回想 その3
ずっと、この時を待っていた。両親が無下に惨殺されたあの日から、自分にとっての生きる理由や未来のあれこれ、全てがゴミ屑のような相場となった。
それからセシルさんと家に帰った後、誓ったんだ。復讐するんだと。
その時想像いた望みが今、叶うのだ。
泣いて、絶望し、苦しんで、救ってもらって……恋をした。
ひとつひとつのことに涙を流して、藻掻いて、たくさん数の感情を知った。農家の長男の2週間では、感じ得なかった沢山のものを。
2週間前の今頃、俺は何をしていたかな。そう考えただけで、遠回しに自分の不幸と不遇を証明しているような気がした。
確かにそうなんだ。俺は足掻いても、誰かに弁舌しても、人々から"可哀想な子"というレッテルを貼られるだろう。
それでも……セシルさんと出逢えたことだけは不幸な人生においても、神だか仏だかそういった運命に感謝している。
これだけは胸を張って、僥倖だと言えた。
それがたとえ、両親が殺された後、絶望に煮詰まった時の事だとしても。それがたとえ、あの笑顔の絶えない二人の隣で、農家業に邁進していた日の俺だったとしても……。
目の前の高級そうなドアを睨みつけた。ドクドクと心臓が脈打ち、鋭い痛みが頭に響くのを感じた。
誕生日に買って貰った眼鏡をくいっと上げて気持ちを落ち着かせる。
「行くよ。今。」
俺はドアを蹴り倒した。
「ニナくん!!」
セシルさんの声と眼前に迫る鉄鉛がクロスした瞬間に俺は倒れた。
「ニナくん!!」
「何だ。やっぱりガキ2人じゃねえかよ。」
「なんでこんな奴らに警備は手こずったんだよクソが。」
2つの野太い声が汚らしく唸っている。
ああ、これが俺が殺したいと思った2人の声か。
そう分かると、自制出来なくなる程の憎悪が俺の心を満たす。あいつらの首根っこを締めたくて手をじたばたさせる。
なのに、俺の足は、動けない。
腹は撃ち抜かれ、血がどくどくと溢流していた。無情にも、そこから流れる血は俺の向けるべき憎悪どころか意識をも消し去っていく。
視界は目を閉じて行く訳でもないのに狭まっていく。
辛うじて見えたのは、セシルさんが目の前に立って、俺を護ってくれていたことだ。
「お、よく見たら女の方は第8能力のセシルさんじゃねえか?」
「ほんとだ! ビッグスターだぜ。」
「……ぅあぁああ!!」
初めてセシルさんは叫びを上げた。
彼女は地面を突出させ、2人の顔面に向けて延ばす。だが、それはとても不安定で粘土のように、太くなったり細くなったりを繰り返して前へ進んでいた。
「無駄だよ。ばーか!」
そう言うと、延ばした筈のそれらが空中で搾りかすのように脆弱なものとなり、形その物さえ消失してしまった。
「能力無力化だ。この部屋はシェイルエネルギーそのものを根絶させる能力に纏われているんだよ。」
その言葉を聞いた瞬間にセシルさんの勇ましかった背中はがくんと落ちた。
初めて、人が絶望したのを見た。
絶望とは、ここまで呆気なく人の心を静かに折るものものなのか。
あれだけ強かった彼女は砂の城が波に呑まれるように静かに、一瞬で折れてしまった。
ほんとにおかしくなるほど、呆気なかった。
「は……ハハ」
その時、この人も女の子なのだと初めて感じた。地に沈んだ華奢な脚は何処にでもいる女の子のモノと同じだった。
こんな脚で立ってたのかよ。
「じゃあな。ガキども。」
身体中の感覚が無くなっていく。
もう……終わりだ。
芝居は終わりだ。
「セシルさん!!」
「や!」
俺の呼び声で、セシルさんが一気に2人の腕を地面操作でへし折った。
その一瞬で、2人の表情は初めて余裕のあるものから、恐怖のものへ変化した。
「うっがぁぁああ!?」
2人は自分の肩から下が曲がった腕を見て、苦悶の表情で喚き散らす。
その様子をセシルさんは視界に入れようともしない。ツンとした横顔は何も語っていない。
俺はゆっくりと立ち上がる。この時を待ちわびていた。
きっと2人は俺が一切血を流していないことに混乱したのだろう。目を見開いていた。
「ど……どうして。」
涙ぐんだ声が静かに俺を刺した。
俺はこいつらを見下ろす。……こんな小太りの肌も汚いおっさんと眼鏡を付けたひょろひょろのおっさんに俺の親は殺されたのか。
それは財閥のボスなどでは無い。ただ人を陥れてきただけの罪人の顔だった。
もはや我慢出来ない、理性は限界に来ていた。
だが、あえてそんな黒い感情を逆ベクトルにして、会心の笑みを浮かべてやった。
「よぉ。ゴミ共。」
少し、スッキリした。心の陰鬱としたものを自分自身の拳でボコボコに叩き潰すことが出来たような、爽快な気分だ。
男達は情けない顔で俺を弱々しく睨む。
俺は事前にこの部屋の間取りを政府内の人間を脅し聞いて、完全に暗記した。
そして、能力「視」により、この空間とリアルタイムで接続した。
そして、こいつらが銃を構えているのに気づいた。
――あとは簡単だ。ドアを開けた瞬間に倒れ込んだ。こいつらの事だ、味方だとしてもそのまま撃つだろう。
この一連の流れはドアを開ける前に話していた事だ。彼女が俺の前に屹立したのも、彼女が絶望に身を落とすワンシーンも全て演技だ。
「良いこと教えてあげる。」
セシルは再度地面をニョキっと弄しながら言う。
「私には能力無効化は通じないの。」
彼女の表情には喜びも悲しみも無かった、ただ彼女だけに見えるシナリオをなぞるようで、至極当然という感じだった。
俺はさっき倒した警備員から奪い取った拳銃を取り出す。
「ひ……!」
それを見た、目の前の2人は一瞬で縮こまって震え始めた。
「俺はお前らに両親を殺された。つい2週間前、に。だから殺す。」
それを聞くと、小太りの方が諂うように必死に答えた。
「そっそれは! こいつがやったんだ。俺じゃないんだ!」
もう片方の方は激しく暴れながらそれに反論する。
「はぁ?! てめえが賭けで負けた腹いせでやったんだろうが。」
両方とも、水を失った魚の口のようにパクパクしていた。その癖、目だけは泳いでいるからはっきりとこいつらの発言は虚偽の物だと確信できた。
……もう充分だ、殺そう。出来るだけ苦しむように。
必死で藻掻くこの2匹の醜態は見るに堪えないもので、早く静かにしたかった。
――その時だった。
「ニナくん。こいつらを殺さないで。」
「……は?」
何を言ってるんだ。この人は。
予想だにしなかった言葉に俺は固まった。
「……何言ってるんですか? そもそもここに来たのはこいつらを殺すためですよ!?なんでみすみす生かす必要があるんです。」
知性が退化したような感覚だ。どうしてそんなことを言うのか、という疑問と苛立ちのみで感情的な言葉のみが口から吐き捨てられる。俺は駄々をこねる子供のようだった。
「今すぐ殺しましょう!! こんなヤツら生かしても意味ありません。ゴミ共です。今ここで苦しんで死ぬためにこいつらは生きてきたんです!! きっとそうだ。両親もこの選択を望んでる!!」
火が着いたように俺は叫んだ。それこそ、全身が怒りの炎に炙られて、悲鳴をあげているようだ。
だが、それでも彼女は静かに真っ直ぐ俺を見てこう言った。
「殺さないで。」
それは俺を諭す訳でもなく、悲痛な悲鳴をあげる訳でも無い。俺をそっと抱きかかえて口づけするような、包容感のある声だった。
「そ……そんなの。」
彼女の目、濾過仕立ての水のような、その麗しい目は泣いているようにも見えた。
俺は罪悪感に似た感情で指先を動かせなかった。このまま、引き金を引けば、こいつらではなく、彼女を傷つけてしまう気がしたのだ。
「……これは復讐だ。」
俺は銃をしまった。
もうやめよう。
ここでこいつを撃ち殺し、復讐の悦楽を覚えれば、きっと俺はもう戻れない。そのまま自己憐憫を肥えさせ、中央や世界へと憎しみは広げて、果てはテロリストに身を落とすだろう。
――1度腐ったリンゴは最後まで腐敗し続け、そのまま落ちていくだけだ。
全てを敵に回して、ウチにある憎悪に呑まれるのはきっと沖融とした気分だろう。
だが、それは幸せでは無い。
「ありがとう。ニナくん。」
「……あなたのためですから。」
復讐は言うなれば、過去を繋ぎ止めるだけだ。
相手に仕返ししたいという裏腹、忘れたいのに失いたくない、そんな過去をつなぎ止めるための。
ある意味、過去の延長線上だ。だが、それは未来へは繋がらない。
過去と未来をどちらかしか、得られないなら、俺は未来を選ぼう。両親も、きっと俺が墓前に屍の山を築くよりもそっちの方が喜んでくれるはずだ。
けど、1番の理由は他にある。
――人は恋をすれば、それ以外見えなくなってしまうものなのだと初めて感じた。
セシルさんの隣に居たい。それだけだ。
俺はこれからどうするか、もうとっくに決めていた。




