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収束の交錯世界へ  作者: Unknown
エルゼナ郷
38/43

縋る



事件前、村の番犬として門番を務めていた頃は同世代からも年配の人からも慕われ、上手くやっていた。


だから、俺は、村の番犬の責任を果たすことが生きる理由になっていた。


だが、事件後は肝心な時に何一つ役に立たなかった俺に、みんなは行き場のない怒りをぶつけ、俺を疎んだ。

蔑まれ、罵られ、殴られもした。


むしろ俺はそれを妥当だと思い、喜ばしくさえ思えた。


この村はとてつもない惨劇に見舞われ、たくさんの憎しみと悲しみが生まれた。それを俺が受け止めていれば、村は崩壊せずにいられる。

主従関係のような、縦の絶対の法則。それが村全体が表向き正気を保っていられる理由。


別にそれで保てるなら、満足だ。

それに普通の人と同様に生きるなんて自分でおこがましいと感じていた。

生きる理由など、もはや無くなってしまった。


そんな、どん底に居た最中、彼女は現れた。



「 安心して、私はあなた達の見方。 」


セシル・ローネス。

第8能力者のその少女は、みんなの自分への敵意をするりと躱し、淀みない弁舌で自分の話を次いだ。


「 この村がクライツェによって、破壊されたのは知ってる。それを承知で、そのことの憎悪が私に向けられることを承知で、ここに話をしに来たの。 」


何を言っているんだ。こいつは。

第8能力者は、中央直属の戦闘部隊のリーダーのようなもんだろ。そんな奴が味方?あり得る訳がない。


「 少し、質問していいですか。 」


俺は手を挙げた。みんなが俺に視線を集めた。だいたいは鬱陶しそうな目で俺を一瞥して、前を向いた。

セシル様が驚いたようすはない。ただ、少しだけ他人行儀に「 どうぞ 」と言って俺が口を開くのを注視した。


「 味方?信用出来ません。第一第8能力者は中央に雇われた戦闘部隊のリーダーでしすよね。狩りに、本当だとしても……私達を助ける理由は何ですか。 」


俺は出来るだけ機嫌が悪く見えるように早口で、セシルを睨み付けながら話した。


「 ちっ……。村長の変わりぶるなよ。 」


隣にたっていたソファン―― ずっと仲の良かった親友は俺にそう吐き捨てた。


「 ごめん…… 」


俺は震えた声で謝った。

抵抗しようなんて思わなかった。俺はもう、そういう人間になり下がっていた。

こうしていれば、きっとこの村のバランスは保てる。

間違ったことはしていないと思ったが、まるで、奴隷のようだ、と心底思った。


「 誰も悪くない……。 」


俺ははっとして、セシル様を見た。彼女は今のやり取りで何かを理解したようだ。

ソファンも諭されたような感覚がしたのか、横目で彼女を恭しく睨んだ。


今のは俺に言ったのか…?

彼女はよく通った声で俺の質問に答えた。


「 私は名義上中央に属しているだけ。本当に名義上でね。

“自由の狼煙” という平和活動の団体が本業。こういった中央の悪政により傷ついた人達を助けるのが仕事。それが理由だから、メリットなんて考えてない。それじゃ駄目かな。 」



“自由の狼煙” 名前だけは聞いたことがあった。当時は今と違い、その名の組織は誰が主導かもわからない宗教団体のようなものだと思われていた。


村のみんなの表情はさっきまでと同様に固かった。そんな当たり触りの良い言葉、と半分諦観したようなうんざりした目付きと表情で彼女を見ていた。


「 言葉より行動で示す。これからこの村に復興援助と作業を私達が行う。 」



「 すごいですね、セシルさん。地面操作でしたっけ?まさか家の立て替えも道路整備もあの能力で大半を終わらせてしまうなんて。みんな驚いてましたし、喜んでます。 資金援助なんて、一銭たりとも必要じゃかった。 」


「 ぜんぜんよ。私は表面的にこの村を繕っただけ。それより今立ち直ろうとしてるみんなの方が凄いし、何より強い。 」


話がある、と言われたので俺は彼女を俺の家の縁側にあげた。

柱や、扉には、毒々しい赤色で罵詈雑言が書きつくされていた。だから、あげる前にできるだけ取り替えて片付けたが、結局取り払えないものも多く、辟易して途中でやめた。


彼女が来てから2時間ほどで荒れた道や家、村全体はあらかた週されみんな唖然とした。

今は、途中から来た彼女の仲間がさらに荒涼に帰した畑を村のみんなと共同作業で耕している。


次第にみんなに一人一人ぎこちないが、笑顔が戻っていた。彼女の言う通り、悲愴な顔付きで絶望にうたれた人々が今立ち直ろうとしていた。

ほんの数時間で、だ。


俺は最初の噛み付くような物言いに対し恥ずかしさを覚える。


「 セシルさん。さっきは失礼な言い方をしてすみませんでした。 」


大きな瞳が一瞬困惑の色を映すが、その後は柔らかい笑顔で答える。


「 気にしないでよ。私は何も気にしてないわ。 」


そのまま、彼女は自分の足下を見る。

彼女の様子はとても天真爛漫だが、同時に凛としたものもあり、総じて、綺麗という言葉がとても似合う少女だった。


「 ミアネさん。君? 」


「 呼び捨てで構いませんよ。 」


「 それは失礼だよ。やっぱり、ミアネさんね。 」


「 そんなことないですよ。セシルさん。 」


「 呼び捨てでいいよ、全然。 」


「 いや、呼び捨ては失礼ですよ。 」


俺と彼女の隙間にこの間、沈黙が起こる。

え、これて笑うとこか…?


「 いや~あははは。 」


少しぎこちなく俺が笑う。何かに急かされたような衝動に駆られてつい変なことをしてしまった。それに彼女は一瞬固まった。


え、え、間違えたか!?

俺は赤恥をかいた気分で、「 すみません。 」と言った。


すると彼女は吹き出した。俺は一瞬訳が分からず呆気に取られる。

だが、このぎこちない雰囲気と周りの喧騒が相まって、なんだか可笑しくて俺も苦笑した。


はははは、とお互い可笑しくて笑った。



俺と彼女の間に、遠慮という見えない障壁が取り除かれたことをなんとなく感じた。

それをセシルも感じたのだろう。彼女は俺に話したいことをストレートに聞いてきた。


「 あなたは、きっと後悔しているのよね。自分が弱かったせいでって 」


ぎょっとした。心臓の底をぐわっと掴まれたような驚きだった。

俺は一瞬、返答に窮した。だが、数秒後、自然と「 はい 」と答えていた。


「 村の人達から聞いた、あなたのせいで村が滅びたって言ってた 」


「 本当に、俺のせいなんです全部。村を守る番犬として闘う役目の俺が、なんの役目も果たせず倒された……そのせいで村の人がたくさん殺された。……俺が弱いからですよ。だからみんなに疎まれ、厭われている。本当は俺なんて死んだ方が良いはずなんです 」


「 君のせいなんかじゃない。悪いのは中央で……私の同胞が本当にごめんなさい 」


「 あなたは優しいですね 」


俺は本心のままに答えた。すると、彼女は苦しそうに笑った。


「 私は……そんなに、純粋で透明な人間じゃない。今はましになったけど、昔は最悪だった。 」


彼女はゆっくりと立ち上がり、近くにいる俺に目映い光に目を細めるような双眸を向ける。


「 その、間違った先輩としてあなたに伝えたい。あなたには、前を向いて欲しい。困り事があれば私が手伝うから。だから、向き合おう、今と。それでここを変えよう。私みたいに後悔して欲しくないから。 」


「 別にいいんですよ。これで、村の安寧は保たれているんですから 」


「 これで本当に良いと思っている人はあんな村の人達に悪口を言われて、悲しそうな顔はしないよ 」


顔の締まった筋肉が緩むのを感じた。そして、気づいたら笑ってしまっていた。

自分と目を見て真剣に話してくれることが何より嬉しかった。


「 かわれますかね。僕も 」


俺は気づいたらそう言っていた。

出来損ない、失敗作、期待はずれ、役立たず。

あの日から、それ以上のものになることなど許されない、そう思っていた。

変わる、などおこがましいと思っていたはずなのに、彼女の前でつい尋ねてしまった。


「 たくさんの人を失った事実は変えれない。けれど、今も生きてるあなたは変わることは出来るよ。一緒に頑張ろ、ミアネ 」


彼女はとてもチャーミングな笑顔で俺に手を差しのべた。

俺は彼女に縋ってもよいのだろうか。自分の意思かは分からなかったが、いつの間にか声を出していた。


「 ……はい 」



その日の暮れ方、 俺は村の集会所で頭を下げた。

ほとんど、村の全員が集まった。彼女が話がある、と召集してくれたのだ。


「 どうか、もう一度だけ、やり直させてください 」


俺は後頭部に感じる熱い羞恥の視線に、地面を睨んで耐える。

みんなの冷たい嘲りが耳を焦がす。


なにが、やり直すだよ。家族を返せ。お前が弱いせいだ。


全ての言葉に反論できず、耳が痛い。

そして、セシルさんが横にいても、やはりいつも通りの待遇だった。


やっぱりだめだ。


諦めて、心を無にしようと思った。


その直後、彼女は珍しく感情的な声をあげた。


「 あなたたち、怒りのやり場に困るのは分かる。けど、こんな酷い仕打ち、するにしても相手が違うんじゃない?」


震えるそれは叫び声に近い様子だった。

その威圧に気圧される。そして、誰も反発しない。


「 ほんとうは分かってるんでしょ、弱かったのは彼だけじゃなく、全員だったって 」


「 セシルさん!! 」


そんなこと言わなくていい。本心からそう思う。

それを言ってしまえば、この村の秩序はきっと瓦解してしまう。

俺に責任と怒りをぶつけることで、みんなはあの惨劇を忘れ、正気でいられていた。


それを言ってしまえば、この村の……憎しみが溢れでてしまう。


「 こんなこと、限界がいつか来る。その時に向かう結末はきっとまともなものじゃない、それは私が知っている 」


「 その通りだ…… 」


そう細い声をあげたのはソファンだった。

俺は彼の予想していない行動にたじろぐ。


「 俺たちはミアネに責任を押し付けすぎたんだ 」


ソファンはバツの悪いような表情で下を向いた。


「 もう、身内を傷つけるなんてやめよう。こんなの、村長も望んでねえよ 」


ソファンは涙を溜めた双眸をこちらに向け、頭を下げた。


「 ごめんな、ミアネ。……俺ら友達なのに、こんな、 」


俺は何も言えなくて、ただ彼の泣き顔をじっと堪えて見ることしか出来なかった。こういう雰囲気の時は嫌にまとわりつく風や自分の身体が冷え込んでいくのをはっきりと感じる。



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