T3-1
「え!何故です!私達は全て打ち落としたではありませんか!」
ジョーカーは首を横に振る……
「あなた方は、これを訓練のための訓練だと思っているようですね。これをやれば訓練が終わる、これが出来れば終わり……それでは実戦で役に立ちません。わたくしが一つ上空に石を飛ばしましたね?真上から来るそれを石だと思い、あなたは鞭で払った。違いますか?」
「はい。そうです。」
「ではそれが、死毒の入った薬瓶だとしたら……」
「!……私達は、全滅でした……」
「でしょうな。常に実戦、可能性を考慮し行動する事が、執事として大切なのです。その為に準備し、身体を鍛え心を磨き、スキルを修得する事が、執事の嗜みでございます。」
ジョーカーが口癖のように言う『執事の嗜み』。それは、忠誠を誓う主の為、なすべきことをなせる自分であり続けるための自己鍛錬。それには終わりが無く、極めることの出来ない道に挑むことなのだ。元の世界にいた、身体を鍛えるのが趣味っていう、プロテインばっかり飲んでる無駄マッチョとはわけが違う。
自分達が目指すべき高みを見て、若者達は愕然とする。ここで諦めるのならば、執事には向いていない……ジョーカーは思った。ハインツも同じ道に挑む者として刺激を受けたらしい。若者達の教育と日々の雑務に追われて、忘れかけていたものを取り戻した思いだった。
「わたくしもまだまだですね。精進せねば。」
そう呟いた。
その後ジョーカーは、メイド長のマイヤーに呼ばれた。屋敷内のメイド達との顔合わせ、料理人や庭師などを紹介された。
「早速ですがジョーカーどの、本日の献立を見ていただけますか?」
料理長のヨハンが声をかける。このヨハン、若い頃に世界を廻り、数々の知識を得た凄腕の料理人である。そのヨハンをして、頭を悩ませる事があるらしい……
「ご主人様は、魚をあまり好まれません。各種肉類は取り揃えてはいますが、それだけだとどうしても偏ってしまいます。お知恵をお貸しください。」
この世界の魚料理は、ほとんどがグリルだ。ハーブや香辛料で目先を変えるだけで、あまり代わり映えはしない。
「魚を見せていただけますか?」
「はい。こちらです。」
「なるほど……この魚でしたら……厨房をお借りしてもよろしいでしょうか。」
ジョーカーとヨハンに、マイヤーもついて行く。
「あなた達は持ち場に戻りなさい。」
他のメイド達は、持ち場へ戻された。
ジョーカーは鯛に似た魚を二枚捌く。一つはハーブをまぶし、卵白を混ぜた塩で覆った。もう一つは平鍋に敷き、水を張って周りに香味野菜を入れ火にかける。塩をし、オイルを回し、時折煮汁をかけながら煮込んだ。塩を覆った方はオーブンに入れ火にかける。それまでの手際をヨハンはメモをとり、マイヤーは両手を頬にあて、驚きの目で見ていた。
やがてその匂いが屋敷に漂う。ジョーカーは鍋を火からおろし、煮汁ごと皿に盛った。オーブンの方は、木製の鍋敷きの上に鉄板ごとのせた。
「アクアパッツァと塩釜焼きにございます。」
「「おぉー!」」
「これは見たことが無い!」
「なんて良い香りなんでしょう!」
周りの料理人も騒然としている。本当に執事なのか?名のある料理人じゃないのか?様々な声が聞こえた。