第114話 ライアス対ダリス
「ねぇ、これはどういうつもり?」
僕は周りに現れた白い壁のようなモノを見て声を出す。
白い壁は天井にもあるようで、四角く切り取られた空間は簡素な部屋のようだった。
この空間には僕とダリス、そして先ほど亡くなったアーノルド王しか居ない。
どうやら、みんなとは切り離されてしまったらしい。
「どうしたもこうしたも無いよ。ライアスだって、その顔をしてるってことは分かってるんでしょ」
ダリスは肩を竦めながら僕を見て笑う。
どちらとも敬語を無くしてしまっているからな。
ダリスも僕が裏切りを理解したと判断しているのだろう。
(もう隠す気は無い、か……)
本性を出したということは、ここで僕を仕留めるつもりなのは間違いない。
この壁も僕を倒すための準備だと考えれば説明がつく。
僕は一度辺りを見回すと、少しだけ時間を稼ぐために質問を続ける。
「でも、どうして僕を狙ったんだ?」
「そりゃあ、ゴーレムと戦う時、指先から攻撃していく奴は居ないだろう? それと同じさ。当然、その核を叩く。今回で言えばライアスが核になるね」
それは褒められているのだろうか?
でも、言いたいことは分かった。
僕を倒して他のみんなを動揺させたいということだろう。
僕達の中で一番力が無いのは僕だからな。
狙われるのも当然と言える
……
(みんなからの反応は無い、か……)
さっきアイリスとファナが僕の方へ向かってきていたことは知っている。
だから少しだけ時間を稼いだけど、彼女達がここに現れないということはこの壁を破れないということだろう。
そうなれば彼女達の援助は期待できない。
この場は僕一人で突破する必要があった。
僕はいつものように深呼吸すると、状況を整理する。
辺りは白い壁に囲まれ、天井も閉じている。
閉鎖空間ではあるし外の音も聞こえないけど、光に関しては問題が無さそうだ。昼間の部屋のような明るさがここにはあった。
そんな感じでほぼ部屋と言っても良い空間だけど、地面だけはむき出しのままだ。
これは僕としてもありがたい。
踏み込みなどで足を滑らせる心配が無いからだ。
それに地面が先ほどと変わらないということは空間転移のようなモノの可能性も無くなった。
そこまで場所の把握を済ませたところで、僕は視線をダリスに向ける。
この二人だけの空間を作り上げたということは、僕を一対一で倒せる自信があるということに他ならない。
生半可な相手だとは思わない方が良いだろう。
彼の腰に控えている長剣もアーノルド王のモノと負けず劣らず一級の代物のようだ。
(マズイな……)
僕はお世辞にも強くない。
アーノルド王との戦いだって全力で戦われていたら、結果は逆だっただろう。
そんな僕がダリスと正面から戦って勝てるのか。
それに、僕には時間が無い。
みんながここに助けに来てくれるなら、時間を稼ぐことに専念したら良いけど、恐らくみんなも今戦っているはずだ。
僕は閉じ込められる前、最後に見た黒い魔物を思い出す。
あれは間違いなく大災害の魔物だった。
恐らく死体を操っているのだろう。
みんなが早々にやられるとは思わないけど、何が起こるか分からないので早くここを脱出したいことには変わりは無かった。
(やっぱり、短期決戦しかない)
僕は少し血の付いた短剣を振るうと構えなおす。
そんな僕に余裕の表情を見せるダリスは未だに剣を抜くことすらない。
「状況整理は終わったかな?」
「待っててくれたんだ。それはどうも」
「いやいや、感謝したいのは僕の方さ。あの王様を倒すのは生半可なことでは無理だからね」
そう言ってダリスは少し離れたところで倒れているアーノルド王を一瞥する。
僕は短剣を握りしめ、チャンスを窺った。
恐らくだけど、ダリスが今余裕の表情をしているのは通信魔法が込められた魔法具があるからだろう。
ダリスから渡されたあれには通信魔法の他に爆発する魔法と位置が把握出来る魔法が込められていた。
ダリスも魔法具が僕の腰の小袋に入っていることは把握しているはずだ。
爆発に関してはカナリナが解除してくれているから本当に爆発することは無いけど、ダリスはそのことを知らない。
ダリスからすれば、僕はいつでも倒せる敵という認識だろう。
だからこそ余裕があるのだと思う。
この隙を攻めるしかない。
僕は短剣を構えると、駆け出す。
それを見たダリスが心底残念そうに声を出した。
「ライアス、君はもっと賢い奴だと思っていたよ。裏切った相手が渡したモノをそのまま持つなんてね。もう少し話したかったけど、仕方が無いか」
そんな言葉を発するダリスに、僕は構わず距離を詰めた。
これ以上、近づけばダリスも爆発に巻き込まれるかという瞬間、ダリスが何か魔法を使うのが見えた。
恐らく仕組んでいた爆発の魔法を起動させたのだろう。
笑みを浮かべているダリスに僕は全速力で近づいていった。
一向に爆発が起きないことを察したダリスは途端に顔色を変え、後ろに下がりながら剣を引き抜く。
「くそっ! 何か仕組まれていたか!」
すぐに体勢を整えようとするダリスだけど、流石に全速力の僕の短剣の方が速い。
僕は相手を突き飛ばす勢いで短剣を振るった。
甲高い金属音が白い空間に響き渡る。
(今のが防がれるのか……)
体勢は完全に僕が有利だった。
それなのにも関わらず、ダリスは長剣を僕の短剣に間に合わせてみせた。
この段階で僕はダリスの強さを理解する。
普通に戦ったとしたら勝ち目は薄い。
だが、まだチャンスは僕にあった。
ダリスは僕の右からの振り下ろしを不自然な体勢で受けたので、ダリスの長剣は下へと弾かれていた。
目の前には無防備なダリスの顔がある。
(もらった)
僕はいつか団長に教わったように溜めを意識しながら身体を回転させる。
身体を回転させながらも、間違いなくそこにダリスがいるのが分かる。
僕は左手で逆手に持った短剣をダリスの首目掛けて突き出した。
長剣を弾かれたダリスにはこれを防ぐ手段は無いはず。
そんな思いで振り返った僕の目に映ったのはダリスが口の中で何かを噛み砕く様子だった。
「ッ!」
僕はその瞬間、とてつもなく嫌な予感を感じた。
あと少しでダリスの喉元を切り裂いていた短剣は無情にも空を切る。
そして僕の短剣をあり得ない程の速さで躱したダリスは弾かれた長剣の向きを変え、僕の顎元に狙いを定めた。
(う、嘘だろ? 速すぎる……)
明らかに常軌を逸した速さだ。
彼だけが加速したような違和感。
早めに動いていたお陰でなんとかダリスの長剣を受けきった僕はそのままの勢いで距離を取った。
だが、そんな僕を追い詰めるように追撃を繰り出してくるダリス。
「さっきのは驚いたよ。まさかライアスがそこまで強いなんてね。ほんとは使うつもりは無かったのに、つい使っちゃった」
(なんだ!? 何が起こってる!?)
訳も分からず、振り下ろされる剣を防ぐ僕。
一瞬の出来事に困惑した僕だけど、ダリスの血走った眼を見れば何らかの強壮薬のようなモノを飲んだことは察することが出来た。
僕も以前、ピンチの時に魔力暴走を自発して起こしたことがある。
恐らくその類だろう。
ダリスの剣は恐ろしい速さと強度を持って僕に迫りくる。
「へぇ、その剣凄いんだね。そんな使い方して壊れないとか凄いなぁ」
ダリスが僕の黒い短剣を見て言葉を零す。
それには僕も同意せざるを得ない。
今、僕はダリスの長剣に短剣を当てることが精いっぱいなのだ。
当てるだけの形なので、当然その衝撃は全て短剣に掛かってくる。
並みの短剣ならこの段階で間違いなく折れていただろう。
だが僕が持つ二対の短剣は確かな強度と柔らかさを持って、今も僕の手に馴染んでいた。
僕は心の中で短剣を作ってくれたドリスタさんに感謝する。
(でもこのままじゃ、ジリ貧だ……)
僕は連撃を繰り出すダリスに歯噛みする。
ダリスの攻撃はある種、ファナの攻撃に似ていた。
ファナは魔力を身体強化に使うことで、あり得ない動きをして見せる。
そんなファナの攻撃を見ていたからこそ、僕は今対応できているのだろう。
だが、それでも一向に収まる気配の無い連撃に僕の腕は悲鳴を上げ始めていた。
このままなら、僕の体力が無くなって凌ぎきれなくなる。
(どうする! どうする!)
僕は徐々に後ろに追いやられていき、壁が近づいていることを感じていた。
このまま壁まで押し切られれば、逃げ道が無くなってしまう。
そうなれば、僕の首が飛ぶのは時間の問題だろう。
あと数手で詰んでしまう状態、そんな僕の目にふと入ってくるものがあった。
それはこの絶望的な状況をひっくり返せるかも知れないもの。
僕はそれを見て、一つの勝機を見出す。
(これしかない)
僕は覚悟を決めると、その一撃でダリスを確実に屠るための場を作ることに専念する。
「そんなんじゃこのまま負けちゃうけど、良いのかな。ライアスのことだから奥の手の一つくらいあると思ってたんだけど」
煽るように声をあげながらも、連撃を途絶えさせないダリス。
僕はダリスがより強く剣をぶつけてきたタイミングで短剣を手放した。
今まで連撃に耐えてきた黒い短剣が一本遠くまで飛ばされる。
それと同時に僕は「あっ」という声を漏らした。
「はい、これで一本。残った一本でどれだけ耐えられるだろうね」
ダリスが楽しそうに僕を一歩ずつ追い詰めてく。
僕もダリスの攻撃に合わせながら、一歩、一歩と追い詰められていく。
短剣を一本失った僕はダリスの攻撃を防ぎきれなくなっていた。
身体に刻まれる傷の数は増え、後退する速度も速くなっていく。
「あっ」
そんな連撃を受けていた僕は情けない声をあげると同時に、壁際まで追いやられた。
背中には硬い壁のような感触があり、これ以上後ろに下がらせまいと押し返してくる。
そんな僕を見てダリスが邪悪な笑みを浮かべた。
「とうとう、追い込まれたね」
ダリスの剣が僕の首を払うように、いや、それに合わせた僕の短剣を弾くように払われた。
僕もそれに逆らわず手を離したことで、短剣が僕の足元に転がる。
これで僕の手から武器が無くなった。
「ねぇ、ライアス。どうしてこうなったか分かるかい?」
全ての武器を失った僕には何も出来ないと判断したのだろう。
長剣を僕に突きつけたままのダリスが話しかけてきた。
僕は度重なる連撃と、身体に出来た傷で呼吸を荒げながらも返事を返す。
「どうしてって、どういうこと?」
「ほら、なんで僕が裏切ったかってこと。疑問に思わなかった?」
それは確かに一つの疑問ではあった。
ここまでするダリスのモチベーションが分からなかったからだ。
ダリスが求めているモノが何か分からない。
そんな僕の疑問に答えるようにダリスは口を開いた。
「それはねぇ。ライアスが優しすぎるからさ。僕は亜人と仲良くしようとは思わない。亜人を従えるべきだと考えているんだ」
「従える?」
「そうさ。あの王様は弱気だったから亜人を怖がり排斥することで、安定をもたらした。でも、そうじゃないと僕は思うんだ。亜人を従え、その技術を盗むことで人間はより発展することになる。だからこそあの王様ではダメだった。そして、亜人と協力しようとするライアスもね」
「それなら協力で良いじゃないか。わざわざ従える必要がどこにある?」
僕が睨みつけるようにそう言うとダリスは肩を竦めた。
「ライアスは分かってない。そもそも人間と亜人は考え方が根本的に違うんだよ。一時協力関係にあったとしても、こちらの弱みを見れば間違いなく裏切ってくる。そして仮に裏切らないとしても、いつ裏切るか分からないという恐怖の中過ごさなければならないんだ。そんな生活をライアスはするつもりかい?」
「いや、人間もエルフも他の種族も根底にある考え方は変わらない。もちろん種族によって独特の価値観を持っている者もいる。でも今まで色んな種族と会ってきたけど、みんな仲良くできると僕は確信しているよ」
そう、巨人族なんかは凄い戦闘狂だ。
そういう部分では僕達とは違う考え方を持っている。
それでも巨人族にも家族を思う心はあった。
誰よりも忠義を重んじ、僕達を助けに来てくれた。
その根本的な部分はどの種族も変わらないのだ。
そんな僕の言葉にダリスはため息をついて答えた。
「やっぱり、ライアスじゃダメだよ。話にならない。もし考えを変えるようだったら亜人に取り入るのが上手いライアスにも利用価値はあったんだけどね……まぁ、後は僕が上手くやっておくからさ、バイバイ」
「ぐぅっ!」
その言葉と共にダリスは僕に長剣を突き出した。
長剣は僕の腹に突き刺さり、貫通する。
刺された部分が燃えるように熱く、血と共に生命に必要な何かが溢れて行くのが分かった。
「あれ? ひと思いにやってあげようと思ったのに、なんで自分から辛い方に動くかな? まぁ、いいか」
ダリスは不思議そうに自分から刺されるように動いた僕を見ていた。
そう心臓を刺される訳にはいかないため、自分から刺されに行くことで急所を回避したのだ。
だが武器も無く、腹を刺された段階でもう為す術は無い。
そのようにダリスは考えているのだろう。
僕はお腹の痛みに顔をしかめながら、笑みを浮かべた。
(これで、準備は整った)