第9話 ミーちゃんを助けたい
いつも読んでいただきありがとうございます。
この度、なんとジャンル別日間ランキングにランクインしておりました。
少しでも多くの人の目に触れていただける機会ができたことがとても嬉しいです。
これも偏に皆様の応援あってのことです。
改めて感謝申し上げます。
さて、この状況を打開する方法だが、バタフライサックの巣まで来てしまうと単純に二通りしかない。
まず、普通なら一番簡単で手っ取り早い方法が魅了された者を連れてここを出ることだ。
ここを出るとバタフライサックが追いかけてくることは無い。
バタフライサックは基本的に去る者は追わないからだ。
そういう意味ではパラセートの方が厄介だったな。
まぁ、バタフライサックは魅了があるので自分から出て行くことは少ないのだが……
だがその方法は今の僕には不可能に近いことだ。
さっきダメもとでミーちゃんを運ぼうとしたがミーちゃんはびくともしなかった。
軽い重いというより、踏ん張りが凄いのだ。
ミーちゃんの抵抗に手も足も出なかった。
もう一つはさらに単純で、バタフライサックを倒すことだ。
バタフライサックを倒せば当然魔力や体力を吸われることは無くなるし、青い蝶も一緒に消滅する。
今回は後者の方で考えるしかないだろう。
幸いにもバタフライサックは戦闘能力の高い魔物ではない。
僕でも問題なく倒せるだろう。
見つけることが出来れば……
そう、バタフライサックは弱い。自身の戦闘能力は皆無に等しい。
だがこの弱肉強食の世界の中で生き残っている。
それは隠れることが上手いからだ。
先ほども言ったがバタフライサックの見た目は蝶と言ってもほとんど花弁と変わりがない。
この広大な花畑の意味がそろそろ分かってきたのではないだろうか?
この花畑は巣であるとともに自身の身を隠すためのものなのだ。
正直、手当たり次第に探すというのは不確定要素が大きすぎるし、成功率も高くない。
火もダメだ。
バタフライサックが唯一持っている耐性は炎。
この巣に炎を放っても瞬く間に栄養分に変えられてしまう。
植物としての弱点を克服したからこそこの森で生きて行けるのだろう。
それ以外でなんとか、おびき出す方法を考えないと……
考えろ、考えろ。
こういう知恵を振り絞ることしか出来ないんだから。
ドサッ!
その時、後ろで何かが倒れる音がした。
「なっ!ミーちゃん!」
座り込んで居たはずのミーちゃんが倒れているのだ。
近くに寄って様子を確かめる。
呼吸は荒く、肩で息をしていて、一目見ただけで苦しいということが分かる。
さらに足元から蔦のようなものが伸びてきてミーちゃんを拘束している。
「何でだ、早すぎる……」
明らかに様子が悪くなるのが早い。
あんまり時間は掛けられないぞ。
蔦を剣で切ってみたが切った端から再生し、またミーちゃんを拘束する。
気絶した状態なら運べると思ったのだが……
これではいたちごっこだ。
その時、ミーちゃんの手元に何かが握られているのが見えた。
少し力が弱まっていたのでそれを取ってみると……
「これは……ニンジン?」
そこには僕がこれは食べられないと言った、人の叫び顔にしか見えないニンジンが握られていた。
確かに僕は食べられないと言っただけで捨てろとは言っていなかった。
可愛いと言っていたし、もしかしたら人形感覚で持っていたのかもしれない。
その時、僕はニンジンを見ながら閃いた。
これならもしかしたら……
ただ、リスクも高い。
僕は今も苦しそうにしているミーちゃんを見る。
四の五の言ってる場合じゃないな。
持ってきていたタオルを蔦に縛られていなかったミーちゃんの頭に巻き、僕の頭にも耳を隠すように巻いた。
これで少しでも軽減されてくれれば良いのだが……
僕の作戦とも言えないレベルの解決策はこうだ。
人面ニンジンの葉を毟り取り、泣き叫んでもらう。
このニンジンの叫びには相手を混乱状態にさせる効果がある。
バタフライサックにも聴覚はあるので、このニンジンの性質上恐らく混乱状態になるだろう。
そこで動きだしたところを僕の剣で貫くという寸法だ。
問題点は二つ。
混乱したバタフライサックが飛んでくれるのかという点。
だが、あながち分の悪い賭けという訳でも無い。
バタフライサックは他の脅威となる魔物を先に見つけて自身に有利になるようにする。
視覚は数多の花のせいで遮られているので代わりに嗅覚と聴覚が優れている。
つまり人面ニンジンの叫声もよく聞き取れてしまうだろう。
そしてバタフライサックは刺激を受けると飛ぶ。
もう一つは僕も混乱するということだ。
人面ニンジンの叫び声をミーちゃんに聞かせるわけにはいかない。
ミーちゃんは僕の両手である程度防げるだろう。
だが、僕の方は顔に巻いたタオルしかない。
その混乱した状態でバタフライサックを倒さなければならない。
いつもギリギリになる自分が嫌になる。
純粋な力のない僕だとこのように綱渡りのような方法しか使えない。
こういう時に頼りになる仲間がいてくれたら良いんだけどな。
今はまだ一人でもなんとか対処できる余地がある問題だ。
だが、一人ではなんともできない問題が世の中にはたくさんある。
そんなときに後悔しないよう身の振り方を考えないと……
僕は今後の反省点を確認したところで人面ニンジンの髪の毛を毟り放り投げてミーちゃんの両耳をきつく塞ぐ。
少しでも遠ければ……
ギャァァァァァァァアアアアアアア!!!!!!!!
なっ!なんだこれは!?
耳鳴りが酷く、頭が割れそうだ。
僕は今立っているのか?座っているのか?
視界が揺れて視点が定まらない。
さらに、強烈な吐き気が込み上げて来る。
「うぉえ」
何かが口から出たような気がする。
僕は吐いたのだろうか、それすらも分からない。
尚も頭に響く叫び声は収まらない。
頭がガンガンとしていてまともな思考が出来ない。
僕は何をしているんだ?
何でこんな目にあっているんだ?
頭がパンクしそうなとき、両手にぬくもりを感じた。
少し、叫び声が遠ざかった気がした。
だが、四方八方に揺られている感覚は消えない。
それでも、一つ思い出した。
僕はミーちゃんを助ける。
これだけは忘れちゃいけないんだ。
ようやく頭に響く叫び声が聞こえなくなった。
僕は涎を垂らしながら開いていた目の焦点を合わせようとする。
揺れ動く視界は地と空の境界さえ曖昧にしている。
平衡感覚を失った身体は後ろに倒れる。
今は仰向けに寝ているのだろう。
相変わらず揺れ動いている視界だがこの茜色が夕焼け空であることは理解できる。
少しだけ混乱が収まってきたのだろうか。頭にも考えるだけの能力が取り戻される。
そうだ、バタフライサックは──
僕は視線を左右に振る。
見えない。見えないが明らかに違和感のある物体がある。
僕の視界が揺れ動いてるだけかもしれないが青色の何かが浮いている……気がする。
くそ、立て!チャンスは今しかない!
そう自分に言い聞かせるも身体は言うことを聞かない。
手足に力が入らないのだ。
脳の命令が末端まで届かない。
この状況に少しばかりの焦りを感じる。
「ごめんなさい……」
その時、誰かの声が聞こえた気がした。
「ごめんなさい……」
誰に向けたものかは分からない謝罪が聞こえて来る。
この声はミーちゃん……
そうか、バタフライサックが混乱したことで青い蝶の魅了が一時的に解けたのか。
これは嬉しい誤算だな。
(はぁぁぁぁ)
僕は心の中で大きくため息をつく。
僕は失望していた。
この状況でミーちゃんに謝らせた自分に。
何が嬉しい誤算だ。ダサい、ダサすぎる。
こういう時くらい、かっこよく倒して見せろよ。
何時までここで寝そべっているつもりだ。
僕はミーちゃんの方を見る。
まだぼやけているが大分視界が安定してきた。
ミーちゃんはこちらを向いて泣いている。
身体が動いていないことからも恐らく力を吸われ過ぎたのだろう。
もしかしたらニンジンの叫びの影響も受けてしまったのかもしれない。
僕は一度深呼吸をする。
まだ、身体は動きたくないと言っていたが無理やりに動かす。
そのせいか、身体に異様な痺れが走る。
これは師匠に怒られて長時間正座させられた後の痺れに似ているな。
それでも無理やりに体を起こすと腰に差していた短剣を一本抜き放つ。
短剣を持った手と反対の手で膝を抑えながら周りを見ると、まだ、花弁のような蝶がふらふらと飛んでいるのが見えた。
絶対に逃さない。
僕はそこに向かって走っていく。
狙いも何もない。
ただ、空に浮かぶ花弁目掛けて走る。
幸いにも目の高さ辺りを飛んでいたバタフライサックに半ば倒れるように切りかかる。
僕はその勢いのまま地面に倒れこんだ。
花畑に顔をぶつけたせいで鼻が痛い。
だが幸運にもバタフライサックを巻き込むことは出来たようだ。
僕の目の前にその花弁がもぞもぞと動いている。
いくら混乱しているとはいえ、この距離で外すことは無い。
僕は目の前の花弁に短剣を突き立てる。
ぐじゅ、という明らかに花弁からするものではない音を聞く。
その瞬間、身体から何かが抜けて行くような感覚が薄れていった。
(良し、これでバタフライサックは倒したはずだ)
同じく薄れていく意識の中でバタフライサックの影響が薄まったのを感じた。
まだだ!!
僕は意識が落ちる寸前、唇を強く噛む。
その痛みで意識を強制的に戻す。
おかしい、バタフライサックは倒したはずだ。
だが何かが抜けていく感覚は薄まっただけ。
僕はもう一度辺りを見回す。
嘘だろ……?
そこには赤色の花が浮いていた。
(まさか、二羽いたとは……マズイ、身体が動かない)
二羽居たからミーちゃんの衰弱が早かったのか。
そこに疑問を持てなかった自分が憎い。
冒険者稼業では如何に違和感に敏感になれるかが重要だと言うのに……
赤のバタフライサックを見るとまだ混乱が解けていないのか蛇行しながら飛んでいる。
下に降りられるとまた見つけるのは難しくなってしまうので今のうちに仕留めたい。
(くそっ、無理に動かしたせいで身体に痺れが……)
ぶちっ!ぶちっ!
どこかから何かを引きちぎる音がする。
音の先を見るとミーちゃんが身体に巻き付く蔦のようなものを引きちぎっていた。
バタフライサックが混乱しているからか、先ほどのように蔦は再生していない。
今、倒れている僕に蔦が絡まらないことからも混乱が上手く効いていることが分かる。
それでも既に身体のほとんどを拘束されているミーちゃんは当分動けないだろう。
「ミーだって……やれるんだもん……」
今にも泣きだしそうな声を出しながらミーちゃんは手を動かし続ける。
蔦を引きちぎる手が赤くなっていくのが分かる。
恐らく血が出ているのだろう。
それを見ても僕の身体は動こうとしない。
全ての反応が鈍っているような感覚だ。
この状況で動こうとしない自分の身体に再び怒りを感じる。
何か刺激を与えないと自分の身体は動こうとしないだろう。
僕は覚悟を決め、短剣で自分の足を刺した。
その瞬間、鈍かった感覚が急速に足の痛みを訴えだす。
(痛い……痛いがこのままジッとしているよりはいくらかマシだ)
痛みと引き換えに感覚を取り戻した僕は興奮状態のまま赤い物体に近づく。
目の前で動くバタフライサックに剣を振り下ろすと今回は倒れることなく手ごたえを感じた。
今度こそ、身体から何かが抜ける感覚が無くなったのを確認し、僕は膝を折る。
身体はまだ痺れているが意識ははっきりしている。
さっき、自分の足を刺したことで完全に意識は覚醒したようだ。
もう少しで動けるようになるだろう。
ミーちゃんの方を見るとその場で寝息を立てている。
手から血が出ているがどうやら命に別状は無さそうだ。
(今回もなんとかなったか……)
ギリギリではあったが乗り切ることができた。
だが今後も上手くいく保証はどこにもない。
それに今も安全な状態ではない。
確かに一難は去ったがいつ他の脅威が現れるか分からない。
魔物の森の危険性は今日で嫌という程思い出した。
ここが少し浅いところだからと高を括っていては足元を掬われてしまう。
魔物の中では弱くても人間にとっては危険生物となるものは沢山いる。
日も暮れてしまったためここから夜行性の魔物の活動が激しくなるだろう。
早くここから離れなければ……
僕は暫くして、ようやく動くようになってきた身体の調子を確かめミーちゃんの元へ向かう。
ミーちゃんはまだ寝ているようなのでリュックを身体の前に移動させ、少し前かがみになりミーちゃんを背負う。
(こういう時はお姫様抱っことかの方がカッコいいんだろうか?)
そんなことを思うも、ここで両手を塞いでしまう選択肢は僕の中には無かった。
怪力のミーちゃんだから体重もかなりあるのかと思ったが予想に反し軽かった。
これなら問題なく帰れるだろう。
◇◆◇
道中の川でミーちゃんの手と僕の足の傷を洗った後、僕はゆっくりと足を進めていく。
帰り道は魔力で付けた目印のお陰で迷うことはなかった。
もうそろそろで孤児院が見えてくるというタイミングで背上に動きがあった。
どうやらミーちゃんが起きたようだ。
「ここはどこ?」
「ここはゲーニッヒ森林、今は家に帰るところだよ」
それからミーちゃんは自分がどうしてこうなったのか思い出したようだ。
「あ、ちょうちょさんを追いかけて、それで意識が無くなって……もしかして、また迷惑かけちゃったの?」
「あれは僕のミスだし気にすることはないよ。そのミスを自分で片付けただけ」
「ほんとにごめんなさい……」
ミーちゃんは何かと謝ることが多いような気がする。
謝れない人よりは全然良いと思うが謝ってばかりいるのも良くない。
「ミーちゃん、謝ることは悪いことじゃない。でも、こういう時はありがとうって言うんだ」
「でも、悪いことをしたら謝らないといけないんだよ?」
「確かに悪いことをしたら謝らないといけないかもしれない。でもね、恥ずかしい話だけど僕はミーちゃんのことを仲間だと思っている。仲間には迷惑をかけて良いんだ。それに、「迷惑を掛けた」んじゃなくて「仲間を頼った」って考えると気持ちも楽になるんじゃない?少なくとも僕は頼られることは嬉しいことだと思ってる。不干渉を誓っておいてほんとみっともない話だけどね」
僕はそう言って恥ずかしげに笑う。
するとミーちゃんからの返事が返って来なくなる。
不思議に思ってミーちゃんの方を見ると驚いたようにそのアメジストの瞳を丸めていた。
そんなにおかしなことを言っただろうか?
あれか、ちょっとカッコつけ過ぎて「コイツ何言ってんの?」的な沈黙なのか。
僕の思考が負の方向に傾き始めた時、ミーちゃんが今までより強く僕のことを抱きしめてくる。
「ありがとう~お兄ちゃん!」
その笑顔は本当に綺麗で僕は今日の疲れが吹き飛んだ。
でもそれを言うのは少し恥ずかしかったため誤魔化すことにした。
「お、お兄ちゃんってなんだよ」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?」
ミーちゃんはさも当然と言うような表情をしている。
ミーちゃんの中でどんな基準があるのか知らないが僕はお兄ちゃんに認定されたようだ。
何はともあれどこか暗い感じだったミーちゃんが少しでも明るくなったのは嬉しい。
人は誰しも他の人の助けを借りて生きていくものだ。
もちろん、その助けを当たり前だと思うのは良くないかもしれない。でも毎回迷惑を掛けたと落ち込んでいたらやってられない。
助けてもらったなら次、違うタイミングで助けてあげれば良い。
それが仲間というものだ。
僕はさっきより強く抱きしめてくるミーちゃんを背負いながら孤児院が見える位置まで歩く。
そこにはプリエラや他の三人が揃っていた。
恐らくミーちゃんを心配してのことだろう。
もしかしたらプリエラはミーちゃんのついでに僕の心配もしてくれているのかもという期待を抱く。
その四人に近づいていくとミーちゃんが耳元で囁く。
「ほんとにごめんね、お兄ちゃん」
「だから良いって言ってるだろ?」
「違うの、今まで無視してたこと。ミーは他の人に言われたことを鵜呑みにしてお兄ちゃんのことを見てなかった。でもプリエラちゃんがお兄ちゃんに懐いた理由が分かったよ。お兄ちゃん、すっごく優しいもん」
「そんなことはないと思うけどなぁ」
「見ず知らずの、それも一度は奇襲まで掛けた人を自分を傷つけてまで助けてくれる人は他にいないよ。少なくともミーは初めて会った……」
あまり褒められ慣れていない僕はどう返事すれば良いのか困ってしまう。
「そ、それよりもお腹空かない?」
話の逸らし方が露骨だっただろうか。
でもミーちゃんはそれに乗ってくれて、お腹が空いたと言っている。
ミーちゃんが集めた物はほとんど残ってなかったけど僕のリュックにはある程度入っている。
今日は何を作ろうかな。
僕達が元孤児院に近づいたことで他の四人も気づいたようだ。
みんな必死な形相でこちらに走ってくる。
(はぁ、とりあえず料理はカナリナ辺りをなんとかしてからだな)
僕は顔を怒らして走ってくるカナリナを見てため息をついたのだった
ライアスは無事、ミーちゃんを助けることができました。
またミーちゃんとも打ち解け、守りたい人が増えました。
魔物の森の危険性も再確認し、ライアスにも何か思うことがあったようです。
これからライアスはどうしていくのでしょうか。
次回、ライアス、再び襲われます。
お楽しみに。