T4-1
ギルド内、ギルマスの執務室。
このチャライケメン、執務室には誰も入れない。彼にとってこの部屋が、唯一自分らしく居れる場所だった。そう。彼は常にキャラを演じている。本当の彼は、地味で存在感のない根暗だった。
ニコライは、ストーシティの孤児院出身だった。ハンスのことも見たことはある。最初は孤児院で。次はギルドで。だがハンスはその記憶すらないだろう。なぜならニコライは、家族にすら忘れられるほどの地味さと存在感の無い子?だったからだ。
ある日の朝、ニコライが起きた時には、家族の姿が無かった。父親が、母親と兄弟達と、引っ越しの話しをしていたのは知っている。なぜなら目の前に居たから。楽しげに玩具を袋に詰める兄弟達。皿を一枚ずつ包んでいる母親。テーブルを運ぶ父親。その全てが居なくなっていた。
ニコライは声を上げて泣くこともせず、とぼとぼと教会へと歩いた。石段に座り、歩く人々をただ眺めていると、クレアに声をかけられた。
「どうしたの坊や?一人?」
自分に気付いてくれる人がいた!そう思うと、ニコライは涙が溢れてきた。初めて声を上げて泣いた。そのままニコライは、孤児院で生活することとなる。
クレア以外で自分に声をかける者はいなかった。そんなニコライをクレアは、冒険者として育てた。誰にも気配を感じて貰えないニコライ。それは潜入調査や尾行には最適だと言える。難しい依頼は全てニコライが受けた。その功績でマスターになれたのだが、問題があった。ギルマスとして存在感が無いのは、ギルドを纏めるには不向きだ。最悪と言っていいだろう。そこで彼は、シノックシティに来た時から、存在感をアピールするキャラクターを演じることにした。
ニコライは、存在感を消したまま町に出ることがある。情報収集の時だ。まどかとメグミが町に出て、メグミが狙われた時も見ていた。だからこそ、ローブとネックレスを用意する案を思いついたのだ。
執務室は、ほぼ楽屋という表現がぴったりだろう。派手な衣装、広い鏡とメイク道具、それらが部屋の半分を占めていた。その中でニコライは、膝を抱えるようにソファに座り、窓から道行く人々をただ眺めていた。
ニコライは今、まどかのことを考えていた。あんなに感情のまま、素直に生きられたら……実際は違うのだが、ニコライの目にはそう写っていた。
「羨ましいなぁ……」
この日、この部屋で唯一声に出した言葉だった。
「コンコンコン!」
執務室をノックする音がした。
「ギルマス、まどかとメグミが、応接室で待ってます。」
ニコライは立ち上がり、鏡の前で笑顔をつくると、
「オーケー!今行くよー!」
ギルマスとしてのスイッチが入った瞬間だった。ジャケットを選び、袖を通す。襟元を直し、鏡に向かって二、三度ポーズを決める。香水をつけ、匂いを確認すると表情が変わった。執務室を出て、隣の応接室の扉をノックする。
「入っていいかーい!」
「「どーぞ。」」
扉を開けると、ニコライは最高の笑顔で入って行った。
「ハッハー!プレゼントは気に入ってくれたかい、子猫ちゃん達ー!」