第103話 小休止
「ん~」
僕は日差しが顔に当たるのを感じて目を覚ました。
昨日は日が落ちきる前に寝た気がするから、かなりの時間寝てしまったことになる。
やはり疲れが溜まっていたのだろう。
ただ眠りすぎると後で身体がだるくなるので、目が覚めたならこれ以上寝る訳にはいかない。
そんな訳で起きようとした僕は身体に布団以上の重みが加わっていることに気付いた。
目線を下げれば、僕の布団が少し盛り上がっているようだ。
(もしかして、誰か寝ているのか?)
意識しだせば、身体から伝わる感覚で大体の身体の大きさが分かるから誰が寝ているかは見当がついた。
「あれ? ミーちゃん?」
僕が布団を軽く捲ると、僕の上でミーちゃんが寝息を立てていた。
街で新調したパジャマはミーちゃんのふわっとした印象に合っており、さらに可愛らしさが増している。
なんでミーちゃんがここに居るんだろうと疑問に思った直後、廊下の方からカナリナの声が聞こえて来る。
「ミー? ライアスはまだ起きてこないのかしら?」
なるほど。カナリナ辺りに頼まれて、僕を起こしに来たけど、そのまま寝ちゃったのか。
ちなみにカナリナはこの前、料理で失敗したのが悔しかったのか、僕やプリエラに料理を教わるようになった。
流石というべきか、要領を掴むのが上手いカナリナは料理もめきめきと上達していっている。
こういうカナリナの負けず嫌いなところは僕も好きなところだ。
「ライアス、開けるわよ」
一応僕が起きていた時に備えてか、一言断りを入れたのちにカナリナが扉を開く。
(いや、返事してないけどね……)
カナリナのそれは許可を求めるというよりは宣言だ。
まぁ見られて困るものは無いけど、着替え中とかだとどうするつもりだろうか?
ちなみに改装したことで、我が家にも真面な扉が復活した。
今までは開いたままの扉か、閉まったままの扉しか無かったため、これだけでも生活水準が大幅に改善された気がするな。
「しーっ」
そんな訳で、扉を開けたカナリナに僕は静かにするようジェスチャーをすると、カナリナも分かってくれたようだ。
僕はそれからミーちゃんを布団の中に寝させてから起きる。
「おはよう、カナリナ」
「ええ、おはよう、疲れは取れたかしら?」
「うん。ぐっすり眠ったからね。みんなは?」
「アイリスはまだ寝てるけど、他の子達は起きてるわ」
「アイリスが一番疲れてるだろうからね。ゆっくり休ませてあげよう」
アイリスはここ最近で、王都と家を往復したからな。
その前にはエルフの村にも言ったことを考えると、疲れは相当溜まっているだろう。
それもあって、吸血鬼の里にはプリエラと二人で行くのだ。
もし、みんなで行くとなったら、またアイリスに頼むしかなくなってしまう。
戦の時はアイリスの力も間違いなく必要だから、それまではアイリスにも休んでもらうつもりだ。
僕がカナリナと雑談をしながら、リビングに向かう途中で部屋の角からぷーちゃんが顔を見せた。
「ぷぎぃ!」
この家を作ったぷーちゃんは色んな部屋の隅に地面がむき出しになっている箇所を作っており、そこから出入りできるようにしているのだ。
今までの家だとそれが出来なかったので、ぷーちゃんが家を建て直してくれた原因の一つはこれなのかもしれない。
「おはよう。昨日はゆっくり話せなかったけど、僕が居ない時に問題は無かった?」
「ぷぎぃ……」
僕の言葉を理解しているのかは分からないけど、何となく伝わっていることは分かる。
ぷーちゃんは僕に問われると、玄関の方を向きながらいつもとは違う声を出す。
(もしかして、何かあったのか?)
僕の疑問に答えるように、ぷーちゃんは土を身震いで落とすと、玄関の方へ向かって行った。
「あ……」
僕はそこにあるものを見て、つい声を出してしまう。
僕の目の前にはやたらと豪華な椅子が鎮座していた。
そう、ハリソンが「何か凄みを出すため」という理由だけで作ったらしいものだ。
その椅子をぷーちゃんはつんつんと突いている。
いや、もはやガリガリと削る勢いだ。
「あー、ハリソン……仮面の人は悪い人じゃ無いんだ。だから、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」
恐らくぷーちゃんは家に勝手に侵入したハリソンを排除しようとしたはずだ。
ただ、流石のぷーちゃんでもハリソンは分が悪い。
もしかしたら、昨日ぷーちゃんが出てこなかったのは彼が居て拗ねていたのかもしれないな。
「よし。その椅子は後で何とかするとして、ぷーちゃんも一緒にご飯食べる?」
「ぷぎぃ!」
ぷーちゃんは魔物? なのかは分からないけど、何でも食べるみたいだ。
暖かいものも普通に食べていたから雑食なのかもしれない。
いつもは勝手に地中の生物を食べているみたいだけど、僕達の食事も好きなようだ。
僕は飛び込んできたぷーちゃんを抱えるとみんなが待つ食卓へと向かった。
◇◆◇
みんなとの食事が終わった僕は一段落したところで、アリエッタさんと連絡を取ろうとしていた。
僕の手にはアリエッタさんから貰った木製の楽器のようなものがある。
(確か魔力を流し込めば良いんだっけ?)
僕は魔力を流し込んで、話しかけてみた。
「アリエッタさん、聞こえますか?」
何とも言えない緊張の中、しばらく楽器に耳を傾けていると、楽器の中から声が聞こえ出した。
「ああ、聞こえているとも。まずは無事を確認できて良かった」
その声は間違いなくアリエッタさんのものだ。
僕は離れた人の声が聞こえるという初めての感覚に驚きながらも返事をする。
「はい。アリエッタさんの方も変わったことはありませんか?」
「ああ、あれから色々と準備は進めているが、今の所人間からの動きは無い」
やはり、アーノルド王の言っていたことは正しいのか、今のところエルフに攻撃を仕掛けていることは無いらしい。
僕は話を待つアリエッタさんに王都での話を簡潔に伝える。
「本当か! まさか本当に王と接点を持つとは……」
「はい。ですが、僕に警戒してなさ過ぎるというのはありますね」
「つまり、逆に怪しい、と……」
「はい。後、王都の貴族とも知り合いましたが、彼もどれだけ協力してくれるかは不明です」
「そうか。とりあえず、仮だったとしても攻撃のタイミングが分かっただけでも良しとしよう。もちろん、それより早くに攻撃されることもあるだろうから警戒は続けるつもりだ」
やはり、アリエッタさんも僕の話、引いては王の話をそのまま鵜呑みにするつもりは無いようだ。
相手と戦う上で、この警戒心は必須の要素になるだろう。
「ありがとう。ライアスには本当に危険な役目を押し付けてしまったな。この借りはまた必ず。ひとまずは、この辺りで良いか?」
「あ、後一つだけ報告が……僕は今から他の種族に協力を求めに行くつもりです」
「他の種族?」
「はい。個人的に付き合いがある巨人族と、何とかなるかもしれない吸血鬼族です」
「薄々そんな気がしていたが、もう他の種族と知り合っていたか」
「ほんとに成り行きですけどね……」
「いや、他の種族の力が借りられるなら、それほど頼りになることはない。だが、当然その先に待っていることも分かっている問題も理解しているか?」
ここでアリエッタさんが言っているのは、ここで力を借りれば、当然その後で色々と吹っ掛けて来るんじゃないか? ということだ。
僕達は亜人も含めた国を作るつもりだけど、その際に種族ごとの主張が強くなりすぎると上手くいかない場面も出てくるだろう。
それを思えば、何でもかんでも力を借りれば良いというものではない。
だが、巨人族においてはあまり問題はない気がする。
吸血鬼族は分からないけど、そこは交渉次第だろう。
「はい。分かっているつもりです」
「そうか。なら良い。ではライアスが帰ってき次第、詳しい作戦を練ることにしよう。私の方でも幾つか作戦を考えておく」
「はい。出来るだけ早く帰ってきますので、その時にまた連絡します」
僕はアリエッタさんとの会話もそこそこにして話を切り上げた。
でも、この楽器みたいな奴は凄いな。
遠くの人と会話できるというのを聞いた時は実感が湧かなかったけど、実際に使ってみれば、その有用性は明らかだ。
これのお陰で連携に関しては問題なく行えるだろう。
とりあえず、今の内にやってきたいことを終えた僕は身体を休めるために後の数日を使うことにした。
◇◆◇
◆プリエラ視点
私は昔のことを思い出していた。
まだ、私が幼かった時の大切な記憶……
「ねぇ、お母さん。なんでプリエラは血が飲めないの? びょうきなの?」
「いいえ、プリエラ。それは違うわ。あなたは特別なのよ。もし、プリエラが飲める血の持ち主が現れればその人はあなたの運命の人ね」
「うんめいのひと?」
「そうよ。あなたを一生支える人、そしてあなたが一生支える人」
「じゃあ、お母さん! うんめいのひと、お母さん!」
「あらあら、嬉しいわ。でも、もし私以外の運命の人に出会ったらしっかり支えてあげるのよ」
「う~、お母さんを支えたいのに~……分かった! じゃあそのうんめいのひとに出会ったらお母さんに紹介するね!」
「まぁ、それは楽しみだわ。待ってるわね……いつまでも」
「約束ね!」
ずっとお母さんには迷惑を掛けてしまっていた。
最後に私が追放されるとなった時も、最後まで抵抗してくれたのはお母さんだ。
でも、掟は掟。
暴れるお母さんは捕まってしまい、そのまま別れてしまった。
吸血鬼はそこまで数が増える種族ではない。
だからこそ、簡単に同胞を殺すなんてことは無いはずだ。
そんな風に自分に言い聞かせても、不安は募るばかりだ。
(大丈夫、大丈夫……)
ライアスさんと出会った私は私を迫害した吸血鬼達のことなんてどうでも良くなった。
私の心配は一つだけ、お母さんが無事かどうかだ。
こればっかりは私ではどうにもならない。
お母さんには迷惑を掛けた分、色々としてあげたいことがあった。
料理も作れるようになったし、運命の人にも出会えた。
でも、もしお母さんが居なくなっていたら……
そんな風に考えると、どうしても不安で眠れなくなる時がある。
私は布団を被りながら目を閉じる。
明日はライアスさんと吸血鬼の里に行く日だ。
いつもならライアスさんと二人で過ごせる時間に心を踊らせるはずなのに、どうしてもこの不安が拭えなかった。
私が眠れずに居ると、扉が叩かれた。
その時、私はライアスさんが近くまで来ていることを感じた。
(やっぱり、冷静じゃない……)
いつもならライアスさんが近づけばすぐに気づいたはずだ。
ノックされる前に扉を開けているまである。
それに気付けないということは、やはり冷静じゃないんだろう。
そんな風に思いつつも、ライアスさんが来てくれたという事実に私の顔はどうしようもなく綻んでしまう。
今は少しでもライアスさんと話したかった。
私はすぐに扉を開ける。
「ライアスさん、どうされましたか……?」
「ごめん、もしかして寝てたかな? 良かったら少し、話をしようと思ってね」
「いえ、大丈夫です。中に入ってください」
多分、日中だったらみんなが居るから夜にしたんだろう。
内容はなんとなく分かる。
私が「ここに座ってください」とベッドの端を指差すと、ライアスさんがそこに座る。
私は蝋燭の明かりを付けると、ライアスさんの隣に座った。
私は蝋燭の揺れる炎をみながら、心を落ち着かせる。
ライアスさんも同じように蝋燭の炎を見ていた。
私はその横顔を盗み見て、やっぱりライアスさんは優しいと感じた。
多分、私の様子がおかしかったのだろう。
だから、こうして会いに来てくれた。
今は私が落ち着くのを待っているのだろう。
それを証明するようにライアスさんは私の心が落ち着いたタイミングで声を掛けてくれた。
「どう? 最近は眠れてる?」
いつもなら心配させないために嘘を吐くこともあるけど、今はそんな気分にはなれなかった。
私は正直に伝える。
「……いえ、少し、寝つけていません……」
「やっぱり、心配?」
「はい……お母さんに、もし何かあったら、と思うと……」
私はそこで言葉が上手く出てこなくなった。
これ以上、何か喋ると涙が出てきそうになるからだ。
私は頭をライアスさんの肩に預ける。
いつもはびっくりしてなのか、少し逃げられてしまうけど、今はしっかりと受け止めてくれた。
「……ッ……」
どうしても堪えきれない涙が零れ落ちる。
ライアスさんはそれから私が泣き止むまでゆっくりと待ってくれた。
◇◆◇
「ありがとう、ございます……ライアスさん」
「うん。プリエラは心配掛けないようにしようとするからね。何か不安なことがあったらいつでも言ってね」
「はい……」
そこでライアスさんは少し重たくなった空気を吹き飛ばすように明るい声を出した。
「そうだ。プリエラのお母さんのことを少し教えてよ。明日、会いに行くわけだから少し聞いておきたいな」
確かに無理にため込むよりはお母さんのとの楽しい思い出を話した方が楽になるかもしれない。
「はい……! 今日は、寝かせませんよ……」
少し冗談交じりに言った私は残った涙を拭きとると、ライアスさんにお母さんとの思い出を話していった。
◇◆◇
◆ライアス視点
僕は眠ったプリエラの頭を撫でながら、蝋燭の炎を眺める。
あれから少し母親との思い出を話したプリエラは疲れたのか、そのまま眠ってしまった。
最近は少し寝不足気味に見えたから来てみたけど、話を聞けて良かったな。
僕はプリエラの前髪を少し手でかき上げる。
吸い込まれるような白い肌に長い睫毛が生えており、無防備な寝顔はいつも大人な印象があるプリエラに少しだけ幼い印象を与えていた。
そう、いつもみんなを守るために強くあろうとしている彼女だけど、プリエラだって女の子だ。
不安になることはあるし、泣きたいときもある。
今日はそれを少しでも吐き出せたようで良かった。
ただ、このままずっと居ると変な気を起こしてしまいそうなので、僕もこの辺で自分の部屋に戻ろう。
そう思って立ち上がった僕は、後ろから引っ張られる感覚に身体を止めた。
振り返ると、眠りながらプリエラが僕の服の裾を掴んでいた。
先ほどまで穏やかだった寝顔も心なしか苦しくなったように感じる。
もしかしたら、お母さんのことを思い出したことで人恋しくなったのかもしれない。
そんなことを思ってしまえば、僕にはこの手を振りほどくことは出来なかった。
「頼むぞ、僕。変な気を起こすなよ……」
僕は自分を一度戒めてから、諦めてプリエラの布団に潜りこんだ。
流石に明日のことを思えば、寝ないという選択肢はない。
僕は良い匂いに包まれる感覚に心地いいような、でも何か悪いことをしているような感覚を覚えながら、眠りについた。。
◇◆◇
「ん、んぁ……」
朝目覚めた僕は良い匂いを感じながら目を開ける。
「おはようございます、ライアスさん……」
徐々に定まってくる視界には吸い込まれるような黒い瞳が映った。
その目の中に映る僕を眺めながら、ようやっと頭が覚醒しだす。
「う、うぇ!?」
そこで、僕はプリエラの顔が目の前にあることに気が付いた。
布団を被ったまま、向き合う形で横になっているプリエラ。
長い髪の毛が身体にあたっており、少しくすぐったかった。
「昨日は、ありがとうございました……」
昨日……?
あ、そうか。昨日はプリエラのところに話をしにいって、そのまま寝たんだった。
僕が昨日のことを思い出していると、プリエラはその間もジッと僕の顔を見つめている。
「う、うん。それはどういたしまして。あ、あと、僕の顔に何かついてる?」
「いえ、可愛い寝顔でした」
「そ、そう。それなら良いんだけど……」
何が良いのか全く分からないけど、適当な返事をした僕はここから抜け出すために起き上がろうとする。
だがプリエラがそれを阻止するように覆いかぶさってきた。
「プ、プリエラ?」
「ライアスさん、今日の吸血、今、しましょう」
プリエラは僕の血で強くなるらしいから、定期的にあげていたけど、最近は手からの血でなんとかやってもらっていた。
プリエラは吸血の度に甘い声を出すので、僕としても気が気じゃないけど、それもようやく慣れてきた頃だった。
でも、この状況はかなりマズイ気がする。
「プ、プリエラ、今はナイフが無いし、後でにしよう」
「いえ、今日は大事な日ですから、首の血が、吸いたいです……」
プリエラがここまで僕の言うことを聞かないのも珍しい。
というより、プリエラの黒い目が徐々に赤くなってきている。
これはもしかして、何かのスイッチが入ってしまったのかもしれない。
もともと突き飛ばす気は無いけど、プリエラが僕を押さえつけている力は優しくも強かった。
僕では本気を出しても抜け出すことは出来ないだろう。
徐々にプリエラの息が荒くなっていくのを感じながら、僕は抵抗にもならない抵抗を続けていると、ついにプリエラの髪が僕の視界を覆った。
「すみません、失礼します……」
その言葉と共に、首から血が吸われる感覚がある。
首から吸われることはほとんど無いので、その慣れない感覚に僕は少し身体をねじらせるも、しっかりと身体を固定されており、動くことは出来なかった。
正直、首から吸われるのは僕も気持ちいいから問題なのだ。
変に癖になると良くない気がする。
その時、廊下から声が聞こえて来た。
「プリエラちゃん、起きてる? ライアス君が居ないんだけど、知らないかな?」
外から聞こえて来たのはアイリスの声だ。
女の子同士だと、ノックも無いのかもしれない。
アイリスは迷いなく部屋の扉を開けた。
「え……?」
「ア、アイリス、違うんだ」
一瞬で笑顔が剥がれ落ちたアイリスの顔を見て、僕は朝から波乱の予感を感じていた。
次回は吸血鬼の里に向かいます。
彼らは吸血姫の力を手に入れたプリエラにどのような対応をするのか。
また、ライアスは協力を取りつけることが出来るのか。
次回、吸血鬼の里。お楽しみに。




