唐突にして鮮やか?な出会い 終
読者の方へ:投稿スピードが遅くなっていて申し訳ございません。これからも自分の作ることができる最大限の物語を出していきたいので何卒よろしくお願いします。
PS:明日から夏休みが始まります!みなさんも体調には気をつけて平成最後の夏を謳歌してください。ちなみに僕は特にするとこがありません(笑)
セシルの家は少し離れた所にあった。先程の場所から徒歩で約30分くらいだ。
前の世界でなら、携帯やらゲーム機やらで歩いている間、時間潰しが出来たのだが、今はそういった娯楽品は一切無いため、とても暇だ。
志穏はすることも無いので散歩がてら観察するように移ろう街並みを眺めていた。移ろうと言えど、どこもかしこも代わり映えの無い黒い建築物と時々よくわからないビルみたいな建築物がランダムに現れるくらいの変化で味の全くない景色だ。空は地上の街とは対称的なほど晴れ晴れとしていて、点々と浮かぶ雲が街の風景の変化を追い越すようなスピードで碧い絨毯を駆け抜けていく。
馬鹿つまらねえ景色だな。おい
すると、気になることを発見した。都会な街なのに無駄な音などがほとんど聞こえないのだ。
人が沢山集まった場所は話し声くらいは耳に入るが、喧騒程ではなく、環境騒音などは無に等しかった。
なんというか、合理的な街だがどこか非現実的でジリジリと不気味さを感じさせるものがあった。
だが、そんな不気味さなど全て吹き飛ぶ程の衝撃の真実を志穏は知ったのだ。
灰色だ、この街は。志穏は頭の中で感想を吹聴する。街の人々は表情という表情を見せず、黙々と仕事を行っている。少しばかり、会話などをして微笑んだりする仕草も見られたが、それも造形させられた粘土のようで志穏には生気のない乾いたものに見えた。
そんな中でも唯一、快活な笑顔を向け、人間らしさを持った少女が志穏の目の前で先陣切って歩いていた。
セシル・ローネス。艶やかな茶髪で蒼い双眸をもつ美少女だ。
その後ろでピタリと彼女の後ろを歩く青年は高ノ瀬志穏。現実から逃げるためにこの世界に来た高校一年生、現在も人生の路頭に迷い中だ。
今は飢え死にする所を彼女に助けてもらい、家までを案内してもらっている。
美少女と現実逃避少年。
対義語のような存在2つが縦に連なり歩いているさまに志穏は自嘲気味に笑う。
それと同時にこうも思った。
こんな奇跡に出会えるとはな。と。
志穏はほとんどの人間に話しかける度、シカトを決められ、仲間は愚か、コンタクトを取ることさえ出来ずにいた。
そんな中、突如舞い降りたこの少女は女神そのものみたいだった。他の連中と違い、真っ直ぐと向き合ってくれるし、不審者状態の志穏を快く受け入れて、さらに居候させてくれるなど虫が良すぎるほど友好的だ。
オマケに可愛い。めちゃくちゃ。
騙されてるんじゃないか?そう怪しむ気持ちも無いわけでは無かったが、そんなことを思っても、今頼ることの出来る人物は彼女だけだ、信じるしかない。
「志穏は本当に何者なの?」
考えることに夢中になっていた志穏は突然の質問にギクリとした。
「さあな、自分でも記憶喪失なのか、よく覚えていないんだよ。」
「本当に大丈夫なの?」
「ああ、今のところはね。あと、この世界についての情報も俺の頭から消えてるんだ。教えてくれないか?」
折角だ、ここでこの世界について教えてもらうことにしよう。
「分かったわ、何が聞きたい?」
心配している口調で話す反面、柔らかな表情でセシルは言った。
「まず、西暦について教えてくれないか?」
「セーレキ?なにそれ。」
世界が違うからなのか通じない単語もあるらしい。だが、違いといえどこれからのコミュニケーションに問題が起こるほどのものではなさそうだ。
志穏は単語を変えて再度質問する。
「この世界は国ができて何年経ってる?」
「あー、創世記年ね。」
「何年なんだ?」
セシルは歩みを止めて、話をする姿勢を作った。
「第2次人類が生まれて10万年ね」
………は?今なんて言ったんだ。
第2次人類?8万年?意味のわからない単語が頭の中に投下された。
わなわなとしながら志穏は続きを聞いた。
「もっと説明するね。第1人類は滅び、そのあとの数百年後くらいに私たち第2次人類は生まれたわ。第2次人類はとても頭が良くて、すぐに高度な文明を築き、街を作り上げたんだけどラグナロクっていう化け物が現れ、2分の1の人類が滅んだの。それから-」
「…悪い、その続きはセシルの家に着いてからゆっくりと聞きたいな。説明してくれてありがとう。」
口調を強めて発した言葉にセシルは驚く。
「…そうね。まあ、あとにしよ。」
相手から話せと行ってきたのにも関わらず、話をきられたセシルはどこか不服そうに見えた。
歩き始めるセシル。それを他所に志穏は1歩も動けず、虚空のような地面をずっと眺めていた。想像を遥かに超えていたこの世界に対し幻滅に近い感情が波打って胸の中を侵食し、どうすればいいのかわからなくなった。
「…志穏?」
「あ、すまん。」
無気力になった志穏は足を引きずるようにしてゆっくり歩き始めた。
意味がわからない。全てが。
そのまま志穏はセシルの先導に従うまま、30分くらい歩き続ける。
衝撃のあまり、頭の中は依然として空っぽのままで空を浮遊する風船のような気持ちだった。
なにより思うことは周りにいる人々、ましてや目の前の少女さえも自分とは違う生物だということ。
少なからず感じていた親近感が一気に遠ざかっていく気がした。
同じ言葉を話し、気持ちを共有しあえる存在なのに別の生物。
何故か、漠然とした悲しさも胸に募ってきた。
「着いたよー」
セシルが言う。やっと着いたか。
だが、辺りを見回しても草原が広がるだけの場所で家らしきものはない。
石英の舗装もいつの間にか途切れていて、風景自体は前世界とさほど変わらない。
この世界にしては珍しく周りに建築物は何もない。さらに風当たり、日当たり、環境に関するものは完璧で文句をつける所は皆無に等しい。
えっ待て。マジで家どこ?
「セシル、家ってどこにあるの?」
「何言ってるの?今から出すの。」
…へ。出す?何、どういうこと。
「解錠」
セシルは動転している志穏を他所に空中にパネルがあるかのように指で虚空をタッチしながらそう呟く。
ゴゴゴゴゴ……地下深くから地鳴りが聞こえる。だが、自然現象が引き起こすものに比べると随分浅い場所から発せられている。
不思議そうに地面を見やっていると。
刹那-家が地面から飛び出てくるのだ。瞬く間に。息を継ぐ間も無いほどの速さで。
ズガガガガガガ-音が轟く。ぐんぐんと空を昇り詰めるようなその光景は龍が空を駆け上がる姿に類似していた。
強い風が吹く。それにより、大量の砂埃が宙を舞い、志穏の視界をキメの細かい粒状の茶色が覆いかぶさり、堪らず目を塞いだ。
音や砂の感触も無くなり、それらが雲散霧消したのだと分かった志穏は目を大きく見開いた。
志穏は唖然とした。数秒前まで何も無かったはずの場所に一瞬として建築物が構築されたのだ。そんな登場の仕方あるのかよ…
「どったの?そんな驚いて。」
流石に驚きが隠せず、顔に現れてしまったらしい、セシルが不思議そうに顔を覗かせている。不思議な出来事を見て、不思議な顔をして、不思議な顔でそれを覗かれた。何とも素っ頓狂な様子だ。ハハ…
志穏の想定を上回っていたダイナミックなハウス登場。それを見て1つ確信したことがあった、これの発案者は絶対普通じゃねえ。
そんなことを思っていると。
「中に入るよ。」とセシルが促す。
「おっおう!」
気後れしながらもそう返事し、胸が跳ね上がるような高揚感を覚えながら中に入っていった。
ここがしばらくの生活拠点か…まじかよ。おい
志穏は絶句する。
志穏自身、雨風凌げる最低限の施設さえあればそれでいいと考えていた。更に言えば、贅沢を言うつもりなど毛頭ない。
だが、目の前に広がる光景を見て、ニートみたいな自分がこんな場所に住んでいいのかと一種の罪悪感を覚えた。なぜならここは志穏の中の贅沢の線を完全に超えていたからだ。
「ほんとにここに住んでいいのかよ!?」
「うん、部屋は指定してあるけど自由に使って。」
それは志穏にとって豪邸と呼べる場所だった。天井で燦然と輝くシャンデリア。自分の家の2倍くらいの幅をもつ黄金色の廊下。王室に敷いてありそうな赤いカーペット。
三つ星ホテルもビックリと言わんばかりのレベルだ。
「ただいま~」
セシルが帰宅した合図を送った。そして床を足裏で擦っていくような気品ある歩き方で先へ先へと進む。
「志穏も入りなよー。」
そう言われたので志穏も緊張により小刻みに震える脚をできるだけ自然な形に戻し、床をスルスルと歩く。
1つ部屋をすっ飛ばして2つ目の部屋に入る。そこはリビングだ。大きく、廊下の煌びやかさとはまた違い清潔感のある白を基調としたとても大きな一室だ。山の中に立地する喫茶店を彷彿させる雰囲気だ。
「姉さんその人は?」
不意に知らない男性の声が響く。
後ろを見ると、そこには赤毛が少し混じった黒髪の男が静かに立っていた。
身長はセシルより高く、志穏と同等くらいだ。
セシルと目は異なり、鋭利な目付きをしていた。セシルと同じで絵に書いたような容姿端麗さを持ち合わせている。
…誰だ?
「一応紹介するね。弟のグレイブ。」
「一応はいらねえよ。姉さん。」
「高ノ瀬志穏です。事情があって、しばらくの間、居候させてもらうことになりました。」
志穏は軽く会釈する。
それを聞いたグレイブは皿のように目を丸くして面食らっていた。
「いいいっ居候?!いいのかよ姉さん!?」
「志穏は名前以外全部の記憶が抜け落ちているの。そんな人ほっとけないでしょ。それに部屋ならたくさん余ってるし、住まわせるなら十分の設備もあるよ。それに困ってる人が居たら見捨てられないでしょ。」
セシルは自分の行いを誇示するようにして言った。
「まあ…確かに可哀想だ。きっと想像も絶する過去があったんだろうな。」
いや、ただ現実逃避しただけですが。
そんなことを心の中で思う反面、セシルの人の良さに感心した。
自分だったら普通困ってる人がいても、当たり障りのない会話をし、アドバイスを送るくらいしかしない。「触らぬ神に祟りなし」そのことわざを依り代としている。
それに対し、困った人を見て家まで貸すと言い出すセシルは志穏にとって異形な思考回路を持った人間だ。
自分とは違う生物だと少なからずも感じ取れた気もする。そんなふうにあれこれと考えていると
グレイブは軽く溜息をついた。
「また、姉さんの悪いくせが出たな。」
困ったように笑っていた。セシルに振り回されたことが何度かあるようだ。
「俺はグレイブ、セシルの弟だ。短い間かもしれないがよろしく!」
「…こ、こちらこそ!」
ぐっと暑い握手を交わして、挨拶を済ませた。グレイブの手の平は言葉では表せないがとてもほんわかとした温かさを感じた。
ここは志穏が使って良いと提供された2階の一室だ。
ディゾートホテルにありそうな純白な壁とランプから漏れる爽やかなオレンジ色のライト。置いてあるのはちょっとした机と椅子、ベッド、手洗い場くらいだ。だが一つ一つ全部高級品が溢れていた。
現代ならこんな設備の中、暮らすことなど想像もしていなかっただろう。そんな華々しい部屋で志穏は繕うことさえもせず、ベッドに体を放り込んで考え込んでいた。
時刻は6時少しだと思われる。自己紹介をしてからグレイブとは話が合い、しばらく談笑していた。
最初は怖くて少し警戒していたが話を重ねる度に頬が緩み、笑顔を浮かべることが多くなった。
自分にとって面白い話、話題として丁度いい話など沢山話したが、自分がいた世界についての話は一切していないし、ましてや記憶喪失のキャラクターを守りきっている。
だが、この設定を守り抜くのは今が精一杯。後に何かしらのボロが原因でばれることになるだろう。
いつ、今日言うべきか後の機会にするか。志穏は頭が煮詰まるような思いで思案していた。これがベッドの上で横たわっていた理由である。
今のような何も無い時間に言う方が無難ではある。実際、何かしらの事件があり、その後に自分が嘘を着いていたことを公表すれば、疑いへと飛び火し、ここを追い出されるかもしれない。
今から2人を呼び、全てを告白しよう。
そこまで行き着くのに大した時間は掛からなかった。
「セシル。グレイブ。ちょっといいか?」
神妙な顔つきで2人を順に見つめてそういった。
ぐっと握りこぶしを作っていたことから自然と力が入っていたことに気づいた。
セシルはきょとんとした顔つきでこちらを見つめていた。
グレイブはじっと細い目付きでこちらを凝視していた。一緒にたわいのない話をした時とは明らかに目の付き方が変わっていた。
2人の視線が緊張を増幅させ、ジリジリとした冷や汗を滲ませてくる。
言わなければ!それでも。精神ともに奮い立たせて話す。
「話さなきゃならないことがあるんだけど、時間いいか?」
二人とも志穏の真剣さが伝わったらしく、セシルがゆっくりと、うん、大丈夫だよ。と答えた。
志穏はおもむろに2人が座るソファーを机で挟んだ場所にある小さな椅子に座る。
空気イスと言うらしい。数分の間、空気を実体化させ使えるもので新世界感満載のアイテムだ。
…そんなことは今どうでもいい!!誤魔化さずに言うぞ!
志穏は大きく深呼吸し、息を整える。
さあ。目覚めろ。俺!そう心に言い聞かせて、やけくそ状態で言った―
「俺は…本当は記憶喪失者じゃ無いんだ。別の世界から渡ってきた第1人類の者だ。俺達は滅んでなんか滅んでいない、それが今俺がここにいる証拠だ。」
数秒の間、この空間に静寂が彩った。
鉛の鉄が上からぶら下がっているように重たい空気が充満し、呼吸することも苦しい。
時間感覚が狂っていく。数秒のはずが何時間とも感じ取れ、逆に数秒前がとても遠く感じるのだ。
二人とも唖然と驚愕が入り混じり、何とも表現出来ない複雑な表情となったまま微動だにしない。
今の状態を表すと時が止まったというより時が停滞していると言った方が正しいのかもしれない。
志穏は沈黙に耐えきれず金魚の様にパクパクと口を開けた。
「すっ…すまない。騙してて…ずっと…話すのが怖くて…本当にごめん。」
それでも2人に反応は無かった。
ただ、色を失ったこの空間を茜色だけが色付ける。まるで抜け落ちた世界の要素を繕うようだった。
「志穏、それは本当なの?」
セシルが表情を少しほぐして志穏に尋ねる。
横にいるグレイブは眼光が今まで以上の鋭さを帯び、虎の眼のようになっていた。
「あぁ、本当にごめん。見放されるのが怖くてずっと嘘を着いていた。」
つまり、捨てられるのが怖いから騙してました。すいません、これからもよろしく。
吐瀉するように口から溢れ出た言葉はだいたいこんな意味だ。
馬鹿じゃねえのかよ。
自分で自分を殴りたい程の自己嫌悪と屈辱を感じた。全身を爪でバリバリと掻きむしりたいほどの負の感情が胸に詰まる。
このまま出ていった方がいいんじゃないか…
志穏はいたたまれない気持ちでいっぱいになった。
死ぬでも消えるでも構わない、ただこの場所だけには居ては行けない気がした。
それはそれで都合のいい話かもしれない。散々、恥ずかしい台詞をのたうち回った挙句、それすらも忘れて、見捨ててくれなど…
この2人は優しい、だからこんな自分でも人を見捨てたという良心の呵責で心を痛めるだろう。
ただ2人の心に傷を創るだけ、結局自分勝手な話だ。
「…方針が変わったわ。グレイブ」
「俺もだ、姉さん。」
ああ、終わりだ。人生終わりだ…母さん、親不孝な子供でごめんなさい。最期に言い残しておきます、父親のへそくりは冷蔵庫の下です。
大悟、芽衣奈、慎介、今までありがとう。
みんな幸せでいてくれ、先に逝きます_
「君をしばらくの間、居候及び保護。また、仮として私達の戸籍に編入しよう。」
…………………………………
えっ……………………そんなことある?
驚き余って、志穏はかぶりを振るような動作を示す。
「ちょっと待ってくれよ?!俺みたいなやつの言うこと信じれるのか?」
悪者だか善者なのか分からない志穏の存在を真っ向から受け止めてくれているのだ。
嬉しさと同時に憂いが募る。
…だが本当にこれでいいのか?迷惑なんてかけたくないのに。
するとセシルは今までの神妙な顔から優しさの色を帯びた微笑を浮かべた。胸の中の奥底から小さな炎が灯っていくような温かさを覚える。
「今まで私達に嘘をついていたとしてもそれは大した問題じゃない。ただ苦しんでいる人がそばにいたら助けるのが流儀なんだもの。志穏あなたを見捨てたりはしないわ。」
"あなたもずーと苦しんでいたんでしょ"そうセシルが諭すように静かに言った。志穏の左手の甲の上に手のひらを重ねながら。
―その瞬間、今までの辛かった出来事、隠していた悔しさ、ついさっきまでの葛藤、沢山のものがフラッシュバックするように鮮明に広がったのだ。
四方八方に飛散していた感情がいっきに心の中枢に戻っていく。
それは一欠片足りなかったパズルのパーツが揃い、収束していくみたいだった。
こんなに優しくされたのは初めてだった。
志穏は泣きだしそうになった。泣くなよ。男だろ…馬鹿やろう。
嗚咽が漏れるのを必死にこらえながら志穏はセシルに"ありがとう"とハッキリとした声で言った。
2人の顔は恥ずかしくて見れない。