入浴事情
ハクタンシティの宿屋。
商船の護衛依頼も兼ねて、コクシン島行きの船に乗る段取りがついた。
ハンスの不可視化は危険だ。覗きの前科がある男に、このスキルは危険過ぎる。まどかは、戦闘訓練と称して、ハンスの不可視化を 気配で察知する訓練をした。メグミにも訓練の理由を言ってある。
「それは是非とも察知しないと……」
真剣である。ハンスの方は、
「気配を消す訓練になるっす。」
と、やる気を見せている。燃える下心が生み出す情熱のエネルギーは、侮れない。
訓練も終わり、宿の女将さんとお茶を飲みながら雑談している。帝都の情報は、ほぼ把握しているらしい。
「商売人の武器は、情報だからねぇ。」
流石はゴーンが宿屋を任せるだけの事はある。
女将さんの話では、プロド男爵が国外に逃亡したらしい。まどかは名前を聞いても顔を思い出せなかったが、メグミが、
「私達の匂い嗅いでた……」
と言った瞬間、悪寒と共に思い出した。
「アイツ、逃げ足だけは早いな。」
どうやら、魔族の襲来に怯え、持てるだけの財宝を積んで、馬車で逃亡、途中賊に襲われ、財宝のほとんどを奪われ、命からがら逃げのびたそうだ。
「なんか、前とやってる事同じだね。」
「わたくしが、記憶を消したせいでしょうか?」
「いや、単に学ばないだけだと思う。」
プロド男爵が残した財は全て没収、帝都復興計画の資金に充てられ、奴隷街を解放し、仕事を与えた。資金管理はエンフィ伯爵が、ゴルメス男爵が奴隷解放の指揮を執り、役所を作ったらしい。
役所には文官を集め、人員不足の現場の把握、仕事を探している者への斡旋、揉め事の処理等を行う。賊や犯罪者の取り締まり、街中の巡回や警備は、今まで通り衛兵が行っている。
要は仕事を分けたのだ。最近は、衛兵の質が上がったと評判らしい。ゴルメスが鍛え直したのだろう。
「頑張ってるんだな……」
まどかは嬉しかった。
「お客さん!温泉入りなされ。気持ちいいよー!今なら誰もいないし。」
話が一段落ついたところで、女将さんが言った。この世界には入浴の習慣が無い。普段は服を着たまま水を浴びるか、浄化魔術で済ませる。温泉宿を考えたゴーンは、この世界では画期的な事だ。女将さんが、ハンスに耳打ちする。
「混浴ですよ。」
ハンスは鼻血を噴いて倒れた。
「メグミ、今のうちに……」
まどかとメグミは、こっそり温泉へ向かった。
「気持ちいいねーまどか!」
「まさか、こうなってるなんて……凄いね。」
「まどか、背中流してあげる。」
「ありがとう。」
聞き耳を立てていたハンス。不可視化をかけて、こっそりと温泉に入って行く。
「え?」
見ると二人は服を着たままだった。周りの人も服を来ている。服の上から石鹸で洗っている。
「なんだ……そういう事か……」
項垂れるハンスに豪速球の石鹸が飛んでくる!
「パッカーン!」
ハンスはこの日、二度目の鼻血を噴いて倒れた。
「まどか凄い!気配感じれるようになったのね!」
「なんとなくね。ってか、わざわざ不可視化で入って来るなんて……」
「絶対いやらしいこと考えてたんだよ!でも残念でしたー!」
「ったく……」
それからしばらく、ハンスは二人からジト目で見られる事になった……