第121話 建国準備
今日はもう一つ投稿する予定です。
「お久しぶりです。団長」
「おう。つってもまだ一週間ちょっとしか経ってねぇのか」
あれから師匠の魔法で王都近くまで飛んだ僕達はヘリスさんの案内でカインさんのところへと向かった。
そこでの話はうまく進み、今はフィーリアさんとカインさんが話を詰めているところだ。
僕はその間に挨拶をしておこうと、団長の元を尋ねていた。
ちなみにカナリナはアイリスにこの国のことを教えると言っていた。
アイリスも少し興味があるのか、カナリナの話に夢中になっていた。
そんな訳で一人抜け出してきた僕は団長に習って芝生の上に座った。
「ほんとは客人なら茶の一杯でも出すべきなんだろうが、今日はここで勘弁してくれ」
「いえ、それより鍛錬の邪魔では無かったですか?」
先ほどまで団長はここで訓練をしていたからな。
僕を見てその手を止めてくれた団長に申し訳なさを感じていると、団長は快活に笑った。
「がはは、気にする必要はねぇよ。ライアスとはあれからずっと話してぇと思ってたんだ」
あれから、とはあの戦争からということだろう。
「色々とすまなかった」
そう言って団長は頭を下げた。
「だ、団長。頭を上げてください」
僕はそれから団長がどうして、あの戦いに参加したのかを聞いた。
どうやら、団長はアーノルド王から「エルフが人間に攻め込む準備をしておる。それを食い止めるのを手伝ってくれ」と話を持ち掛けられたらしい。
「人間がエルフに恨まれてるのは分かってたからよ。特に疑いもせず信じちまったぜ」
なるほど。だから団長はあそこにいたのか。
団長の性格を考えれば、エルフの侵攻は食い止めようとするだろう。
僕が団長の話に相槌を打っていると、団長は空を見上げて難しい顔をした。
「ほんとはエルフにも直接謝罪に行きたいんだが、いかんせん場所も分からねぇし、こっちも忙しいからよ」
「そういえば、今、団長は何をしているんですか?」
「まぁ、騎士団連中の混乱を防いでるってとこだな。まぁ、国が色々大変だからよ。ここで騎士団が崩れたらそれこそ、どうしようも無くなるからな。俺は政治のことは分からねぇから、また何か指示があるまでここで過ごしてるって訳だ」
「団長、慕われてますもんね。やっぱりカルーダの街に来るまでは王都に居たんですか?」
「まぁな。色々あったんだよ」
団長はその部分をはぐらかした。
まぁ、団長が言いたく無いのなら無理に聞く必要は無いか。
団長の話を聞いたところで、僕はふとフィーリアさんのことを思い出した。
確か団長もフィーリアさんのことを気に掛けていたような気がする。
団長にも先んじて教えておいてもいいかも知れない。
「もしかしたらそろそろ国の方にも動きがあるかもしれませんよ」
「どういうことだ?」
「今は王が居ないというところが問題だったと思うんですけど、それが決まるかもしれません」
「へぇ、ようやっと決まるのか。ってなんでライアスは知ってるんだ?」
団長は不思議そうに眉を上げる。
確かに団長より僕に先に話が行くことはおかしいからな。
「ああ、実はその王になる人ってフィーリアさんなんですよ」
僕は話の流れで軽く名前を出した。
だが、団長は僕の話を聞いて動きを止めた。
「すまねぇ、もう一度言って貰っても良いか?」
「え、えっとフィーリアさんが王になるって話です……」
団長は僕の言葉を噛みしめているようだ。
「フィーリア様が……」
団長の様子を見るに、フィーリアさんに並々ならぬ思いがあるようだ。
以前もそれは感じていたけど、今の反応を見てそれは確信に変わった。
「団長はフィーリアさんと知り合いなんですか?」
僕は思い切って尋ねてみた。
団長も隠すつもりは無かったのか、どこか遠くを見ながら話し始める。
「ああ、フィーリア様の昔のことは聞いたか?」
「大災害に巻き込まれたこと、ですか?」
フィーリアさんは昔大災害に巻き込まれて、生き残った唯一の人物だったはずだ。
そこでフィーリアさんの母親も亡くなってしまったので、その復讐のためにずっと大災害を追っていたのだ。
でも、これを団長が知っているということは、まさか……
「当時、俺はフィーリア様達の護衛をやってたんだ。だが、その日だけは非番でな。知らせを受けた俺が向かった時には絶望に染まった顔のフィーリア様がそこに居た。まぁ、俺はその時守れなかった訳だ」
なるほど。
だから団長はフィーリアさんのことを気に掛けていたのか。
「ライアス、一つ聞きたいんだが、フィーリア様は自分から王になりたいと言ったのか?」
「そうですね。フィーリアさん自身で決めてました」
「そうか」
僕の答えを聞いた団長は笑みを浮かべた。
「団長?」
「いや、なに。王をお守りするのが近衛騎士団の役割だ。その対象がフィーリア様になるというなら俺としても嬉しいってことさ。おっとお迎えが来たようだぞ」
団長に言われて正門の方を見れば、フィーリアさんがカナリナやアイリスを連れて来ていた。
「ほんとですね。フィーリアさんも居ますけど、挨拶しますか?」
「いや、今は良いさ。俺が居たら気を張らざるを得ないだろうからな。俺のことは良いからいってやってくれ」
「そうですか。それじゃあ、団長、失礼します」
「ああ」
恐らくこれから団長と会う機会は減るだろう。
僕は他種族国家の件で忙しくなるし、団長も混乱する騎士団を纏めるのに手いっぱいになるはずだ。
そのことは団長も良く分かっているのだろう。
団長の方から声が掛かった。
「ライアス、お前と会えてよかったぜ。またな」
「はい。団長もお元気で」
僕は一度団長と握手を交わすと、みんなの元へと戻った。
◇◆◇
「フィーリアさんの方はどうなりましたか?」
「何も問題は無かったすよ。カインさんも誰か王のなり手が欲しかったんでしょうし、後は私が上手くやるだけっす」
フィーリアさんの表情には確かな自信が見えている。
フィーリアさんが王になりたいと言っても、他の大臣などが了解しなければ混乱は避けられないらしいからな。
その大臣たちとの話し合いが近々あるそうだ。
だが、フィーリアさんの顔を見る限り問題なさそうだな。
「それは良かったです。ということは、フィーリアさんはもう王都に残る形ですかね?」
「そうなるっすね。明日にでも面会が出来るように調整して貰ったっすから……というより王になれば当分は動けそうに無いっすね」
それは仕方が無いことだろう。
フィーリアさんが新たに王になるのなら、色々と勉強しなければならないこともあるだろうし、何より国を安定させなければならない。
師匠や団長、カインさんの助けがあるとはいえ、それは厳しい道のりのはずだ。
「そうですか。それならここで一度お別れですね」
僕達だっていつまでもここに居る訳にはいかない。
出来る限り早く家に帰った方が良いだろう。
「そうっすね~。ライアスさん達とも当分会えなくなりそうっすね~」
それだけは残念っす、と少し表情を曇らせたフィーリアさんは一度顔を振ると僕の方を見た。
「まぁ、ライアスさんがあっちで王様になるなら、また会う機会もあるっすよね」
まだ、僕が王様になると決まった訳じゃ無いけどね……
でも、そんな野暮なことは言わなくても良いだろう。
僕は「そうですね」と頷くとフィーリアさんと握手をした。
その後、フィーリアさんはカナリナの元へと歩いていった。
「カナリナ様……」
「その、カナリナ様ってそろそろやめなさいよね。もう立場も逆転したんだし」
「そうっすね。まぁ、私の中でカナリナ様はカナリナ様なので、そこは譲れないっすけど」
「なんでよ。それならあたしもフィーリア様って呼ぶわよ」
「ちょ、ちょっとそれは無しっすよ」
基本的に誰にでも明るいフィーリアさんだけど、一番自然な笑顔を浮かべるのはカナリナと話している時なんだよな。
昔、フィーリアさんはカナリナの屋敷で働いていたことがあるらしい。
フィーリアさんに聞いた話では魔法関連の書物があるアムレート家に用があっただけみたいだが、カナリナのことは本気で好いているようだ。
でも、それは二人の顔を見れば一目瞭然だった。
どちらも良い顔で笑っている。
二人は少し言いあって疲れたのか息を整えていた。
「はぁ、でも、カナリナ様との約束は忘れて無いっすからね」
「約束?」
「カナリナ様は立派な魔法使いになったっすから、私が責任を持ってカナリナ様のことを物語にしてあげるっす」
いつかカナリナがフィーリアさんとの約束のためにここまで頑張ってきたんだと言っていたのを思い出す。
「ふふ。そうね。楽しみにしているわ。なんて言ったってフィーリアの物語は最高なんだから」
その約束はどちらも忘れていなかったようだ。
「心配せずとも国民全員に届けるっすよ~」
「え、ちょっと待って。なんか急に恥ずかしくなってきたんだけど!」
「なんて言ったって私は王様になるんすからね~。みんな私の話を聞いてくれるはずっす」
最後におどけたフィーリアさんと顔を赤くしているカナリナを見て僕も笑みを浮かべる。
僕も最後に挨拶をしておくか。
「師匠」
「ん? なんだい?」
「いえ、しばらくは会えませんからね。最後に挨拶をと思いまして」
「そんな殊勝なことをしてもらえるような程偉くは無いよ。でも、そうさね。ライアスには色々と世話になったね」
確かに師匠とは色々あったな。
でも、お世話になったというのであれば僕の方が助けてもらったことは多いだろう。
「そこはお互い様ですね」
「ふ。ほんとに良い男になったね、ライアス。また落ち着いた頃にあの子を連れて行くからね。それまでに色々と終わらせておきな」
「はい。お待ちしておりますね」
次に師匠達が帰ってくるまでには他種族国家の件も終わらせておかないとな。
師匠の激励を受けた僕達は、そのまま帰路へと着いた。
◇◆◇
「アイリス、ありがとう。結構長旅だったけど、大丈夫?」
「うん。全然平気だよ~」
あれから巨人族の里へと向かった僕達はそこで一晩過ごしてから家へと戻ってきていた。
もう家は近いので、不用意に驚かさないためにもアイリスの銀狼化は解いている。
「でも、ミーちゃんのお父さん、こっちに住んでくれないって言ってたね」
「まぁね。仕方ないよ。それに前向きに返事してくれた方だと思うよ」
そう、僕はアルストリアさんにこっちに来ないかと誘いをかけた。
結果的には断られてしまったけど、それも仕方が無いだろう。
僕はアルストリアさんとの会話を思い出す。
◇◆◇
「──という訳なんですが、アルストリアさん達もどうですか?」
僕の話を聞いたアルストリアさんは神妙な顔をしている。
「我はライアスの言うことはなるべく聞き入れたいと考えている」
アルストリアさんは「だが……」と話を続けた。
「だが、それはお互いが望む結果にはならないと考えている」
「望む結果にはならない、ですか……」
「ああ、ライアスも知るところだろうが、我らは力こそ正義。そのような考え方でここまで生きてきた。ライアス達と触れあう中でそれ以外の要素があることは理解したつもりだ。だが、それでも巨人族に根付いたこの考え方は消えるモノではない。こんな状態でライアス達の場所へ行けば間違いなく問題が起きるだろう。だから我々は少し様子を見させてもらうことにする」
なるほど。
アルストリアさんの考えは確かに起こり得る可能性が高いモノだった。
というよりそれだけ僕達のことを考えてくれていたんだと知り、僕は嬉しくなった。
「分かりました。確かにアルストリアさんの言うことは十分にあり得ることだと思います。ですが、巨人族だけでは困ることもあるでしょう。何かあった際はいつでも来てくださいね」
「ああ、感謝する」
◇◆◇
これが昨日の僕とアルストリアさんの会話だ。
アルストリアさんの言っていることは正しい。
後は僕がアルストリアさん達にとっても住みやすい場所づくりが出来るかどうかだ。
僕がアルストリアさんとの会話を思い出していると、遠くから僕らを呼ぶ声が聞こえて来た。
「あ、お兄ちゃん~、カナリナちゃん~、アイリスちゃん~」
前を向けばミーちゃんが満面の笑みで走って来た。
ミーちゃんをしっかりと受け止めた僕は笑顔を向ける。
「ただいま、ミーちゃん」
「みんな、待ってたよ~」
アイリスやカナリナもミーちゃんを見て顔を綻ばせた。
ミーちゃんにはみんなを笑顔にする力があるからな。
「どう。僕が居ない間に何かあった?」
「え? ん~と、あ!」
少し考え込むように上を見上げたミーちゃんは元気よく応えてくれた。
「ローゼンさんが来たよ!」
どうやら僕が変える前に到着していたようだ。
◇◆◇
「ローゼンさん、来てたんですね」
「お! ライアスでは無いか。待っておったぞ!」
「ライアスさん、おかえりなさい」
「うん。ただいま、プリエラ、ファナ。特に問題とかは無かった?」
「はい。ライアス様が居ない間、重大な事件は起きておりません」
(ん? なんか、引っかかる言い方だな)
まぁ、とはいえ今はローゼンさんとの話し合いが先だ。
「そっか。ありがとう。詳しい話は後で聞くね」
二人は僕の言葉に頷くと部屋を出て行った。
恐らく今からの話し合いの邪魔をしないようにだろう。
別に居ても良いんだけど、わざわざ呼び止める程でも無いか。
二人を見送った僕はそのままローゼンさんが指を差す場所に座る。
「お待たせしてすみません」
「何、気にすることは無い。我も今日来たばかりじゃからな。じゃが、凄いの。アレはエルフが手掛けたのか?」
「ああ、外の森ですね。そうですよ。エルフの皆さんが住みやすいように開拓してくれてるところですね」
ローゼンさんもエルフの仕事に感心しているようだった。
これなら話もうまく進みそうだな。
「それで、ローゼンさんの方はあれからどうですか?」
「ああ、馬鹿兄にもしっかり分からせてやったぞ。とにかく今は他種族を襲ったりすることは無いはずじゃ」
ローゼンさんのお兄さんでもあるロムスさんはダリス達と契約を結んでいたのだろう。
恐らく人間の血を分け与える代わりに力を貸せ、的な内容のはずだ。
でも、あれだけ取り付く島もなかったロムスさんを説得するとは流石だな。
「馬鹿兄とてどうしようもない馬鹿では無いからの。あ奴はあ奴で吸血鬼のことを考えておるのじゃ。無理に襲わずとも血が手に入るならそれを否定したりはせん」
「そうですか。上手くいったようで良かったです。もちろん、僕達から血を提供するという約束も果たすつもりですよ」
「ああ、そこは我らではどうすることも出来んからな。ライアスの手腕に期待するとさせて貰おうかの」
大まかには吸血鬼も纏まりつつあるようだ。
血を手に入れた彼らの力、そして血を操る能力の応用の幅は凄まじい。
ローゼンさん達が味方になってくれるのは本当に心強かった。
「それで、住む場所はどうしますか?」
「そのことなんじゃがな。ライアス達さえ良ければ、我らもこちらに住ませてもらおうと思っておる」
「それは僕達としても望むところなんですが、吸血鬼は暗い所の方が好きなんですよね?」
今住んでいるところも日が当たりにくい岩山の間だったことを思い出す。
「まぁ、そうじゃな。確かに日はあまり好きではない。じゃが、そこは我らでなんとかしよう。我らにも建築の心得はあるからの。場所さえあれば住むことは出来るじゃろう」
なるほど。
後でアリエッタさんにも話を聞かないといけないけど、ローゼンさん達もこちらに住めることになりそうだ。
「分かりました。その辺りはアリエッタさんとも話あって決めましょう」
「そうじゃな。一度血を吸わせてもらった恩もあるからの。しっかりと話し合いはしたいの」
どうやらこちらは上手くいきそうだ。
ここから先は手さぐりになっていくけど、アリエッタさんもローゼンさんもアルストリアさんも協力的だからなんとかはなるだろう。
重要な話が終わったことでその場に弛緩した空気が流れる。
僕も肩の力を抜いたところで、ローゼンさんの目が光った。
「それで、時にライアス。もう一つの約束の件は忘れておらんだろうな?」
「約束?」
確かローゼンさんとの約束は「吸血鬼が安定して血を飲めるようにする」ことだけだったはずだ。
他に何かあっただろうか?
そんな風に記憶を手繰り寄せている僕にローゼンさんは良い笑顔を向ける。
「何、忘れたのであれば仕方ない」
ローゼンさんはそのまま身を乗り出したかと思えば、僕を押し倒す。
ふわりと良い匂いが鼻孔をくすぐった。
「っ」
次の瞬間、僕の首筋に刺激が走った。
ローゼンさんが僕の首に噛みついていたのだ。
プリエラの時と同じ血を吸われる感覚を覚える。
「ちょ、ちょっとローゼンさん!」
僕が無理やりローゼンさんを引きはがすと、ローゼンさんは驚きと歓喜を織り交ぜたような顔をしていた。
「な、なんじゃこれは! 美味い!」
ローゼンさんの八重歯が怪しく光る。
「ライアス。もう一度だけ吸わせてくれんか?」
絶対に断らせないという圧をローゼンさんから感じた僕の耳に扉が開く音が聞こえた。
「ライアスさん! だいじょう……ぶ……です、か……」
その声の主はプリエラだった。
僕は今、ローゼンさんに押し倒されている状態だ。
ローゼンさんの口元から垂れる血の痕を見れば何が起こったかは一目瞭然だろう。
みるみると周囲の温度が下がるような錯覚を覚えた。
そこでローゼンさんも我に返ったようだ。
「プ、プリエラよ。ほんの出来心じゃったんじゃ。の、のぉ、ライアスからも言ってやってくれんか?」
そう言って僕に助け船を求めるローゼンさん。
だがあの状態になってしまえば、時すでに遅しだ。
程なくしてプリエラが漆黒の翼を広げた。
それから逃げるように窓から飛び立つローゼンさん。
その後をプリエラが追い駆けようとしていた。
「ほどほどにね」
プリエラが窓から飛び出る寸前にそれだけ伝えると、僕は誰も居なくなった空間で独り言ちる。
「まだまだ、楽しくなりそうだな」
その言葉は風に乗って窓の外へと消えて行った。




