分断
「ニナが消えた……?」
「……はい。」
アイリはセシルに嘘を付くのを失敗した。
定刻まで1時間。
中央との戦いが始まってから、心の中を曇らせるような霧状の不安が四六時中付き纏っていた。
敵は世界全体というだけでも一生分使い果たす程のストレスと不安、作戦の開始は近いのに、ダメ押しするかのような最悪のタイミングで仲間の失踪。
次々に襲い掛かる困難にアイリは頭を抱えていた。
だが、それとは別の感情でニナに対しても煩わしさと憤りを覚えた。こんな面倒臭い時に新たな問題を起こすのはたまったもんじゃないと思ったのだ。
そんな憤悶に心を乱され、ポロッと口に出してしまったのだ。
ニナが居なくなったのはどうしましょうか、と。
……我主は仲間のことを1番に気を使う。部下と成功、どちらを選ぶかと聞けば、速攻前者と答えるだろう。
人を救うためなら自らの体を投げ打ってでもする、ある意味玉砕覚悟の精神の持ち主だ。
……そんな人が仲間の失踪を突然聞かされたら、どう思うだろうか。
もしかしたら命の危険が迫っているのかも……。
と考えて、この人は立ち止まってなんて居られなくなるだろう。
だが、それ以前に選択しなければならないことになる。中央がいつ攻撃を仕掛けるか分からないこの状況で。
1人の為に全体の動きをねじ曲げ、全員を危険に晒すか。もしくは分断。もしくはニナを捨てる。
後者は彼女の思想的には有り得ない。だが、前者2つを選ぶとしたら、どちらもイーブンで危険な選択だ。
もっと、冷静な頭で考えるべきことなのかもしれない。
それでも我主は落ち着く時間も与えられず、辛酸を嘗める思いで選択し、前へ進むしかないのだ。
そんなこと知ってたはずなのに、私は我主に回避出来た筈の苦しみを不用意に与えてしまった。志穏さんが見つけてくれば、それですぐに収まる案件だったのだから。
アイリは自分のミスを悔やんだ。そして、このミスを一瞬、重大なものだったと感じ得れなかった自分が至極恥ずかしかった。
この立案をしたケインに対しても顔向けできない。きっとあいつにとって、ニナの為とは口先の半分で本当はこうならない為に作った、我主の為のものだったんだ。
アイリは穴があったら入りたいとはこういうことなのだと、実感する。
「……探さないと。」
「ちょ! 我主どこへ!?」
アイリはセシルの腕を掴んで制止する。アイリの掌に収まった彼女の腕はとても冷たかった。
「多分、ニナが消えたのは、私に関係がある。」
「……え。」
自然と腕から力が抜けてしまった。
横にいたケインとガルラも話にくいこむようにやって来る。
「それってどういうことですか?」
「訳ありって感じのようですね。」
2人は眉を曇らせていた。
セシルは一人一人を瞠目し、普段より低い声を鳴らした。
「後で本人の許可が得られれば話す。だから、ごめんなさい。」
セシルは上司の顔とは思えない、恐縮そうな顔をしていた。それは誰に対しての後ろめたさなのか、アイリには分からなかった。
「1時間後の出発、あれは変更する。貴方達は館に居るグレイブとカルディアを連れて、ミアネの元で今すぐ脱出して。後で合流する。あと、ケインは一緒に来て。」
「……承知致しました。」
いつも通りの直線的な目付きに戻ったケインは、アイリに帽子を預けた。
「……へ?」
「まだ自分の失敗でずっこけてんのかよ。早く切り替えろドアホ。ここから先がお前の仕事だぞ、副隊長。」
きつい言葉選びの割には強い物言いや怒りはケインから感じなかった。いつもの直線的な目付きが泣いている子供を宥める親のように見えた。
「ごめん。」
「その帽子汚すなよ。」
そう言うとケインは360度方向転換した。
そして、2人は真っ直ぐ森の中へ走って消えていく。
2人になって、重い沈黙が訪れる。とりあえずは、という様子でガルラがアイリを慰める。
「まっ気にするんなて、アイリ。若い頃のミスはいい経験だぜ?」
「あんた何歳視点の物言いですかそれ。館に戻ってミアネさん達と合流しましょう。」
普段ならもう少しハリのあるツッコミが出来たが、もはやそんな明るい気持ちにはなれない。
とりあえず、我主に迷惑をかけた分は頑張らないといけない。
重い脚にムチ打って先を急いだ。
「……一体何が……!」
館の門構えをくぐった瞬間に、空から雨が降ってくるような、超自然的に爆弾が落ちてきた。
半径10メートルを諸共荒地に変えたそれは、グレイブがいる館も例外では無い、一瞬で半壊させた。
距離を取りきれず、2人は風に投げ飛ばされる。
ガルラは頭をガードして、地面への衝突を抑えた。
だが、アイリは頭を強打した。
「アイリ!!」
「えぇ、大丈夫ですよ。盛大に唇を噛んで血が出てるだけですから。」
舌で噛んだ所を舐める。鋭い痛みに苦虫を噛み潰したような顔をした。
結構ざっくりイッちゃいましたね。口内炎よりもきついや。それよりも、ガルラとカルディアの救護を……
「大丈夫なのは今のうちだけだぜ?」
消炎を突き抜けて現れた男は一気にアイリへの距離を詰めた。
手元には細長い魚を思わせるようなシルエットの物体。男はまっすぐそれを発射させる。アイリは身を捩り、何とか回避する。
それが爆弾であったと分かったのは、耳元を掠めて通て、後方で爆発した時だ。
さっきの爆弾はこれですか……!!
「ガルラ!!」
「おうよ!!」
ガルラの巨人は男を目掛けてストレートパンチを繰り出す。
「ほほぉ!こりゃすげえな。」
男はもう片方の腕にあった爆弾を真っ直ぐ巨人の腕にぶつけて攻撃を相殺した。
今気づいた。見た目は爆弾というよりミサイルに近いものだ。
「俺の一投を避けるとは中々やんなぁ。姉ちゃん!!」
「アバドン。普通、ミサイルはそんな相手に詰めて撃つものじゃないですよ。」
「うるせえ。隙が見えたら撃つ、それやってりゃどっかで仕留めれるんだよ。」
「はあ……はあ。」
戦闘モードに急に切り替えたせいで、息が上がった。それと同時に緊張で息が震える
さっきのミサイルの一投。避けれなければ、頭に直撃してましたね。
あの一瞬の動作の遅れで、自分の顔がバラバラに砕け散っていた可能性があると思うと戦慄で冷や汗が止まらなかった。
更に、あいつは巨人の一振を防いだ、ただ者では無い。
燃える館の背後から、黒いマントを羽織った人が50人ほど現れる。
黒い剣を持ている事から、騎士だと分かる。
「こいつら、もしかしてたら……」
「アイリ、知ってるのか?」
あの異様な出で立ち。間違いない、我主から頒布された中央に属する武装組織に関するデータに載っていた。
「ガルラ、手加減は無しです。気を抜けばやられますよ。」
「ああ! 元よりそんなつもりねえよ。」
「おいおい、お前ら俺らがなんなのか分かってるんだろうな。」
ミサイル男は鼻で笑う。その態度は大御所の役人が一般人に対して、「俺の事知らない世間知らずが居るなんて。」と馬鹿を見ているようだった。
アイリは痺れを切らすように返答する。
「知ってますよ! あんたら"アリスの片翼"ですよね? しかも右力。」
唇の痛みが再来する。
「ご存知でしたか。なら、勝てないこともお分かりですか?」
自分達が神だとでも思ってんのかよこいつら。
アイリは敵の溢れでんばかりの自信に気味悪さを抱く。
どちらかと言うと、真摯な態度の方の男はテニスラケットのグリップを巻いたような柄の槍を持っていた。
「あれ? セシル様はいらっしゃらないのですか。」
その声に背筋が凍りついた。居るはずのないサイドにあるはずのない人物が立っていた。
「……どういう訳か、後でじっくり聞かせてもらいますよ。村長!!」
男二人の間から、飄々と現れたミアネに、アイリは拳を握る。
その表情はアイリ達の寝室に食事を持ってきた時のものと怖いくらいに違わなかった。




