表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖樹の精霊

作者: 朔々

「人間ってバカね、結局は己の首を絞める事になるのに。愚かだわ」

 世界樹が大きな音を立てて倒れてゆく。

 人々が歓声を上げるなか、私は静かに姿を消した。



 僕は今日も後ろから彼女を見ていた。

 彼女の名前は、二階堂 小夜 

 2年3組、いや、西高校全員のアイドルだ。清楚可憐で儚げで、人当たりも良く、名家の令嬢なのに威張る事もない。そんな彼女を好きにならない訳がない。勿論、校内のアイドルは他にも居る。

 だが、僕は小夜さん一筋だ。

 だから彼女が突然教室に入って来たとき、美人とは思ったけど、皆みたいに見とれたりはしなかった。



「ああ、居た居た。あなた名前は?」

「………… 二階堂 小夜です」

「そう、サヨ。フフッ、サヨナラのサヨね」

 失礼な人だな、僕はそう思った。そもそも授業中にいきなりやって来て、何なのだろう彼女は。

「フフッ、サヨ。サヨナラ、それと、いただきます」

 彼女は突然小夜さんに口づけをした。勿論、小夜さんは抵抗した。でも彼女が腰と頭に腕を回し、離れられないみたいだ。

 皆が圧倒され、教室から音が消えた。

 彼女の口づけの音だけが聴こえていた。いやらしい、淫靡な水音だった。



 だから彼女が一際強く、小夜さんの唾液を吸った時、小夜さんが彼女の口に吸い込まれたのを皆が見ていた。

「ごちそうさま」

 彼女が舌舐ずりをした。

 僕はそれを見て、何故か喉を鳴らしていた。

「そこの君」

 僕が指差されている?

 彼女が近づいて来る。

 僕はこの時、小夜さんみたいに食べられちゃうとか、お腹の中で小夜さんと一緒とか、お腹の中から小夜さんと一緒に脱出とか、そして二人は恋人にとか、都合の良い妄想を抱いていた。

 でもそんな事にはならなかった。

「ついてきて」

 彼女は僕の手を引いて歩き出した。

 教室を出て、校門も出る。

「二人っきりで話がしたいわ、邪魔が入らない場所に心当たりは?」

 僕は自宅へ案内した。学校から徒歩10分だし、両親は共働きで僕は一人っ子だ。

 凄く怪しい人だけど、彼女のお腹には小夜さんが居るって思うと無下には出来ない。

 咀嚼された訳じゃないしきっと助ける方法がある筈だ。

 だから僕は彼女が望むままに、自室まで上げた。



「さぁ、何から話そっか? それとも聞きたい事ある?」

「あなたは誰ですか? 小夜さんは無事何ですか? どうしてあんな事したんですか?」

「じゃあ、最初からね」

「私は聖樹の精霊、名前は無いわ。

 私がいた世界では、動物は魔力を、植物は聖力を宿すの。

 でも最近、人間に聖樹が切り倒されちゃって。聖樹が無いと聖力と魔力のバランスが崩れて生命が滅びるわ。人間が滅ぶのは自業自得、でも巻き込まれる他の生命体は?

 堪らないでしょ。

 だから私は、聖樹がつけた最期の実で受肉し、此処へ来たって訳。新しい聖樹を見つけにね」

 それと小夜さんを吸い込む事に何の関係があるのだろう?

「サヨ。あの子を食べたのは、サヨが新しい聖樹だからよ。

 ただの植物に精霊を宿すには、人格のある生き物を種にする必要があるの。

 魔力とは欲望を叶える力。この世界に魔力は無いけど、サヨは特に優秀よ。

 飲み込んで分かった。彼女、相当厳しい家で育ったみたいね。自分の意見を持つのを許されず、周囲の指示に従うだけの生活。彼女に欲望らしい欲望なんてまるで無いわ。

 空っぽのお人形さん、それが彼女よ。

 素晴らしい逸材でしょ?」

 それじゃあ僕は? 僕はなぜ連れて来られたの?

「空っぽのお人形さんはもう一人必要なの、彼女を守るために。分かるでしょ?

 君はサヨが好き。でも何もしない。告白なんて出来ないし、話しかけるのも無理。妄想でさえおこがましいし、オカズにするなんてもってのほか。

 でしょ?

 欲望は有ってもそれを叶えようとはしない。

 魔力は欲望を叶える力。だから君にも宿らない。

 君もまた、逸材よ」

 好きな人を空っぽと言われ、自分の事も空っぽと言われ、でも逸材と言われ、誉められてるのか貶されてるのか。

 まぁいいか、とにかく僕は小夜さんを守れば良いらしい。

たぶん異世界で、彼女の後を継ぎ、聖樹の精霊になった小夜さんを守護するのが、僕のこれからの人生なんだ。

「さ、それじゃあ早速、交配しましょ?」



「な、ななな何を言ってるんですか!?」

「サヨは今、私の中で幽霊の様な状態。彼女を種にするには、雄しべと雌しべを合わせて受粉しないと」

「い、いきなり知らない人とできるわけないでしょ!?」

「…………」

 彼女が黙っている間、僕は「人じゃなくて精霊だ」なんて言われたらどうしよう、なんて現実逃避していた。

「あら? あなたの服、綿なのね。なら」

 僕のシャツとズボンが勝手に動き、僕をベッドまで移動、仰向けに拘束されてしまった。

「フフフ。私、植物なら何でも自由自在なの」

 彼女の服が脱げ落ち、僕のパンツはまっぷたつに破けた。

「ままま、待って! 僕は、初めては小夜さんに捧げると決めてるんだ!」

 たった今決めたんだけど!

「? まさしくそうじゃない。私とあなたで受粉してサヨに捧げる。

 うん、良かったわね、あなたの望み通りよ」

「!?」

 彼女の姓知識は乏しかったが、10年間僕と過ごした、小さなサボテンの記憶を読んだらしい。

 僕の趣味を完全理解した彼女と、僕は何度も受粉した。

 そして最後は、僕も彼女に飲み込まれた。



「フフフ、上手くいった。後は帰って植えるだけ」


 私はまた、世界を超え、故郷の森に帰ってきた。

 此処はもう、愚かな人間の手に渡ったも同然だ。サヨにはもっと良い土地を用意してあげる。四大精霊の加護を受けた土地。

 彼等の協力で、私は聖地を手に入れた。

 火の力で暖かく、水の力で水源豊かに、地の力で広く大きな、風の力で空を飛ぶ大地。

 この島、聖地をサヨに。

 私は島の中心に、サヨを埋める為に降り立つ。

「人の身体って不便だわ。あんな痛い思いで受粉して、もっと痛い思いで種を落とすなんて」

 私はサヨの種を産み落とす。

 それは激痛との戦い。


 私の頭ほどもある種は、お腹の力だけでは落とせないらしい。

「この小さな穴をもっと広げなければ」


 私は自らの手で身体を引き裂く。


 力いっぱい、前後に、左右に引っ張る。


 そのかいもあり、穴はへそまで裂けた。痛みで気が狂いそうだ。

 だが、これなら、今度こそ。


 お腹に力をいれた瞬間、さっきまでとは比べ物にならない激痛が走った。


 人間、もしくは、生物の本能なのかも知れない。私は激痛を耐える為に全身に爪を立てていた。


 いや、違う。


 耐えるのではない。


 果物の果汁を絞るように、私は私の身体を締め上げていたのだ。


 種を絞り落とす為に。


 長い戦いの末、無事、サヨの種は落ちた。

 

 かつて、皆が美しいと褒め称えてくれた私はいないだろう。今の私は、全身から樹液が零れる搾り滓。


 だが、もう一仕事残っている。


「サヨ、あなたに守護者をつけてあげる」

 私の聖樹がつけた実は2つ。1つは私が食べて受肉、もう1つは彼に。

 私は、飲み込んだ彼に聖樹の実を渡す。

 その為に、聖樹の実を丸飲みする必要がある。リンゴ大の実は中々難しいだろう。

 だがやらねば。


 あごを外し、口へ押し込む。


 枯れた足などもう要らない。根本から折り、くわえた実を押し込む棒に。


 喉へ達し、喉をしごいてさらに下へ下へと。


 漸く、胃の腑に達した時には、私の身体にまともな部分は残っていなかった。


「ーーーーー、ーーー」

 これで良い、あとは。

 そう言ったつもりだった。

 喉をあれだけ圧迫したのだ、声を失って当然か。


 もう種を埋める力は残っていない。


 動かない身体を引摺り、種を抱き寄せる。聖樹は世界に1本だけ。私が死ねばサヨが芽吹く。


 私を苗床に大きくお成り。

 

 最期に、彼の宿る実を取り出す。


 もはや、痛みなど無い。後は、彼が上手くやるだろう。何せサヨは、彼の初恋の相手だもの。

 サヨを、聖樹をよろしくね、守護者くん。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ