いつもとおなじ
樹/楓
幼稚園からの幼馴染み。年齢的には大学生くらい。
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「寒い」
広々としたリビングに設けられた黒革張りのソファーに、寝転がるように座り静かに読書していた樹の元にやって来た人物は、何の脈絡も無く開口一番にそう告げた。聞き慣れた声に眉間に皺を刻みながら、樹は本から視線を外すと自分の隣に佇む楓へと視線を向ける。いくら自分より低い彼女でも、座っている者と立っている者では逆転することがある。案の定、樹は日常的には決してみることのない、下から彼女を見上げる形に、不思議な感覚を抱いていた。
「…それで?」
短い返答に、今度は徐に楓の眉間に皺が刻まれる。いつもはへらへらと馬鹿みたいに騒がしく、はしゃぎ、楽しそうな笑顔ばかり浮かべている癖に、樹と二人きりの時はそう云った複雑な表情も簡単に浮かべる。それが気を許されていることなのだと気付いてはいたが、口にはしていない。そういう自身の内心への詮索に対し、樹は勿論彼女も嫌いだからである。不機嫌を隠しもせずにただ無言で己を見降ろしてくる楓に、小さな溜息が零れた。いつも自分に対して言葉数が足りてないだの、もっと分かり易く云わなくちゃダメだの文句を云う本人自身、言葉数が足りていないだろう、と。胸中で愚痴を漏らす。
(ったく…)
面倒だと思うのもこれで何回目だろうか。最早数えるのも、思い出すのも面倒だと感じ始めると、この状況にも面倒と思う。いつまでもだんまりを決め込む楓に小さな舌打ちをしたかと思えば、楓の右腕を左手で掴むとそのまま自身の方へと腕を引っ張る。必然的に掴まれていた楓も樹の方へと倒れ込むような形で体が移動する。そして、予想外過ぎる行動に何の抵抗も出来なかった楓を何の迷いもなく、後ろから抱えるように己の腕の中へと収めると先程まで読んでいた本を楓の前に持って行き、まるで何事も無かったかのように読み始める。その構図は、まるで親が子供に本を読み聞かせているかのような―――。
「…寝て良い?」
「勝手にしろ」
樹の腕の中にいる楓は必然的に彼を見上げる形でそう尋ねる。しかし樹は、本に集中したいためか此方に視線を寄越すことなく、何とも愛想の欠片もない短い言葉で終わらせる。ペラリ、読み進んだのか次の頁を捲るその動作や真剣な顔つきで読み耽る樹の横顔を眺めて、楓は不機嫌だった顔に小さな笑みを浮かべていた。これ以上、樹の邪魔をしないようにと楓は話し掛けるのも見上げることも止めた。視界を遮るように静かに瞼を降ろす。
背中に感じる暖かな体温を感じながら今日は良い夢が見れそうだと。
ただ、らしくもない想いを持ったまま、意識を沈めた。
完