J1-3
この章に出てくる「精霊」は「下級精霊」です。
メグミ=ジーニアスは、外へ出た。ピクシーのティンクに先導されて。
振り返ると、洞窟か鍾乳洞だと思っていたさっきまでいた部屋は、大木の中の空洞だった。
「えっ、えーっ!大っきい……」
ドーム球場程の太さの幹、深く生い茂り天辺が見えない。強い生命力を感じる木の根元に立っていた。
「なんだよ今更、入る時見なかったのか?」
「あ、あの、私、一瞬で部屋の中にいたから……」
「……こんなオドオドしたやつが、ホントにジーニアスの跡継ぎなのか?なんか弱そうだし……まぁいいや、エリス様のご命令だ、お前はあたしが守ってやるよ!ちなみにこの大木が神樹ユグドラシル。その葉は死者も蘇生する程の治癒能力がある。この森は、この神樹様とエリス様の意志で繁栄してるのさ。まぁ、あたし達の働きもあるけどね!」
と胸を張る。
「そ、そう……」
「なんだよ、リアクション薄いなぁ……もっと『すごーい!』とか、『ティンクかっこいいーっ!』とか無いわけぇ?そんなんじゃあたしの子分にはしてやんないぞ!」
「うん。子分とか、いい……」
「……チッ……まぁいいや、着いてきな。」
それから森のいたる所を廻った。豊かな果物や木の実、妖精達の営み、青々とした木々、全てが美しく、生命に溢れている。
森の外れに差し掛かる前、突如辺りが薄暗くなった。
「おい、人間、何者だ!」
その声の主は木だ。いつの間にかカサカサと揺れる木々に囲まれていた。
「と、トレント!ぼ、ぼ、暴力は、ダメだぞ。神樹様も見てるぞ!」
-トレント。森の木々に紛れ、時に道を塞ぎ、旅人を迷わせる地霊。森に迷い込む人を脅し、その恐怖心を吸って糧とする。
「けっ、羽虫が偉そうに……人間を庇うのか?」
「コイツは、魂魄は人間だが、ハーフエルフだ。ジーニアスの意志を継ぐものだぞ!多分。」
そう言うと、メグミの後ろに隠れた。時折チラチラ様子を見てる。
「私を守るんじゃ、なかった、の?」
「おい、人間、貴様がジーニアスの後継者だと?ハッハッハ……笑わせるな!ならば貴様の力、試してやろう。」
メグミを取り囲んでいたトレントは、ザワザワと動き道が出来た。その先には禍々しい妖気を発する個体がいる。
「貴様のその位置から、ワシに向かって矢を射るがいい。的を用意してやる。貴様のような細腕では、ワシまで届くまい!ハッハッハッハー!」
道の先のトレントが、赤い実を出した。林檎のような実だが、血が滲んだように赤黒い。周りのトレントも、皆口々に嘲笑を上げる。
メグミは背中に担いでいたエルフィンボウを手にした。矢を1本取り、足の位置を決め、1つ呼吸をする。精神を統一し、矢をつがえて的を見る。
すると、弓がほの青い光を放ち、メグミを包んだ。今メグミには、周りの雑音や景色はおろか、時の流れすら意識の外にある。ただ的しか目に入らない究極の集中力の中にいた。
高校生活の中で、幾度かこの感覚になったことがある。大事な大会中、外せない一射の前、境地とも言える集中の極意である。
流れるような所作で弓を引き絞り、放つ!
「ビシュン!」
一条の光りとなった矢は、的の実に吸い寄せられるように飛ぶ。その実を粉々に砕き、後ろにいるトレントを撃ち抜いた!
「バッカーン!」
撃ち抜かれたトレントは、鉞を落とされた薪のように縦に裂け、弾けた。
1つ息を吐き、メグミは弓を背中に戻した。