第8話 ミーちゃんへの教育
いつも読んでいただき本当にありがとうございます。
読んでいただいてることが分かるだけでやる気が漲ってきます。
本日、二話目の投稿です。
「このニンジンを見てどう思う?」
「かわいい~」
僕はあれからミーちゃんになんとか食べられるものを見つける能力を養ってもらおうと奮闘しているが、なかなか上手くいかない。
今は人の叫ぶ顔にしか見えないニンジンの見た目を聞いたのだが、これを可愛いと思えるのは一種の才能だ。
ちなみにこのニンジンの顔上部にある髪の毛みたいな葉っぱを毟ると泣き叫ぶ。それはもう鼓膜を破壊する勢いで泣き叫ぶ。
さらにこれを聞いた相手を混乱させるのだから厄介極まりない。
そういう意味でもこれは危険なのだ。
「そうか、ならこの可愛いニンジンは食べちゃダメだ。ほらこの顔、よく見ると食べないでーって言ってるように見えるだろ?」
「ほんとだ~」
正直、やけくそになりつつある。
魔物の森にある植物で見るからにやばそうなやつは大体食べられない。
生き物は進化していくものだ。
僕たちが危ないと思ったのなら大抵そう思うだけの理由がある。
何が食べられて何が食べられないのか分からない時代、人類は本能を磨くことで生き残ってきたのだ。
だが残念ながらミーちゃんにその本能は備わっていないようだ。
それからもミーちゃんに色々と教えてあげながら森を進んで行く。
「良いか、本当に生で食べられるものは他の動物にとっても生で食べられるんだ。だから少し見つけにくい所にあることが多い。簡単に見つかれば直ぐに食べられてしまうからね」
「そうなんだー、いっぱい知ってるんだね〜」
「勉強したからね……お、こういう大きい岩の下とかに食べられるキノコが生えてたりするんだけど、この岩は大きすぎるし取れないな」
僕の目の前には高さ三メートル程の岩がある。
こういう岩は実は下に隙間があったりするのだ。
もっともこれをどける力は無いので今回は見逃すしかない訳だが……
「へー、こういう所にあるんだー」
ミーちゃんが上機嫌にその大きな岩に近づいていく。
ミーちゃんは興味本位で近づいたのかもしれない。
だが、岩の質量は大きいと言ってもいつ倒れてもおかしくはない。
「ミーちゃん、あんまり近づくと危ないぞ」
ゴゴゴゴ
あれ?僕は夢でも見ているのかな?
今、僕の目の前でミーちゃんが自身の倍以上もある岩を持ち上げている。
いや、持ちにくいだろうし、そもそもあんな軽々しく持ち上げれるものじゃない。
ズドン!!
僕が唖然としているうちにもミーちゃんは岩を持ち上げ終えて隣に下ろしていた。
「あ~ほんとだ!キノコあったよ!」
まだ脳の処理が追い付いていない僕の目の前には先ほどと変わらず元気なミーちゃん。
先ほどと同じ笑顔なのに少し怖く見えてしまうのは気のせいだろうか。
今見てもこんな小柄な姿に大きな力があることは想像できない。
「あれ、どうしたの?」
僕が黙っていることに疑問を覚えたのか少し不安そうな顔で尋ねて来る。
「あ、あぁ大丈夫だ。そのキノコは食べられる。お手柄だね、それにしてもミーちゃん、力強いんだね」
自分で言ってなんだが、力が強いなんてもんじゃない。
身体強化の類か?
ダメだ、考えても分からない。
だが僕の言葉を聞いたミーちゃんは途端に焦り出す。
「え?あ、い、いやこれは違うの!そういうんじゃなくて……だ、誰にも言わないで~」
終いには泣きそうな顔で懇願してきた。
そんなにバレたくないことなのか?
力が強いことは悪いことではない。
逆にこういう所に住むなら力があるのは歓迎されるはずだ。
プリエラといい、ここに住むには力を隠さなければならない宿命でもあるのか?
だが、物事は合理的に量れないものもある。
ミーちゃんにもミーちゃんの事情があるのだろう。
それを言いふらすのは可哀そうだ。
「分かった。言わないと約束するよ」
「ほ、ほんと!ありがとう~」
僕が約束するとミーちゃんは笑顔を取り戻した。
ここで僕は最初にミーちゃんと会った時のことを思い出す。
ファナに襲われた後、アイリスの掛け声で他の三人も攻めてきたがミーちゃんはファナを守るために覆いかぶさっていた。
もし、あの時ミーちゃんに本気を出されていれば……
いや、止めておこう。
今はただ、ミーちゃんが皆の前で力を発揮したくなかったことに感謝するしかない。
◇◆◇
「よし、結構集まったんじゃないかな。そろそろ帰らないと日が暮れちゃうから戻ろうか」
「うん!これだけあればカナリナちゃんも喜んでくれるよね!」
「そうだね」
そろそろ帰らないと日が暮れるというタイミングで僕は戻ることを提案した。
僕のリュックとミーちゃんの籠にはかなりの野菜や果物が入っている。
ミーちゃんの籠は木の枝を蔦で編んだ粗いものなので、細かいものは僕のリュックに入れている。
それにしてもミーちゃんが履いている靴はかなりボロボロだ。
ミーちゃんは辛い顔をしていないが連れまわすのは良くなかったかもしれない。
靴も用意しないとな……
ミーちゃんと接していていつの間にか自分の中で不干渉の約束が薄れてきているのを感じる。
昔、師匠から聞いた言葉を思い出す。
『人ってのは一人じゃやっぱり生きられねぇのさ』
その時は良く分からなかったが今なら分かる。
一人になろうと思ってここに来たが、もし本当に一人だったら生きる意味を見つけることは出来なかっただろう。
実際どうなっていたかは分からないが、今よりは寂しく生きているのは間違いない。
プリエラは他の四人がダメと言っていたが僕にも問題がある。
いつまでも最初の拗ねているときの約束に拘るんじゃなく、同じ場所で生活するなら他の四人への関わり方も考えて行かないと行けないな。
一番ダメなのは恥ずかしさやプライドが邪魔して本当に大切なものを見失うことだ。
後でもう一度自分の気持ちを整理しよう。
さて、帰り道だが特に問題は無い。
ゲーニッヒ森林は方向感覚が無くなることで有名だから二重三重のチェックをしているし、元孤児院の位置もしっかり把握している。
深い位置なら分からないが浅瀬のこの辺ならば迷うことは無い。
「あ~ちょうちょさんだ~」
僕がミーちゃんの前を歩いていると後ろからそんな声が聞こえて来る。
振り返ってみればミーちゃんが綺麗な青色の蝶を追い駆けているじゃないか。
ん?あの青い蝶、どこかで……
あ、やばい。
「ミーちゃん戻ってきて!」
僕はミーちゃんに向かって戻ってくるように叫ぶが声は届いていないようだ。
そうしている間にもミーちゃんは蝶に付いて行ってしまう。
(くそっ!もう魅了されてるのか!)
僕はすかさずミーちゃんの後を追う。
ミーちゃんのスピードはそんなに速くないため追い付くことは簡単だった。
だが問題は他にある。
(ち、力が強い!)
どれだけ引き留めようとしてもその動きを止めることは出来ない。
前に出てもその虚ろな目に僕は映っていないのだろう、止まることはない。
(まさかここまで力が強いとは……このままだと連れ込まれるぞ!)
さっきの青い蝶は眷属のようなもので獲物を巣に連れ帰る役割を持つ。
巣には親玉となる魔物が居る。
その名を『バタフライサック』と言う。
バタフライサックの見た目は花に似ているがその習性を例えるならば蜂が近いだろうか。
ただ、蜂は花の蜜を集めるが眷属であるこの青い蝶は生きてるものを集める。
そしてそのものの魔力を吸い出すのだ。
青い蝶の能力は魅了だ。
その力は決して強いものではない。
じゃあ魅了が掛かるのはどんなものかというと魔力が少ない者だ。
青い蝶の魅了は魔法の一種。自身にある程度の魔力があればそれだけで跳ね返すことができる。
つまり、ミーちゃんは魔力をほとんど持っていないということだ。
僕は蝶の魅了は効かないので、冒険者の中では魔力が少ない上に魔力暴走の後遺症が残っている僕よりも、ミーちゃんの魔力は少ないことになる。
いよいよ、ミーちゃんの怪力の原因が分からない。
そして、この青い蝶で一番厄介なのは実体が無いということだ。
この青い蝶は巣の親玉が魔力で生み出したもので、物理攻撃が効かない。
じゃあどうやって倒すのか、それは単純な話だ。
物理がダメなら魔法で。
誰でも思いつくことだろう。
だがそれが出来ない。
僕の魔力はただでさえ多くない。
それに加えプリエラを助けるために魔力暴走をしたことで現在魔力の制御がほとんど行えないのだ。
プリエラを助けたことには全く後悔は無いが、この状況で魔法が使えないのはかなり痛い。
魔法で倒せないとなると他の手段を考えなくてはならなくなる。
そうこうしている間にもミーちゃんの動きは止まらない。
今も前から体重を掛けてミーちゃんを反対側に押し込んでいるが岩をも持ち上げるミーちゃんだ。
僕の体重如きでは止まるはずも無かった。
その時、僕の足元に綺麗な花が見えた。
後ろを見ると一面の花畑に色とりどりの花が咲き誇っている。
その森において異様な光景は事実を知らない者が見れば美しいと感じるのだろう。
だが僕は知っている。
ここがバタフライサックの巣であることを。
(いよいよまずいな)
ここまで来てしまえば後は魔力を吸い取るだけだ。
パラセートといい、魔力を吸い取るタイプの魔物に縁があるな。
だが、パラセートと違ってバタフライサックは容赦がない。
パラセートはゆっくりと魔力を吸い取り、一週間ほどで命が怪しくなるが、バタフライサックは違う。
数時間でその魔力を吸い取ってしまう。
それにバタフライサックは魔力だけでなく生命力や気力まで吸い取り魔力に変換する。
集められる獲物の魔力が少ないからそのような特徴を持つのだろう。
現に今も魔力やもろもろを吸い取られていく感覚がある。
この花畑全域がバタフライサックの狩場なので、当然ここに居れば僕も獲物の対象に含まれるという訳だ。
今、ミーちゃんは虚ろな目で花畑に座り込んでしまった。
恐らく、もって後三時間。
だが僕に与えられた時間はもっと短い。
一時間、それがタイムリミットだ。
それだけの時間、ここに居れば僕の動く気力が無くなるだろう。
それまでに片を付ける。
魔物の森の危険性は分かっていた。
でも心のどこかで、「どうせ大丈夫だろう」という漫然とした油断があった。
これは僕のミスだ。
「ミーちゃん……僕が付いていながらごめん。絶対に助けるから少しの間待っていてくれ」
起こってしまったことを後悔するのは後だ。
今はこの現状を打開する方法を考えなければならない。
僕はミーちゃんに一言声を掛けてから行動を開始した。
ミーちゃんの食べられるもの教育はなかなか捗りません。
そして、どういう訳か怪力を持っているミーちゃんですが魅了に掛かってしまいました。
ミーちゃんの怪力の謎も解けないままですがこのままだとミーちゃんがピンチです。
次回、ライアス、ミーちゃんのために行動します。
お楽しみに。