似た者同士
「ニナ、俺はお前たちに憧れを持ったんだ。」
「……は?」
その言葉に途方も無いような怒りがゾゾゾと湧き上がった。
おちょくってるのかと志穏の顔を睨みつけた。
「喧嘩売ってるつもりなんですか?あんた。」
「いや、まったく。」
「ころすぞ。」
「それでもいい。」
淡々とした表情が崩れることは無く、決意の色のようなものを帯びている。その態度はニナにことさらに虫酸を感じさせた。
志穏は口から溢れ出そうな感情を押し殺すような様子で話した。
「俺、ずっと分からなくなってたんだ。セシルやニナ達に守ってもらってばっかで、恩返しとか……そういうのも全く出来てないから。俺は本当にこれだけの人に守ってもらう価値のある奴なのかってな、て。」
そんなの、当たり前だろ。そう口から漏れそうになったが、抑えた。
今このタイミングでは言うべきでは無い気がした。たとえ、死ぬほどムカつく奴でも。
「そんな自問自答と自分への失望を味わっていた時、ニナやみんなを凄いなと思った。恩義とかそういう理由であいつの隣で戦えるみんなに。それでこれからは助けてもらった分、あいつの隣で戦いたいって、思った。」
志穏はとても苦しそうな顔をしていた。
ざまあみろと心の中でゴチるが、どうにも悦びを感じれなかった。重みのないボールを投げるように、感触がない。
「それであの夜、見ちまったんだ……セシルが泣いてる姿を。あいつが自分の行いに矛盾や後悔を感じて……すり減ってたのを見ちまったんだ。あの時、今ならあいつを支えてあげれると思って……約束したんだ。 "セシルが変わりそうになったら俺が引っぱたいてでも戻す" て。」
志穏は感傷に耽けるような表情で左手を見つめた。それは例の五芒星を見ていた。
そして、もう一度前を向いて、ニナに訴えかける。
「あいつを隣で支えることで、初めて俺は生きる価値のある人間になる気がするんだ。現実から逃げてた頃の弱い俺から、卒業できる気がしたんだ。」
「……あ?」
ニナの心は雨に曝されたノートのようになった。言葉が、インクが薄まって見づらくなるように、ニナの内にあったはずの憎しみは不明瞭で形を失くし始めた。
そうか、こいつも俺と同じなのか……自分の存在意義を掛けてもがいているのか。
「別に俺は居場所を奪った訳じゃない。ただ、俺は自分の出来ることを探してただけだ。あいつの1番は今もお前だよ。」
ニナは俯く。少しずつ胸の中の炎が鎮まっていく。そうだったのか、という理解が心の熱を吸収していく。
「ニナの気持ち、分かるんだ。お前、セシルのことが好きなんだろ。」
虚をつかれてニナは固まった。返答はもはや濁す必要も無いが、動揺を悟られるのは癪に障るから出来るだけ平静を装う。
「………だとしたら?」
「もう、こんなこと辞めろ。セシルが俺に奪われて、自分のことを1番に見てくれないと思ったから、ムカついてこんなことしたんだろ。」
「違う………お前になにが分かるんだよ!!!」
また、ニナの怒りと情動の導火線がプツンと切れた。火の粉程度だった心の火がもう一度暴れる。
「他に理由あるのかよ。」
「……そんなのっ……。」
言葉が出なかった。まさしくその通りだった。
俺を見てくれないあの人に対して、構って欲しかっただけなんだ。俺はまるで駄々をこねて泣きじゃくる赤ん坊のような、幼稚な感情に振り回てたんだ。
「今までは自分が彼女の1番であったのを引き換えに、恋心をそのままエネルギーに変えて彼女に悟られぬように戦っていた。だが、俺の出現により何もかも狂って、耐えきれなくなった。それでこんな暴挙に出た。行方不明になれば、あいつの心も自分のことでいっぱいに出来るしな。」
「黙れよ……。」
憎んでいる相手に自分の内を全て見透かされてムキになる。必死に否定するが、ここまで感情的になってしまっては逆に 「その通りだ」 と認めているようなものだった。
なんでこんな思い通りにならいんだよっ!!
激情による熱が全身を燃やして、理性が吹き飛んだ。
「だって仕方無いだろ!! もうどうすれば良いのかわかんねんだもん。あなたの事が好きなです、なんて言えないだろ!? ならあの人の視界を別の方法使って埋めるしかないだろうがっっ!! 」
気付いたニナは泣いていた。心の中がごちゃごちゃになると涙が流れるなんて知らなかった。
どうすりゃいいんだよ。こういう手段しか無いじゃん……。
「お前はあいつの隣にいる。なら、あいつを守るために戦えばそれでいいだろ、それがお前の存在意義なんだろ!? 何で俺のことをそこまで気に止めるんだ。」
「あの人の隣はもう俺じゃ無い!! 初めて見たよ、あんな乙女な顔を!! お前といたあの夜のあの顔は、俺には向けられたことの無い顔だった。ずっと俺が見たかった表情だった、大好きな人から1番向けられたい表情だったんだよ!!」
流石に志穏も驚いた様子だった。
自分でも驚いた、こんな情けない言葉がのうのうと出てくるものなんだって。
「セシルさんが大好きだ……。隣に居たいから、ずっと戦ってきたのにっ……。」
言いたいことを言い終えると、その代わりにニナは泣き崩れた。もはや喋ることすらままならない。
なんで、こんなに上手くいかないんだ。今まで沢山辛抱してきたのに、沢山苦しんだのに、どうして……。
「それでも生きてくしかねえんだよ。」
「……え?」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
そこには恐怖で小便垂らしていたあの弱い護衛対象の少年の顔とは思えない、精悍な顔つきの志穏がいた。
立ち上がれ、そう言われた気がしたのはきっと気のせいだ。
「俺とお前はやっぱ似てる。何思ってるかなんて表情で分かったよ。」
「……なんなんだよお前…。」
放心状態のニナは流れる涙を拭うこともしなかった。これだけ丸裸にされたら、もう顔を取り繕うなんて面倒くさくてしようと思えない。
「あいつのとこへ帰ろう。それでお前の気持ちを伝えよう。じゃなきゃ、きっとお前は壊れちまうよ……。」
「もう前に……進めねえよ。お前は俺の障害なんだよ。お前がいる限り……進めない。」
「なら、どうする。」
初めてニナは笑みを零した。
そして、ポケットからサバイバルナイフを取り出す。
「殺してやるよ。」
こいつさえ殺せば、俺は清々しい気持ちで戻れる。元々こいつはイレギュラーな存在なんだ、居なくていい奴なんだ。
それこそ、セシルさんの負担だって減る。
「来い。それでお前が前に進めるなら、全力で来い。だけど、俺も負けれねえよ。叔父さんのこと、知るまでは俺も死ねねえよ。」
志穏は少し笑った。
「こうなる気はしてたよ。」
頭の中がアドレナリンで充満していく感覚があった。今まで散在していた漠然としたマイナスの思いが全て無くなって、楽な気分になる。
「これだけを最初から望んでいたのかもな、俺。」
ニナは志穏の喉元目掛けて飛びついた。
「!!」
志穏が左手でガードする。ナイフの勢いは無論止まる。
そのまま志穏は後ろへ下がる。
「鬱陶しいな、その左手。 」
「これしか今の俺には持ち合わせがなくてね。」
「なんで今攻撃しなかった?」
「俺はニナに恨みなんてないしな。」
怒りを抑える間もなく、ニナは再度斬り掛かる。
ニナはナイフを志穏の首元へ投げつける。
志穏は難なくナイフを左手で受けるが、その姿勢でがら空きの腹を思っきり蹴り飛ばす。
ニナの膝が腹にクリーンヒットしたのだ。
「ぅ!!」
志穏はそのまま壁へと飛ばされる。ゴツゴツの壁面に身体を打ち付け、一瞬昇天するような顔をした。ニナにとって、それは嬉しくて仕方無いことだ。
もう、何もかも楽しいや。こいつを憎む正当な理由が無くても、逆恨みでも、関係ない。こいつに今までのすべてを浴びせよう。これだけ人に傷つけられたんだ、1人くらい殺したって問題ないだろ。
「お前、無敵だからって左手で全部攻撃受けようとするだろ。遠距離の戦闘ならまだしも、近距離でそんなことしてたら間に合う訳ないだろ。腕と脚、4回行けるんだから。」
ナイフを拾い上げて一気に距離を詰める。
そして、首を斬ろうと身を乗り出した瞬間。
「ニナ!!」
荒々しい靴音と切ないような色を帯びた声。それらが岩窟内で響き渡った。
声を聞く前から、誰か分かっていた。来るとしたらあの人しかいない。そう分かって居てもここに来てくれたのがどうしようもなく嬉しく感じた。
そこにはセシルが立っていた。
そして、消え入りそうな声で彼女は言った。
「全部分かってたよ。」




