走馬灯
次の日から、みんなが俺に対しての態度を変えた。ぎこちないが、話しかけて来るようになったのだ。
ソファンを始めとし、それそれが今までの俺にぶつけた罪科を自らで拭おうとしているようにも見えた。
いずれにしても、久しぶりにいろんな人と話せるようになったのはとても嬉しかった。
最初は沢山の人の温もりのようなものにどう接すれば良いのか分からなかった。だが、セシル様のお陰で少しずつ、人との接し方も取り戻せるようになった。
だが、1つ疑問に思ったことは、俺はどうしてこんな精神状態だった中で、彼女とだけは何の抵抗もなく話せれたのか。
今思えばそれは彼女も俺と似ていたからだ、と思う。
「 セシルさん、 」
「 呼び捨てでイイよ。 」
俺は自分が出来る最大限の深い礼をした。
「 ほんとにありがとうございました 」
それを見るや彼女は顔を赤らめて、ブンブンと横に振る。
「 いや、全然いいよ。あなたの力で変わったの、私は補助をしただけ 」
俺は顔をあげて、村の家々に目を移す。
建てられた家々には明るい光が灯り、その各々に人がいて家庭があるという実感、木漏れ日のような温もりを感じた。
再建が進んだのは家だけではない。俺を怒りの捌け口という糧にして、自制心を保っていたあの時のような、淀んだ雰囲気は無くなっていた。
「 これからは守らないとね、この景色を 」
彼女は少し満足そうな笑顔を浮かべて言った。
「 そうですね 」
今度こそ。
俺はあの日以降感じたことの無い、穏やかな気持ちが湧いた。
「 セシル 」
俺は初めて呼び捨てで呼んだ。
きっと、彼女も こっちの方がいいはずだ。
彼女は少し意外そうに、そして案の定嬉しそうに答える。
「 なに? 」
「 僕でも、幸せになっていいんですかね 」
俺はもう既に泣きそうだった。いや、涙の膜が覆って眦を押さえていた時点で俺はほとんど泣いていた。
視界がぼやける。
彼女は自分より年下の弟を宥めるような、温かな眼差しで言う。
「 いいんだよ。今までよくがんばったね 」
俺は顔を逸らして、遠くを見る素振りをした。
今の俺はまだ、弱いかもしれない。でも、確実に変わろうとしている。
これからは――――目を瞑っていたもの、幸せを手に入れたい。そう思った。
事件が起きたのは、一週間後だった。
「セントラルマグナ」の試行実験がこの村で行われるという中央からの公告があった。
「 国民管理システム 」の通称。
その実験なんて、明らかに平穏無事なものではないのは分かった。
セシルはその次の日の朝、集会を開いた。
その時の彼女には、今までで見たことの無い、怯えがあった。見えない何かが突然見えて、恐怖するような、そんな様子だった。
「 みんな、公告のとおり、恐らく中央は今夜事を起こす 」
「 セシル……皆を何処かへ逃がすなら、俺が殿を務めます。どこに逃げますか 」
「 追手がほとんど無く、とりあえずみんなで暮らせる唯一の場所。」
「 ……奇界ですか 」
みんなの表情はしばらく明るい様子だったが、その言葉を聞くと流石にことの重大さと差し迫った現実に、顔をしかめた。
朝焼けの時間だった。希望の陽がうっすらと顔を見せる時間帯。だがいつもと違い、そこにいつも通りある空が、今日は頽楽的な錆色に見えて仕方がなかった。
「 私とミアネで殿をする。他の者は、奇界に脱走。真っ直ぐ走った先に私の弟、グレイブが居るはず、彼についていけば奇界へいける 」
「 ソファン、お願いできるか……? 」
「 おうよ、任せろ。俺だって多少は戦えるし、お前に任されたんだ、ちゃんと務めるぜ 」
ソファンは腕白な笑顔で頷いた。
「 ありがとう 」
俺とソファンが拳を合わせると、少し皆の緊張が緩んだ。
この時間がもっとあればよかった。最後にそう、誰に言うでもなく思った。
村の皆は俺とセシルに手を降って、山道を降りていった。
「 セントラルマグナは、“シェイル”の能力を応用した何か。土地単位で恐らく発動する。だから、あの惨劇の夜、この村全体に何らかのその着火材となるものを据え置いたと思う。それをみんなで捜し出すより、ひとまずみんなは逃がした方が確実だわ 」
「 そのセントラルマグナを破壊する方法は無いんですか 」
俺はみんなが居なくなった今、どうやってそれを破壊出来るのか、その点だけが重大だった。
「 分からない……。私は中央の第8能力でも危険分子だと思われてるから、他の6人に比べてそういう極秘の情報は渡らないの 」
咄嗟に違和感が起こった。さらっと彼女は話を続けているが、おかしい。
聞き返そうかと思った。その時、激しい閃光が辺りを駆け巡った。
「 ――――っつ!! 」
目が眩むほどの、まるで空に浮かぶ太陽が目の前まで下りて、光を向けて来たような、けたましいとも言える爆発的光線だった。
「 何が起きてるんですか?! 」
「 わかんないっ―――――けど、なにかまずい気がする!! 」
その彼女の予感は的中した。
その光線がピタリと止んだ時、俺は愕然とした。
さっき、村を出ていった村の人達がこちらにぞろぞろと戻ってきたのだ。
「 どうして 」
俺は先頭のソファンを叱責するように、話しかけた。
だが、ソファンはぎょろりとした無生物的な目で、無言のまま、こちらに歩いてくる。
それは何かに戦き、焦っている様子だ。
「 ミアネ……動かねえんだ。自分の思っているように、身体が……ここに向かって来たのも俺らの……意思じゃない 」
「 え? 」
身体の中の血中酸素一瞬で足りなくなったような、立ち眩みが起こる。何を言っているのか、理解できなかった。
だが、彼のおどおどとした瞳を見て、事態が途轍もなく最悪な方向へ進んでいることに気付かざる得なかったのは確かだ。
「 やあやあ 」
不敵な笑みとおどけるような様子。二度と聞きたくない声。あの声だ、悪魔の声。
全身の細胞が一気に拒否反応を起こし、頭の中が真っ白になる。そんな発作が比喩ではなく本当に起こった。
セシルはその存在に気付き、振り向き様にぐにゃりと地面を変形させ、そのシルエットに刺突させる。
だが、その攻撃は外れて、当の人物は瞬間的早さで、彼女から距離を取っていた。
「 ひっどいなぁ。いきなり攻撃してくるなんてぇ。名目上僕らは仲間だろ? ほんとに名目上だけど 」
俺は反射的に叫んだ。
「 クライツェ・アストレア!!みんなに何をしたッ!! 」
クライツェは少し不愉快な、興が殺がれたような顔をした。
「 元気になったねぇ君。あんなけ酷いことしてあげたのにもうそんなに元気なんて、不快だな 」
「 あなた、こんなことして何が楽しいの 」
彼女は淡々と口を開く。
抑揚のない、無感動的な声だが、その内に爆発的な情動があることがなんとなく分かった。嵐の前の静けさ、そんな雰囲気であった。
「 いやいや、俺が目論んでこんなことをした訳じゃないのに、何でそんなに俺を卑下するわけぇ。分かってると思うけど俺も上の命に従っているだけだよぉ。」
もう我慢ならなかった。
衝動的と反射的な力が混ざった、”念動力“でクライツェの胸を切りつける。
だが、その力がクライツェにぶつかる前に、やつの足元数十センチから猛炎のカーテンが構築される。ばちっと虫が電灯の熱に粉々にされたような、呆気の無い音が鳴る。
もちろん、やつは無傷だ。
「 まあまあ。ちょいと落ち着いてよぉ。今回の襲撃は君たちにご了承頂いたと思うのに。こんな酷いことしないでよ 」
「 俺は、もう屈しない。お前なんかにッ……!! 」
「 実はねぇ、今回は君と戦いをしに来た訳じゃないんだよ。だから、穏便にことを終わらせたい 」
奴が吐き捨てた言葉の滑らかさに、違和感と嫌悪感が胸を揺らす。
「 穏便、どういうこと? 」
「 宴だよ 」
その瞬間、奴の表情があの時の、炎に揺らめく悪魔の微笑みとなった瞬間、再度、空を穿つような光が走った。
「 ――――!! 」
「 クライツェ!! 何を 」
「 俺がやったんじゃないよ。だけど聞かされた限りのことを言うならば―――この村は終わる 」
背後から、突然夥しい程の呻き声が聞こえる。
振り向く。
思わず声が出た。
みんなが苦悶の表情を浮かべて、首を振っていたのだ。首がちぎれてしまうのではないかと言うほどに。
「 ミアネ……とめて 」
ソファンはそれを止めるために、頭を地面に殴打していた。
軽い脳震盪が起きたか、焦点が合わない双眸で俺を見ている。
俺は焦りを隠せず、彼のもとへ駆け寄る。
「 ソファン!! 」
俺は彼の肩を持ち、首を締める形でその動きを止めようとした。
だが、それは人間の単純な力とは思えない程のベクトルで押し出されていて、取り押さえれない。
「 っつぅ~~!! 」
猛禽類の呻き声のような、低い声で彼は叫ぶ。
ちくしょう何でこんなことが。
「 君の能力を使えば、彼の首がもげるよぉ 」
クスクスと冷笑を浮かべる。
「 私が地面を操作して、軟化させれば 」
「 地面が駄目なら、彼等は頭を自分の身体で殴り付ける。そーいうシステムを組んだらしいよぉ 」
「 な…… 」
彼女の始めての呻き声が聞こえてくる。
俺は無秩序となった感情の波に従うように、声を荒げる。
「 皆に何をした!! 」
「 言うなれば、催眠だよ。セントラルマグナは、人の意識、意思を強制的に改竄、変形し乗っ取る。今回の実験の真髄はこの村全体に人間操作を行うのに要したエネルギー量をもとに、操作稼働が可能な人数の最大値を試算すること。つまり、君達は尊い犠牲だよぉ 」
脳裏に焼きついたあの風景が、もう一度網膜に張り付くように、蘇る。
こんなの、嘘だ。
「 ソファン!!安心しろすぐ助けるからな 」
俺は涙目で、何とかソファンの首と頭を押さえる。
神に祈るような気持ちだった。
全身が熱く、息は荒くなる。すがり付く思いで彼の首を押さえた。
―――――――――――バキ
異様な音が鳴った瞬間、俺は息を呑んだ。
「 ソッソファン……? 」
ソファンの声が、ピタリと止んだ。
頭の中がソーダのようにしゅわしゅわと音を立てて溶けていくような、感覚を覚えた。
嘘だろ、おい。嘘だろ。嘘だろ。
「 あーあ。能力使って力入れすぎたかねぇ。 」
俺は、理解した。ソファンが息絶えたことを。
息が詰まる。
「 あぁぁぁあああ!! 」
哀と怒のどちらの感情も当てはまらない、激しい情動が胸に巻き起こる。ただ俺は叫ぶことしか出来なかった。あの時のように。
「 クライツェぇぇえええ!!――――― 」
誰かが叫ぶ。そして背後で、突風が突き抜けたような音が聞こえてくる。
ガンガンと、頭が痛い。他の皆は意識のある者は血が吹き出した頭で、食らい付くように顔面を削る。
呻き声が、延々と頭の中でも外でも響いている。
だんだんと、激情が胸の中から解離していく。
俺は、変われなかった。何一つ。弱いままの。役立たずの。ごみやろうだ。なにも救えなかった。友達も。村も。
今日一番に気持ちは冷静だった。目の前の事実を受け入れるために無駄な感情を捨ててしまったかのような錯覚を覚える。
あーあ。終わりだ。すべて。
誰のせいだ。これは。こんなことになったのは誰のせいだ。
もう、既に心は乗っ取られているようで――今思えばあれは乗っ取られていた――
頭の中に一瞬が火花が散る。
その刹那、気付いたら俺はセシルのもとへと駆け出していた。
俺は何故、セシルを狙っている……そうだ、こいつが悪いんだ。こいつが俺に希望を持たせたから、俺は見れるはずの無い陽の目を期待して――――
念動力で押し出した拳を彼女の右頬を目掛けて伸ばす。
「 っ――!! 」
彼女は俺の拳をギリギリの所で避け、地面を盛り上げて放物線状に飛ぶ。
「 クライツェ!! 彼に―― 」
何を驚いているこいつは、お前のせいでこうなったのだ。
「 ――改竄ではなく、彼に新しい――を植え付―― 」
ああ、うるさい。ザーザーと耳鳴りが外の音とだぶって不快だ。
「 あぁああッッ!! 」
あの時、終われればどれだけよかったことか。
こいつが俺に希望を見せた結果、俺はまた地獄の沼に引きずり下ろされた。
右こぶしは固く握られ、爪が手のひらに食い入って流血する。
だが、その微々たる痛覚は少したりとも気にならない。深く拳を握って俺は念動力で身体を押し出す。
当惑する彼女の顔を見やりながら、俺の拳は意思と関係なしに、腹部へ標準が定まる。
殺してやる。俺と一緒に―――
その直後、足元がぐらついて、縺れる。
「 う…… 」
脚が笑うというのか、まるで力の入らない状態で、俺は背中から倒れる。
「 あーどうやら、“施術者”に対してコン――を――難しいらしいねぇ。まだ調整が必要らしい―――報告しなきゃだねぇ 」
喉の隙間が若干塞がったような、息苦しさがあった。
くそ……。
喉が尋常じゃなく、乾く。強い倦怠感が、身体を締め付ける。
「 ミアネ!! しっかりし――!! 」
彼女が不安気に顔を覗かせる。
自分を殺そうとした、相手に。
俺は、一瞬明らかに正気に戻った。
身体は重く意識は紛うことなく混沌としていた。
だが、急に冷水をぶっかけられたかのように、自我は覚醒していたのだ。
だが、俺は彼女を憎いままだった。
自分でも理解できない。冷静沈着なまま、彼女を憎む、憎悪する気持ちが胸の中で鎮座している。
なぜか。
俺はふと、理解した。
俺はいつも、生きる理由を探していた。
村の番犬としての責務。それが最初の理由だった。
それが弾けて、絶望した。そしてセシル様が来て、今度は俺は幸せに生きたいと思った、それがさっきまでの理由だった。
だが、明らかにもう理由が無かった。
恐々愕然とするほど、理由が消滅してしまったのだ。
だって、守ろうとしていたはずのみんなが、今はもういないのだから。
その最中、さっきあの瞬間、憎しみが“何か”によって吹き込まれた。
それは、生きる理由という空白になった枠組にピタリとハマってしまったのだ。
つまり――――生きる理由というものが、彼女を憎むことに刷り変わったのだ。
ここまでの流れが、正直その“何か”のせいなのか、俺の望んだ結果なのか、俺の中で判然としない。
だが、もうそれはどうでもいい。
全てを失った。なら、もう残ったものがそれだけなら、俺は――――
頭の中で、不意にクライツェの笑い声が割れるように鳴り響く。
意識が、もう途絶える。
薄くなっていく意識を拐おうとする最後の暗い波と立ち会った瞬間、走馬灯のような映像が流れた。
呼び捨てでいいよ、全然―――――
夕暮れの会話。あの時の笑顔。あのときの俺と、真剣に話してくれた人はあなたが初めてだった。
いいんだよ。今までよくがんばったね―――――
立ち直ろうとしていく村。人生で一番嬉しかった日。頑張った、なんて誉めてくれた人はあなたが初めてだった。
セシル、セシル、セシル。
セシルさん。
今まで、ありがとうございました。
その時、俺の意識はシャットダウンした。
その後、目が醒めた俺は村を建て直すために、新しい村の住人を手当たり次第求めた。
空白を埋めるために、俺は狂ったように村人を集めて村をつくり直した。
あの朝、生き残った村人は一人もいなかった。
心機一転、俺は中央に服従の意を示した。
そして時は幾何か流れ、先週ほどにある男に言われたのだ。
「 セシルを殺す機会を君に与えてあげるよぉ 」
「 え…… 」
「 殺したいんだろ。彼女を 」
俺は頭を垂れた。
爆発的な情動が、胸の中に満ちる。
忘れていたものを取り戻したかのような、そんな感覚がした。
それがどんな感情だったかは、自分でもいまいち説明のつかない。奇異なものだった。
だが、確実に俺、ミアネ·ライディアネフはもう堕ちきっていた。
翼を折られた鳥が地面に叩きつけられまいと、木の枝にしがみつくかのような、野性的で貪欲な望みだけが手元にのこった。




