唐突にして鮮やか?な出会い 始
繋がれていた右手を目の前の人物が乱雑に振りほどき、志穏は勢いの余り転びそうになる。
路地裏のような所に着いた。樽などが壁寄りに置かれ、その上に酒瓶がそのまま放置されている、どことなく危ない雰囲気のある場所だ。
「あっ!ごめん、乱暴だったね。大丈夫?」
振り返り様そう言った。
声からして少女なのが分かった。更に言うと志穏と同じくらいの年齢だろう。
「おう、大丈夫-」
志穏はその時に唖然とした。息を呑むほど美しかったのだ。その少女が。
茶髪は肩まで伸びていた。艶やかな髪の毛はその少女に愛でられていたのか、寝癖や無駄な撥ねは一切ない。
双眸には淡く美しい碧色が灯っていて、宝石のように輝いて見える。
肌は黒くも白くも無いが、ニキビや傷などは見当たらず、とても凹凸などの少ない、滑やかな肌だ。
控えめに言って、容姿はパーフェクトだ。
こんな美少女見たことがない…。
明らかに自分がこの少女に魅了されていっている。
「どったの?」
自分の世界にトンでいた志穏はその声に大げさにびくる。
「あっ!いやその…え~」
二の句がつげなくなった志穏は焦って少し無礼な質問をしてしまう。
「あんた、どうして俺をこんな所に?」
「いや、あんた私がいなかったら危うく捕まる所だったんだよ!?」
少し頬を赤らめ、怒り始める。やはり、口調からして少し無作法だったか。それにしても怒ってる姿もとても可愛く感じ-ブルブルと頭を振り、邪念を払う。
「それは一体どういう事だ?」
「あなた、本当にそんなことも知らないの?一度フェンテルカーステントに行って頭を見てもらった方がいいんじゃないの?」
細かい意味はよく分からんが、フェンテルカーステントっていうのは病院という意味なのか?だとしたら傷付いた。などと志穏は心の中でのたうち回る。
一方少女は怪訝そうな顔をしてこちらを見つめる。初めて目を合わして話したが、長時間見つめているとその美貌に圧巻されて、そのまま堕ちそうになるので少し目を逸らしながら話す。
「まず、あなた一体何をしてたの?あそこで。」
「答え方が分からんな。」
「どこから来たの?」
「さあな。」
「何よそれ。」
言えるはずもない。
「家は?」
…!
流石に誤魔化しきれる答えが見つからない。…どう乗り切るべきか。
そうだ!ここは芝居を打つとするとしよう。
「うぅ…」
志穏は唸り声を出し、頭を抱え込む。思いの外良い声が発せていて自分でも自画自賛だ。
少女は子犬のように耳をピクリと動かし、その声を案の定、聞き逃さなかった。
「どうしたの?」
「…分からないんだ、どこから来たか。」
「え?!」
「どこで何をすればいいのか、右も左も分からない。一体どうすれば…」
少女は驚愕した。あまりに予想外の答えにとても狼狽しているように見える。
こうすれば、どこかしら寝泊まりの出来る場所を紹介してくれたりするのではないか。誰に話しかけても無視される状況下なのだ、彼女しか頼る宛などない。
すると少女はしばらくの間、瞑目し、顎を触りながら熟考する素振りを見せる。
そして、目を見開き、「よしっと」なんて修学旅行の出発前のように軽い口調とリズムで言う。
そして次の瞬間、志穏もまた予想だにしない言葉を聴く。
「しばらく私と一緒に暮らす?」
「…へ?」
突然のイベント発言に全身が固まる。
嫌だとかそういった意味ではない、宿泊できる宿すら無い志穏にとって、活動拠点を得ることが出来る最高の答えだ。
だが、…2人?で暮らすなんて。2人なんて確信は無いが少なくとも「私と」と単数で彼女は話していた。だとしたら、それはもう…
志穏の頭には下劣な発想しか浮かばなくなり、もはやそっち系の話でしか脳内のイメージが紡げない。
「愚か者!」と自分に言い聞かせて、葛藤に苛まれながらも妄想を打ち消す。そしてクリーンにした頭で考え直す。
とりあえず再度、確認を取ろう。
「本当にいいの?人1人家に住まわせるってすごい大変だぞ?あっなんなら、庭の草むらでも俺は行けるよ。」
「気にしなくていいの!いいの!私含め二人しか住んでないし、部屋がいくつか余ってるの。」
いや、二人暮しだったんかーい。
志穏自身少し安堵すると同時にいささか残念だった。
いやいや残念なんかじゃないな、安心安心。
気を紛らかすためにそう言い聞かす。
そして、冷静になって考える。
これだけのご厚意を授かっては、断るなんて選択肢は無い。これが最後のチャンスかもしれないし………有難く居候させてもらうか。
「その~そこまで言うなら、よろしくお願いします。」
「うん!是非とも!じゃあ早速家に案内するね。」
「待って!一つ聞き忘れてた。」
志穏はとても大切なことを知り得ていなかった。
というのもこの世界に転移してこのかた、たくさんの感情が芽生えては消えてを繰り返し、頭の中は煮え返っていた。なのでそれについての概念さえ、忘れかけていた。
いや、どうでもいいとも思っていたのかもしれない。だが、一段落ついてその当たり前の概念がふと頭に浮かび、彼女に聞かざるを得なくなった。
「きみ、名前は?」
志穏は問うた。
それを聞くと彼女は真っ直ぐ志穏を見つめる。
「あなたこそ名前は?」
予想外に聞き返された。まあお世話になるんだしこちらから挨拶するのが礼儀なのか?
「高ノ瀬…高ノ瀬志穏だ。その…よろしくな。」
彼女はそのまま志穏を見つめ、やがて静かに微笑む。
「変わった名前ね」
「うるせー。ど平凡な名前だよ。」
これで変わってるとかこの人どんだけど普通な名前してんだよ、田中花子みたいな感じか?などと頭の中で小さな考察を始める。
「あんたの名前はなんなんだよ。」
「セシル、セシル・ローネスよ。」
いや、尋常じゃねえくらいお前の名前の方がレアだわ。
志穏は思いっきりツッコミをかましたくなった。だが、そこはぐっと堪えていこうとあらゆるツッコミ手段を消去していく。
顔立ちも言語も同じ日本なのに何故名前はこんなに違うのか疑問に思うが、そこらへんは無視していこう。と方針を確立させる。
「これからよろしくね、志穏」
手を差し伸べてセシルはそう言う。彼女の姿はとても美しかった。
セシルの碧眼はうっとりとした志穏の姿を正面から見据えていた。
彼女の背後から漏れる光。それは沈みゆく太陽の残滓なのか街頭のものか、分からなかったが、セシルをより彩り、彼女を神々しい存在に昇華させているように見えた。
かつて、俺の世界では、神様にババ抜きのジョーカーを押し付けられるかのように何度も不幸を押し付けられ、いつの間にか自分にも世界にも諦観思想を持ち、この世界へ逃げ込んだ。
叔父さんの意思を知りたいなんて、考えてみれば次いでの文句でしかなかった。
だが、新しいこの世界では新しい神様がきっと居る、俺に対して不幸のジョーカーを押し付けることの無い、善の神様が。
だから、目の前のこの少女は俺の新しい神様なのかもしれない。
「おう!よろしくな。セシル」
志穏は活気に満ち溢れた、清々しい顔で改めて挨拶する。
君がもし俺の新しい神様なら今度こそ俺を救ってくれ。
_志穏とセシルの物語は静かに始まりを告げた_