無くなっていたのだ。


「なんか、もう手を繋いでいるというより左手とカナリナが一体化してるよね」


「あたしだって分かってるわよ。じゃ、邪魔?」


 今手を離せと言われたら、どうしていいか分からなくなるかもしれない。


「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だって。幸い出てくる敵は攻撃をしてこないからね。右手だけでもなんとかなるよ」


「そ、そう。良かった……」


 完全にお荷物なあたしを庇いながらも、ライアスは次々と敵を倒していった。

 そんな風に敵を倒しながら進んでいたライアスがふと、言葉を零す。


「でも、いつもは逆の立場だから、ちょっと嬉しいかも」


「え?」


「いつもはカナリナとか、みんなに助けてもらう方が多いからさ。特にカナリナは僕達のことを色々と助けてくれるからね。たまにはこうやって頼られるのも良いなって思ってね……まぁ、ゾンビとかが苦手なカナリナは嫌だろうけどさ」


 そんなことはない。そうやって言うのは簡単だけど、ライアスはまた苦笑いするだけだろう。

 だから、あたしは少しだけ素直になってみる。


「……あたしも、こうやって、その甘えられるのは良いかも……」


「そ、そっか……あ! ゴールについたみたいだね」


 少し慌てたように視線を逸らしたライアスが歩みを止める。

 あたしもライアスに習って前を見ると、そこにはニヤリと笑った仮面を付けたハリソンが居た。

 いや、いつも同じ仮面を付けているけど、何故か今は本当に仮面の下もニヤニヤとしてそうだと思った。


「いやァ、ライアス君には簡単すぎたかなァ?」


「ううん、楽しかったよ」


「楽しんでくれたなら何よりだよォ。カナリナ嬢には刺激が強かったようだけどねェ」


「う、うるさいわね」


「それでは景品はこちらだよォ。はい、ライアス君にはこれ」


 そう言って取り出したのは手に収まるくらいの何かだった。

 卵型をしたそれは、何か突起物のようなモノがついている。


「これは何なの?」


「それはだねェ。まぁ、使ってみるのが一番早いんじゃないかねェ! その突起を押しながら好きな景色連想してくれたまえェ!」


「えーっと、はい」


 ライアスがその突起を押し込みながら何か念じると、今まで薄暗かった空間がのどかな花畑へと変化した。


「うおっ!」


「綺麗……」


 あたしはその花畑に少し魅入られていた。


「ふむふむ。気に入ってくれたようだねェ! これはあくまでここでしか使えないからねェ。存分に味わってくれたまえェ! 時にカナリナ嬢。少しこちらに来てもらえるかな?」


「え、ええ。良いけれど……」


 少し名残惜しさを感じながらもライアスの手を離したあたしはハリソンへと近づく。

 ハリソンは相も変わらずニヤニヤとしながら、メガホンのようなモノを手渡してきた。


「これは本音でしか話せないメガホンだとも。カナリナ嬢が素直になれないというのなら、このメガホンを通して話すと良い。伝えたいことがそのまま伝わるだろう」


「……」


 あたしはハリソンからそのメガホンを受け取る。


「それではカナリナ嬢の健闘を祈っているともォ」


 そのままハリソンはどこかへ消えて行った。

 その場に残っているのは花畑に居るあたしとライアスだけだ。


「あれ? ハリソンは?」


「これだけ渡して消えて行ったわ」


「それは……メガホン?」


「まぁね。それより、この花畑ってなんなの?」


「ああ、僕が師匠と森で修行していた時に見つけた場所だね。すごく綺麗だったから今でも覚えてたんだよ」


「そう。確かに綺麗ね」


 これは夢のはずなのに吹き抜ける風すら感じる程の再現性だった。

 ライアスは花畑に座り込むと空を見上げた。


「夢とは思えないね……」


「ええ。そうね」


 あたしはメガホンを手にライアスの隣に座り込む。

 そして、メガホンを花畑にそっと置いた。


「ねぇ、ライアス」


「うん?」





「好きよ」



「もう全部ひっくるめて好きよ。もう好きすぎてどうして良いか分からないくらい好きよ」


 あたしの心臓は今、おかしくなっているだろう。

 思っていることを伝えるのがこれだけ、緊張するとは思わなかった。


「僕も好きだよ。仲間のために一生懸命で、ちょっと不器用なところもあるカナリナがね」


 あたしはその言葉を聞いて、ライアスの胸に顔を埋める。

 今のあたしの顔は見せられたものでは無いだろう。

 それを悟ってか、悟らずかライアスは何も言わずに頭を撫でてくれた。


 どれだけ、そうしていただろうか。

 あたしがようやっと顔の火照りが冷めそうになった頃にライアスが思い立ったように立ち上がった。


「そうだ」


 何を思いついたのか、ライアスはせっせとお花を摘んでいっている。

 しばらく花を集めると、ライアスはそれを編んで花冠を作ってくれた。


「はい。昔作ったことがあるんだよね。良く似合ってるよ」


 あたしは頭の上に乗せられた何かに触れながら、ライアスの笑顔に魅入られる。

 ああ、やっぱりこの笑顔の隣であたしも笑っていたいな。


 そう思ったあたしはライアスに負けないくらいの笑顔で応えた。


「ありがとう。ライアス」






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