8月の終わり
夜が更ける、現在。
「 あなたはあの日、きっと、セントラルマグナの力によって、怒りを……憎悪を植え付けられたの 」
「 勝手なこと言わないでください。あなたには私の気持ちなど分かりませんよ。自分の無力さが二度も仲間を殺した、という自責の念の重みをあなたに理解なんて出来ますか?」
「 ミアネさん。」
ニアはゆっくりとミアネに語りかける。
自分がどんな顔してたのか、なんとなく分かる。
ミアネは痩せこけていて、雰囲気さえも空気を抜いた風船のようにしぼんでいるように見えた。
こんな、感じだったんだな。俺も。
どんな理由や経緯でも、人を憎むことは得てして辛いものだ。二度同じ経験をしているから、彼の心情も分かる。
「 俺はさっきまで、自分の中でつみあがっていた固執に悩まされ、絶望に打ちのめされて、そこにいる志穏さんも敵にみえた。 」
事実だった。だが、今はそんな風には見てない。
ニアは胸の内が軽くなるのを感じる。そして、激情が内から涌き出て、そのまま外へ逃げ出る。
「 人は変われます。いつだって、今この時だって 」
「 ニア…。 」
ミアネは苦虫を噛み潰したような、不愉快な様子でニアを睨む。
「 勝手なことを言うな!! 変わるなんて……私がどれだけの絶望を今まで味わったかなんて分からなかっただろうに。ずっと私はあなたを殺したかった。私に希望を持たせ絶望を味あわせた、あなたを。それが自暴自棄でも八つ当たりでも、ましてや本当は作られたものだとしても、構わない!! ……それでも私は――――あなたが憎くて仕方なかった。」
間違えた。ニアはそう思った。
そういう類いの言葉は当の本人からしたら、挑発材料でしかないことを、誰よりも理解している筈だった。
ミアネは呼吸を荒げて、飢えた獣のように声を上げる。もはや彼は引っ込みが付かない様子だ。
「 私の生きる理由は!……あの日の贖罪をすること―――あなたを殺すことです。だから、変わる必要なんて無い。私はあなたを道ずれにして、一緒に死ぬ……そのために、私は憎い中央とも一時的に手を組んだ。私はずっとこの時を待っていたのだから!!――――これが私の生きる理由だ 」
次の瞬間、ミアネはセシルのもとへ疾走した。
一瞬、何が起こったか分からなくなる。だが、ニアは、先ほどまでの実体験を通して、ミアネが激昂して、セシルを殺そうとしていることが分かった。
その時には、ミアネの拳はセシルのもとへ届いていた。
「 私の生きる意味は!……あの日の贖罪をすること―――あなたを殺すことです。だから、変わる必要なんて無い。私はあなたを道ずれにして、一緒に死ぬ……そのために、私は憎き中央とも一時的に手を組んだ。私はずっとこの時を待っていたのだから!!――――これが私の生きる理由だ 」
ミアネは地面を弾き、セシルのもとへ直線的に飛び付く。
「 セシル!! 」
志穏は駆け寄りながら叫んだ。
きっとさっきまでなら俺もそこまで必死に走り込む必要なんて無かった。
だが、今俺がここまで焦って叫ぶのは、セシルがミアネの攻撃を、まるで避ける様子が無かったからだ。
「 みんな……下がって。 」
志穏はその言葉を聞き、さらに愕然とした。
一体何考えて―――
ミアネの右腕が大きく振りかぶる。そして、セシルの首もとへ拳が延びる。
バン!!という爆音と人間の身体の肉が明らかにえぐれるような惨い音がした。
セシルっ!!―――
声を上げるより早く、目の前の光景に圧倒される。
セシルはミアネの攻撃を躱すことなく、受け止めていた。その当然の因果で、ミアネの拳はセシルの左手、肘より下を大きく貫通していた。
「 っっな!! 」
攻撃が躱されないという事態に、ミアネ自身も驚きを隠せないでいた。この次、何を仕掛けるのを忘れてしまったかのように、次のステップに移行せず、そのまま固まっていた。
おい、何を―――
「 我主!! なんてことを…… 」
「 何をしてるんですか。何故今のを避けようともしなかったんですか……!? 」
「 ミアネ……。本当にごめんなさい。ずっと……辛かったよね。あなたの痛みに気づいていたのに、掛ける声も見つけれず、それを、ナアナアにしたまま、ここに来てしまった。あなたの怒りが収まらないなら、気が済むまで殴ってくれても構わない。あなたが望むなら、私にもそれを受ける責任がある。 」
セシルは苦悶の表情を浮かべ、息も絶え絶えとしていた。
痛みに負けまいと、まっすぐな双眸はミアネを捉えて離さない。
「 でも、それを終えた時、あなたも前を向いて生きて欲しいな。お願い。そして誓うね、あなたが私をどれだけ殴って、殺そうとしても、私は絶対に立ち上がる――やらなきゃいけないことがあるから。それが今の私の生きる理由 」
苦悶の表情を、セシルは無理やりに弱々しい笑顔へと変えた。
ミアネはそれに動揺し、言葉を詰まらせた。
どんな感情を抱いたのか分からない。だが、ミアネは表情を崩し、後退りする。
「 私は何を…… 」
ミアネの敵意がみるみる萎んでいるのが、志穏にもよく分かる。彼は拳をゆっくりと引き抜いた。
ミアネは立ち竦み、そのまま膝を落とす。
志穏はこの状況の壮絶さに呆気をとられる。
劇場の一幕をただ黙って観賞し、あまりの迫力と物語の顛末に圧巻させられたような気分だった。
声を発することさえも決して許されないような気がした。
今、セシルと彼の物語が終わろうとしている。
もしミアネだったら、今抱く感情はきっと復讐への諦めだ。こんな姿を見ては、きっと何も憎めないだろう。
その彼女の笑顔には人間とは思えないぐらいのゾッとするほどの美しさがあった。
幾分が時間が経って、凍りついた空間がもう一度動いた感触がした。
そして、志穏ははっとして「 大丈夫か 」とセシルのもとへ駆け寄る。
皆がセシルのもとへ駆け寄る。
「 大丈夫 」
セシルはそう言って、しばらくミアネの前を動かなかった。
その後、雪がしんしんと降り行く夜のような、やむにやまれぬ沈黙が世界を包んだ。
かすかに聞こえるとするなら、それは微かな嗚咽だけだった。
「 この村を越えるなら……その道をまっすぐ進んでください。3時間も歩けば街にでます。」
「 おい待てよ。グレイブは、一体どこに―――」
志穏がそう言うと、場の雰囲気が硬直した。アイリとガルラは何か知っているらしく、顔を下げていた。
それを見て、なんとなく嫌な予感がして焦燥感がひろがる。
ミアネは少し笑って言った。
「 安心してください。グレイブさんは大丈夫です。 」
え、一体どういう―――
志穏が言葉の真意を理解する前に、がさがさと草むらからグレイブが出てきた。
彼は少し気恥ずかしそうだった。
「 アリスの片翼との計画通りなら、仕掛けたわなで家ごとグレイブさんは木っ端微塵でした。グレイブ様は攻撃特化のシェイル持ちですので分が悪いと……ですが、私はグレイブ様を爆破する家と違う場所に誘導しました。 」
「 それはどうして 」
セシルが驚きもせず、そう尋ねた。
「 先ほども申し上げました、私のしたかったことはあなたへの復讐だけだと。 」
「 いやーみんながさっきしんみりとした雰囲気だったから入りずらかったんだよなーアハハ……もしかして死んでた方がよかったかなー 」
グレイブは居心地の悪さを掻き消すために、敢えて無邪気に冗談を言う。
みんなもそれを聞いて、疲れた様子で薄く笑う。
ミアネも少しだけ、笑っていた。
「 あまり、悠長にしてる時間は無いです。この村を離れるなら、今からがいいです。 」
「 あなたは 」
「 勿論、ここに残ります。奴らが後始末で私を消しに来るつもりなら、向かい撃ちます。 」
「 必ず、無事でいてね。 」
「 もちろんです。みんなもいますから、私だってまだ死ねません。 」
セシルは優しく笑い、そして 「 みんな、いこ 」と言って歩き始めた―――――
歩いて一時間。
皆の顔色にも疲れが見え始めた。
特にアイリとガルラは長期戦で、身体に疲れが祟ったのかもしれない、しょぼしょぼとする目を幾度か掻き、精一杯歩いていた。
負傷したセシルの左手はグレイブが巻いた包帯で覆われ、血は止まっているようだった。
ほとんど会話はない。
その中、ニアが口を開いた。
「 皆さん、ホントにすみませんでした。」
「 ……… 」
「 皆さんに今までもなにも言わないで勝手に動いてばっかりで、今日なんて……勝手に姿を消して、ホントに迷惑かけました。
」
ザクザクと地面の土を踏む音だけが、森に響く。
「 正直、この我主のチームのメンバーでずっと一番よく分かんなかったのは、ニナ、あんたでしたよ。言っちゃえば一番人間ぽくなかった。ずっと私たちの前では話さなかったですし。 」
重い沈黙の中、アイリは少し重い口調で口を開く。
それを聞くと、ニナは少し気兼ねした様子で下を向いた。
「 でも、今回の大胆な行動をさっき我主と志穏さんに聞いて、さっきのミアネさんに言った言葉を聞いて、あんたの気持ちを少しだけ知って……ちょっと不器用なだけで、ほんとうは悪いやつではないんだなって思いました。 」
「 あ、でも消えた件には時と場を考えろって少しムカつきましたけどね!! 」
「 それに関してはまったく同感だ。 」
「 ガハハ、そのほんとだなあ!! 」
「 同じく 」
皆、軽く笑う。まだニナは遠慮がちな目で足元をみている。
「 だから、これからなんか悩んだり、抱え込んだら、私達に相談してくださいよ。仲間なんですから。 」
アイリは軽やかで柔和な口調で、ニナの方を向いてそう言った。
ニナは驚いて、じっとアイリを瞠目する。
「 ニナ、これがみんなの答えだよ。 」
セシルがとても優しい笑みを向け、そう言った。
どんよりとした雰囲気がぱっと明るくなる。
「 ほんと、すんません 」
ニナは基本無表情だった顔を崩して、泣いた。それは今までの抱いた負の感情をからっきし燃やしつくしたような、堰がきれたような泣きっプリだった。
その目には一種の希望をもった光が宿っているように志穏は感じた。
志穏は少し冷たい夏の夜風に浸り、聞こえないはずのセミの声に傾け、この世界ももうすぐ8月が終わるんだ、と思った。




