第110話 開戦
昨日も更新しております。
お気をつけください。
僕はみんなを引き連れて森の中を進んでいた。
「ああ、その方角で間違いない。恐らくあと少しで敵と接触することになるはずだ」
僕は森から聞こえる声を頼りに歩みを進める。
この声はアリエッタさんのものだ。
アリエッタさんは先日、森の中で瞬間移動のようなことをしていたけど、どうやら声を自由に届けることが出来るらしい。
それを聞いて、何でもありだなと僕は感心していた。
アリエッタさんが精霊を張り巡らせた森の中という限定のものだとしても、その凄さは分かる。
アリエッタさんがこの森は庭のようなモノだと言っていたけど、本当にこの森はアリエッタさんの独壇場になりそうだ。
「みんな、そろそろみたいだから気を付けてね」
みんなが後ろで頷くのを感じながら、慎重に足を進めていると、僕達にも足音が聞こえて来た。
だがどうにもその足音は規則正しく人のもののようには思えない。
その違和感は接敵してすぐに分かった。
以前エルフの森に攻めてきたゴーレムもどきのような者たちが攻めて来ていたのだ。
(様子見ということか?)
その数はこの前の襲撃の時と大差が無いように感じる。
まさか、これだけでエルフを壊滅させられるとは思っていないだろう。
(それとももしかして、僕達が裏切ることが読まれてたか?)
どう考えても、この数ではエルフを殲滅することは出来ない。
だがこれだけの数が居るということは数が少ない僕達にとっては脅威になって来る。
この後の相手の動きも分からないから、出来るだけ時間を掛けずに処理したい。
そのような思いでみんなに指示を出そうとした時、また森から声が聞こえて来た。
「やはり、ゴーレム達だったか。ここは私達に任せてくれ。ライアス達は予定通り本陣を頼む」
そのようなアリエッタさんの声が聞こえて来たと同時、森がざわめき始めた。
大きな風も吹いていないのに、草木が揺れ、その音を鳴らしている。
「なっ!」
次の瞬間には森中から蔦が伸びて来て次々にゴーレムを拘束し始めた。
緩慢な動きしか出来ないゴーレムは次々とその蔦に絡めとられていき、木に縛り付けられる。
縛り付けられたゴーレムは前回同様、爆発を試みるも、その後には傷一つない木々が残るだけだった。
数えきれない程居たゴーレム達は瞬く間に、その数を減らしていく。
そのような離れ業を事も無げに達したアリエッタさんは何食わぬ声で僕達に言葉を掛ける。
「まさか相手も同じ手が通じるとは思っていないだろう。ライアス、これからも慎重に進んでくれ」
「分かりました」
(頼もしい……)
僕はアリエッタさんの声を聞きながら、安心感を感じていた。
僕の想像以上に準備が出来ている。
まさか、あれだけのゴーレムを一瞬で殲滅できるとは思っていなかった。
もはや、僕達が本当に必要だったかも分からなくなるほどだ。
そんな思いを抱えながら、しばらく進むと森が途切れたのか、平野が続く空間があった。
森の中からその平野を眺めて僕は声を零す。
「多いな……」
そこには大量の人間の軍が鎮座していた。
ここから見えるだけでも考えたくない数の兵士がいる。
やはり、先ほどのゴーレムは様子見だったのだろう。
人間達も森の中へ入って来てくれたらアリエッタさんが対処できるかもしれないけど、あれを見た後に攻めて来るとは考え難かった。
アリエッタさんの精霊も流石に平野までは張り巡らせてはいない。
だが、ここまでは計算通りだった。
相手も前回エルフと戦ったときに精霊魔法の脅威を学んでいるはず。
このような状態になることは織り込み済みだった。
「アリエッタさん。そろそろ行きます」
「分かった。武運を祈る」
僕がアリエッタさんに合図を出すと、今まで晴れていた空間が急激に暗くなっていく。
それと同時、森の中から濃い霧が散布し始められた。
そう、これが僕達の作戦だ。
どうしても数で劣る僕達では、あの数を相手にすることは出来ない。
それに僕達の目的は相手の王一人。
だからこそ濃霧で相手の視界を奪い、混乱させたところで、逃げた相手の大将を討つ。
これしか方法は無いだろう。
濃霧が急激に広がったことで人間の軍にも動揺が走るのが分かった。
この濃霧には毒性などは無いけど、相手からすればそれは分からない。
毒霧だと思えば、その動揺もより激しくなる。
このチャンスを逃す訳には行かない。
「カナリナ、プリエラ、行くよ。他のみんなは待機してて!」
僕は濃霧の中を迷いなく進む。
目指す先には濃霧に呑み込まれ、半狂乱状態になっている人間の軍がはっきりと見えた。
そう、はっきりと見えているのだ。
どういう原理かは分からないけど、僕達にはアリエッタさんから渡された精霊が居る。
この精霊のお陰で濃霧の中でも視界が良好に保たれるらしい。
これだけでも、僕達に相当有利な環境だ。
後はさらに混乱させるために一突きしてやれば良い。
「カナリナ、お願い」
「ええ、分かったわ」
僕がカナリナにお願いすると、カナリナは周囲に魔力を漂わせ始める。
これはただの威嚇射撃だ。
少し小突かれる程度の威力しかない。
それでも、ぶつかった時の音は派手に出るようにして貰っている。
それをカナリナは無数に組み上げると、人間の軍目掛けて撃ち落とした。
「て、敵襲!! 逃げろ!!」
「相手の魔法が撃ち込まれています! このままでは!」
本当に大地を穿っているかのような轟音と共に、兵士たちの動揺する声が聞こえて来る。
その中でも冷静な兵士が現状の報告をしようとしているけど、周りの混乱した悲鳴に掻き消されていた。
(この隙に本陣を叩く!)
僕の視界には森から逃げるように背を向ける人たちがいる。
戦争では敵の軍に背を向けた段階で大勢は決まってしまうらしい。
それは、精神が敵に対して後ろ向きになるからだそうだ。
今、間違いなく敵の軍は混乱状態になっている。
これなら……
「プリエラ、僕とカナリナを連れて飛べそう?」
「はい。行けます……」
僕の指示と共に、プリエラが僕とカナリナを連れて空を飛んだ。
もし視界が万全な時にこのようなことをすれば、相手の魔法使い達の格好の的になってしまう。
でも濃霧で視界が悪い今ならば、この空を飛ぶという方法は敵の本陣を叩くのに一番適していた。
カナリナはずっと空から威嚇の魔法を打ち続けてる。
魔法が軍の内部にまで届いていることに気付いた敵軍の動揺はさらに激しくなった。
僕は飛んだことで、相手の軍の全貌を見渡すことが出来た。
(凄い数だな……)
その数はエルフの十倍や、二十倍では聞かないだろう。
恐らく百倍以上の差がある。
それだけに、どれだけ人間がこの戦争に勝とうとしているのかが分かった。
そして軍の全貌を確認すると共に相手の大将、すなわちアーノルド王の姿も見えた。
どうやら、軍の後方から少し前のところに陣取っているらしい。
そこの周りの兵士だけ、着ている甲冑が豪華なことからも、いわゆる近衛騎士団が王の周囲を固めているのだと分かる。
(まさか、本当に戦場に出てくるとは……)
実はこの作戦、相手の王がそもそも出てこなければ達成できないものだった。
相手に僕達の作戦が漏れていることは無いだろうけど、やはり戦場に王が出てくるというのは不自然な気がする。
そんな疑問を感じながらも、今はそれを頭の隅に追いやる。
「プリエラ、相手の王は見える?」
「はい。間違いなく、王都で見た王です……」
プリエラは僕よりも目が良い。
そのプリエラが確認できたのなら、やはり間違いが無いのだろう。
空に上がってから一瞬で、そこまで把握した僕達がそろそろ人間の軍の上を通ろうかという時、人間の軍から一際大きな声が戦場に響き渡った。
「落ち着けぇぇええ!!!!」
その声は拡声器などを使っていないはずなのに、嫌に大きく響いた。
空を飛んでいる僕達のお腹まで響くその声は当然のように兵士たちにも行き渡る。
その声を聞き、声を出していた者達は反射的に声を止めた。
その場に、一瞬にして静寂が訪れた。
「魔法一番隊から、三番隊まで風の魔法準備!!」
その静寂を利用した声はすぐさま戦場に響き渡る。
「ま、まさか……その声は……」
僕はその声を聞いて、動揺を隠せなかった。
だって、それは……
「タイミングを合わせるぞ! 上空目掛けて、撃ち放て、三、二、一。放てぇぇええ!!」
その声が聞こえた瞬間、僕は嫌な予感を感じてプリエラに声を出す。
「プリエラ! いったん下がって!」
それはプリエラも感じていたようだ。
僕が指示を出す前に、急速に旋回して森に引き返し始める。
僕が後ろを見ると、そこでは濃霧が魔法によって払いのけられ、霧が空高くまで舞い上がっている光景が見えた。
もし、あのままあそこにいれば、僕達は風を受けそのまま飛ばされていただろう。
そして、その霧によって先ほどまで一帯を覆っていた霧は鳴りを潜めてしまった。
僕は霧が晴れた相手の軍に目をやる。
その軍の先頭に立ち、こちらに目を向ける者が居た。
これだけ遠くともその体格と、それより大きな大剣、そしてその威圧感を見れば、見間違えることはない。
「団長……」
そう、そこには団長が居た。
僕達を何度も助けてくれた団長だ。
団長はカルーダの街の騎士団の団長のはず、もし兵士として召集されていたとしても、あのような全軍を率いる形を任されるとは思わなかった。
(いや……)
僕は団長がカルーダの街に来る前のことを思い出す。
団長は元々王都の騎士団だったらしい。
そこでどれだけの地位に居たかは分からないけど、団長の実力とカリスマを見るに、ただの一般兵だったはずがない。
恐らく呼び戻されたのだろう。
この戦争のために。
プリエラが高度を落としていくと共に、団長の顔がはっきりと見えた。
そこには目を見開いて僕達の方を凝視する団長の姿がある。
その表情は本当に驚いているといった感じで、今まで淀みなく指揮を取っていた団長の声が止まっていた。
だが、すぐに我に返ったように首を振った団長は全軍に指示を出す。
「全軍! 防御態勢! 相手の戦力は分からん! 防御を固めろ!」
その声で今にも僕達に攻撃を仕掛けようとしていた魔法使い達の動きが止まる。
僕が団長から目を離さずにいると、すぐに誰かが団長に進言しているのが見えた。
だが、団長はその声を否定するように大きな声を出す。
「ならん! あの威圧感が分からんのか、貴様!」
恐らく彼が言ったのは「今が相手を撃ち落とす絶好の機会です」的なことだろう。
だが、団長の剣幕にその者も大人しく引き下がる。
団長が全軍に告げた言葉によって、魔法使い達も攻撃ではなく防御を固めるような姿勢を取った。
僕達はその隙にみんなの元まで戻る。
(助けられた?)
今のは間違いなく相手の攻撃のチャンスだった。
空で無防備な状態の僕達を撃ち落とすには絶好の機会。
恐らくカナリナやプリエラの実力もあるから、倒されるとは思わない。
それでも僕達の戦力や体力を削ぐことは十分に出来たはずだ。
それをしなかったのは、間違いなくおかしい。
僕は団長の驚いたような表情を思い出す。
「団長……」
僕がみんなを除いて絶大な信頼を寄せる二人の人物。
師匠と団長。そのうちの一人が相手の軍を率いていた。
その事実は僕にとって大きな枷となっていた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
僕達が戻ってきたことで、そこで待っていたミーちゃんが声を掛けてきた。
恐らく酷い顔をしていたのだろう。
僕の顔を上目遣いで見つめる瞳は心配そうに揺れ動いている。
「うん。ごめんね。大丈夫だよ」
僕はそのように笑って見せるも、どうしても考えなくて良いことを考えてしまう。
(もし、この戦争で僕達が勝ったら……)
大丈夫だとは信じたい。
それでもその戦争の負けの責任を負われるのは、恐らく……
今さっきの指示だって、周りからは不審がられていた。
いや、今はそんなことを考えるな。
僕達だって余裕があるわけじゃない。
勝ってからのことは、その時に考えろ。
今は目の前の相手に集中するんだ。
「ライアス君! あれ!」
僕が自分に言い聞かせていると、アイリスが声をあげた。
僕がアイリスの視線の先に目をやると、そこでは人間の軍の後ろの方になにやら大きな大砲のようなモノが見えていた。
「あ、あれは何だ?」
「なんだか嫌な予感がするわね」
僕の疑問の声にカナリナが答える。
その大砲のようなものはまっすぐにこちらを捉えている。
確かに僕もその大砲からは妙に嫌な予感がしていた。
程なくして、その大砲の砲身の中から光が漏れ始める。
もしかしなくとも、あの大砲を撃とうとしているのだろう。
その時、森の中からアリエッタさんの焦ったような声が聞こえた。
「ライアス! 逃げろ!」
たった二言。それだけを残して声は途絶える。
ただ、その緊急性は十分に伝わった。
「アイリス!」
僕が声を掛けると、アイリスはすぐに銀狼になった。
その後すぐさま、僕の意図を察して身体を寝かせる。
「みんなも、アイリスに掴まって!」
僕が声を掛け、みんながアイリスを掴んだところで、アイリスは森の中へ駆け出した。
尚も砲身から溢れ出る光は大きくなっている。
大丈夫、大丈夫なはずだ。
アリエッタさん達は精霊をこの森に張り巡らせたと言っていた。
これがあれば、並大抵の攻撃では傷一つ付かないと。
仮にあれが特大の攻撃だとしても、何発も連発出来るものじゃ無いはず。
この攻撃を耐えた後、また同じように攻撃すれば良い。
そんな風に自分を納得させるような言葉を並び立てるも嫌な予感は一向に消えなかった。
次の瞬間、その砲身から一際大きな光が漏れ出て、それは放たれた。
白い閃光。
その先に居れば間違いなく目が焼き切れ、身体の一片すら残ら無さそうな巨大な光はすぐさま森を包み込んだ。
それに呼応するように森が淡く発光する。
恐らくアリエッタさんの防御魔法だろう。
精霊を編み込んだアリエッタさんの魔法は瞬間移動すら可能にする。
それを思えば、この防御魔法もかなりの強度を持ったモノのはずだ。
そう、そのはずなのだ。
だが、白い閃光は無情にも森を喰らいつくす。
僕達が先ほどまで居た場所も、白い光に呑み込まれている。
いや、それだけじゃない。
白い閃光が終わるころには、そこに緑は無かった。
あるのは、ただただ巨大な何かが地面を抉った跡があるだけ。
おかしい。どう考えてもおかしい。
「そ、そんな訳ないわ……」
それはカナリナも同じ感想だったらしい。
「だって、あたしも森の守護の強さは確認したわ……あたしの魔法でも絶対に傷一つ付かなかったのに……」
カナリナのそれは僕達に教えようとかそういうものじゃない。
ただただ思ったことが、つい口から漏れたような言葉だった。
それでも、その言葉は僕を驚愕させるには十分だった。
僕が見てきた中で師匠、ハリソンと言う別格を除けば間違いなく一番の魔法の使い手であるカナリナ。
そのカナリナが傷一つ付けられないと断じた森が一瞬で消滅した。
その事実に、僕は閉口する。
そこで僕はハッと気が付いた。
「アリエッタさん! アリエッタさんは!?」
当然、この森の先にはエルフの里があるはずだ。
僕達はアイリスに連れられる形で、巨大な何かが通り去ったところまで戻る。
あの白い閃光が通り去った跡には本当に何も残っていなかった。
だが僕達の視線の先。そこにはなんとか原型を留めているエルフの里が見えた。
ちらほらとだけど動く人も見える。
それと同時にアリエッタさんの声が、残った森の中から聞こえて来た。
「すまない……」
それは酷く憔悴した声だった。
このような静寂でなければ聞こえなかったかも知れない程の声。
その声に僕は震える声で返す。
「ど、どういうことですか……」
アリエッタさんは言葉を選ぶように、だが同時に自分の中にある燃え盛るような怒りを抑えるよう声で続ける。
「あ、あの光は……」
白い閃光を指して、あの光と称したアリエッタさんは言葉を続ける。
「あの光は、間違いなく……精霊王の魔力が込められていた……」
(精霊王……?)
僕は初めて聞く単語に眉を寄せる。
アリエッタさんもそのことは分かっているのだろう。
少し説明するような口調で続けた。
「いや、すまない。初めから言っておくべきだったのかも知れん。精霊王は私達、エルフの神のような存在だ。そして──」
アリエッタさんは言葉を選ぶようにして、一呼吸置いた後、告げる。
「──あの攻撃を、私達エルフに防ぐ手段はない」
その言葉には色々な感情が詰め込まれていた。
僕には分からないけど、アリエッタさんも精霊王には並々ならぬ思いがあるのだろう。
その精霊王の魔力を使われた怒り、悲しみ。
そして、その人間の攻撃を防ぐことが出来ないという自身への自責の念。
様々な感情が入り乱れた声でアリエッタさんは最後の言葉を放った。
「次は間違いなく里ごと滅ぼされるだろう」
その言葉を聞いた僕はほぼ無意識のうちに人間の軍を見た。
僕の視線の先には再度光を漏らし始める巨大な砲身の姿が映っていた。
ついに始まった人間とエルフの戦争。
最初こそ上手くいくかと思われた作戦も、団長の一言により持ち直されてしまいました。
王国が用意した対エルフ用の兵器に為す術も無いエルフ。
ライアス達はここからどうするのか。
次回、それぞれの役割。お楽しみに。