表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

102/128

第98話 戦において大切なこと

 



「戦において重要なことはなんだ?」


 あれから王が待つ別室へと移動した際に放たれた言葉がこれだった。

 僕一人だけ呼んだんだ。

 何か攻撃を仕掛けて来ることも考えていたし、無理難題を吹っ掛けられることも想定していた。

 だが、アーノルド王から放たれた言葉はいまいち意図が掴めないものだった。

 それでも聞かれた以上は何か答えなければならない。


 戦において重要なことか……

 もちろん、戦力というのは戦いにおいてかなり重要な役割を果たしているのは間違いない。

 ただ、戦力で全てが決まってしまうのなら僕達エルフ側の勝利は無くなってしまう。

 戦力が少ない中でも勝てるようにやっていくしかないのだ。

 それを考えれば、戦において大切なことはこれだろう。


「準備、ですかね。出来得る限りの事態を想定して、対策しておくことが重要だと思います」


 これは冒険でもなんでもそうだ。

 準備を怠れば、どれだけの戦力があろうと負けることもある。

 僕はそんな気持ちを込めて準備と答えた。


 これを聞いた王は一つ頷く。


「ふむ。それでは戦において最高の結果とはなんだ?」


 さっきの答えが合っているのか、間違っているのか、そもそもこの質問にはどういった意図があるのか。

 もしかして、僕を試しているのだろうか。

 ただ、未だアーノルド王から敵対心のようなものは感じない。

 ひとまずは、この問答に付き合った方が良いだろう。


 戦において最高の結果、王は「最高の」と言った。

 戦争とは基本的に消耗戦である。

 どう頑張っても、自分たちが持っている資源や人材は減っていく一方だ。

 もちろん、その先に相手の資源だったりが得られるからこそ、そういった争いが起きるのは間違いないけど、それでも消耗戦であることには変わりがないと思う。

 だからこそ、「最高」と呼ぶに値する結果はこれだ。


「戦わずに勝つこと、ですかね」


 そう、自分たちの資源や人材を擦り減らすことなく勝てたならそれは最高の結果と言えるのでは無いだろうか。

 王はもう一度頷くと、今度は僕の意見に賛同してくれた。


「そうだな。戦わずに勝てるならそれに越したことはない。だが、それは容易では無いだろう」


 それはそうだ。

 膨大な戦力を有していれば、それだけで軍門に下るということも考えられる。

 ただ、その後が大変だ。

 戦っていないので、相手にはまだ何か隠し玉があるかもしれないし、負けた訳でも無いので戦力だって消耗していない。

 いくらこちらが制限するよう呼び掛けても、どこまで徹底できるかは定かで無いだろう。


「それなら、実現可能な範囲で出来る最高の準備は何だと思う?」


 僕は今度こそ、答えられなかった。

 最高の準備と言われても、先ほど答えた「全ての事態を想定して対策する」くらいしか思いつかない。

 ただ、こう聞いたからには別の答えがあるのだろう。


 僕が答えられないのを見て王は少し笑いながら口を開く。


「少しいじわるだったな。戦とは起こってみなければどう転ぶかは分からない。どちらが勝つかは運の要素もあるだろう」


 大まかには僕と同じ意見のアーノルド王。

 しかし、王には続きがあった。


「それなら、どちらが勝っても目的を達成できるようにすれば、どうだ?」


 そう言って王は言葉を切った。

 どちらが勝っても目的を達成できる?

 その目的が食い違っているからこそ、争いが起きるのだろう。

 だが、そんなことが可能だとすれば……


「それならば、必勝、ですね……」


 そう、どちらが勝っても自分の目的を達成できると言うならば、それはもう必勝だということになる。

 ただ、それは暴論だ。


「ですが、負けて勝つ、というのは些か納得が行きかねます」


 流石に負ければ自分達にとってはマイナスな方向に進むだろう。

 それが、戦というものなのではないだろうか。


「ふむ。確かに負けて勝つということは分かり辛いかもしれん。だが、我が言ったのは負けても『目的を達成する』ということだ。これは似ているようで、少し非なるものでもある」


 負けて目的を達成する。

 つまりは負けても問題が無いようにしておくということだろうか。


「では、そのための準備が大切だ、ということですか」


「そうだ」


 どちらが勝っても問題ないようにしておく、か……

 僕には到底できないことだろう。


 少し話に間が空いたことで、僕はこの質問の意図を確かめた。


「ですが、どうしてこのような質問を?」


 まさか会って早々戦について語り合うとは思っていなかった。

 僕の質問にアーノルド王は笑って答えた。


「何、まだ会って間もない間柄だ。お互いが何を考えているのか、どういう思考回路をしているのか、これは会って直接話さなければ分からないからな。話題が戦になったことについては許せ。我にとって一番馴染みが深いものでな」


 仲良くなるため。

 そのように王は表現した。

 確かに会話をすることで、その人の人となりは幾らか分かってくる。

 僕も王と話したことで、想像通り知恵深いということが分かった。

 ただ、今の王からはエルフを壊滅寸前まで追い詰めた残虐性のようなものは感じない。


「急な呼び出しで悪かった。ライアスの人となりは幾らか分かった。それではライアスにも我が起こそうと思っている戦争について聞いてもらおう」


 そう言って、アーノルド王はエルフとの戦争について語り出した。

 話してくれるということは合格したということだろうか。


 僕は自分が知っている情報と照らし合わせながら、今の状況を精査していく。




「──という訳だ。この作戦の際、ライアス達にも協力を求めたい」


「一気に仕掛けるんですね」


「ああ、そうだ。さっきも言ったがこちらの被害は出来るだけ少ない方が良い。だからこそ、短期決戦しかあるまい」


「分かりました。ただ、この王自ら戦線に出られると言うのは、どういった理由でしょうか?」


「何、王である我が居た方が士気も上がるであろう。それに我もそこそこ戦えるからな」


 僕は王が戦線に立つと言ったことに違和感を覚えてしまう。

 だが、確かに僕が同じ立場なら戦線に立っていただろう。

 芽生えた疑問は後で考えることにして、今は会話に集中する。


「他には何かありますでしょうか?」


「いや、今伝えられることは話した。後は追って伝えよう」


 そう言って、話を締めくくるアーノルド王。

 これ以上は何も聞けないだろう。

 深く聞いて違和感を与えないためにも、僕はここで引き下がっておく。


「分かりました。それでは失礼いたします」


「うむ。人間のために尽力してくれることを期待する」


 僕はアーノルド王に頭を下げると、部屋を出た。


 王との会話は有意義な情報が沢山手に入った。

 どこで戦が起きるのか、そしてそれは短期決戦であること。

 さらに王が戦線に出てくるという情報まで手に入った。

 これなら、もしかしたら王だけを討ち取るということも可能かもしれない。


 不安材料としては王が言った『秘密兵器』の存在だろう。

 流石にその内容までは教えてくれなかったけど、王の目にはかなりの自信が宿っていた。

 これが何か分からない以上、僕も気をつけておかなければならないだろう。


 僕はパーティ会場への戻り道を歩きながら、考えを纏める。

 すると、目の前に走ってくる男の姿があった。

 見れば、そこには金髪の好青年、ダリスさんが居た。

 カナリナが言っていたけど、ダリスさんは侯爵家という、国でも有数の大貴族の当主らしい。

 あの若さで当主になることは珍しいから、何か訳ありかつ、かなり有能で間違いないと言っていた。

 そんなダリスさんが僕の元まで走ってくると、慌てて伝えて来る。


「カナリナさんが!」


 何故か、ずっと敬語を使っているダリスさんが発した言葉で、僕の思考は急速に冷え込んだ。

 僕は制止するダリスさんを差し置いて、パーティ会場へと走った。


 ◇◆◇


 ◆パーティ会場:王の別室



 パーティ会場の別室で王は一人、声を出す。


「ゼラン、お前はライアスのことをどう見る?」


 声を出せば一人だったはずの空間にどこからともなく男の影が現れた。

 彼はアーノルドの側近だった。

『黒影』という王を守る影の集団のリーダーで、その戦闘力の高さは折り紙付きだ。

 いつも影に潜んでいるので、彼の存在を知っている者は少ない。

 人間の偵察に来たエルフであるミレッタを追い返したのも彼らだった。


「は、少々若すぎかと。あの年にしては思慮深くありますが、まだまだ経験が足りないと感じます」


 国王に礼を取った姿勢で、答えるゼラン。

 その答えにアーノルドも頷いた。


「そうだな。だが悪くは無かった」


 ゼランはアーノルドの言うことは否定せず、しかし、別のことについて疑問があった。




「しかし、何故話してしまわれたのですか? 言ったはずです。彼は亜人、ひいてはエルフと関係があると」


 そう、大災害が起きた時、各地に散らしている『黒影』に様子を確認させにいった。

 そこで、先ほどのライアスなる者が亜人と協力して倒す姿を見た。

 さらに、エルフの村に行ったことも、エルフの村に放ったゴーレムから分かっている。

 ゼランはこれを知ったとき、アーノルドに要注意人物として名前を伝えたのだ。


 それなのにも関わらず、アーノルドはあろうことか彼を呼び寄せ、戦争の内容も話してしまった。

 嘘を伝えるのかと思っていたが、伝えていたのは紛れもない事実。

 ゼランにはアーノルドがそのようにする理由が分からなかった。


「ふむ。我々の目的はなんだ?」


 だが、帰ってきたのは質問。

 とはいえ、ゼランにはアーノルドを否定する気は毛頭ない。

 この問いが答えに繋がっているだろうからだ。


「亜人に勝つこと、でしょうか」


 そのために自分たちは動いているのだから。

 エルフの偵察のようなモノが来た時に追い払ったのも、そのための行動だ。

 だが、それを王ははっきりと否定する。


「いや、違う。人間の繁栄のためだ」


 それは同じでは無いのか、そんな疑問を感じ取ったのか王は再度質問した。


「では、三十年前、我ら人間がどのような立ち位置だったかを覚えているか?」


 三十年前、確かその頃は人間の中から特に英傑と呼ばれるような存在は出てこず、亜人たちから見下されていたはずだ。

 実際、街中で人間に対する暴行事件などは後を絶たなかった。

 それは亜人のトップに人間を見下す者が居たからだ。


「亜人に見下されておりました」


「ああ、そうだ。だからこそ、我らは力を示す必要があった」


 そう、力を示すために人間は戦争を起こした。

 もし、そうしなければ、誰かの気まぐれで人間は滅ぼされていたかもしれない。

 ちょっかいを掛けると痛い目を見る。

 そう思わせる必要があったのだ。


「だが、今はどうだ?」


 今の状況。この数十年は亜人を排斥することで平和を保ってきた。

 もちろん、それは薄氷の上の平和ではあったが、間違いなく理不尽に亜人から攻撃される恐怖は無くなった。

 だが、当然と言えば当然だが亜人の中でも人間を敵視している者が現れだした。

 その最たるものがエルフでもある。


「また、亜人との戦争になりそうです」


「そうだ。だが、先の大戦とは違う。亜人は我々人間を対等な存在、対等な敵として認識している。つまり、この数十年で人間に対する見下す視線はかなり薄れたということだ」


 そこで次の選択が重要になる、とアーノルドは自分の考えを話した。


「ここからは二つの選択肢がある。一つはもう一度亜人を叩きのめし、また力を示すこと」


 そして、もう一つ、とアーノルドはニヤリと笑った。


「亜人と手を組むことだ」


「しかし、それは……」


 不可能、そんな言葉をゼランは呑み込んだ。

 ただでさえ、亜人を徹底的に排斥したことで人間に対するヘイトは溜まっているのだ。

 そんな中、手を組んでくれるはずが……


 そこでゼランは気付いた。


「ま、まさか……」


「ああ、そうだ。我では亜人と手を組めようはずもない。だが、他に組むものが現れれば?」


 もし、人間で亜人と手を組める者が現れれば、それは亜人との共生の一歩にはなるだろう。

 そして、それを成し遂げている者が居る。


「それが、ライアスという訳ですか」


「ああ、そうだ。戦いにおいて重要なこと、それはどちらが勝っても目的を達成できるよう準備することだ。もし、ライアス達エルフが勝ったとしても、ライアスは人間を見捨てるようなことはしない。それは今日見て分かった。そして、オーライン侯には伝えたのだろう?」


 オーライン侯、つまり現在のオーライン侯爵家当主、ダリス・オーラインのことだろう。

 確かに彼にもライアスなる者が亜人との協調を図っている旨を伝えてある。


「オーライン侯は亜人との共生を考えている者だ。彼ならばライアスの手助けが出来るだろう」


 つまりは、ライアスなる者が勝ったとき、この国もライアス達と協力関係を結べているということだろうか。

 それならば、悪いようにはされないかもしれない。


「ですが、それでは陛下は……」


 ここまで亜人を排斥してきたアーノルドが亜人と共生出来るはずがない。

 それに加え、ライアスをここまで手助けしているのだ。

 これは自分の首を絞める行為に他ならない。


 だが、そんなゼランの心配の声をアーノルドは残忍に笑って応えた。


「ゼラン、言ったはずだ。我は戦で負ける気は無い。もし、我が勝てば、亜人友好派の貴族は根絶やしだ。そのためにわざわざ、ライアス達と協力させるのだからな。証拠は幾らでも集められるだろう?」


「は、それはもちろん可能でございます」


「もし、ライアスが我を打倒できるほどの実力、運を兼ね備えているならそれでよし、だが簡単に超えられる壁にするつもりは無い……ふ、楽しみだな」


 アーノルドの好戦的な笑みにゼランはただただ頭を下げる。

 そうだ、これだ。

 ゼランはアーノルドに理性が備わっていたことに感謝する。

 しかし、アーノルドは自分の理性のタガを外すことが出来る。

 その後に残るのはただただ残虐な戦闘狂だ。

 その知恵を以て、必ず敵を殲滅する。


 彼の目からは獰猛な殺意が零れていた。


 ◇◆◇


 ◆ライアス視点


 僕は廊下を抜けて、パーティ会場へと入る。

 僕がパーティ会場へ戻ると、男の怒鳴り声が聞こえて来た。


「おい! なんで、貴様のような奴がこの場に居るのだ!」


 人だかりが出来ており、ここからは何が起きているか分からない。

 それでも、間違いなくその騒動の中心にいるのは彼女だと理解できた。


 僕は最後に残った理性で目の前の貴族を無理に押し込まないようにしながら、貴族の間を通り抜ける。


 その人だかりを抜けたことで、ようやく何が起きているのか理解できた。

 目の前で、カナリナの手を掴み恫喝している人物、モロイド・アムレートがそこに居た。


 そして、そのモロイド・アムレートに手を掴まれ、瞳に涙を溜めながら抵抗しようとするも、何も出来ていないカナリナの姿が目に入って来た。


 その光景を見た瞬間、「貴族には絶対に手をあげるな」というカナリナの忠告は完全に頭から抜け落ちてしまった。


 僕は拳を握りしめて、一歩踏み出した。



人間の王、アーノルドはライアスが亜人と協力関係にあることを知っていました。

そして、人間のためそれすらも利用する心積もりです。


そんな中、カナリナは自身のトラウマと向き合う羽目になってしまいました。

弱るカナリナにライアスはどうするのか。

次回、カナリナのトラウマ。お楽しみに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 王は自ら犠牲になってもいいと? いやまだ決めつけるのは早いか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ