少女メイ
喉仏の下に白刃が食い込む。
やばい、ほんとに死ぬっっ!!
志穏は大きく息を呑み込むんだ。
呑み込んだ唾液が喉の窒息で吐き出そうになった、その刹那だった。棺桶に両足突っ込んだような、完全な死の淵を垣間見た時だった。
「 待て!! 」
目の前の少女が獰猛に叫ぶ。
何の異常性も風格もない、平凡な子供の嬌声だ。
「 っっ……!? 」
志穏は唖然とした。
その声に、この黒服の男は止まったのだ。
その男の、志穏を睨みつける双眸がゆっくりと少女へと向く。
「 剣を降ろせ 」
その瞬間、圧迫していた剣先が離れる。そして、その男が空気を斬るが如く剣を振るって、瞬時に鞘へ戻した。
驚きは立て続けに起きた。
その男は頭を垂れ、膝を落としたのだ。
グレイブや皆も理解がしきれていない中、少女は憤然とした様子で言い放った。
「 何をしておるのかルドルフ。わらわの客人であるぞ 」
「 大変失礼致しました、メイ様。ですが、謹んで申し上げます。一人での行動はお控え頂くよう、申し上げたのはこれで四回目でございます。何かあったらどうするおつもりだったのですか。今回の非礼も、誘拐かと思ってのことでございました 」
声を聴いて、黒服の人物は女性であることを理解した。
そして何より、とても綺麗な女性だった。スラッとした出で立ちは研ぎ澄まされた刀身のようだ。キリッとした顔立ち、ショートヘアの美しい銀髪は西洋のおとぎ話から迷い出た姫のように思えた。
彼女は憮然とした態度で志穏達を一人一人見回す。
「 客人とは、一体どのような 」
「 いや、客人というよりは友達じゃな。ん? いや先ほどあったのじゃが、ものを要求して買わせられた間柄は友達でよいのかの? ルドルフ 」
え、まてその説明はとてもまずい。
いや、それは端から聞いたら多分……。
黒服の女性の、フランス人形のように長い睫毛の下の黒い瞳が鋭く光る。
そして、猫なで声のような、優しい声音で少女を呼ぶ。
「 メイ様、謹んで申し上げます。どうか30秒だけ目と耳を塞いで頂きたいのです 」
ん?と少女は気返事するも、良かろうと言って目と耳を塞いだ。
え、いやまって辞めてよ。違うって。
「 さて、下賎のクズども、最後に言い残すことはあるか 」
スラッと、銀の刀身を抜く。
全員、震撼した。
黒服の女性はアリスの一番近くに立っていた志穏に剣先を向けた。
「 まず、お前からだ 」
淡白でいて力のある声音が、志穏を完全にターゲットに入れたことを悟らせる。
いやいや俺かよぉおお――――
「 いや、待ってくださいほんと違うんですすみません、話だけでも聞いてくださいいいぃい!! 」
「 なるほど、そういうことですか。これはご無礼を致しました 」
黒服の女性が剣を収め、小さく頭を下げた。
なんとか、剣戟を繰り出す女性に対し、身を挺して事情を説明し、理解してもらった。
だが、志穏達は俊敏な斬撃を避けて、疲労困憊だった。
特にグレイブは暗鬱とした目付きで、なんでこんな目にとごちる。
いやもとはといえばお前のせいだろ。
色々突っ込む所は多く、黒服の女性に対しても不平不満は募っているが、現在の体力ではそれを訴えることも敵わない。皆、くてっと地面に仰向けになっていた。
「 い、いえ……こちらこそ 」
それが精一杯の言える言葉だった。変な喧嘩文句を言っても、まともに応戦できる体力は勿論ないからだ。
「 なにをやっておるのだ。おぬしら 」
仰向けの姿勢から見た青空の風景の中に、一つの顔のシルエットが溶け込む。少女メイだ。
「 ルドルフ、わらわの見てない間に何をしたのじゃ 」
「 いえ、その……お話合いです 」
「 そうかそうか、ルドルフも仲良くなれたのじゃの 」
うんうん、と少女メイは満足そうに唸る。
なぜそんなに嬉しそうなんだ。
「 楽しそうで良かったよ…… 」
志穏は苦笑いで、彼女の顔を睨み付ける。
すると、少女メイはさらに嬉しそうに、とっても楽しいぞ。とにんまりと柔らかい笑顔を作る。
「 こんなに、面白い友人を持てたのは初めてよ、そなたらわらわ達についてこい 」
「 ――メイ様、それは 」
「 いいであろう!! 折角街に来たのだ、友人は多い方が良かろう 」
俺達、もう完全に友達認定されてんのかよ
「 ですが、 」
グレイブが子供のわがままを聞く大人のような、芝居掛かった表情で俺達は全然大丈夫ですよ、と言うがあなたには聞いてません、とつっけんどんに返される。
すると、あたふたと落ち着きのない様子で少女メイが志穏に近寄る。
「 いいであろう……? 」
もじもじとした様子で志穏の手を握った。
流石に驚き、心臓が下から押し出されたように、やにわに焦った。
「 おっおお…… 」
「 ルドルフゥ~いいであろう?? 」
深いため息をつき、黒服の女性は目頭を押さえて言った。
「 承知しました。お好きにしてください 」
「 やったあ~!! これでルドルフにも認められたことであるし、正式な友達であるな 」
「 正式な友達って何だよ…… 」
少女は志穏にぐっと無邪気に顔を寄せる。
「 先ほどから連呼しているが、この黒服はルドルフ。わらわの家来のようなものである。わらわはメイ。天真爛漫で健気な美少女である、そなたの名は? 」
「 自分で言うかよ…… 」
ここで、本当に知り合いを作ることは大丈夫なのだろうか。
志穏は後ろを向くと、ガルラやグレイブが顔を縦に振る。
OKということだろう。
「 俺は高ノ瀬志穏、よろしくな 」
少女メイに合わせ、志穏達はモール街をくぐっていく。
視界の端では列を作っている飲食店などが多々あり、街道も繁雑としていて、その少女に合わせないとはぐれてしまい兼ねないからだ。
何故ついていくと言うならば、結果的に彼女に動向する流れになってしまったからだ。
「 はようせんか!! 志穏 」
上機嫌に名前を呼びつける少女の様子は、口調とは相対的な、子供らしさがあった。
イチゴのスムジーのような、甘い色をしたツインテールが楽しそうに揺れるのが見える。
「 ガハハ。すっかり、懐かれちまったな志穏。 ……俺は全くだけど 」
回復しきれていないガルラの様子に御愁傷様と思う。
それと同時に何故こんなに俺に懐いているのか、とも志穏は思った。
「 お前、年下にはモテるタイプなのか? 」
「 いいや、モテねえよ。まったく 」
いや、これが全く。本当に。
「 志穏、何か行きたい店は無いのであるか? 」
「 え、俺らに合わせてくれるのか 」
「 うむ、わらわに合わせてばっかりでは申し訳ないであろう 」
「 まあ、お前意外と大人だな…… 」
「 わらわは十分大人だ 」
少し意外だった。
自己を中心に地球を回していくタイプだと思っていたが、そうでもないらしく、存外分別がつくようだった。
小学生とだと思っていたが、案外実年齢は中学1~2年といったところなのか。
余計なことに気を回していると、喉を貫かれてしまうかもしれないと思うと、志穏は身震いした。
慌てて言葉を続ける。
「 えーと、もともと俺達仲間の誕生日プレゼントを探してここらへんを彷徨いてるんだけど。いいのないか知ってるか? その子、一応俺らと同じくらいの歳なんだけど 」
志穏の懐中など気づく素振りもなく、少女メイは素直に受け止めて考えてくれている様子だ。
「 無難にバースデーカードとかで良いのでは 」
この間、ルドルフがボソッと呟くようにして言う。志穏は驚き、彼女を見つめる。
それに気づくと、彼女は不愉快そうに顔をしかめる。
「 何か問題でも? 」
「 あ、いや話に参加してくれたのが意外だったので……というか大人の人の意見が聞けて嬉しいです 」
「 待てぇ!! その言い種だとわらわが大人では無いみたいではないか 」
「 いやさすがにお前が大人は無理があるって 」
少女メイは大袈裟に怒った素振りをする。その姿は清々する程子供ぽいのだが、それでも尚大人だと主張する所が可愛らしく思える。
「 でもまあ、バースデーカードは無難で喜ばないやつはいないだろ。特にアイリなら 」
グレイブが割って入ってくる。
たしかに。変なブランド品などを割り勘で買うより、そういった物の方が彼女の心には響きそうだ。
「 まあわらわが大人かどうかは、さておきである。バースデーカードならそれなりに取り扱いのある商店を知っておる。わらわについて来い!! 」
とても上機嫌なステップぇ、勢いのまま志穏の腕を掴んで引き摺る。
「 おいちょい待て!! みんなとはぐれるだろ 」
「 皆の衆急ぐぞ、ぐずぐずしていると置いていってしまうぞぉ~ 」
みんなもやれやれと言った様子で着いていく。
志穏も少女メイのペースを掴めずどぎまぎとする。
だが、街を闊歩する少女の無鉄砲な背に、この世界に来てから、一番の平和を感じた。
誰かを殺すだとか、復讐だとか、そんなものをみんなが忘れているこの世界がもう少し続いてほしい。
志穏は切に願った。




