第101話 貴族たちへの説得
「なるほど。やはりライアスさんは既にエルフと共闘関係にあるんですね」
僕はダリスさんに現状の説明をした。
どこから仕入れてきたのか、ある程度エルフと共闘関係にあることも知られていたらしい。
少しそのことが気にかかるけど、今は考えないようにしよう。
「流石ライアスさんです。私としてもそこが一番難しいと思っていたので、これでかなり動きやすくなるはずです」
うんうん、と頷いているダリスさんに僕は本題を切り出す。
「それで、僕達に協力してくれそうな貴族は居そうですか?」
もし協力してくれると言うのなら、本当に国王とその周りを制圧するだけで良くなる。
だが、そう簡単には行かないだろう。
「うーん、そうですね。やはり陛下のことを恐れている貴族が多いので表立って私達側についてくれる方は少ないと思います」
やはりそうか。一度勝っているエルフとの戦争。
国王への戦の信頼が高ければ高い程、負けそうなこちら側についてくれる人は少ないだろう。
それに、これは国を裏切る行為でもある。
僕達には後ろ盾もないので、負けた時に帰れる場所が無くなるとなれば、味方してくれると考える方がおかしいだろう。
というよりダリスさんが特殊なのだ。
既に侯爵家という安定した立ち位置なのにも関わらず、僕達についてくれるというのだから。
僕が他の貴族の協力は得られなさそうだと考えていると、ダリスさんが「ですが……」と話を続ける。
「ですが、戦の後となれば別です。もし、エルフ側が勝ったとしても、国の戦力は残ることになるでしょう。その時に味方してくれる貴族が居るのと居ないのとでは全然違いますからね」
戦後に協力してくれる貴族が多ければ多い程、新たな戦争になる確率は低くなる。
「では、仮に戦で勝利した後の協力は期待できそうですか?」
「はい。ただ、ここ数十年ずっと亜人を迫害してきたので、亜人と手を組むと言っても信じてくれない人が多いと思うので、そこをなんとかしたいですね」
なるほど。確かにエルフと手を組みますと言っても、その証拠が無ければ信じてはもらえないかもしれない。
それは自分たちがやったことを分かっているからこそ、そう思うのだろう。
だが、そんな時のために考えていた作戦がある。
「分かりました。そこはなんとかします」
僕は簡単に作戦を伝えると、ダリスさんもそれに賛成してくれた。
「それじゃあ、一旦宿に戻りますね」
「はい。有意義な話し合いが出来て良かったです。ここからは一蓮托生になります。連絡を取り合いつつ頑張りましょう」
そう言ってダリスさんは手を差し出してきた。
僕もその手をしっかりと握り返す。
その後、ダリスさんは近くに置いてあった箱から掌サイズの石のようなものを取り出した。
「これは通信魔法が込められた魔石です。私のものと波長を合わせておいたので、こちらに呼び掛けてもらえれば、私と連絡が取れますので、是非使ってください」
おお、エルフのアリエッタさんからも似たようなものを貰ったけど、それの魔法版という感じかな。
離れていながら連絡を取れることの利便性は言うまでもない。
「ありがとうございます。大切に使わさせていただきます」
「後はこれですね。私が懇意にしている者だけに渡しているものなのですが、これがあれば貴族街に居ても捕まることは無いでしょう。もちろん王宮に近づけば捕まるので、そこは気を付けてくださいね」
そう言って渡してくれたのは何かの紋章が入ったハンカチだった。
恐らくこれがオーライン家の紋章とかなのだろう。
あまり詳しくは無いけど、これで、色んな関所を通過することも出来そうだ。
「何から何までありがとうございます。それでは失礼します」
僕はもう一度ダリスさんに礼をすると、プリエラと一緒にダリスさんの屋敷を出た。
今日の昼にはダリスさんが迎えに来てくれるということだから、早めに準備をしないとな。
僕はダリスさんに貰ったものを大切に小さな腰巻の鞄にしまい込むと、足を速めた。
◇◆◇
ライアス達が去っていく様子を後ろから眺めていたダリスの背後にこの屋敷の執事長が現れる。
「ダリス様、ご機嫌そうですね」
彼の言葉通り、ダリスの機嫌は間違いなく良かった。
いつも穏やかな性格ではあるが、機嫌は良いに越したことは無い。
「うん。これで、僕の目的にも一歩近づいたからね。ライアスさんが現れてくれてほんとに良かったよ」
だが嬉しそうに笑っていたダリスは、すぐに神妙な面持ちになった。
「ただ、そうだね。ライアスさんの隣に居たプリエラさん、あれはかなり強いね。カナリナさんも強かったし、戦力としては大きすぎるかな?」
ダリスは先ほど、ライアスを試したときのことを思い出す。
あの時、前髪の隙間からこちらを射殺すような目で睨んできたプリエラは間違いなく、いつでもこちらを殺す気だった。
恐らく、自分が何か変な行動を取ったが最後、この首が繋がっていたかは定かでは無い。
昨日はカナリナが国内でも有数の魔法使いであるモロイド・アムレートを歯牙にもかけず封殺していた。
そして、そんな戦力を束ねているライアスという男。
彼の人柄と、物事を見通す目はかなりのものだということは肌で感じ取れた。
(あれは僕も信頼されてないね)
だが、それは悪いことでは無い。
味方の力が強いことはありがたいし、会って数日なのに無条件で信じて来る者の方が危険だ。
そう。信じていないのはダリスとて同じことだった。
ライアスのことを全面的に信じている訳では無い。
「ねぇ、うちの戦力でライアスさん達に勝てるかな?」
ここの執事長である彼は主人と問いかけに少し頭を巡らせる。
恐らく、このオーライン家が有する戦力は国王直属の近衛騎士団に次いで大きいだろう。
だが主人から伝え聞く限り、かの集団は大災害の魔物を屠ったと言うではないか。
それなら話は変わってきてしまう。
執事長は嘘偽りなく思っていることを伝える。
「厳しい、というのが正直なところでございます」
「そうだね。やっぱり、今の戦力じゃ勝てないよね」
「ライアス様と戦われるのですか?」
もうライアスと戦うことを前提にしているような主人の言い方に、執事長は疑問を投げかけた。
それをダリスは笑って答える。
「まさか。全ての状況を考えておかないといけないからね。ライアスさんが裏切る可能性だって零じゃない。まぁ、今はその話は良いじゃないか。今から少し出てくるから準備よろしくね」
「はい。畏まりました」
ダリスが話を切り上げたので、執事長もすぐさま行動を開始する。
執事長が出て行くのを見届けたダリスは、静かに窓の外に目を向けた。
その先では一瞬だけ黒い何かが見えた。
すぐにいつもと変わらぬ景色になった庭を眺めながら、ダリスは静かに呟いた。
「気を付けて動かないとね」
◇◆◇
「いや、しかし。幾らオーライン侯が言うことでも実現不可能なこともあります。それに、そんなことを言っていては陛下に目を付けられてしまいますぞ」
「はい。ジャックス伯の言うことはもっともだと思います。でも、これならばどうでしょう?」
そう言って、ダリスさんが僕達に目配せをしてきた。
それを受けて僕は一歩前に出ると、隣に居た彼女のフードを軽く捲る。
「こ、これは……!」
「信じていただけましたか? 別に陛下と敵対しろと言っているのではないのです。仮に私たちが勝利した時に協力していただければ、それで良い。悪い話では無いですよ。ジャックス伯は勝った方に付けば良いだけなのですから」
僕は隣で相手を追い詰め……いや説得しているダリスさんを見て少し肝を冷やした。
今、僕はダリスさんと他の貴族の説得に向かっているところだった。
僕は侯爵家の凄さはいまいち分からなかったんだけど、こうして急に訪問しても取り合ってくれていることからも、余程凄いのだろう。
そして今、ジャックス伯と呼ばれた人物が驚いたのはファナを見たからだ。
エルフであるファナがこの人間の街の中心部に居るということはまずない。
彼女を見れば、それだけでエルフからの使者だと誤解させることが出来るのだ。
正確には例の集落に居たエルフと、ファナやティナちゃんはあまり関係が無いけど、そんなことは相手には分からない。
だから、ファナを見た貴族はみんな、既にエルフとの協力関係は結べているものだと理解してくれる。
そして、ダリスさんの巧みな話術で逃げ場を失った彼らはみな、最後には同じセリフを吐くことになった。
「わ、分かりました。もし仮にそうなった際は協力させていただきます。ですが書面では残せませんよ」
「ジャックス伯の英断に感謝いたします。もちろん証拠を残すような真似はしません。ですが、私達が勝ってから裏切れば、恐らく四面楚歌になるでしょう。そこはお忘れなきよう」
終始汗を掻いて、ついには服に色の濃い部分が出てきてしまったジャックス伯は「それはもちろんでございます」と返事をした後、ぺこぺこと頭を下げていた。
「それでは、ライアスさん、行きましょうか。ジャックス伯、急な訪問失礼しました。またお会いできる日を楽しみにしております」
綺麗な笑顔でそう告げたダリスさんにひたすら礼をしていたジャックス伯を見て、僕は思わず言葉を漏らした。
「ダリスさん、すごいですね……」
「え? そうですか? まぁ、侯爵家というのはそれだけ権力があるんですよ。あんまり使いたくは無いんですけどね」
いや、多分それだけじゃないと思う。
あれだけ恐れられている、というよりは一目置かれているのは、間違いなくダリスさんの底知れなさのせいだ。
ただ、そう伝える訳にもいかず、その言葉は呑み込んだ。
代わりに僕はずっと気になっていたことを尋ねることにした。
「でも、このことを国王に知らせる人も居るんじゃ無いですか?」
そう、今僕達はダリスさんがこちらについてくれそうだと判断した貴族の家を回っているところだけど、その内の誰かが国王に伝えてしまうという可能性は低くない。
でも、この程度の疑問が生まれるのはダリスさんも承知のはずだ。
「そうですね。もちろん、その可能性はあるでしょう。ただ言い方は悪いですが、今陛下からの信頼が厚いのは私なんです。なので、そこはなんとでも出来ますし、今回ってる貴族は陛下に何らかしらの迷惑だったり、制約を掛けられた者たちなので、陛下に悪感情を持っているんですよ」
「な、なるほど……」
それなら、なんとかなるのか?
若干釈然としないところもあるけど、これ以上聞いても満足の行く答えは出てこないだろう。
どうせ僕では貴族の説得は出来ないから、ここはダリスさんに任せよう。
少し疑問は残ることになったが、それからもダリスさんと一緒に他の貴族を訪問していった。
◇◆◇
「ファナ、お疲れ様。ごめんね、急に連れ出して」
あれから貴族の家を転々とした僕達はダリスさんと別れると、宿までの帰路についていた。
ダリスさんが「今で良かったですよ。みんな王都に集まっているので」と言っていたことからも、僕達はタイミングが良かったらしい。
まぁ戦争が近いからこそ、その説明があったりするのだろう。
「いえ。ライアス様のお役に立てて良かったです」
そう、エルフであるファナを連れてきた理由の一つがこれだった。
もし貴族と話せるようになった時に、何かエルフと協力関係を結べている証拠を示す必要があった。
そんな時にエルフであるファナの存在は他の何にも代えられない証明になるはずだ。
実際、今回ダリスさんと他の貴族との話し合いでも、何度もファナの存在に助けられた。
「ファナが居てくれて、ほんとに良かったよ。もう王都でやることも無いから、家に帰ろうか」
「はい。仰せのままに」
ファナは僕の少し後ろを歩いている。
宿まではもうすぐだ。
僕はこの機会に少し話しておきたいことがあった。
「ねぇ、ファナ。ファナはさ。何か不満とかない?」
「不満、ですか……?」
「うん。慕ってくれるのは嬉しいんだけど、僕が言うことを全部肯定する必要は無いからね」
そう、ファナは魔力暴走の件から僕を主のように扱うようになった。
正直まだ戸惑いはあるけど、ファナが満足しているなら、それでも良いかと思っていた。
でも、あれからファナは自分の意見を言うことが少なくなった気がする。
もちろん本当に何も思っていないなら良いんだけど、ファナは僕が来る前にみんなを率いていたことからも、色々と考える方だ。
だからこそ、その良さを失わないで欲しいという感情もある。
「まぁ、思ったことがあったら言ってねってこと」
少し無言になっていたファナに冗談めかして伝えると、ファナは少し迷っているようだった。
言うか言わまいか、考えているような仕草。
これは、今気付いたことではない。
少し前から何か言葉を呑み込んでいるような印象を受けていた。
やはりファナには僕に伝えていないことで、何か思う所があるらしい。
僕はファナが言葉を発するまでゆっくりと待った。
「ライアス様」
「ん?」
「先ほど一緒に居たダリスという男性ですが、私は危険だと思います」
ファナははっきりと僕の目を見て言い切った。
だが、すぐにその目は弱弱しく僕の視線から逃れるように下に向けられる。
「いえ、もちろん。ライアス様が信頼しているというのであれば、それで良いのですが……」
「いや、ありがとう。僕だってダリスさんを全面的に信頼している訳じゃないからね。でも、どうしてそう思ったの?」
「勘、としか言えないのですが、そうですね。強いて言えば、私たちにとって都合が良すぎるから、でしょうか」
確かにファナの言う通りだ。
ダリスさんは明らかに僕達にとって最善の動きをしてくれている。
もちろん、そのこと自体はありがたい。
でも、それが逆に怖いという部分は間違いなくある。
やはりファナは色々と考えてくれているようだ。
状況に流されず、相手を疑う力もある。
そんなファナが言うのだ。
ダリスさんのことを信用し過ぎることは無いようにしよう。
「ありがとう。ファナ。やっぱりファナは色々と物事が見えてると思う。間違ったって全然良いから、何か気付いたことがあったら遠慮なく言ってね」
そう言うと、ファナは嬉しそうに笑った。
「はい!」
元気よく挨拶するファナに僕も満足げな顔になる。
これで少し引っかかっていたファナとも話が出来た。
後は家に帰ってからアリエッタさん達と話をして、作戦を練らないとな。
王都でやることを終えた僕は家に帰るための準備を始めた。