残酷な真実
岩窟の湿った空気が全身にまとわりつく。背に張り付いた服が汗でぬめぬめして気持ち悪い。
俺の逃げ道は封じられていている。ニナはナイフだって持っているが俺を殺しにかからない。そうしない。何故なら、彼女が来たからだ。
「セシルさん……。」
「ニナ、ごめん。……全部わかってたの。」
その言葉を聞いたニナは一瞬脚が震えたように見えた。
セシルは哀愁漂う顔でニナを見つめていた。
彼女の顔には後ろめたさが漂っていた。
きっと彼女にとってばつの悪いことを言うのだろう。
だから、ニナは分からないふりをしている。そうせざるを得ないんだ。
数え切れない位彼女の横顔を見ていた彼なら、分からないはずが無いだろう。
──どうか、無事に終わってくれ。
そう切に願った。
「全部わかってたの。ニナが私のことを好きだったこと、知ってて……見て見ぬふりをしてたの。」
彼女の告白が始まった。その声は脆く、これからの処刑される囚人の遺言のようだった。
「全部わかってたの。ニナが私のことを好きだったこと、知ってて……見て見ぬふりをしてたの。」
「え。」
ニナは何となく自分にとって理不尽なことを聞かされるだろうと、彼女のあの儚げで後ろめたい表情を見て腹を括っていた。
──だってあの表情はいつの日か見たことがあったから。
だが、予想以上の残酷で無惨な真実に膝を折る暇も無かった。
「私だって、ずっと君を1番に見てたんだ。それくらい分かってたよ。気の使い方、喋る時に私にまで伝わる緊張、分かりやすかったよ。とても。」
──じゃあ、何で。
上の空な心がすぐに口を突かせた。
「じゃあ、なんで何も言ってくれなかったんですか!? 俺の事……っ弄んでたんですか?」
それを聞くと、セシルさんは暫く下を見たまま黙りこけた。
「ごめんなさい。チームである以上、恋愛感情とかそういう事情は二の次にしてた……。それのせいで、関係に影響が出たらまずいと思って、見ないふりをしていたの。本当にごめんなさい、今もあなたの気持ちには……答えれない。」
それは振られるより上を行く切なさを孕んでいた。
どんな状況下だったとしても、好きだという想いを受け止めることさえ、セシルさんは拒否したのだ。言うなれば門前払いだった。
それは成功でも失敗でもチャンス到来でも無い。
──結果すらなくて唯、この恋情の停滞と身の不遇への怒りを残すだけだ。
──だってそんな風に返されたら、もし出逢い方が違えば好きになってくれたのか、とか思ってしまうじゃないか。
案の定、心の中で自分の運命に途方もない嫌気が差した。
俺とセシルさんは元々交わるはずの無いレールを走ってたんだ。だから、こうやって無理やりな形で引き裂かれた。
彼女は今まで仕出かした過ちを想起して、悔やむような顔をしていた。
彼女は優しい、故に後悔と懺悔の念に打たれて、素直に落胆しているのだろう。
彼女は頭を下げた。
謝って欲しいとは思っていた。その為に俺はここに隠れた。だが、嬉しいとか達成感とかそういうものは一切湧き上がらなかった。
ただ、自分がやった一連の全てが愚かで空虚な、意味の無いことに感じた。
「……っ。」
噛み殺していたはずの言葉にならない叫びが
か細く内から洩れた。
この怒りは消えない。それは原型を留めていない程無惨な形で、今も胸の中でずっしり鎮座している。
これは誰に向けていて、何の、情動なのか。もはや分からなくなっていた。
俺の気持ちを悟っても、黙っていたセシルさんへなのか。
志穏への嫉妬なのか。
……違うそうじゃない。
悔しいんだ。自分には幸福がどう生きても見つからないことが。
ニナは自身に辟易した。目の前が真っ暗で何も見えない。行き場のないぐちゃぐちゃなグロい物体が心の中を擡げて止まらなかった。
──ああ、これならあの時死ねばよかったのに。両親が死んだあの日に。
──痛っえ。
背中の受けた衝撃的はそのまま肺にも影響したようで、深く息を吸うと、胸板の奥がズキンと痛んだ。
後でこいつに謝ってもらわねえとな。
志穏は状況を整理する。そして、今が彼女とニナ2人の関係の行く末が決まる正念場である事を理解した。
何も知らない志穏は黙然とやり過ごすことしか出来ない。
「ニナからすれば、ほんとに知った事じゃ無いだろうし、言い訳としか思って貰えないと思う、それが正しいの。」
「もういいですよ。……俺が悪かったんです。叶わない恋をしてしまった僕が。」
「っっ!! 違うの。私はとても嬉しかったよ。誰かに好かれるのなんて今まで無かったから。だから──」
「そういうの要らないて言ってんですよっっ!!」
昂った声が空気を揺るがす。音の弾丸は彼の瘴気の様なものさえもそのまま志穏へ運んだ。
場の雰囲気が硬直した。
「俺がここまであなたと戦って来た理由、教えますよ。ただ、あなたの傍に居たかっただけですよ!! 街の安全を守りたいとか、アイリ達みたいに自分みたいな傷付いた人を助けたいとか、そんな立派な理由なんて1つも無かった。どーでもいいですから。」
「……。」
ニナは泣きそうな顔で無理やり笑顔を作っていた。自分はこんな人間なんだ、と言いたげな様子だ。
「セシルさん。あなたはどうして、僕に優しくしてくれたんですか? どうして、僕に希望を持たせたんですか? …………どうして、あの時生かしたんですかっっ!!」
ニナの悲痛な叫びが頭の中で反響した。
その声で、どうしようもなく馬鹿だった頃の自分の姿が脳裏を掠めた。現実を諦観して、やけを起こして人を傷つけた時の自分だ。
……ふざけんなよ。
そう思う。ニナは過去の自分とピッタリ重なる程似ていた。
突如、志穏は怒りに打ち震えた。
「ふざけんなよ!!」
いつの間にか叫んでいた。
セシルは咄嗟に志穏を一瞥する。その顔は枯れて色を無くした花のようで、きっと後悔の渦中にある。
ニナは精悍な顔つきで志穏を睨みつけていた。
「お前さ、自分の思い通りにならなくてやけ起こしてるだけだろ。」
過去はもうどうしようも出来ない。だけど、こいつならまだ助けれる。まだ道を違えて居ないんだから。




